月の箱庭

善奈美

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月の箱庭

27 仮祭殿

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 薄暗い室内に、似つかわしくない音が響いた。その音は白く長い指にはめられた指輪の真紅の石から発せられた。指輪に視線を投げかけ、眉を顰める。
 
「取り込んでおけばよかったか」
 
 呟きは空気に吸収される。
 
「お前も息絶える前に私の糧となれ」
 
 青白い顔に笑みを張り付け、目の前にいる瀕死の手下に容赦なく言い放つ。
 
「仲間を目覚めさせれば……っ」
「後二人の四凶は私の中に還った。お前も私に還れ」
 
 瀕死の魔物は驚愕に凍りつき、息をする事すら忘れた。その事実が、信じられずにいた。
 
      †††

 グウェンティア達は荒い息を整え、ひんやりと冷たい空気を堪能した。久し振りに頬を撫でる冷たさは、火照った肌を冷やしてくれる。
 
 仮祭殿は静まり返り、動く者の気配は全くと言っていい程なかった。どういった仕組みであるのか、内部は薄暗くはあったが動くのに支障をきたす程ではなかった。
 
「魔物の気配は無いみたいね」
 
 グウェンティアは呟く。だが、たとえ使われていなかったとしても、見張りなりの人員はあった筈だ。しかし、気配がまるでない。痛いくらいの静寂が包み込み、まるで何もなかったかのように佇んでいる。

「奥へ行ってみよう」
 
 ゼディスの提案に皆、頷いた。デュナミスとアシャンティが心配だったが、今は目的を最優先するしかなかった。表情は相変わらず無かったが、言われたことには反応している。アシャンティはデュナミスよりもいくぶんましであったが、それでも、過度に消費された魔力が体を苛んでいた。
 
「何故、使われない建物を造ったりしたのかしら」
 
 もっともな疑問だった。仮祭殿と言うからには、それなりの利用価値があるからこそ造られたのだ。それが過去であるのか、遠い未来であるのかは別にしてだ。

 石で造られた柱は表面に精巧な細工がなされていた。造られた当初は色鮮やかであったことが見て取れる。床も緻密に石を組み合わせ、美しい模様を造りだしていた。
 
 歩く度に足音が響く。警戒しながらも、歩みを進めた。
 
「この辺りが建物の中心じゃないかしら」
 
 グウェンティアの言葉に皆、立ち止まる。目の前にあるのは壁だけであり、扉は見当たらない。仮祭殿の内部に入り、それなりの距離を歩いた筈だが、部屋らしい部屋は見当たらなかった。
 
「閉じられてるようだな」
 
 グロウは周りを気にしながら呟く。

 初代王の柩が確かにここに運ばれた筈だ。では、どこに安置されたのか。いくら王の命令であったとしても、手荒いまねはしていない筈だ。
 
 グウェンティアは静かに壁に手を当てた。考えられるのは、壁に細工が施され判らないようにしている可能性だ。ゆっくりと埃っぽい壁を撫でる。細かい模様が一ヶ所、縦に歪んでいた。よく見ると、四角く溝が見える。グウェンティアは力任せに壁を押してみた。すると、思いのほか簡単に壁は奥へと滑り移動した。
 
「仕掛け扉か」
 
 ゼディスは警戒しつつも先に足を踏み入れた。歩く度に埃が舞い上がる。

 中は思ったよりも明るかった。修道院の地下のように淡く壁が光っていた。警戒しつつも先へと進み、一行はある場所で足を止めた。そこには壁に背をあずけ、座り込んでいる者がいた。うなだれたように俯き、腕は力なく投げ出されていた。
 
 グウェンティアは静かに動いた。それをゼディスが肩を押さえ止めた。
 
「大丈夫よ。私を誰だと思っているの」
 
 グウェンティアはきっぱりと言い、近付いた。よく見ればその者は酷く痩せていた。皮膚は乾き皺が寄っている。警戒しながらも肩に手をかけた。すると、体が横に力なく倒れた。

