浅い夜 蝶編

善奈美

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Ⅶ 月響蝶

一章

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 幼いときから、ヴィオーラはある意味、注目を集めていた。何故なら、母親が薔薇と呼ばれる特殊な存在で、しかも、他部族間の婚姻だったからだ。父親は宮廷楽師の流れを汲む血筋で、当然、吸血族の中にあって、母親同様、注目される存在だった。
 
 幼い時分から音楽に関する知識を教え込まれ、それと同様に、吸血族にとって如何に血液が重要で、危険であるかをしっかりと教え込まれていた。それは、両親が血液の知識を持たず互いの血に触れてしまったが故に、大変なことになった自覚があったからだ。
 
 だから、興味を抱く年齢に達し、両親にそれを問うた時、ヴィオーラは嫌と言うほど詳しく教育を受けたのだ。だから、ある意味、どの吸血族よりも血が怖かった。もし、両親の言うように目の前にしたら抗えなくなるのか、それが、恐ろしかったのだ。

 血を好む吸血族がそれに恐怖するのはある意味おかしなことだ。だが、ヴィオーラは本能的にそれに対して恐怖心があった。だから、極力危険なことは避けるようになった。肌を傷つけるような行為は、無意識でしないようになっていた。
 
 ヴィオーラには幼いときから幼馴染みであるセレジェイラがいた。ヴィオーラの家業は楽師だったが、セレジェイラの家業は楽師ではない。だが、楽師とは切っても切れない職業だった。だから、二人は認識を持てたのだ。
 
 セレジェイラの家業は調律師。楽器を何時でも最高の状態に保つのが、彼等の仕事だ。そして、ヴィオーラはあるときを境に、セレジェイラに恐怖を抱くようになった。それは些細なことだったのだ。

 血液に恐怖を感じていたように、恋愛に対しても同じだった。吸血族の恋愛対象は異性だけではない。何故なら、吸血族の男女比率が著しく合わないからだ。そうなると、恋愛の対象は同性にも向けられてしまう。
 
 ヴィオーラは容姿こそ父親に似ていたが、体は母親に似てしまった。つまり、小柄なのだ。そうなると、見た目では判断出来ない吸血族の容姿端麗さが仇になってしまう。幼馴染みであるセレジェイラから向けられた視線で、彼は気が付いてしまったのだ。
 
 正直に怖いと思った。何より、対象になり得る事実を突きつけられたのだ。その恐怖をどう表現したらよいのだろうか。そうなると、知らず、避けてしまうのは仕方のないことだった。家業のお陰で家を空ける機会が多いことが、ある意味、救いだったのは言うまでもない。

 ヴィオーラは薔薇の血族の中である意味育った。だから、女性が少ないことは知ってはいても、絶対的に少ないとは思っていない。あまり会うことはなかったが、同年代の黄薔薇の娘であるシンシアと、何となく、話が合った。
 
 恋愛対象にはなりえなかったが、それでも、女性と言うものがどういった存在であるかくらいは認識できる環境にいたのだ。では、同年代であり、面識もあったシンシアと、何故、それなりの関係にならなかったのか。それは、ヴィオーラの叔父が関係している。
 
 父親の弟で、ヴィオーラの叔父のギアは、何故かシンシアのお気に入りだったからだ。だから、幼いときから、シンシアと友人関係は築けても、異性としての感覚は皆無だった。それに、どうしてなのか。ヴィオーラに女性を異性とて見る感覚が薄かったのも大きな原因だったのだろう。

 女性であれ、男性であれ、一つの個であると同時に、命を持つ者。だから、生物学的に性別の違いが、モノの考え方や感じ方に違いが有るのだと聞いても、ヴィオーラにはその違いが理解出来なかったのだ。
 
 ヴィオーラは窓の外に視線を向け、嘆息した。久しぶりに帰ってきた自宅。その、自室でヴィオーラは考えていた。窓に映る自分の姿に更に溜め息が洩れる。
 
 波打つ紫色を映した髪。漆黒の瞳。それはヴィオーラの容姿に他ならなかったが、どうも、その髪色に違和感を覚える。両親はおろか、近しい親族に紫の色を持つ者は居ない。その違和感に、どうしても憂鬱になってしまうのだ。
 
 母親のような銀髪でも、父親の黒髪とも違う。

 祖父母、果ては叔父さえも黒髪。魔族では比較的おかしなことではないと言われたが、それでも、違和感が拭えなかった。
 
 珍しく、演奏旅行は当分休みなのだと、両親が言っていた。何年かに一度、そういう時期があるのだと説明を受けた。確かに、幼いときから、何年かに一度、両親ばかりではなく、祖父母と叔父も、数ヶ月ほど自宅で過ごす時期があった。
 
 だが、普通なら歓迎される休みも、今のヴィオーラにとっては苦痛でしかない。母親が薔薇である事実から、奇異の眼で見られることには慣れているが、自身に向けられる、同性でありながら、異性を見るような視線にどうしても慣れないのだ。それが、幼馴染みからだとなると、避けようもない。
 
 何故なら、周りが不審がる。何より、本人の口から、告げられたわけでないからだ。

 ヴィオーラはやんわりと、そう言ったことに対しての予防線を張っていた。吸血族は血筋を残すことに固執する。それは、過去の因縁が深く関わっているのだが、長い間染み付いた癖のようなものだろう。
 
 だから、幼馴染みのセレジェイラには、それとなく告げていた。
 
 家業を持つ一族は当然、後継者を熱望する。ヴィオーラは叔父が父親の代わりに一族の全てを引き継ぐことが決まっているため、ある意味自由だ。だが、セレジェイラは違う。ヴィオーラの一族の調律師をしているのには、それなりの理由がある。
 
 長い間、懇意にしている調律師。それは、腕に、何より、一族の技に間違えがないからなのだ。
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