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Ⅲ 月鏡蝶
一章
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アンジュは一人、扉の前に立っていた。その向こうには、ずっと想い続けていたセルジュが居る。何時もなら、躊躇うことなく扉を開けただろう。だが、今のアンジュにはそれが出来なかった。
今日、ここに来たのは別れを告げるためだった。だが、いざ目の前に来ると、その勇気が湧かなかった。幼いときから、セルジュの花嫁になるのが夢だった。けれど、それはセルジュの性別が確定し、尚且つ、男性になった場合のみだった。
父親のアレンがポツリと呟いた言葉が、耳から離れない。
それはあまりにも衝撃的で、考えないようにしていた現実を突きつけられたような気がしたのだ。
薄々、感じていた。本来ならどちらかの性別を持っている。セルジュは無性でも、両性具有でもない。そんな存在が、性を確定せずに居れば、体ばかりではなく、心の負担も大きくなる。
アレンがエンヴィに説明している現場に、アンジュはたまたま居合わせた。はしたないことだとは思ったが、好奇心が勝ったのだ。耳に入ってきた内容。それはアンジュの迷いを断ち切らせる力を持っていた。
このままではセルジュは体に異常をきたす。
成人し、それでも性別が確定しないセルジュに、アレンだけではなく、ファジールもベンジャミンも、危険であると判断したようだ。その話を聞いたとき、原因はアンジュにあるのではと、彼女は思ってしまった。
アンジュが側に居ることで、セルジュの負担になっているのなら、離れる選択も必要だ。そして、アンジュが出した結論。
側に居られなくても、セルジュが幸せになるのならそれでいい。だが、セルジュの隣にアンジュ以外の存在の姿があるのを見たくはない。
両親の元には、アンジュだけではなく、アーダとセイラ、双子の妹にも、他部族から見合い話が着ていることは知っていた。両親は娘達に知られないようにしているつもりでいたようだが、なんとなく判ってしまうものだ。
だから、アンジュは母親のシオンに、黒薔薇ではない他の部族の男性の元に嫁ぐと告げた。セルジュでなければ、誰であろうとかまわなかったからだ。
こんなことを言えば、家族は反対するだろう。叔父であるベンジャミンの花嫁はセルジュの姉だ。きっと、セルジュのことはベンジャミンから、詳しく訊き出しているだろう。
「……アン」
遠慮がちに掛けられた声に反応するのが少し遅れた。聞き覚えのある声。顔を向けるとそこに居たのは、セルジュの母親のルビィ。
「どうかしたの」
固まったように動かないアンジュに、ルビィは訝しむ。アンジュは小さく首を振った。
「セルなら、部屋にいるけど」
ルビィの言葉に、アンジュは悲しみをたたえた笑みを浮かべた。
そして、更に小さく首を横に振った。会いに来た筈だった。でも、目の前まで来て、最後の一歩が踏み出せない。
「アン」
ルビィは更に首を傾げた。アンジュの様子が普通とは違っていたからだ。
「お話があるのですが」
アンジュは室内に声が届かないように注意しながら、ルビィに声を掛けた。ルビィは訝しみながらも頷き、アンジュを促し歩き出した。アンジュは一度、扉に視線を向けると、振り切るようにルビィの後を追った。
これが最後……。
余程のことがない限り、会うこともなくなる。
会うことがないように、シオンに意思を伝えたのだ。今頃は父親のアレンばかりではく、家族中が知ってしまっているだろう。それでも、セルジュのために決めた選択だ。もし、後悔をしたとしても、責任は彼女自身にある。
何時かは決断しなくてはならなかった。セルジュの状況を考えると、その決断も遅かったのではないかと思えてくる。
セルジュにとってアンジュは幼馴染でしかなかったのだろう。だから、分化する筈の性別がいまだに確定しない。薔薇の子であるセルジュが、女性になることを望んでいる者は沢山居る。男性が絶対的に多い吸血族では、男性に変化するよりも、女性に変化して欲しいと望んでいる者が多数であることは、医者である父親と祖父が話しているのを、盗み聞いた。
ついて行った場所は何時もの居間ではなかった。もしかしたら、何かを感じてくれているのかもしれない。ルビィはおっとりとしていて、気が利かないのだと言っていたが、やはり、二児の母親なのだ。
「どうかしたの」
アンジュは小さく息を吐き出した。目の前にいるルビィとも、会うことがなくなるのだ。そう思うと、目頭が熱くなった。
