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月の箱庭
09 結界と命の重さ
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グロウは地下室に続く階段を軽やかなに駆け降りた。地下に広がる空間に、物は一つも見当たらない。剥き出しの地面は土埃が舞うほど乾燥していた。
鋭い視線で辺りを見渡し、グロウは地面にある印を見つける。それは、確認するに値する物だった。
グウェンティアは空を見上げた。太陽が顔を出し、辺りに光が満ちる。彼女の後ろにはデュナミスとアシャンティがいた。
夜が明ける少し前、グロウを伴い、三人は出発した。グウェンティアはいつもの黒一色の服ではなくベージュにちかい服に身を包み、白のマントを羽織っている。二人も似たような服を身につけていた。それぞれに少し大きめの荷物を背負っている。
グウェンティアは細身の剣を持ち、デュナミスはごく一般的な剣を腰のベルトに取り付けていた。アシャンティは弓を荷物に括りつけている。神殿で弓を使い狩りをしていたからだ。腕はどうであれ、使える武器があった事は幸運だった。魔術だけでは生き抜くのは難しい。
無言のまま歩き続けた。神殿のあった方を背にし、真っ直ぐ外森に向かう。目的地は森の外にあるからだ。太陽があるうちに、なんとしても森の端に行き着かねばならない。
夜には魔物の動きが活発になる。一斉に襲いかかってこられては大変だ。この森に多く生息する肉食獣は昨日襲われた狼だ。彼等は群をなす。単独で襲ってくることはないが、それが厄介だった。
何時までも幸運は続かない。グロウの言うことはもっともな事だ。
日が高いうちに森に入り、進み続けた。二人は文句を言うことなくついて来る。
日が傾き始めた頃、グウェンティアは小さな空き地を見つけた。そこで立ち止まり、荷物を下ろす。二人もそれに倣った。
「アシャン、結界を作れる」
グウェンティアは問い掛けた。
「ここを中心にしてこの空き地全体よ」
アシャンティは小さく頷いた。正直、魔術を使うのは苦痛だったが、昨日のように追いかけ回されるよりはましだ。静かに目を閉じ、右の指先に神経を集中させる。
人差し指に淡い光が宿り、アシャンティは体の周りに光の文字を紡ぐ。文字が体を囲むと強い光を発した。文字の輪は大きく広がり空き地全体を囲むように地面に落ち着いた。
そして、ゆっくりと回転し始めた。
小さく息を吐き出し、アシャンティは座り込んだ。初めて使う広範囲の魔術は体にきつい。
「これが精一杯です」
荒い息を吐きアシャンティはグウェンティアに告げた。グウェンティアは新しく創り出された結界に目を細める。地表をゆっくり回る魔術陣は痣を持たない者達のそれとは明らかに違っていた。理屈ではない。グロウが言っていた血に刻まれるとはこういう事なのだとはっきりと認識出来た。
「いい結界よ。朝までは確実に保つわ」
グウェンティアは頷きながらアシャンティに視線を移す。
彼女は歩きながら拾い集めていた小枝に火をつける。薄暗くなった空き地に淡い光が満ちた。二人も無言で小枝を焚き火の近くに置いた。
焚き火の周りに腰をおろし、デュナミスは小枝に手を伸ばす。乾いた音をたて小枝を半分におり、火にくべた。
「グウェン、目的地は判っているの」
デュナミスは疑問を口にした。修道院を出発した時、何一つ説明がなかった。外の世界を知らない二人はついて行くしかなかったのだ。
「目的も目的地もあるわ。問題は、誰も行ったことがない場所って事よ」
溜息混じりに答える。グウェンティアもはっきりと判っているわけではない。漠然としたものだ。
「目的は紅の三日月を捜すこと、目的地もそこよ」
グウェンティアの言葉に、二人は顔を見合わせた。グウェンティアの言う目的は理解出来る。ただ、目的地が何故、森の中になっているのか。二人にとって、建物、森を出れば完全に異世界と変わらない。
「森の中なんですか」
「いいえ、外よ。国の中ではなく、反対側よ」
グウェンティアは城と反対側を指差した。そこは未知の世界だ。
「噂では、戻ってこれないって」
アシャンティは不安を言葉にする。グウェンティアは目を閉じた。体を楽にし、国全体を感じるようにする。
「グウェン」
いきなり目を閉じたグウェンティアに二人は不安になった。
