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月の箱庭
10 結界の外の世界
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乾いた風が吹き、水のない乾いた川の跡が大地に刻まれている。風化し、そこに緑があった痕跡を探すのは難しい。
見渡す限りの荒野は何もなく、あるのは朽ち果てた家屋と思われる木の残骸と、踏みつぶされた人骨と思われる白い物体だけだ。
時々聞こえてくる獣の遠吠えに空気が震えていた。
朝霧の中、三人は目覚めた。焚き火は微かにくすぶっている。グウェンティアは遠くにある気配を探した。昨夜、彼等の近くまで来ていた狼達の気配は消えていた。近くで座り込んでいるグロウに視線を向け、次いでまだ眠りの中にいる二人を見た。
結界は淡い光を放ちながら、朝霧の進入をも防いでいた。ドーム型している事がよく判る。静かに立ち上がり、グロウに歩み寄る。
「狼達はどうしたの」
グウェンティアは問いかけた。グロウは横目で彼女を確認する。
「空が白み始めた頃、気配が消えた。何かの前兆でなければいいがな」
前方に視線を戻し、グロウは不安要素を口にする。
「修道院の地下に間違え無くあったのよね」
「昨日の朝にも言ったが、間違えなくあったし、発動していた」
「とりあえず、あの場所は安全というわけね」
グウェンティアは小声で言った。
「ある意味、石碑も安全だが、魔物が来るたび攻撃していては、危険も多いな」
確かに、石碑に施されている術は強力すぎる。下手をしたら巻き込まれる。
「何を考えてあんな物を造ったのかしら。訳判んないわよ」
結界と移動の為の術のみをかければ問題ない筈なのだ。あえて施した意味が判らない。
「何にしても、出発した方が良さそうね。魔物のいないうちに」
グウェンティアは振り返ると、二人の元に歩み寄る。
「起きて。出発するわ」
大きな声ではなかったが、よく通る声は二人の耳にしっかり届いた。すぐに目を覚まし、グウェンティアに視線を向ける。頭がはっきりしないのか、表情がかたい。
「明るいうちに目的の場所まで行くわ」
グウェンティアは告げると、荷物をまとめ始めた。二人も慌ててそれに倣う。まとめおえ、アシャンティが魔術を解くと、再び歩き出した。
歪みのある森の端まで来ると立ち止まった。そこは、歪みというよりは出入り口そのものだった。わざと開けてある、そんな感じを受ける。
グウェンティアは周りを見渡し他に変わった場所がないか確認する。今、目の前にある空間以外変わったところはない。意を決し手を伸ばすと生暖かい感じを受ける以外、何一つ抵抗が感じられない。
「先に行くわ」
短い言葉を残し、グウェンティアは森から姿を消した。その後に、デュナミスが続き、アシャンティが最後に結界に入った。
結界内は生暖かく、霧を纏ったように重い空気がのしかかってくる。どれくらいの広さがあるのか、見当もつかない。
国一つを結界で封じてあるのだ。アシャンティが作り出した結界と規模が違う。しかも、国土は毎年少しずつではあるが広がっている事を考えると、特殊な方法で魔術が施されている。広がり続けている国土に同じ状態で結界が維持されている。
喘ぎながら、グウェンティアはやっとの事で結界の端に辿り着いた。後ろを振り返り二人の姿を捜す。後ろにかすかな影があり、すぐに姿を確認することが出来た。
「ここからは未知の世界よ。警戒は怠らないで。命が大切ならね」
グウェンティアはそのまま、結界の外に出た。いきなり視界に入る強烈な光に目を開けている事が困難だった。何度が目を瞬く。薄く目を開き、はっきりとしない視界で、辺りを見渡した。
入ってきた景色はグウェンティアが紫の書庫で見たよりも、更に荒んでいた。乾いた風が運ぶのは、細かい粒子の土だ。大地には土以外の物は見当たらず、時々、岩のようなものがそそり立っている。空気は乾燥し、生命の活動を感じるものを見つけるのは困難だ。
後に続き出てきた二人も、呆然と立ち尽くした。想像を絶する世界に、頭がついていかない。
「こんな事ってあるの」
グウェンティアは知っていたが、この光景についていく事が出来なかった。
過去の出来事が引き起こした現実は、あまりにも重い。
「これは」
デュナミスは言葉が続かない。続けたくとも、言葉が思いつかなかった。