「アン」
いきなり瞳を潤ませたアンジュに、ルビィはうろたえた。産まれたときからアンジュのことは見守っていたのだ。ルビィを心配させていることに気が付き、アンジュは泣き顔のまま、笑みを浮かべた。
何時かは言わなくてはならない。
「……お見合いをすることにしたんです」
アンジュはルビィを見据え、震える声で告げた。ルビィは一瞬、固まったように見えた。
「……どうして」
ルビィは搾り出すように、言葉を発した。
「聞いちゃったんです。このままでは、セルの体が危ないって」
アンジュは俯き、小さな声で言った。ルビィは顔を歪めた。その話はエンヴィから聞いていたからだ。アレンから、このままでは危険だと警告を受けたと。
「きっと私のせいだって。私が側にいたから、セルは本当に好きな人を見付けられないんだって」
少しずつ声に涙が混じる。何時だって、セルジュを想っていた。でも、その想いが重荷になっていたとしたら。アンジュには、それが耐えられなかった。
「それは……」
ルビィが言葉を紡ごうとしたとき、アンジュは勢いよく顔を上げた。
「セルにとって、私は他の幼馴染達と同じなんだってっ。判ってた。でも、認めたくなかったのっ」
そう、判っていたのだ。判っていて、認める勇気がなかったのだ。ずっと、気が付かない振りをしていた。失いたくなかったからだ。
だが、このままでは本当の意味でセルジュを失う。永遠に近い命を持つ吸血族が、どういった状態になるかなんて、判りはしない。しかし、医者が三人共、危惧しているのだ。
「本当は本人に直接告げるつもりだった。でも、いざ目の前まで来たら体が動かなくなって……」
ルビィはアンジュの左頬に、右手を添えた。
「ずっと、悩んでいたの」
「ずっとじゃないけど……」
瞳から溢れ出した涙を、ルビィは、右手の親指で拭った。
「セルはどうしたいのか、僕には判らないんだ」
ルビィは途方に暮れたように呟く。
「でも、アンは自分で決めたんでしょう。それをとめる権利は、僕にはないから」
本当なら引き止めたいのが本音だ。だが、アンジュの消沈した様子に、本音など、言えよう筈がなかった。
「ごめんなさい」
「どうして、謝るの」
アンジュは一度、唇を引き結び、震える唇で、言葉を紡いだ。
「全部、私のせいだから」
ルビィは小さく首を横に振った。
「それは違うよ。誰のせいでもないの」
ただ、何かが噛み合っていないだけなのだ。
アンジュには言えないが、セルジュに足りないのは危機感なのだろう。ある意味、本人よりも、アンジュの方が危機感があるのではないだろうか。
「アンが後悔しないなら、僕は反対しないよ」
ルビィの言葉に、アンジュは涙が止まらなかった。
「セルには僕から話しておくから」
ルビィには何故、アンジュがセルジュの部屋の前で立ち尽くしていたのか理解出来た。どうしても、一歩が踏み出せなかったのだろう。自分の口から、説明することが出来なかったのだろう。
別れを告げるつもりで出向いてきた筈だ。
過去、ルビィもエンヴィに言えなかった沢山の言葉があった。遠慮もある。だが、それ以上に臆病になってしまう。口に出してしまえば楽になれることもあるが、別の、考えなくても良いようなことまで、考えてしまう。
アンジュを見送り、ルビィは溜め息を吐いた。
何故、セルジュは変化しないのだろうか。成人し、このままでは、父親の家業を継ぐことは出来ないのだ。それが、判らない筈がない。
「アンか」
いきなり、背後から掛けられた声に、ルビィは飛び上がり、慌てて、振り返った。そこに居たのは、エンヴィ。最近は特に、気配なく背後に居る。心臓にあまり良くないのだ。
「驚かせないでよ」
ルビィが息を吐き出しながら言った言葉に、エンヴィは首を傾げた。どうやら、自覚がないらしい。
「そんなつもりはねぇ」
「判ってるけど、もう少し、気配を出してよ」
無理難題を言っているのは判っているが、言わずにはいられなかった。
「そんなことより……」
ルビィは溜め息を吐いた。アンジュが何のために来たのか知りたいのだろう。
「実は……」
ルビィはアンジュが告げた言葉をエンヴィに語った。
「遅かれ早かれ、こうなるんじゃねぇかって思ってた」
エンヴィが落ち着いた声音で言った。
「どう言うこと」
ルビィは首を傾げる。
「あいつには危機感がまるでねぇ。アンが離れるなんて考えてもいねぇだろうな」
幼いときから側に居るのが当たり前で、離れていくなど考えてもいないだろう。それが、如何に傲慢な考えであるのか、判っていない。