 はっきりと見えた顔は恐怖に歪んではいなかった。ただ、静かに目を閉じ、息絶えているだけだった。
 
「城から派遣された者だ。服装で判る」
 
 デュナミスは身に付けている服で身元が判った。
 
「何故、此処にいたのかしら」
 
 グウェンティアは疑問を口にする。出入り口は閉じられていた。こんな所にいれば、儚くなることぐらい判った筈だ。
 
「閉じ込められたか、もしくは、そう望んだか、だな」
 
 ゼディスは腕を組み呟く。もし、閉じ込められたのなら、こんな穏やかな表情をしているだろうか。閉じこめられたという考えは間違っているように感じられた。

「浄めてあげた方が良いですね」
 
 アシャンティは呟く。おそらく。結界に護られたこの場所だから魔に侵されなかったのだろう。どんな状態で亡くなったのだとしても、外の邪気に触れれば死者は動き出す。動き出し、彼等に襲いかかる。
 
「やってくれる」
「はい。離れて下さい」
 
 グウェンティアは遺体から離れた。それを確認し、アシャンティは目を閉じる。体を残せば元凶に利用される。浄めても侵され、ただの道具として利用される。
 
 アシャンティは指先に神経を集中させた。

 先の戦闘で著しく魔力を消耗していたため、上手く文字が紡ぎ出せなかった。眉間に皺を寄せ、体内から無理矢理魔力を引きだそうと努力した。
 
 一瞬、体が軽くなった。
 
 驚き振り返ると、グウェンティアがアシャンティの肩に手を乗せていた。触れている部分から魔力が流れ込んでくる。アシャンティは大きく息を吐き出し、目の前のことに集中した。
 
 抜け殻となった体は侵されてはいない。体を大地に還してあげればよい。指先から淡い光を放つ文字が紡がれ、狭い空間を埋め尽くす。最初、別々の動きをしていた文字達が目的に合わせて動き、魂のない体を取り巻き始めた。

 魔術文字はなめらかな動きで抜け殻の表面を滑り、細胞の一つ一つが淡い光を放つ。光が生まれる度に体の輪郭が朧気になり、完全に魔術文字に覆われると一瞬、強い光を放つ。光が収まるとそこには何もなかった。ただ、痕跡が残るのみだった。
 
「これで安心だな」
 
 ゼディスは今見た光景に目を細めた。漆黒の魔術は文字を媒介にする。文字と魔力を知り得て初めて効力が発揮される。アシャンティは短期間の間に、自身に刻みつけられた魔力の質を理解したように見えた。

 安全であれば最も効果的な魔術なのかもしれない。文字さえ間違えなければ、間違えた魔術の発動はない。紫と藍の魔術は効果的ではあってもリスクが大きい。紅もまた、同じだった。一般的な呪文魔術とも違い、邪魔を気にする必要は少ない。
 
「急がないと」
 
 グウェンティアは嫌な予感がした。四凶を振り切った筈であるのに、何かが警鐘を鳴らす。元凶は何故、何もしてはこない。何故、沈黙を保っているのか。
 
 後二人の四凶はどうして襲いかかってこない。グウェンティアは歩き始めた。その後を皆が付いてくる。答えなど出る筈はないが、不安がよぎる。これ以上の厄介事は遠慮したかった。

 長くない廊下を進み、目の前に観音扉が現れた。複雑な模様を刻み込んだ木製の扉は昨日造られたかのように美しかった。
 
 よく見れば、時々、淡い光の文字が踊っている。一つ息を吐き出し、グウェンティアは軽く扉に触れた。扉は触れられたことで反応を示し、光る文字が複雑に動き絡み合い音もなく扉は開かれた。
 
