浅い夜 蝶編

善奈美

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Ⅶ 月響蝶

三章

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 薔薇園に足を踏み入れたヴィオーラとヴェルディラは、眼の前に広がる風景に溜め息を吐いた。此処は何時見ても圧巻だ。何処に視線を走らせても、視界に入るのは薔薇だけで、遠くに見える山並みが、敷地の広さを顕著にしている。
 
 二人が滞在するのは、遠くに見える山並みの麓にある館だ。その館も、離れと言うには大きな物で、黒薔薇の主治医の財力の高さにいつも、驚かされる。何より、本人達は気さくで、少しばかり金銭感覚が他の者達とはかけ離れているところはあるが、おかしなところはない。
 
「何時来ても、不思議と落ち着く」
 
 ヴェルディラはそう言うと、大きく息を吸い込んだ。仄かに香る薔薇の香りが、肺を満たしていく。

 母親の言葉に頷き、視界一杯の薔薇達をただ見詰める。
 
 この場所には憂いなどない。たとえ、直前まで悩むことがあったのだとしても、薔薇達が癒してくれる。一時の安らぎであったとしても、ヴィオーラには在りがたかった。
 
 ゆっくりと歩を進めると、目の前に四阿が視界に入る。そこは、此処の家主達が好んで使っている場所だ。その周りに咲き誇る薔薇達は、此処の主人であり、薔薇の主治医を勤めるアレンが品種改良をしたものが育てられている。
 
 ヴィオーラとヴェルディラが近付いてくることに気が付いたのは、独特の金の巻き髪の男性。琥珀の瞳が二人を捉え、ふんわりと微笑を浮かべた。そして、傍らに座っている、波打つ黒髪の女性に話しかけている。

「元気だった」
 
 そう声を掛けてきたのは、独特の金の巻き髪のシオン。魅力的な微笑を浮かべてはいるが、一癖も二癖もあることをヴィオーラは知っている。
 
「元気だ。二人は相変わらずみたいだな」
 
 ヴェルディラはそう答えた。
 
「そうね。少しばかり、気になることが出来たのよ」
 
 波打つ黒髪のジゼルが嘆息しながら、そんなことを口にした。そして、気が付いたこと。ヴィオーラは辺りを見渡し、ある人物を探したのだが、見当たらなかった。

「シンシーは……」
 
 ヴィオーラはそう問い掛けた。何時もなら、二人と共に居るシンシアの姿が見当たらないのだ。
 
「そうなのよ」
 
 ジゼルは右頬を右手で押さえ、更に溜め息を吐いた。
 
「ちょっと、困ったことになっちゃって」
 
 シオンも困ったように眉間に皺を寄せた。何かがあったようだ。
 
「ギィは」
 
 シオンはそんなことを訊いてきた。

「近いうちに来るって言うことは聞いてるけど」
 
 ヴェルディラは首を傾げる。シンシアは今でもギアに執着している。何故なのかは知らないが、アレンはシンシアにはギアが絶対に必要であるのだと、皆に話していた。
 
「そう……」
 
 ジゼルは困ったような表情を浮かべた。それは珍しいことだ。
 
「何かあったのか」
 
 ヴェルディラは困惑顔だ。
 
「シンシー、声楽の勉強を止めちゃったんだ」
 
 シオンの言葉に二人は目を見開いた。

 ギアの一族は特殊な一族で、そういうヴェルディラも、その特殊な儀式を受けている。そのためには、ある一定の音楽の知識と、相手となる女性には声楽の技能が求められる。
 
 相手となる者は、それなりのモノを身に着けていなくてはいけないのだ。だから、シンシアは物心つく頃には、音楽に関する教育を受け始めた。
 
「毎日、頑張っていただろう」
 
 ヴェルディラはそう言いながら、四阿の一角に腰を下ろした。ヴィオーラもその隣に腰を落ち着ける。
 
「そうなんだけど。ほら、皆が自宅に戻ってきて直ぐ、シンシーはギィに会いに行ったんだよね」
 
 シオンは右手の人差し指を、顎に持っていった。

 その時に何かがあったのだ。正確には、言われたのだろう。
 
「アレンが帰ってきたシンシーを見て、直ぐに部屋に結界を張ったんだ」
 
 意味が判らなかった。何故、結界が必要なのだろうか。
 
「僕には判らないんだけど、必要だからって」
 
 そして、アレンはシンシアに極力、部屋から出ないように言ったのだ。シオンだけではなく、家人は理由を知りたがった。当たり前だろう。アレンは実質、シンシアを閉じ込めたのだ。必要だからなのは理解出来ても、理由を知らないせいで、混乱してしまうのは仕方ない。
「でも、今は関係ないね」
 