女児が少ない吸血族では、何時までも女性が独り身でいることは、ある意味難しい。例外は白薔薇に居る、カルヴァスの仮の婚約者であるオルフェスくらいだろう。
†††
セルジュは両親から告げられたことが、理解出来なかった。
「アンはもう来ない」
ルビィは少し暗い表情を浮かべていた。少しずつ言葉の意味を理解し始める。アンジュは黒薔薇から離れ、何より、セルジュの前から完全に居なくなる。
頭のどこかが警鐘音を発する。耳鳴りに近い感覚が、脳内を支配した。その、セルジュの変化に最初に気が付いたのはエンヴィだった。明らかに顔色が悪くなり、息遣いは浅く、荒い。
「……セル」
エンヴィの低い声に、ルビィは改めて我が子に視線を向けた。浅い息遣い。青かった顔色が、急激に変化していた。額に汗を浮かべ、明らかに普通ではない。
エンヴィが咄嗟にセルジュの額に右手を添えた。額は熱を持ち、尋常ではない。直ぐに異変を察知したエンヴィは、セルジュをベッドに寝かせ、ルビィには付いているように言った。
「何が起こったのっ」
「判らねぇ」
エンヴィはそれだけ告げると、部屋を飛び出していった。思い出すのはアレンの言葉だ。変化の兆しは、心の変化に直結している。いきなり変化を始めるときもあれば、緩やかに変化する者もいる。
セルジュの場合、兆しが全くないため、変化を始めるとしたら、いきなり始まる可能性が高いと言われた。変化は何によってもたらされるかは、本人にしか判らない。変化をするも、しないも、全て、本人次第だからだ。
変化の兆しがあった場合、すばやく知らせて欲しいと言われていた。
理由は、変化時、かなり発熱するだろうと。吸血族は熱に弱い。平熱が異常に低いからだ。肌が青白いのも、体温がひくいせいもあるのだ。
変化は体の機能そのものを作り変える。男になることも、女になることも可能であったセルジュの体は、ある意味、中途半端な状態なのだ。その体を心の変化で作り変えるのだ。当然、膨大な熱量が放出される。
覚悟はしていた。アレンから、覚悟を促されていたこともある。エンヴィはよく冷静だと言われるが、内心は違うのだ。直ぐにパニックに陥るルビィの側にいることで、嫌でも身についた。
「ベンジャミン。フィネイを連れてきてくれないか」
「アジルさんじゃないの」
ベンジャミンは当たり前のことを訊いてきた。エンヴィにしてもそうだ。
「前々から頼んであったんだ。必要な薬の調合を」
変化が急激に始まることは判っていた。ただ、時期の特定は無理だったのだ。アレンが薔薇の主治医なら、フィネイは薔薇の薬師になる。薔薇の血筋を、実験材料にされる訳にはいかない。それが、信頼のおける者でもだ。
アレンの態度でそれに気が付いたベンジャミンはそれ以上、追求はしてこなかった。仕方ないと小さく溜め息を吐く。
「ゼインにも声を掛けておくよ」
そう言い置き、部屋を出て行った。
「ルビィは」
「あいつは直ぐ、パニックになるから、セルを見ているように言ってきた」
アレンは納得したように苦笑いを浮かべた。エンヴィが冷静な理由を、垣間見たような気がした。
「……変化だと思うのか」
エンヴィの言葉に、アレンは思案した。聞いた話は、二人でセルジュにアンジュのことを話している最中に、発熱したということ。
セルジュの中でアンジュがどの位置に居るのかは判らないが、衝撃的だったのだろう。それが起爆剤になったとしたら、何かがセルジュの中で変化したのだ。
「診てみないことには判らないが、変化の兆しでほぼ、間違いないだろうな」
後はアンジュだ。離れると決めたのだろうが、今の状態のセルジュについて知らせないのは得策とは言えない。男になるしろ、女になるにしろ、アンジュは現実を知らなくてはならない。
「エンヴィが来たんだって」
考え込んでいたアレンの耳に、シオンの声が飛び込んできた。二人は声のする方に視線を向ける。そこに居たのは間違いなくシオンだった。
シオンは二人から説明を受けると、右手の人差し指を、顎に持っていく。
「いきなりの変化って、危険なんじゃないの」
「当たり前だ」
アレンはあからさまに溜め息を吐く。
「アンは僕がどんなことをしてでも連れて行くから、心配しないで」
シオンは何かを察したように、微笑んだ。
「第一、僕はお見合いさせる気なんてないんだからさ」
そんな捨て台詞を残し、シオンは二人の前から、姿を消した。シオンの言葉にエンヴィは目を見開く。
「判らねぇんだけど」
「見合いのことか」
エンヴィは頷く。
確かに、見合い話は沢山来ている。シオンとアレンの間には、女児しか生まれていないのだから、当然、そうなることは予想済みだ。それに、いちいち反応していては、身が持たない。アレンもだが、家族中が知らぬ存ぜぬを通しているらしい。