「衝撃的すぎるよ」
グウェンティアに覚悟を促されていなければ、もっと混乱していた筈だ。
「千年も経つと、更に荒廃するのね」
呆然と呟くしかなかった。アシャンティは目を見開き辺りを見渡していた。そこには何もない。振り返ると、別世界のように緑に覆われた場所が目に入る。今までいた世界が結界でかろうじて保たれていた。その現実は強烈な感情をもたらした。
何故なのだと。
グウェンティアは多分、全てを知っている。紫の書庫には誰もが知らない真実が眠っている。
アシャンティは喘いだ。グウェンティアに問い、はたして答えてくれるだろうか。何も知らずに生きてきた者がこの現実の真実を知って耐えられるだろうか。
「教えられないわ、アシャン」
グウェンティアは短く彼女に言った。デュナミス同様、アシャンティも現実を知るには知らないことが多すぎた。
アシャンティは頷いた。グウェンティアは意地悪で何も語らないのではない。語った方が楽なのだ。秘密を持つことは苦痛を伴う場合がある。
覚悟をした上でグウェンティアは何も語らないのだろう。アシャンティはグウェンティアに向き直る。
「まだ、訊きません。でも、二つだけ訊いていいですか」
アシャンティはどうしても聞かなければいけない気がした。それは、自分自身を守る重要な知識の筈だからだ。
「必要だと思っている事かしら」
「はい。生き抜くためと、安心を得るために」
アシャンティははっきりとグウェンティアに言った。
「判ったわ。言ってみて」
「一つは今まで居た場所についてです。結界の中は安全ですか」
グウェンティアは目を細めた。
「それは今の場所からって言う意味かしら」
アシャンティは頷いた。結界内で発生した魔物はどうしようもない。住んでいる人達で対応してもらうしかない。だが、荒廃したこの場所の影響を受けはしないだろうか。
「簡単に答えるなら影響はある程度受けないわね」
「ある程度」
グウェンティアの曖昧な答えに怪訝な表情をした。
「いい、国を護る結界は私達が修復しなくてはいけない結界と封印に連動しているの。初代王が動かされてしまった以上、長くは持たない」
デュナミスは首を傾げた。何かがおかしいと思ったのだ。
「僕達二人だけでも、修復した方が良かったんじゃない」
素直に疑問を口にした。しかし、グウェンティアは首を横に振った。
「結界と封印は同時に行わないと駄目なのよ」
グウェンティアは手短に説明した。初代王を元の位置に戻し、四つの結界と封印を同時に行う。そうしなければ、均衡が崩れてしまう。崩してしまえば打つ手がなくなり、外の世界に飲み込まれる。
「でも、君は修復したよね」
「応急的にね。他の三カ所と違って、風の森の結界と封印はぐずれる一歩手前だったからよ。アシャン、もう一つは」
アシャンティは頷く。自分にとって最も重要なことだ。
「ここは何もない、目に入っているもの以外何もないんですか。土と荒廃した世界なんですか」
グウェンティアは溜息をついた。もっともな問いだったからだ。
「その通りよ。何もないわね。見たままの世界よ」
「どうして、来たんですか」
「紅の三日月に訊いてほしい問いよね。紅は何故か、この世界にいるらしいわ」
二人は顔を見合わせた。目的は紅の三日月を捜すため。つまり、目的地もこの世界の何処かと言うことになる。
「紫の書庫での情報と考えていいのかい」
「そうよ」
グウェンティアは世界を見渡した。
紅の三日月の持つ身体的特徴。最初、聞いた時には理解できなかった。だが、紅の能力は人々との生活に適していなかったのではないか。魔眼は見たもの全てを飲み込む。そして、結界の出入り口はそのために作られたものだ。
「途方もない話だね」
二人は同時に溜息をついた。
「闇雲に捜さず心を研ぎ澄ますんだな」
今まで黙っていたグロウが口を出した。
「ここにいるのは凶悪な魔物と紅の三日月に関係している場所だけだ。三人もいるのだから一人より容易だろう」
黒の獣は真実のみを告げ、荒野に視線を走らせる。
埃っぽい風は三人の肌を容赦なく攻撃する。太陽光は結界内とは比べものにならないくらい強かった。白っぽい服装は少しでも太陽の熱を吸収しないため、光を反射させるための対策だった。
三人はマントを頭から被り、口元まで覆った。細かい土と砂の粒子を含む空気は息をするのも大変だった。