 シオンはそう、気を取り直したように言った。
 
「で、ファジュラはどうしたのさ」
 
 シオンの問い掛けに、ヴィオーラとヴェルディラは顔を見合わせた。
 
「アレンに呼び出されたんだ。だから、二人で此処に来たんだけど」
 
 ヴェルディラは首を傾げつつ答えた。
 
「最近のアレンは隠し事が多い気がする」
 
 シオンは少し不貞腐れたようだ。流石はアレンと言うのだろうか。繋がっているシオンに気取られない方法を身に付けたのだろう。

「で、ヴィーラ、何かあったの」
 
 シオンは首を傾げると、そう問い掛けた。ヴィオーラは驚いたように、一瞬、息が止まりそうになった。シオンが鋭いことは、幼いときから知っているのにだ。
 
「多分、教えてくれないと思う」
 
 ヴェルディラがそんなことを口にした。
 
「どうしてさ」
「俺にも秘密にしてるみたいだし、まあ、そのうち嫌でも判るような気がするし」
 
 どうやらヴェルディラは、半分諦めているようだった。

「そこで諦めちゃうわけ」
 
 シオンは納得出来ないようだ。
 
「諦めるって言うか、無駄なことはしないことにしてるんだ」
 
 教えてくれないのは、時期ではないからだ。本当に重要なことならば、自然と知ることが出来るだろう。何故なら、吸血族の時は限りなく長いのだ。焦っても、よい結果は生まれない。
 
「確かにそうね。でも、私なら問い質しちゃうわ」
 
 ジゼルは苦笑いを浮かべる。
 
「それにアレンが呼び出したって言うのが、俺的にはちょっと……」
 
 ヴェルディラの言葉に、ヴィオーラもそれには納得だった。

「アレンはシンシーのことについても、教えてくれないんだ。多分、理由はあるんだろうけど、心配だしさ」
 
 シオンは右手を頬に添えると、溜め息を吐く。アレンが秘密主義なのは今に始まったことではない。だから、最終的には皆、諦めるのだ。
 
「俺、シンシーの所に行ってもいいかな」
 
 此処に居ては、根掘り葉掘り訊かれそうだ。それだけは避けたかった。何より、絶対ぼろが出る。それは、此処の者達に深く関わっているから判り得ることだ。
 
「大丈夫だよ。シンシーが出ないように言われているだけで、他の者の出入りは自由だから」
 
 シオンは軽くそう言った。

 
 
      †††
 
 
 山の裾近くにある、黒薔薇の主治医の離れは、薔薇の関係者達の滞在場所で、アレン家族が住む館だ。広さは他の吸血族の館と変わらず、かなりの規模を誇る。本宅に比べれは大きくはないが、それでも、かなりの部屋数を持つ館である。
 
 何時ものように、開け放たれているベランダから入り、二階にあるシンシアの部屋を目指す。館に入ってすぐ、強い結界の気配を感じた。二階に上がれば、それは顕著に感じられた。シンシアの部屋の前に来ると、それははっきりとした視覚として、視界に入って来た。吸血族が作り出せる結界の中でも、かなり強いものだ。

 はっきりと確認出来る結界紋。それはあえて強固に張った証でもあった。仄かに光を発し、だが、外から来る者を拒んでいるわけではない。中にある何かを、外に出さないようにしている。それだけは、ヴィオーラにも読み取ることは出来た。
 
 静かに扉を二回ノックした。
 
「シンシー、俺だけど。入っていい」
 
 静かに問い掛けた。勝手に入っていくことも可能だが、シンシアは女性で、ヴィオーラは男性。いくら幼馴染みと言えど、守らなければいけない一線と言うものがある。成人したからにはそれなりの行いをしなくては、彼自身に返ってくるのだ。
 