「どれだけ話が来ていると思ってるんだ」
付き合っていられるか、とアレンは言葉を吐き捨てた。流石にアーダについては、部族長間で話は済んでいるので、そう言った話は来ないという話だったが、アンジュとセイラについては、ひっきりなしだ。
「大体、感情を無視した婚姻が如何に愚かなことか、いい加減判ってもらいたいんだよ」
自分達と同じ思いをさせたいのだろうか。薔薇の血筋ではなくとも、女児の出生率は上がり始めている。それに加え、部族長間で、他部族間の婚姻を認める方向に進んでいるのだ。
「産まれたばかりの頃の姿を思い出してみろ」
意識をしていなくとも、相手を決めていたのは本人達なのだ。記憶になかったとしても、本能で相手を求めていたのだから、違う相手と一緒になったとしても、不幸になるだけだろう。
それが判っているのに、見合いを認めることは出来ない。
「それに薔薇の子供同士で婚姻することも、意味があることなんじゃないかと思っているしな」
何も、無理矢理一緒にさせようとしているのではない。意味があるから、相手を求めるのだ。
「お前でも判らねぇのか」
「何度も言うが、俺は万能じゃない。判らないことの方が絶対的に多いんだよ。長の奥方と一緒にするな」
「万能に見えるときの方が多いんじゃねぇの」
「そんな訳があるか」
アレンは脱力しつつそう言うと、隣室から診察鞄を片手にエンヴィの元に戻って来た。そして、ファジールに声を掛け、何が起こっているのか説明をし、エンヴィの館に向かった。
†††
アンジュはシオンの言葉に固まった。セルジュが変化を始めたと聞いたからだ。離れると決めて直ぐ、変化を始めたのだ。それが、答えのようで、アンジュは胸が締め付けられた。自分の存在が、妨げになっていたと、証明されたようではないか。
「アンは知るべきだと思う」
シオンは容赦なく言い切った。当然、アンジュは首を強く横へ振った。シオンが言いたいことは理解出来るが、心が知ることを拒絶している。まだ、決心したばかりで、相手を知れば、嫉妬心が芽生えるのは判りきっている。
「拒絶したって無理だよ。今日の僕は男なんだから」
「無理矢理連れて行くつもり」
おとなしく話を聞いていたジゼルが、口を挟んだ。
「素直に言うことを聞かなかったらね」
「判らなくはないけど、アンのことも考えてあげたら」
ジゼルの言葉に、シオンは溜め息を吐いた。確かに、帰ってきて間もない。おそらく、アンジュはセルジュ本人には、真実を告げてはいない。エンヴィが素早く行動出来たのは、その場に居たからだ。アレンとエンヴィの説明を聞いたとき、直感したのは一つの真実だ。
セルジュはアンジュが離れていくとは、考えてもいなかったのではないだろうか。
近くにいるのが当たり前で、居なくなるとは、思わない。その存在が、遠い、手の届かない場所に行ってしまう。
セルジュの中に、初めて焦りが生まれたのではないだろうか。性別を確定していないセルジュでは、アンジュを止める決定的な力はない。本当の想いに気が付いても、そのときにはアンジュは居なくなっている。
与えられた情報で、瞬時に察しのだろう。このままでは、大切な存在は居なくなってしまう。その焦りが、体に急激な変化をもたらしたのだ。
「お母さんの言っていることも判るけど、セルの変化がどういった意味を持つのか、アンは知らなきゃならないの。僕みたいになってもらいたくないの」
シオンはきっぱりと言い切る。
ジゼルは口を閉ざした。
「あの時、罵声を浴びせられても、アレンに言っていればよかったって。それをしなかったばっかりに、沢山の回り道をしたんだよ」
「けれど、必要なことだったでしょう」
結果を見ればそう言えるだろうが、臆病になったために、見えていなかったこともあったのだ。
「必要であったとしても、同じような思いを娘にはしてもらいたくないの。真実を知って傷ついたとしても、知らずにいた後悔より、知って後悔したほうが何倍もましなんだよ」
シオンはアンジュを見下ろした。我が子だし、可愛いことに変わりないが、必要であれば心を鬼にしてでも、実行する。
結局は、互いの気持ちを知らない状態になるのが落ちなのだ。後に引けない状態になる前に、知る必要がある。後悔も、する場所を間違えると取り返しがつかないことになるのだ。
「知った後なら、いくらでも文句は聞いてあげるけど、現実から逃げ出すことは許さないよ。アンがお見合いをすると聞いて変化を始めたのなら、考えられる可能性は二つでしょ。その一つをつぶして考えることは愚かなことだよ」