「目を閉じて、感覚を研ぎすませてみて。それで判る筈よ。綻びが」
グウェンティアは目を開け、二人を見据えた。感覚を養うことは重要なことだ。いつでも周りに注意を向けていなくては、命がいくつあっても足りない。
「やってみて」
二人は渋々、従った。目を閉じ、心を落ち着かせる。いくつもの感覚が通り過ぎ、やがてあることに気付く。
外森と呼ばれる場所の一番端が歪みをもっている事に。そして、一カ所不安定な場所がある。驚き目を開け、二人はグウェンティアを見た。
「判ったかしら。つまり出入り口は一カ所だけ。それ以外の場所は閉ざされているの。戻ってこられないのはそのためよ」
グウェンティアは小枝を火にくべる。
「これから向かう場所は、今までの常識が通じない筈よ。私も判らないわ。ただ一つ言える事は生き抜かなくてはいけないって事」
グウェンティアは小さく溜息を吐く。そして、腰を浮かせた。肌がピリピリする。
何かが、迫ってきているのが判った。日が落ち、暗闇が支配を始めると同時の変化だった。
「来たみたいね」
グウェンティアは暗闇に目を凝らす。静けさを破る音が近付いてくる。暗闇に浮かび上がる赤い目は、昨夜見た狼のものに間違えなかった。
「入って来られないことを祈るしかないわ」
グウェンティアはいつでも動けるように剣に手を伸ばした。デュナミスもぎこちない動作で剣を握り締める。アシャンティは弓に手を伸ばした。静かに歩み寄る足音は、複数のものであることは判る。
「グロウ、見てきて」
「何故だ」
グロウは猫の姿でグウェンティアに問いかける。
「元の姿に戻って。あの姿なら狼達も怯むわ」
グロウは冷たい視線を投げかける。だが、グウェンティアにはどうでもいい事だ。安全が得られればそれでいい。
「この姿はそれなりに気に入ってるんだが、仕方ない」
グロウは一度身震いし、元の黒い肢体を持つ獣の姿に変化した。黒の肉食獣は、一度三人に視線を走らせると、無造作に結界から出て行った。
沈黙が続き、グウェンティアは気付いた。狼達は近付かないのではなく、近付いて来れないのだ。
「アシャン、結界に何か仕掛けをした」
アシャンティは小さく頷く。
「しました。大変だけど、追いかけ回されるのは嫌だったから。近付いたら消滅するように魔術をかけました」
デュナミスは目を見張った。彼はまだ魔術をうまく扱えない。仕組みは判っていても、使うとなれば別だ。
「そう言う事。どうりで遠巻きにしてる筈だわ。本能で判るのね」
グウェンティアは力を抜いた。そして、アシャンティを見る。心なしか青ざめた顔が気になった。
「何とかしてやったらどうだ」
暗闇から現れたグロウは結界内に入るなりグウェンティアに言った。彼女は目を細める。
「狼達は」
「問題ない。このまま、夜を明かしても大丈夫だろう。それよりも」
グロウはアシャンティに視線を向けた。憔悴した顔が気になってはいた。
「やっぱりそうなの」
「結界に触れたからな。間違えないぞ」
グウェンティアは溜息を吐き、立ち上がった。二人は驚き視線を向ける。彼女は息を整え、目を閉じた。そして、軽く地面を足で打つ。振動が結界に達し、調べると眉間に皺を寄せた。このままでは、命を削る。グウェンティアは結界を作る事は出来ないが、補助する事は可能だった。
もう一度、息を整える。石碑にかけられていた結界とはレベルが違う。
慎重に干渉しなくてはならない。ましてや、作り出した術者とまだ繋がっている。下手をすれば殺してしまうことになる。
「アシャン、抵抗しないで。判った」
グウェンティアは静かな口調で釘を差した。抵抗されたら、厄介だからだ。
もう一度足を打ち、新たな振動を作り出す。振動は波のように広がり、結界を包んだ。一瞬、軽い音を立てアシャンティは体が楽になったことに気付いた。目を見開き、結界に視線を走らせる。時計回りに動いていた結界が、今は逆回りになっていた。グウェンティアは目を開き、座り直す。
「もう少しうまくやらないと、死ぬわよ。結界を作った後、切り離す術を使わないと、命が削られていくだけよ。死にたくないなら、身に付けて。これからも、結界を張るのは貴女なんだから」
冷たい言葉がアシャンティを貫いた。体を震わせ、頷く。
「怒ってるんじゃないわ。ただ、身につけてほしいだけ。私とデュナミスは結界を作り出せないわ。結界は漆黒の三日月が作り出せるのよ。簡単なものなら作れるけど、完成された結界を作れるのは貴女だけなの」