「ここの魔物は結界内の魔物とは桁違いに強い筈よ。千年前に討伐しきれなかった魔物の生き残りらしいから」
グウェンティアは忠告をする。結界を張る前に魔物を討伐したかった初代王達だったが無理だったのだ。
四凶と呼ばれる魔物を城の地下にかろうじて封印したが、他の手に負えなかった魔物は結界の外に追いやるしかなかった。
「躊躇すればやられるわ。敵意のあるものに容赦は無用よ。生きたければ、武器をふるうか、魔術でけちらすしかない」
グウェンティアはそれだけ言い、目を閉じた。行く方向を決めなくてはいけない。その様子に二人も倣った。目を閉じグロウの忠告通り、心の目を開くように努力する。
グウェンティアは心と魔力を使いもっとも気になる場所を特定しようと必死だった。光を遮るものがない以上、目的を早く達するしかない。このままでは、三人で日干しになる。
最初、確認出来たのは後方にある今まで居た場所と、二人とグロウのものだった。もっと先まで気配を捜す。時々、触ってくる嫌なものはおそらく魔物だろう。太陽が傾き始めた頃、グウェンティアはこの国と同じような場所があることに気付いた。規模は遙かに小さい。だが、基本的な構造は同じようだった。方角は太陽の上る場所だ。
グウェンティアは溜息と共に目を開いた。グロウが歩み寄って来る。
「判ったのか」
「ええ、方向は確定出来たと思うわ」
そう言い、二人に視線を走らせた。
「判ったことを告げないのか」
グロウの問いに、グウェンティアは黙るように人差し指を口に持ってきた。二人にも必要な経験だ。もし、同じ結果なら迷いなく進むことが出来る。
太陽が地平線に消え残り火のような赤の色が支配する頃、二人は目を開けた。
「何か判った」
グウェンティアの問いに、二人は頷いた。少し青冷めた顔が何を感じ取っていたか知るには十分だった。
「太陽の上る方角にここと似たものがあるのを感じたよ」
デュナミスは感じ取った場所を指し示す。
「私もです。後、嫌な気配が沢山」
体を震わせ、アシャンティは言った。
「とりあえず、進みましょう。太陽があるうちは光に焼かれて進むのは困難よ」
グウェンティアは言った。二人は頷く。荷物を背負い直し、太陽が上る方角に足を向けた。どれくらいの距離があるか見当もつかない。ただ、あまり遠い場所にないことを祈るしかなかった。
見渡す限りの荒野は何もなく、あるのは朽ち果てた家屋と思われる木の残骸と、踏みつぶされた人骨と思われる白い物体だけだ。
時々聞こえてくる獣の遠吠えに空気が震えていた。
朝霧の中、三人は目覚めた。焚き火は微かにくすぶっている。グウェンティアは遠くにある気配を探した。昨夜、彼等の近くまで来ていた狼達の気配は消えていた。近くで座り込んでいるグロウに視線を向け、次いでまだ眠りの中にいる二人を見た。
結界は淡い光を放ちながら、朝霧の進入をも防いでいた。ドーム型している事がよく判る。静かに立ち上がり、グロウに歩み寄る。
「狼達はどうしたの」
グウェンティアは問いかけた。グロウは横目で彼女を確認する。
「空が白み始めた頃、気配が消えた。何かの前兆でなければいいがな」
前方に視線を戻し、グロウは不安要素を口にする。
「修道院の地下に間違え無くあったのよね」
「昨日の朝にも言ったが、間違えなくあったし、発動していた」
「とりあえず、あの場所は安全というわけね」
グウェンティアは小声で言った。
「ある意味、石碑も安全だが、魔物が来るたび攻撃していては、危険も多いな」
確かに、石碑に施されている術は強力すぎる。下手をしたら巻き込まれる。
「何を考えてあんな物を造ったのかしら。訳判んないわよ」
結界と移動の為の術のみをかければ問題ない筈なのだ。あえて施した意味が判らない。
「何にしても、出発した方が良さそうね。魔物のいないうちに」
グウェンティアは振り返ると、二人の元に歩み寄る。
「起きて。出発するわ」
大きな声ではなかったが、よく通る声は二人の耳にしっかり届いた。すぐに目を覚まし、グウェンティアに視線を向ける。頭がはっきりしないのか、表情がかたい。
「明るいうちに目的の場所まで行くわ」
グウェンティアは告げると、荷物をまとめ始めた。二人も慌ててそれに倣う。まとめおえ、アシャンティが魔術を解くと、再び歩き出した。
歪みのある森の端まで来ると立ち止まった。そこは、歪みというよりは出入り口そのものだった。わざと開けてある、そんな感じを受ける。