 部屋の中に気配は有るのに、返事がない。

 ヴィオーラが困り果てていると、微かに扉が開いた。隙間から覗いた小さな顔。母親の色を写し取ったその姿が、シンシアの存在そのものを指し示していた。黄薔薇の娘。ヴィオーラが蒼薔薇の息子と呼ばれるように。
 
「……ヴィーラ」
「どうかしたのか」
 
 シンシアが小さく首を振る。少し躊躇いを見せた後、ヴィオーラを室内に招き入れた。見慣れた室内。だが、感じるのは強い結界の力。
 
 長椅子に座ると、シンシアは 俯いた。その様子のおかしさに、ヴィオーラは首を傾げる。何時ものシンシアとは確実に違う。

「何か聞いてる」
 
 俯いたシンシアが、そう問い掛けた。
 
「声楽の勉強を止めたって」
 
 シンシアは小さく体を震わせた。
 
「如何して止めたんだ。必要な筈だよ」
 
 ヴィオーラは疑問を投げかける。しかし、シンシアは俯いたまま、唇を噛み締めた。
 
「……って」
「何」
 
 シンシアが口にした言葉はあまりに声が小さく、ヴィオーラの耳には届かなかった。だから、問うたのだ。

「必要ないって……」
 
 ヴィオーラは目を見開いた。叔父であるギアは、シンシア以外の女性が身辺に居ない。それ以前に、黄薔薇の部族は女性の出生率が著しく低いのだ。それであるのに、シンシアを拒んだギアに、何か考えがあるのだろうか。
  
「叔父さんが言ったの」
 
 ヴィオーラの問いに、シンシアは頷いた。
 
「その後、どうやって帰ってきたのか記憶になくて。お父さんが私を見た後に、部屋に結界を張ったの。なるべく部屋から出ないように言い置いて」
 
 アレンがそう言ったのには、何か理由があるのだ。

 元々、シンシアの魔力は強い。それに関係しているのだろうか。
 
「ヴィーラ、何かあったの」
 
 シンシアは顔を上げ、疑問を口に出した。シンシアもかなり様子がおかしかったが、ヴィオーラも負けてはいなかった。最初、言わないつもりであったヴィオーラだったが、シンシアに隠し事をしたことがない。幼いときから、親友といっても過言でない親交を深めているのだ。それも、異性としてではなく、同性同士のような感覚でだ。
 
「セレは前からそうだったの」
 
 ヴィオーラは小さく頷いた。ヴィオーラ自身がセレジェイラを意識していたのだから、気が付かないほうがおかしいのだ。

 シンシアもセレジェイラには何度か会ったことがある。幼い時分のときだったが、妙に覚えていた。
 
「迫られでもしたの」
「今日、逃げてるって問い詰められて……」
 
 声が小さく尻すぼみになる。
 
「ヴィーラの気持ちはどうなの」
 
 シンシアにしてみれば、性別云々よりも、互いの気持ちであると考えてる。それは完全に、両親の影響だろう。だが、ヴィオーラは違う。男として誕生し、後継者という柵を持つ者を何人も見てきた。彼本人に後継者としての、完全なる義務は存在していないが、セレジェイラは調律師の後継者なのだ。

「私が言っても、決めるのはヴィーラだけど、自分を捻じ曲げると、後でしわ寄せが来るのよ」
 
 シンシアはそう、真摯な表情で言い切った。自分の行いが、全て回りまわって還ってくる。より良い方向に流れて帰ってくれば問題ないが、もし、最悪な方向に向かった状態で帰ってきたら、どうすることも出来なくなるのだ。
 
「……判ってはいるんだ」
「本当に。本当に判っているの。私は声楽の勉強を止めたわ。自分自身で決めて、絶対後悔しないって、心に決めてる。もし、後悔したとしても、決めて実行したのは自分だわ。でも、気持ちだけは偽るつもりはないの。私は今でもギィが好き。それは譲るつもりはないし、誰の元にもお嫁には行かないって、両親には言ってるの」
 