見合いをすると聞いて、双子の姉妹は驚きに目を見開き、アンジュを凝視した。そんなことになっているなど、知らなかったからだ。
「でもっ」
「でもも、減った暮れもないのっ」
シオンは言うなり、アンジュを担ぎ上げた。
「やっぱり、そう言うことになるのね」
ジゼルは溜め息を吐いた。可愛い孫娘だ。当然、誰よりも幸せになってもらいたい。
「お母さんっ」
「叫んでも無駄。お父さんにはどんな手を使っても連れて行くって約束したんだからね」
本当に男でよかったと、シオンは呟きながら、アンジュを肩に担ぎ上げて、部屋を出て行った。
「おばあちゃま……」
アーダは呆然と祖母を呼んだ。
「なぁに」
ジゼルはのほほんと、先を促した。
「アンはどうなるの」
セイラがそう、問い掛けた。
「どうなるのかしら。こればかりは判らないわね」
アーダとセイラは顔を見合わせた。
「セルはどちらの性を選ぶのか、それに掛かっているのではないかしら」
セルジュの中で変化したオモイとは何なのだろうか。ジゼルは本人ではないので判らないが、いい方向に向いて欲しい。
「それに、貴女達も人の心配をしている場合ではないでしょう」
ジゼルに言われ、二人は口を噤んだ。言われなくても判っていたからだ。
姉の心配をしているのは判るが、心配をしている場合ではない。セイラはそうでもないのだが、アーダは深刻な状況になっているのだ。
「アンなら大丈夫よ。絶対に上手くいくわ」
「本当に」
セイラは伺うように、問い掛けた。
「両親は最強のあの二人よ。誰が勝てるって言うのよ」
確かに、アレンとシオンは最強だが、こればかりは、本人達次第ではないのだろうか。二人の表情でそれを察したジゼルは、微笑を浮かべる。
「誰よりも貴方達を知っているの薔薇の夫婦達なのよ」
ジゼルはただ、事実を簡潔に述べた。
今日、ここに来たのは別れを告げるためだった。だが、いざ目の前に来ると、その勇気が湧かなかった。幼いときから、セルジュの花嫁になるのが夢だった。けれど、それはセルジュの性別が確定し、尚且つ、男性になった場合のみだった。
父親のアレンがポツリと呟いた言葉が、耳から離れない。
それはあまりにも衝撃的で、考えないようにしていた現実を突きつけられたような気がしたのだ。
薄々、感じていた。本来ならどちらかの性別を持っている。セルジュは無性でも、両性具有でもない。そんな存在が、性を確定せずに居れば、体ばかりではなく、心の負担も大きくなる。
アレンがエンヴィに説明している現場に、アンジュはたまたま居合わせた。はしたないことだとは思ったが、好奇心が勝ったのだ。耳に入ってきた内容。それはアンジュの迷いを断ち切らせる力を持っていた。
このままではセルジュは体に異常をきたす。
成人し、それでも性別が確定しないセルジュに、アレンだけではなく、ファジールもベンジャミンも、危険であると判断したようだ。その話を聞いたとき、原因はアンジュにあるのではと、彼女は思ってしまった。
アンジュが側に居ることで、セルジュの負担になっているのなら、離れる選択も必要だ。そして、アンジュが出した結論。
側に居られなくても、セルジュが幸せになるのならそれでいい。だが、セルジュの隣にアンジュ以外の存在の姿があるのを見たくはない。
両親の元には、アンジュだけではなく、アーダとセイラ、双子の妹にも、他部族から見合い話が着ていることは知っていた。両親は娘達に知られないようにしているつもりでいたようだが、なんとなく判ってしまうものだ。
だから、アンジュは母親のシオンに、黒薔薇ではない他の部族の男性の元に嫁ぐと告げた。セルジュでなければ、誰であろうとかまわなかったからだ。
こんなことを言えば、家族は反対するだろう。叔父であるベンジャミンの花嫁はセルジュの姉だ。きっと、セルジュのことはベンジャミンから、詳しく訊き出しているだろう。
「……アン」
遠慮がちに掛けられた声に反応するのが少し遅れた。聞き覚えのある声。顔を向けるとそこに居たのは、セルジュの母親のルビィ。
「どうかしたの」
固まったように動かないアンジュに、ルビィは訝しむ。アンジュは小さく首を振った。
「セルなら、部屋にいるけど」
ルビィの言葉に、アンジュは悲しみをたたえた笑みを浮かべた。
そして、更に小さく首を横に振った。会いに来た筈だった。でも、目の前まで来て、最後の一歩が踏み出せない。
「アン」
ルビィは更に首を傾げた。アンジュの様子が普通とは違っていたからだ。
「お話があるのですが」