グウェンティアは周りを見渡し他に変わった場所がないか確認する。今、目の前にある空間以外変わったところはない。意を決し手を伸ばすと生暖かい感じを受ける以外、何一つ抵抗が感じられない。
「先に行くわ」
短い言葉を残し、グウェンティアは森から姿を消した。その後に、デュナミスが続き、アシャンティが最後に結界に入った。
結界内は生暖かく、霧を纏ったように重い空気がのしかかってくる。どれくらいの広さがあるのか、見当もつかない。
国一つを結界で封じてあるのだ。アシャンティが作り出した結界と規模が違う。しかも、国土は毎年少しずつではあるが広がっている事を考えると、特殊な方法で魔術が施されている。広がり続けている国土に同じ状態で結界が維持されている。
喘ぎながら、グウェンティアはやっとの事で結界の端に辿り着いた。後ろを振り返り二人の姿を捜す。後ろにかすかな影があり、すぐに姿を確認することが出来た。
「ここからは未知の世界よ。警戒は怠らないで。命が大切ならね」
グウェンティアはそのまま、結界の外に出た。いきなり視界に入る強烈な光に目を開けている事が困難だった。何度が目を瞬く。薄く目を開き、はっきりとしない視界で、辺りを見渡した。
入ってきた景色はグウェンティアが紫の書庫で見たよりも、更に荒んでいた。乾いた風が運ぶのは、細かい粒子の土だ。大地には土以外の物は見当たらず、時々、岩のようなものがそそり立っている。空気は乾燥し、生命の活動を感じるものを見つけるのは困難だ。
後に続き出てきた二人も、呆然と立ち尽くした。想像を絶する世界に、頭がついていかない。
「こんな事ってあるの」
グウェンティアは知っていたが、この光景についていく事が出来なかった。
過去の出来事が引き起こした現実は、あまりにも重い。
「これは」
デュナミスは言葉が続かない。続けたくとも、言葉が思いつかなかった。
「衝撃的すぎるよ」
グウェンティアに覚悟を促されていなければ、もっと混乱していた筈だ。
「千年も経つと、更に荒廃するのね」
呆然と呟くしかなかった。アシャンティは目を見開き辺りを見渡していた。そこには何もない。振り返ると、別世界のように緑に覆われた場所が目に入る。今までいた世界が結界でかろうじて保たれていた。その現実は強烈な感情をもたらした。
何故なのだと。
グウェンティアは多分、全てを知っている。紫の書庫には誰もが知らない真実が眠っている。
アシャンティは喘いだ。グウェンティアに問い、はたして答えてくれるだろうか。何も知らずに生きてきた者がこの現実の真実を知って耐えられるだろうか。
「教えられないわ、アシャン」
グウェンティアは短く彼女に言った。デュナミス同様、アシャンティも現実を知るには知らないことが多すぎた。
アシャンティは頷いた。グウェンティアは意地悪で何も語らないのではない。語った方が楽なのだ。秘密を持つことは苦痛を伴う場合がある。
覚悟をした上でグウェンティアは何も語らないのだろう。アシャンティはグウェンティアに向き直る。
「まだ、訊きません。でも、二つだけ訊いていいですか」
アシャンティはどうしても聞かなければいけない気がした。それは、自分自身を守る重要な知識の筈だからだ。
「必要だと思っている事かしら」
「はい。生き抜くためと、安心を得るために」
アシャンティははっきりとグウェンティアに言った。
「判ったわ。言ってみて」
「一つは今まで居た場所についてです。結界の中は安全ですか」
グウェンティアは目を細めた。
「それは今の場所からって言う意味かしら」
アシャンティは頷いた。結界内で発生した魔物はどうしようもない。住んでいる人達で対応してもらうしかない。だが、荒廃したこの場所の影響を受けはしないだろうか。
「簡単に答えるなら影響はある程度受けないわね」
「ある程度」
グウェンティアの曖昧な答えに怪訝な表情をした。
「いい、国を護る結界は私達が修復しなくてはいけない結界と封印に連動しているの。初代王が動かされてしまった以上、長くは持たない」
デュナミスは首を傾げた。何かがおかしいと思ったのだ。
「僕達二人だけでも、修復した方が良かったんじゃない」
素直に疑問を口にした。しかし、グウェンティアは首を横に振った。
「結界と封印は同時に行わないと駄目なのよ」