 シンシアの決意に、ヴィオーラは息を呑んだ。

 シンシアの両親は無理強いはしない。きちんと責任をもてるなら、それなりに協力もしてくれる。シンシアにとってギアは絶対の位置に居て、その場所を誰かに挿げ替えることはしないだろう。それは、ヴィオーラが長年付き合い、見続けてきたシンシアに対する率直な印象だ。
 
 では、ヴィオーラはどうなのだろうか。彼自身は気持ちに気が付いている。だが、否定もしていた。その気持ちを認めてしまえば、後戻りが出来なくなる。シンシアとは違い、ヴィオーラは自分に対する評価を過大にするつもりはない。基本的に黒薔薇の主治医の一族は、強い意思を持っている傾向が強い。
 
 それに比べて、ヴィオーラは嫌になるほど、意志が強くないと常々思っているのだ。強く出ることが出来れば、状況を打開できる手立てが見付るかもしれない。

「それで、本当のところ、どう思っているの」
 
 シンシアにしてみれば、ヴィオーラは幼馴染みで、気の置けない友人だ。異性という感覚はなく、どちらかと言えば同性の友人と大差ない。とは言っても、同年代の同性の友人は居ないのだが、祖母や母親や姉など、友人という枠組みに囚われなければ、多くの女性に囲まれている。
 
「どうって……」
 
 いえる訳がないと、ヴィオーラは口を噤む。いくら、同性の恋愛に対して、寛容な吸血族であったとしても、後継者を必要とする者には、結婚出来る女性が必要なのだ。
 
「此処だけの話として、ってことなんだけど」
 
 シンシアは小首を傾げた。

「此処だけ……」
「そうよ。薔薇の血族で同年代の幼馴染みとして。ヴィーラの本当の気持ちが訊きたいのよ。押し込めたままだと、出口をなくして、大変なことになると思うし」
 
 シンシアの言っていることは間違えていない。父親に相談しようとは考えているが、その前にシンシアに話すのも整理が出来ていいのかもしれない。
 
 セレジェイラのことはシンシアも知っているから、話す上で説明をする必要はない。
 
「セレが後継者じゃなきゃ良いのにってのは、何時も考えていたんだ」
 
 そう、後継者でなければ、いくら薔薇の血族であるヴィオーラでも、女性の相手が居ない今の状況では反対されることはなかっただろう。

 ヴィオーラがいくら鈍感であったとしても、それなりに、自身の感情は判っているつもりだ。それが恋愛であったとしても、仮にも芸術関係の家業を持つヴィオーラは、感性そのものが他の家業の者達とは違う。鋭く気が付いてしまう。だから、セレジェイラのことも判ったといってもいい。
 
「多分、好きなんだと思う」
「多分って」
「だって、本当の気持ちなんて考えないようにしてきたから、判らなくなったって言った方が」
 
 確かに、考えないように蓋をした状態では、本来見えるものも見えなくなってしまう。それについてはシンシアも判ると納得は出来る。しかし、ヴィオーラが本当の意味で拘っているのは、家業の後継者であるということだ。

「家業が大切なのは判るけど、それに逃げていたら本当に大切な位置すら失うと思うんだけど」
 
 シンシアが言っていることは本当のことだろう。今日の遣り取りで、当分はセレジェイラに会えない。多分、会ってはもらえないだろう。タイミング的に黒薔薇の主治医の館に滞在することになったのは、考えるという意味においても、いい事だったのだ。とは言っても、拗れたままでは後々の遺恨になる可能性がある。
 
「本当は如何していいのか判らないんだ」
 
 ヴィオーラは唇を噛み締めた。持て余した感情が、頑なにさせているのは判っていた。その糸口すら見つけ出せず、解く方法も見付らない。会えば混乱してしまうし、視線を感じれば動悸が激しくなる。

 薔薇の血族は薔薇である者の子孫であるというだけで、女性化を必ずする血筋ではない。中には間違った解釈をしている者達もいるが、随分前にそれに関する認識間違いは殆ど正されている。勿論、他の魔族も認識しているのだ。
 
 それでも、一部では未だにそんなことを言っている輩がいることも事実ではある。しかし、ヴィオーラはそんな考えを持つことはなかった。確かに後継者ではないが、薔薇の楽師としての立ち位置は判っているつもりだ。もし仮に、セレジェイラに好意を寄せていることを両親に知られたとして、反対されるとは思っていない。本人の気持ちが優先されることもきちんと理解しているのだ。
 