グウェンティアは語り掛けるように言った。
「慣れるまでは補助をするわ」
アシャンティは頷く。結界に近づき、観察をした。静かに動く結界は完全に彼女と離れきちんと機能していた。
デュナミスは二人のやりとりを静かに聞いていた。口を出せることではなかったからだ。
「グウェン、どこで知ったんだ。結界を作り出せるのが漆黒だけだと」
グウェンティアはデュナミスを見た。グロウから聞いたものではない。それは、グロウ自身が知っている。
「紫の書庫だろう。あそこの情報は特殊だ。我々が知り得ない知識が詰まっている」
グロウはアシャンティに視線を向けたまま言った。
「その通りよ。補助のやり方もそこの知識よ」
紫の書庫にあった情報は膨大だ。過去に関する知識の中に、結界についてのものもあった。おそらく、外森との関係を説明する上で必要だったためだろう。
「あの子には頑張ってもらわないと。外の世界は未知だわ。安全に休むためには必要不可欠なの」
一心不乱に結界を調べているアシャンティを見、グウェンティアは確信する。身に付ける事は遠い未来ではない。すぐに己のものとするだろう。
「とりあえず、休めるのは今日までだと考えておいた方がいいわ」
グウェンティアは静かに言い、口を噤んだ。そして、目を閉じ、眠りに落ちたようだった。デュナミスはそれを確認し、溜息を吐く。
彼には訊きたいことが山のようにあったが、沈黙した。今、訊いてはいけないと何かが警告していた。
グウェンティアはあえて口を噤んでいる。他の者が知り得ない何かをあえて一人で抱えている。話してしまえば楽になる筈だ。だが、それをしない。嫌でも判ると言っていた。つまり、深刻な事態が起こりうるという事だ。
「お前は何も訊こうとしないな」
グロウは静かに歩み寄り、デュナミスを見た。彼は、小さく首を振る。好奇心がないわけではない。ただ、時が来ていないのではないかと感じるのだ。
「今は目の前にある事に集中するよ。魔術もまともに扱えないから。アシャンティにも負けている。まずは、自分自身を磨かないと」
デュナミスは架空を見詰め呟いた。グロウはその言葉を聞き頷く。デュナミスは小枝に手を伸ばし火に焚べた。
寝たふりをしていたグウェンティアは微かに微笑む。きちんと判っている事実を知ったからだ。
夜の帳の中で静かに時が流れていった。
鋭い視線で辺りを見渡し、グロウは地面にある印を見つける。それは、確認するに値する物だった。
グウェンティアは空を見上げた。太陽が顔を出し、辺りに光が満ちる。彼女の後ろにはデュナミスとアシャンティがいた。
夜が明ける少し前、グロウを伴い、三人は出発した。グウェンティアはいつもの黒一色の服ではなくベージュにちかい服に身を包み、白のマントを羽織っている。二人も似たような服を身につけていた。それぞれに少し大きめの荷物を背負っている。
グウェンティアは細身の剣を持ち、デュナミスはごく一般的な剣を腰のベルトに取り付けていた。アシャンティは弓を荷物に括りつけている。神殿で弓を使い狩りをしていたからだ。腕はどうであれ、使える武器があった事は幸運だった。魔術だけでは生き抜くのは難しい。
無言のまま歩き続けた。神殿のあった方を背にし、真っ直ぐ外森に向かう。目的地は森の外にあるからだ。太陽があるうちに、なんとしても森の端に行き着かねばならない。
夜には魔物の動きが活発になる。一斉に襲いかかってこられては大変だ。この森に多く生息する肉食獣は昨日襲われた狼だ。彼等は群をなす。単独で襲ってくることはないが、それが厄介だった。
何時までも幸運は続かない。グロウの言うことはもっともな事だ。
日が高いうちに森に入り、進み続けた。二人は文句を言うことなくついて来る。
日が傾き始めた頃、グウェンティアは小さな空き地を見つけた。そこで立ち止まり、荷物を下ろす。二人もそれに倣った。
「アシャン、結界を作れる」
グウェンティアは問い掛けた。
「ここを中心にしてこの空き地全体よ」
アシャンティは小さく頷いた。正直、魔術を使うのは苦痛だったが、昨日のように追いかけ回されるよりはましだ。静かに目を閉じ、右の指先に神経を集中させる。
人差し指に淡い光が宿り、アシャンティは体の周りに光の文字を紡ぐ。文字が体を囲むと強い光を発した。文字の輪は大きく広がり空き地全体を囲むように地面に落ち着いた。