 室内は不思議に満ちていた。廊下は薄暗かったが、仮祭殿の中心部は魔術文字で壁が埋め尽くされ、その文字が放つ光が室内を照らしていた。
 
 その中央に目を向ければ、立派な造りの祭壇と、上には美しい布が掛けられた柩が鎮座していた。

 グウェンティアは躊躇うことなく歩を進める。皆は警戒しながらついて行った。
 
『よく来ました。子供達』
 
 その声に驚き足が竦んだ。だが、グウェンティアは前方を睨みつけ、いきなり現れた影に目を細める。
 
「やっとお出まし」
 
 皮肉を口にし、グウェンティアは盛大に溜め息を吐いた。それは、仮祭殿に足を踏み入れた時点で姿を現して欲しかった故だった。
 
『言いたいことは判っています。けれど、私はこの部屋から出られないようになっています』
 
 その声は困ったように言った。

「紫の書庫には現れたじゃないの」
 
 グウェンティアは訝しむと、更に表情が険しくなる。目の前に現れたのは初代王。今の状態を一番よく知っている人物。長い黒髪、白い肌、その瞳はグウェンティア達と同じだった。生きているのにも関わらず、何一つ手を打たない。傍観しているだけで、手を差し伸べてはくれない。
 
『あの場所は特殊な場所です。私は紫の書庫の本そのもの。漆黒の魔術で移動が出来るようになっています』
 
 でもと、初代王は続けた。
 
『あくまで、紫の書庫にだけ移動可能なのです』
 
 無意味に移動しては後々、大変な事態を引き起こす。

『それより、彼を送ってくれたのですね。感謝します』
 
 その言葉に皆が息をのんだ。
 
「何故、閉じ込められたような状態で、彼はあの場所にいたの」
 
 大きな疑問だった。おそらく、初代王の柩をこの場所に移動させた一人だろう。だが、何故、一人だけ残ったのか。
 
『私の忠告を聞いたのは彼だけだったのです』
 
 初代王は悲し気に呟いた。
 
 柩が移動させられることは判っていた。判っていたからこそ、仮祭殿が造られたのだ。たとえ、王の命令でも邪険に扱わないことも判っていた。

『彼等は王の命令で私をこの場所に運びました。そして、変化が起こるまでこの地にいたのです』
 
 初代王は語る。
 
 彼等が留まっていた理由はただ一つ。柩の監視の為だった。理由は判らなくとも、国王命令には背くことなど出来ない。鎮座している柩を交代で監視していた。
 
 そして、変化が起こった。
 
 外には魔物が徘徊し、太陽が凶器となった。照りつける日差しは全てを破壊した。
 
『私は、彼等の前に現れ、この場を離れないように言ったのです』
「何故」
 
 グウェンティアは短く問う。

 仮に襲われ、邪気に浸食されても、運が良ければ修道院まで行けたのではないか。安全な場所が修道院であると判らなくとも、本能で行き着く可能性もあった筈だ。
 
 実際、小さな子供程、本能であの場所に行き着いている。大人でも、殺風景な景色に緑が生い茂る場所は異様に映る筈だ。
 
『この場所の邪気は尋常ではないから。もし、命を落とせば救われない』
 
 その言葉にその場にいた全員が顔を歪めた。救われないの言葉の意味を判っているからだ。肉体的救いではなく、精神、魂の救いだ。邪気に浸食されれば魂は汚れ、救われることはない。