グウェンティアは手短に説明した。初代王を元の位置に戻し、四つの結界と封印を同時に行う。そうしなければ、均衡が崩れてしまう。崩してしまえば打つ手がなくなり、外の世界に飲み込まれる。
「でも、君は修復したよね」
「応急的にね。他の三カ所と違って、風の森の結界と封印はぐずれる一歩手前だったからよ。アシャン、もう一つは」
アシャンティは頷く。自分にとって最も重要なことだ。
「ここは何もない、目に入っているもの以外何もないんですか。土と荒廃した世界なんですか」
グウェンティアは溜息をついた。もっともな問いだったからだ。
「その通りよ。何もないわね。見たままの世界よ」
「どうして、来たんですか」
「紅の三日月に訊いてほしい問いよね。紅は何故か、この世界にいるらしいわ」
二人は顔を見合わせた。目的は紅の三日月を捜すため。つまり、目的地もこの世界の何処かと言うことになる。
「紫の書庫での情報と考えていいのかい」
「そうよ」
グウェンティアは世界を見渡した。
紅の三日月の持つ身体的特徴。最初、聞いた時には理解できなかった。だが、紅の能力は人々との生活に適していなかったのではないか。魔眼は見たもの全てを飲み込む。そして、結界の出入り口はそのために作られたものだ。
「途方もない話だね」
二人は同時に溜息をついた。
「闇雲に捜さず心を研ぎ澄ますんだな」
今まで黙っていたグロウが口を出した。
「ここにいるのは凶悪な魔物と紅の三日月に関係している場所だけだ。三人もいるのだから一人より容易だろう」
黒の獣は真実のみを告げ、荒野に視線を走らせる。
埃っぽい風は三人の肌を容赦なく攻撃する。太陽光は結界内とは比べものにならないくらい強かった。白っぽい服装は少しでも太陽の熱を吸収しないため、光を反射させるための対策だった。
三人はマントを頭から被り、口元まで覆った。細かい土と砂の粒子を含む空気は息をするのも大変だった。
「ここの魔物は結界内の魔物とは桁違いに強い筈よ。千年前に討伐しきれなかった魔物の生き残りらしいから」
グウェンティアは忠告をする。結界を張る前に魔物を討伐したかった初代王達だったが無理だったのだ。
四凶と呼ばれる魔物を城の地下にかろうじて封印したが、他の手に負えなかった魔物は結界の外に追いやるしかなかった。
「躊躇すればやられるわ。敵意のあるものに容赦は無用よ。生きたければ、武器をふるうか、魔術でけちらすしかない」
グウェンティアはそれだけ言い、目を閉じた。行く方向を決めなくてはいけない。その様子に二人も倣った。目を閉じグロウの忠告通り、心の目を開くように努力する。
グウェンティアは心と魔力を使いもっとも気になる場所を特定しようと必死だった。光を遮るものがない以上、目的を早く達するしかない。このままでは、三人で日干しになる。
最初、確認出来たのは後方にある今まで居た場所と、二人とグロウのものだった。もっと先まで気配を捜す。時々、触ってくる嫌なものはおそらく魔物だろう。太陽が傾き始めた頃、グウェンティアはこの国と同じような場所があることに気付いた。規模は遙かに小さい。だが、基本的な構造は同じようだった。方角は太陽の上る場所だ。
グウェンティアは溜息と共に目を開いた。グロウが歩み寄って来る。
「判ったのか」
「ええ、方向は確定出来たと思うわ」
そう言い、二人に視線を走らせた。
「判ったことを告げないのか」
グロウの問いに、グウェンティアは黙るように人差し指を口に持ってきた。二人にも必要な経験だ。もし、同じ結果なら迷いなく進むことが出来る。
太陽が地平線に消え残り火のような赤の色が支配する頃、二人は目を開けた。
「何か判った」
グウェンティアの問いに、二人は頷いた。少し青冷めた顔が何を感じ取っていたか知るには十分だった。
「太陽の上る方角にここと似たものがあるのを感じたよ」
デュナミスは感じ取った場所を指し示す。
「私もです。後、嫌な気配が沢山」
体を震わせ、アシャンティは言った。
「とりあえず、進みましょう。太陽があるうちは光に焼かれて進むのは困難よ」
グウェンティアは言った。二人は頷く。荷物を背負い直し、太陽が上る方角に足を向けた。どれくらいの距離があるか見当もつかない。ただ、あまり遠い場所にないことを祈るしかなかった。
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