そして、ゆっくりと回転し始めた。
小さく息を吐き出し、アシャンティは座り込んだ。初めて使う広範囲の魔術は体にきつい。
「これが精一杯です」
荒い息を吐きアシャンティはグウェンティアに告げた。グウェンティアは新しく創り出された結界に目を細める。地表をゆっくり回る魔術陣は痣を持たない者達のそれとは明らかに違っていた。理屈ではない。グロウが言っていた血に刻まれるとはこういう事なのだとはっきりと認識出来た。
「いい結界よ。朝までは確実に保つわ」
グウェンティアは頷きながらアシャンティに視線を移す。
彼女は歩きながら拾い集めていた小枝に火をつける。薄暗くなった空き地に淡い光が満ちた。二人も無言で小枝を焚き火の近くに置いた。
焚き火の周りに腰をおろし、デュナミスは小枝に手を伸ばす。乾いた音をたて小枝を半分におり、火にくべた。
「グウェン、目的地は判っているの」
デュナミスは疑問を口にした。修道院を出発した時、何一つ説明がなかった。外の世界を知らない二人はついて行くしかなかったのだ。
「目的も目的地もあるわ。問題は、誰も行ったことがない場所って事よ」
溜息混じりに答える。グウェンティアもはっきりと判っているわけではない。漠然としたものだ。
「目的は紅の三日月を捜すこと、目的地もそこよ」
グウェンティアの言葉に、二人は顔を見合わせた。グウェンティアの言う目的は理解出来る。ただ、目的地が何故、森の中になっているのか。二人にとって、建物、森を出れば完全に異世界と変わらない。
「森の中なんですか」
「いいえ、外よ。国の中ではなく、反対側よ」
グウェンティアは城と反対側を指差した。そこは未知の世界だ。
「噂では、戻ってこれないって」
アシャンティは不安を言葉にする。グウェンティアは目を閉じた。体を楽にし、国全体を感じるようにする。
「グウェン」
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「目を閉じて、感覚を研ぎすませてみて。それで判る筈よ。綻びが」
グウェンティアは目を開け、二人を見据えた。感覚を養うことは重要なことだ。いつでも周りに注意を向けていなくては、命がいくつあっても足りない。
「やってみて」
二人は渋々、従った。目を閉じ、心を落ち着かせる。いくつもの感覚が通り過ぎ、やがてあることに気付く。
外森と呼ばれる場所の一番端が歪みをもっている事に。そして、一カ所不安定な場所がある。驚き目を開け、二人はグウェンティアを見た。
「判ったかしら。つまり出入り口は一カ所だけ。それ以外の場所は閉ざされているの。戻ってこられないのはそのためよ」
グウェンティアは小枝を火にくべる。
「これから向かう場所は、今までの常識が通じない筈よ。私も判らないわ。ただ一つ言える事は生き抜かなくてはいけないって事」
グウェンティアは小さく溜息を吐く。そして、腰を浮かせた。肌がピリピリする。
何かが、迫ってきているのが判った。日が落ち、暗闇が支配を始めると同時の変化だった。
「来たみたいね」
グウェンティアは暗闇に目を凝らす。静けさを破る音が近付いてくる。暗闇に浮かび上がる赤い目は、昨夜見た狼のものに間違えなかった。
「入って来られないことを祈るしかないわ」
グウェンティアはいつでも動けるように剣に手を伸ばした。デュナミスもぎこちない動作で剣を握り締める。アシャンティは弓に手を伸ばした。静かに歩み寄る足音は、複数のものであることは判る。
「グロウ、見てきて」
「何故だ」
グロウは猫の姿でグウェンティアに問いかける。
「元の姿に戻って。あの姿なら狼達も怯むわ」
グロウは冷たい視線を投げかける。だが、グウェンティアにはどうでもいい事だ。安全が得られればそれでいい。
「この姿はそれなりに気に入ってるんだが、仕方ない」
グロウは一度身震いし、元の黒い肢体を持つ獣の姿に変化した。黒の肉食獣は、一度三人に視線を走らせると、無造作に結界から出て行った。
沈黙が続き、グウェンティアは気付いた。狼達は近付かないのではなく、近付いて来れないのだ。
「アシャン、結界に何か仕掛けをした」
アシャンティは小さく頷く。
「しました。大変だけど、追いかけ回されるのは嫌だったから。近付いたら消滅するように魔術をかけました」
デュナミスは目を見張った。彼はまだ魔術をうまく扱えない。仕組みは判っていても、使うとなれば別だ。