アンジュは室内に声が届かないように注意しながら、ルビィに声を掛けた。ルビィは訝しみながらも頷き、アンジュを促し歩き出した。アンジュは一度、扉に視線を向けると、振り切るようにルビィの後を追った。
これが最後……。
余程のことがない限り、会うこともなくなる。
会うことがないように、シオンに意思を伝えたのだ。今頃は父親のアレンばかりではく、家族中が知ってしまっているだろう。それでも、セルジュのために決めた選択だ。もし、後悔をしたとしても、責任は彼女自身にある。
何時かは決断しなくてはならなかった。セルジュの状況を考えると、その決断も遅かったのではないかと思えてくる。
セルジュにとってアンジュは幼馴染でしかなかったのだろう。だから、分化する筈の性別がいまだに確定しない。薔薇の子であるセルジュが、女性になることを望んでいる者は沢山居る。男性が絶対的に多い吸血族では、男性に変化するよりも、女性に変化して欲しいと望んでいる者が多数であることは、医者である父親と祖父が話しているのを、盗み聞いた。
ついて行った場所は何時もの居間ではなかった。もしかしたら、何かを感じてくれているのかもしれない。ルビィはおっとりとしていて、気が利かないのだと言っていたが、やはり、二児の母親なのだ。
「どうかしたの」
アンジュは小さく息を吐き出した。目の前にいるルビィとも、会うことがなくなるのだ。そう思うと、目頭が熱くなった。
「アン」
いきなり瞳を潤ませたアンジュに、ルビィはうろたえた。産まれたときからアンジュのことは見守っていたのだ。ルビィを心配させていることに気が付き、アンジュは泣き顔のまま、笑みを浮かべた。
何時かは言わなくてはならない。
「……お見合いをすることにしたんです」
アンジュはルビィを見据え、震える声で告げた。ルビィは一瞬、固まったように見えた。
「……どうして」
ルビィは搾り出すように、言葉を発した。
「聞いちゃったんです。このままでは、セルの体が危ないって」
アンジュは俯き、小さな声で言った。ルビィは顔を歪めた。その話はエンヴィから聞いていたからだ。アレンから、このままでは危険だと警告を受けたと。
「きっと私のせいだって。私が側にいたから、セルは本当に好きな人を見付けられないんだって」
少しずつ声に涙が混じる。何時だって、セルジュを想っていた。でも、その想いが重荷になっていたとしたら。アンジュには、それが耐えられなかった。
「それは……」
ルビィが言葉を紡ごうとしたとき、アンジュは勢いよく顔を上げた。
「セルにとって、私は他の幼馴染達と同じなんだってっ。判ってた。でも、認めたくなかったのっ」
そう、判っていたのだ。判っていて、認める勇気がなかったのだ。ずっと、気が付かない振りをしていた。失いたくなかったからだ。
だが、このままでは本当の意味でセルジュを失う。永遠に近い命を持つ吸血族が、どういった状態になるかなんて、判りはしない。しかし、医者が三人共、危惧しているのだ。
「本当は本人に直接告げるつもりだった。でも、いざ目の前まで来たら体が動かなくなって……」
ルビィはアンジュの左頬に、右手を添えた。
「ずっと、悩んでいたの」
「ずっとじゃないけど……」
瞳から溢れ出した涙を、ルビィは、右手の親指で拭った。
「セルはどうしたいのか、僕には判らないんだ」
ルビィは途方に暮れたように呟く。
「でも、アンは自分で決めたんでしょう。それをとめる権利は、僕にはないから」
本当なら引き止めたいのが本音だ。だが、アンジュの消沈した様子に、本音など、言えよう筈がなかった。
「ごめんなさい」
「どうして、謝るの」
アンジュは一度、唇を引き結び、震える唇で、言葉を紡いだ。
「全部、私のせいだから」
ルビィは小さく首を横に振った。
「それは違うよ。誰のせいでもないの」
ただ、何かが噛み合っていないだけなのだ。
アンジュには言えないが、セルジュに足りないのは危機感なのだろう。ある意味、本人よりも、アンジュの方が危機感があるのではないだろうか。
「アンが後悔しないなら、僕は反対しないよ」
ルビィの言葉に、アンジュは涙が止まらなかった。
「セルには僕から話しておくから」
ルビィには何故、アンジュがセルジュの部屋の前で立ち尽くしていたのか理解出来た。どうしても、一歩が踏み出せなかったのだろう。自分の口から、説明することが出来なかったのだろう。
別れを告げるつもりで出向いてきた筈だ。
過去、ルビィもエンヴィに言えなかった沢山の言葉があった。遠慮もある。だが、それ以上に臆病になってしまう。口に出してしまえば楽になれることもあるが、別の、考えなくても良いようなことまで、考えてしまう。