『この場に残ったとしても、訪れるのは死だけ。彼以外、その事実に耐えられなかったようです』
 
 初代王は俯き瞳を伏せた。微かに瞼が震えている。
 
「よく判ったわ」
 
 グウェンティアは額に手を当て頭を振った。
 
「それより、私達はここまで来たわ。まさか、その柩を担いで行けとは言わないわよね」
 
 腰に手を当て、グウェンティアは睨み付けるように言い放つ。その言葉に驚愕したのは男達だった。本体は軽いかもしれないが、入れ物は確実に重い。
 
『こちらに』
 
 初代王は近くに来るように促した。そして、最初に気が付いたのはアシャンティだった。踏み出した足先によく知った波動を感じた。

「これ」
 
 アシャンティは立ち止まると、初代王に視線を向けた。グウェンティアは振り返るとアシャンティを見る。
 
「移動陣です。でも……」
 
 アシャンティは言葉を濁した。
 
「何」
 
 グウェンティアは先を続けるように促す。
 
「何かが足りません。大切な何かが欠けています」
 
 アシャンティは知り得た情報を口にする。
 
『そうです。鍵が抜けています』
 
 皆が一斉に初代王を見た。
 
「鍵とは何」
 
 グウェンティアは何となく判っていたが、あえて問う。

『鍵は貴方達。鍵が無ければ発動せず、存在すら判らない』
 
 初代王は目を細め、祭壇の周りに視線を向けた。グウェンティア達が近付く度、淡い光が床から浮かび上がってくる。少しずつ文字が現れ、移動陣の姿が確認出来た。
 
『祭壇の四方に印があります』
 
 初代王は告げると、自身が安置された柩の脇に音もなく移動した。
 
「こんな魔術陣は見たことも無ければ、知識もありません」
 
 アシャンティは驚き、食い入るように魔術陣を見詰めた。
 
『さあ、急がなくては』
 
 初代王は初めて焦りを見せた。何故なら、何かが迫ってきている。此処ではなく、本来の場所に。考えられることは一つしかなかった。

『恐れていたことが現実になったようです』
 
 表情を曇らせ、険しくなる。
 
「恐れていたこと」
 
 グウェンティアは爪を噛んだ。初代王が恐れる程の出来事だ。普通であるわけがなかった。
 
『四凶は知っていますね。貴方達は会いましたか』
 
 初代王の問いに皆が頷いた。それを確認すると、更に続けた。
 
『四匹共に、ではないですね』
 
 更に確認する。
 
「何が言いたいの」
 
 グウェンティアは苛々してきていた。元々、回りくどいことは好きではない。

『四凶はただの部下として創られたのではないのです。あれは、魔力を育てるための器』
 
 初代王は苦痛に顔を歪めた。
 
「そんな事が可能なんですかっ」
 
 アシャンティは思わず叫んだ。そしてすぐ、顔を真っ赤にし口を手で覆った。声は思いの外、大きかったからだ。
 
『兄ならば可能だと思います』
「でも、四凶の一匹は抹殺した筈よ」
 
 グウェンティアは言いながらアシャンティを示した。初代王は驚きを隠せないように見入る。
 
『本当ですか』
「嘘を付いても仕方ないでしょう。砂に変わったのだから、形はないわよ」
 
 グウェンティア自身、驚いていた。四凶の中でおそらく、一番大きいだろう。

 その四凶をアシャンティがねじ伏せた。あの時、それがなければ逃げきれなかった。確かに、勝っているように見えたがそうでないことは判っていた。
 
『完全に核を破壊したのですか』
「しました。結界で護られていましたけど、解除して破壊しました」
 
 アシャンティは淀みなく言い切った。今でもはっきりと覚えている。体の造りが他の魔物と違っていた。無数の核に護られ、その核は存在し維持されていた。実際に調べるまで知り得なかった情報だ。

『それは兄には予定外だったでしょうね。もしもの為の保険だったのですから』
 
 初代王は小さく笑った。たとえ一匹だけでも倒したのならまだ、何とかなる。元凶はまだ牢獄に捕らわれ、本来の力を発揮していない。最高の器を得ていても、所詮は借り物の体だ。
 