 セレジェイラに関する感情は幼馴染み以上であると言い切れる。

 シンシアのように、幼い時分から好意を寄せる相手に出会っていない。強いて言うならセレジェイラに似た感情を抱いている程度だ。黄薔薇の娘達のように認識出来るような環境にいなかった。
 
 歳の近いシンシアは叔父であるギアに執着していたし、黄薔薇の部族は女児の出生率そのものが他の部族に比べて低く、出会いそのものはないに等しい。楽師であるヴィオーラは当然、演奏旅行という名目で、多くの吸血族と出会うが、それはあくまで観客としてであり、恋愛に発展するようなものではない。
 
「きちんと考えるべきだと思うわ。色んな意味で」
「判ってるんだけど」
「もうっ。如何してそう、女々しいのよっ。しゃんとしなさいっ」
 
 シンシアはきつく言い切った。

「はっきり言わせてもらんうんだけど、ヴィーラに異性の魅力は皆無よ」
 
 シンシアにはっきり言われたヴィオーラだが、不思議とショックではない。どうしてなのだろうか。
 
「感覚的には女友達と変わらないと思うわ」
「俺的にもそうかも……」
「つまり、それが答えでしょう」 
 
 そうは言われても、ヴィオーラは血液が恐ろしいのだ。吸血族でありながら、血液に関して恐怖を抱いているなどおかしいだろう。
 
「随分と血液について厳しく育てられていたものね」
 
 シンシアもそれは知っていた。

「それに普通なら、観客と接触は無くても、舞台上からいいな、とか感じる異性はいた筈でしょう。それも感じたことがなかったんでしょう」
 
 シンシアの言葉に素直に頷くしかない。女性は確かに男性とは違う魅力がある。綺麗に着飾り、己の魅力を最大限に生かそうとしている。その努力に対する賛辞はあっても、恋愛に発展するような感情を抱いたことはないのだ。
 
 唯一、それに似た感情を抱いたのが、セレジェイラだと言えた。それすらも、本当の感情であるのか微妙なところだ。何故なら、ヴィオーラはそう言ったものを避けて生きてきたと言ってもいい。両親のように隔離されて育てられるような環境ではなく、薔薇の関係者の関係で、異性との接触も他の同族の者に比べれば多いのだ。それでも、ヴィオーラは元来の性格なのか内気であることは否定出来ない。

「仮にも舞台人でしょう。どうしてそう、内気なの。もっとこう、自分を前面に出したらまた違うでしょう」
「そうはいうけどさ。俺は楽器を奏でる分には問題なくても、それ以外は全く駄目なんだ」
 
「薔薇の楽師の称号を戴いているんだから、もう少ししゃんとしなさいよ」
「それが出来るなら苦労しない」
 
「努力が足りないのよっ」
「努力で得られるなら、とっくに身に付いているよ」
 
 ヴィオーラのいっていることは尤もなことだ。シンシアも幼少時代、彼の吸血族とは思えない内気さに如何していいのか判らない時期があったのだ。

「セレに逃げているって言われたのよね」
 
 その言葉にヴィオーラは頷いた。
 
「ヴィーラの場合、逃げてるんじゃなくて、それが当たり前だものね」
 
 溜め息混じりに言われてしまえば、如何していいのか判らなくなる。
 
「まあ、それなりに家に滞在するんでしょう」
「父さんはそう言っていたよ」
「その間に向こうも冷静になるんだろうし、時間に任せるしかないのかしら」
 
 シンシアの言葉に頷く。

「ヴィーラと違って、向こうは男らしいんだろうし」
「それは俺が違うっていうのか」
「女々しいのは確かでしょう」
 
 きっぱりと言われてしまえば、否定も出来ない。
 
「ある意味、純粋培養ですもんね」
「そんなことはないと思うけど」
「芸術家肌の両親で、二人はまた特殊ですもの。浮世離れしているって言うか。そんな両親に育てられたヴィーラが違うとは言えないんじゃないの」
 
 シンシアはやはり、アレンとシオンの娘なのだ。頭の回転も、口の回りも常の者達とはかなり違う。歯に着せたようなことは絶対に言わないのだ。
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