アンジュを見送り、ルビィは溜め息を吐いた。
何故、セルジュは変化しないのだろうか。成人し、このままでは、父親の家業を継ぐことは出来ないのだ。それが、判らない筈がない。
「アンか」
いきなり、背後から掛けられた声に、ルビィは飛び上がり、慌てて、振り返った。そこに居たのは、エンヴィ。最近は特に、気配なく背後に居る。心臓にあまり良くないのだ。
「驚かせないでよ」
ルビィが息を吐き出しながら言った言葉に、エンヴィは首を傾げた。どうやら、自覚がないらしい。
「そんなつもりはねぇ」
「判ってるけど、もう少し、気配を出してよ」
無理難題を言っているのは判っているが、言わずにはいられなかった。
「そんなことより……」
ルビィは溜め息を吐いた。アンジュが何のために来たのか知りたいのだろう。
「実は……」
ルビィはアンジュが告げた言葉をエンヴィに語った。
「遅かれ早かれ、こうなるんじゃねぇかって思ってた」
エンヴィが落ち着いた声音で言った。
「どう言うこと」
ルビィは首を傾げる。
「あいつには危機感がまるでねぇ。アンが離れるなんて考えてもいねぇだろうな」
幼いときから側に居るのが当たり前で、離れていくなど考えてもいないだろう。それが、如何に傲慢な考えであるのか、判っていない。
女児が少ない吸血族では、何時までも女性が独り身でいることは、ある意味難しい。例外は白薔薇に居る、カルヴァスの仮の婚約者であるオルフェスくらいだろう。
†††
セルジュは両親から告げられたことが、理解出来なかった。
「アンはもう来ない」
ルビィは少し暗い表情を浮かべていた。少しずつ言葉の意味を理解し始める。アンジュは黒薔薇から離れ、何より、セルジュの前から完全に居なくなる。
頭のどこかが警鐘音を発する。耳鳴りに近い感覚が、脳内を支配した。その、セルジュの変化に最初に気が付いたのはエンヴィだった。明らかに顔色が悪くなり、息遣いは浅く、荒い。
「……セル」
エンヴィの低い声に、ルビィは改めて我が子に視線を向けた。浅い息遣い。青かった顔色が、急激に変化していた。額に汗を浮かべ、明らかに普通ではない。
エンヴィが咄嗟にセルジュの額に右手を添えた。額は熱を持ち、尋常ではない。直ぐに異変を察知したエンヴィは、セルジュをベッドに寝かせ、ルビィには付いているように言った。
「何が起こったのっ」
「判らねぇ」
エンヴィはそれだけ告げると、部屋を飛び出していった。思い出すのはアレンの言葉だ。変化の兆しは、心の変化に直結している。いきなり変化を始めるときもあれば、緩やかに変化する者もいる。
セルジュの場合、兆しが全くないため、変化を始めるとしたら、いきなり始まる可能性が高いと言われた。変化は何によってもたらされるかは、本人にしか判らない。変化をするも、しないも、全て、本人次第だからだ。
変化の兆しがあった場合、すばやく知らせて欲しいと言われていた。
理由は、変化時、かなり発熱するだろうと。吸血族は熱に弱い。平熱が異常に低いからだ。肌が青白いのも、体温がひくいせいもあるのだ。
変化は体の機能そのものを作り変える。男になることも、女になることも可能であったセルジュの体は、ある意味、中途半端な状態なのだ。その体を心の変化で作り変えるのだ。当然、膨大な熱量が放出される。
覚悟はしていた。アレンから、覚悟を促されていたこともある。エンヴィはよく冷静だと言われるが、内心は違うのだ。直ぐにパニックに陥るルビィの側にいることで、嫌でも身についた。
「ベンジャミン。フィネイを連れてきてくれないか」
「アジルさんじゃないの」
ベンジャミンは当たり前のことを訊いてきた。エンヴィにしてもそうだ。
「前々から頼んであったんだ。必要な薬の調合を」
変化が急激に始まることは判っていた。ただ、時期の特定は無理だったのだ。アレンが薔薇の主治医なら、フィネイは薔薇の薬師になる。薔薇の血筋を、実験材料にされる訳にはいかない。それが、信頼のおける者でもだ。
アレンの態度でそれに気が付いたベンジャミンはそれ以上、追求はしてこなかった。仕方ないと小さく溜め息を吐く。
「ゼインにも声を掛けておくよ」
そう言い置き、部屋を出て行った。
「ルビィは」
「あいつは直ぐ、パニックになるから、セルを見ているように言ってきた」
アレンは納得したように苦笑いを浮かべた。エンヴィが冷静な理由を、垣間見たような気がした。
「……変化だと思うのか」
エンヴィの言葉に、アレンは思案した。聞いた話は、二人でセルジュにアンジュのことを話している最中に、発熱したということ。