「そう言う事。どうりで遠巻きにしてる筈だわ。本能で判るのね」
グウェンティアは力を抜いた。そして、アシャンティを見る。心なしか青ざめた顔が気になった。
「何とかしてやったらどうだ」
暗闇から現れたグロウは結界内に入るなりグウェンティアに言った。彼女は目を細める。
「狼達は」
「問題ない。このまま、夜を明かしても大丈夫だろう。それよりも」
グロウはアシャンティに視線を向けた。憔悴した顔が気になってはいた。
「やっぱりそうなの」
「結界に触れたからな。間違えないぞ」
グウェンティアは溜息を吐き、立ち上がった。二人は驚き視線を向ける。彼女は息を整え、目を閉じた。そして、軽く地面を足で打つ。振動が結界に達し、調べると眉間に皺を寄せた。このままでは、命を削る。グウェンティアは結界を作る事は出来ないが、補助する事は可能だった。
もう一度、息を整える。石碑にかけられていた結界とはレベルが違う。
慎重に干渉しなくてはならない。ましてや、作り出した術者とまだ繋がっている。下手をすれば殺してしまうことになる。
「アシャン、抵抗しないで。判った」
グウェンティアは静かな口調で釘を差した。抵抗されたら、厄介だからだ。
もう一度足を打ち、新たな振動を作り出す。振動は波のように広がり、結界を包んだ。一瞬、軽い音を立てアシャンティは体が楽になったことに気付いた。目を見開き、結界に視線を走らせる。時計回りに動いていた結界が、今は逆回りになっていた。グウェンティアは目を開き、座り直す。
「もう少しうまくやらないと、死ぬわよ。結界を作った後、切り離す術を使わないと、命が削られていくだけよ。死にたくないなら、身に付けて。これからも、結界を張るのは貴女なんだから」
冷たい言葉がアシャンティを貫いた。体を震わせ、頷く。
「怒ってるんじゃないわ。ただ、身につけてほしいだけ。私とデュナミスは結界を作り出せないわ。結界は漆黒の三日月が作り出せるのよ。簡単なものなら作れるけど、完成された結界を作れるのは貴女だけなの」
グウェンティアは語り掛けるように言った。
「慣れるまでは補助をするわ」
アシャンティは頷く。結界に近づき、観察をした。静かに動く結界は完全に彼女と離れきちんと機能していた。
デュナミスは二人のやりとりを静かに聞いていた。口を出せることではなかったからだ。
「グウェン、どこで知ったんだ。結界を作り出せるのが漆黒だけだと」
グウェンティアはデュナミスを見た。グロウから聞いたものではない。それは、グロウ自身が知っている。
「紫の書庫だろう。あそこの情報は特殊だ。我々が知り得ない知識が詰まっている」
グロウはアシャンティに視線を向けたまま言った。
「その通りよ。補助のやり方もそこの知識よ」
紫の書庫にあった情報は膨大だ。過去に関する知識の中に、結界についてのものもあった。おそらく、外森との関係を説明する上で必要だったためだろう。
「あの子には頑張ってもらわないと。外の世界は未知だわ。安全に休むためには必要不可欠なの」
一心不乱に結界を調べているアシャンティを見、グウェンティアは確信する。身に付ける事は遠い未来ではない。すぐに己のものとするだろう。
「とりあえず、休めるのは今日までだと考えておいた方がいいわ」
グウェンティアは静かに言い、口を噤んだ。そして、目を閉じ、眠りに落ちたようだった。デュナミスはそれを確認し、溜息を吐く。
彼には訊きたいことが山のようにあったが、沈黙した。今、訊いてはいけないと何かが警告していた。
グウェンティアはあえて口を噤んでいる。他の者が知り得ない何かをあえて一人で抱えている。話してしまえば楽になる筈だ。だが、それをしない。嫌でも判ると言っていた。つまり、深刻な事態が起こりうるという事だ。
「お前は何も訊こうとしないな」
グロウは静かに歩み寄り、デュナミスを見た。彼は、小さく首を振る。好奇心がないわけではない。ただ、時が来ていないのではないかと感じるのだ。
「今は目の前にある事に集中するよ。魔術もまともに扱えないから。アシャンティにも負けている。まずは、自分自身を磨かないと」
デュナミスは架空を見詰め呟いた。グロウはその言葉を聞き頷く。デュナミスは小枝に手を伸ばし火に焚べた。
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