「急がなければいけないのは判るけど、予備の魔力を取り込む方法は何」
 
 グウェンティアは問う。一匹は倒したがもう一匹は瀕死の状態に出来たとしても生きていた。最悪な場合、元凶は育った魔力を取り込むだろう。

『核を特殊な方法で取り出し、兄自身の体が取り込むのです』
 
 借り物の体ではなくて、と初代王は続けた。
 
「核を取り込む」
 
 黙って聞いていたデュナミスが呟いた。核は人で言えば心臓になる。そんなものを取り込むなど、考えられなかった。それを察したのか、初代王はデュナミスに視線を向けた。
 
『兄の狂気は尋常ではありません。人格や常識を考える全てを自身の魔力で破壊されています』
 
 初代王は悲し気に言った。もし、魔力に支配されなければ、このような悲劇は起きなかったのだ。表裏一体の世界であったとしても、まじわることはなかった。

「恐れていた現実って何」
 
 グウェンティアは更に問う。初代王は表情を曇らせた。
 
『兄は城の地下にある王墓に向かっています。つまり、私が安置されていた場所です』
 
 皆が険しい表情になる。
 
『皆、知っているのですね。あの場所は兄が囚われている場所の入り口になります。私の体がない今、無防備に扉が開かれた状態です』
「おかしくない」
 
 グウェンティアは怪訝に思った。初代王の柩が移動してからかなりの時間が経過している。何故、今なのか。
 
「今頃、って思うのが普通じゃない」
 
 初代王は納得したように頷いた。

『兄は動きたくとも動けなかったのです。不完全であっても結界と封印は機能していました。それに、城自体が結界陣の役目を担っていました』
 
 城はただの建物ではない。緻密に計算され、建築されたものだった。もしもの時のために、用意されたものだったのだ。
 
「でも、城は崩壊していた」
 
 デュナミスは思い出したように言う。
 
『その通りです。四凶が城の地下から這い出したとき破壊されました』
 
 破壊したのは巨大な四凶だろう。普通に存在していても破壊して歩いていたような存在だ。城の崩壊は確実に元凶を有利に導いていた。

『兄にとって、部下もその他もどうでもいいことです。破壊の衝動と抑えきれない魔力が更なる力を求め、悲劇を生み出していく』
 
 生まれたときから尋常でない魔力を持ち誕生した元凶は、全てを魔力に支配されていた。果たしてそこに自身の意志はあったのだろうか。
 
『始まりは些細であったのかもしれません。けれど一度の過ちは更なる過ちになり、流れる川のように止まることを知らない。私達は償わなくてはならなかった。けれど、この世界は私達の力が及ばない』
 
 辛そうに顔を歪めた。
 
「償ったんじゃないの」
 
 グウェンティアの言葉に初代王は目を見開いた。

「確かに最初はいい加減にしてほしかったわよ。私には関係ないってね」
 
 彼女は続けた。
 
「でも、この世界の人間は既に貴方達の子孫よね。理不尽だとは思うけど、先祖のつけを払うことは珍しいことじゃないわ」
 
 小さな溜め息と共に言葉を吐き出した。紫の書庫で全てを知ったとき、それは他人事に近かった。誕生したときから、額に刻まれた三日月に振り回され、そのせいで両親と暖かな生活の場を失った。
 
 妹のように感じていたあの少女とも離れなくてはならなかった。額に咲くグウェンティアと同じ徴を持つ少女。

 そして今、傍らにいる。たとえ、記憶が封じられ思い出すことはなかったとしても、また会えたことは奇跡に近い。
 
「全てを終わらせるために、まず、貴女を元の場所に戻す」
 
 グウェンティアは言い切った。皆が頷く。
 
「祭壇の周りにそれぞれに対応した徴があります」
 
 アシャンティは読み取った情報を口にした。皆は頷くと所定の位置に立つ。グロウは戸惑ったように立ち尽くした。彼は魔法生物で月の民の血を引いてはいない。弾き出されるのが落ちだ。グウェンティアは目を細めグロウの元まで歩み寄る。

「猫に姿を変えて」
 
 きっぱりと言い切った。グロウは目を見開く。
 
「ここまで来て、戦線離脱は許さない」
 
 グロウは納得したように溜め息を吐き姿を変える。グウェンティアはグロウを抱き上げ、元の位置に戻った。
 
 移動陣が激しい動きを始める。それぞれの足元が強い光に満ち、移動陣が一瞬発光した。
 
『始まりにして終わり。終わりにして始まり。兄様、貴方は自由にはなれないのです』
 
 初代王は呟き、姿が掻き消えた。
 
 その場所には何も残されてはいなかった。全てが消え去り、残ったのは静寂だけだった。建物は音もなく崩れ去り、残骸が残るだけだった。
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