セルジュの中でアンジュがどの位置に居るのかは判らないが、衝撃的だったのだろう。それが起爆剤になったとしたら、何かがセルジュの中で変化したのだ。
「診てみないことには判らないが、変化の兆しでほぼ、間違いないだろうな」
後はアンジュだ。離れると決めたのだろうが、今の状態のセルジュについて知らせないのは得策とは言えない。男になるしろ、女になるにしろ、アンジュは現実を知らなくてはならない。
「エンヴィが来たんだって」
考え込んでいたアレンの耳に、シオンの声が飛び込んできた。二人は声のする方に視線を向ける。そこに居たのは間違いなくシオンだった。
シオンは二人から説明を受けると、右手の人差し指を、顎に持っていく。
「いきなりの変化って、危険なんじゃないの」
「当たり前だ」
アレンはあからさまに溜め息を吐く。
「アンは僕がどんなことをしてでも連れて行くから、心配しないで」
シオンは何かを察したように、微笑んだ。
「第一、僕はお見合いさせる気なんてないんだからさ」
そんな捨て台詞を残し、シオンは二人の前から、姿を消した。シオンの言葉にエンヴィは目を見開く。
「判らねぇんだけど」
「見合いのことか」
エンヴィは頷く。
確かに、見合い話は沢山来ている。シオンとアレンの間には、女児しか生まれていないのだから、当然、そうなることは予想済みだ。それに、いちいち反応していては、身が持たない。アレンもだが、家族中が知らぬ存ぜぬを通しているらしい。
「どれだけ話が来ていると思ってるんだ」
付き合っていられるか、とアレンは言葉を吐き捨てた。流石にアーダについては、部族長間で話は済んでいるので、そう言った話は来ないという話だったが、アンジュとセイラについては、ひっきりなしだ。
「大体、感情を無視した婚姻が如何に愚かなことか、いい加減判ってもらいたいんだよ」
自分達と同じ思いをさせたいのだろうか。薔薇の血筋ではなくとも、女児の出生率は上がり始めている。それに加え、部族長間で、他部族間の婚姻を認める方向に進んでいるのだ。
「産まれたばかりの頃の姿を思い出してみろ」
意識をしていなくとも、相手を決めていたのは本人達なのだ。記憶になかったとしても、本能で相手を求めていたのだから、違う相手と一緒になったとしても、不幸になるだけだろう。
それが判っているのに、見合いを認めることは出来ない。
「それに薔薇の子供同士で婚姻することも、意味があることなんじゃないかと思っているしな」
何も、無理矢理一緒にさせようとしているのではない。意味があるから、相手を求めるのだ。
「お前でも判らねぇのか」
「何度も言うが、俺は万能じゃない。判らないことの方が絶対的に多いんだよ。長の奥方と一緒にするな」
「万能に見えるときの方が多いんじゃねぇの」
「そんな訳があるか」
アレンは脱力しつつそう言うと、隣室から診察鞄を片手にエンヴィの元に戻って来た。そして、ファジールに声を掛け、何が起こっているのか説明をし、エンヴィの館に向かった。
†††
アンジュはシオンの言葉に固まった。セルジュが変化を始めたと聞いたからだ。離れると決めて直ぐ、変化を始めたのだ。それが、答えのようで、アンジュは胸が締め付けられた。自分の存在が、妨げになっていたと、証明されたようではないか。
「アンは知るべきだと思う」
シオンは容赦なく言い切った。当然、アンジュは首を強く横へ振った。シオンが言いたいことは理解出来るが、心が知ることを拒絶している。まだ、決心したばかりで、相手を知れば、嫉妬心が芽生えるのは判りきっている。
「拒絶したって無理だよ。今日の僕は男なんだから」
「無理矢理連れて行くつもり」
おとなしく話を聞いていたジゼルが、口を挟んだ。
「素直に言うことを聞かなかったらね」
「判らなくはないけど、アンのことも考えてあげたら」
ジゼルの言葉に、シオンは溜め息を吐いた。確かに、帰ってきて間もない。おそらく、アンジュはセルジュ本人には、真実を告げてはいない。エンヴィが素早く行動出来たのは、その場に居たからだ。アレンとエンヴィの説明を聞いたとき、直感したのは一つの真実だ。
セルジュはアンジュが離れていくとは、考えてもいなかったのではないだろうか。
近くにいるのが当たり前で、居なくなるとは、思わない。その存在が、遠い、手の届かない場所に行ってしまう。
セルジュの中に、初めて焦りが生まれたのではないだろうか。性別を確定していないセルジュでは、アンジュを止める決定的な力はない。本当の想いに気が付いても、そのときにはアンジュは居なくなっている。
与えられた情報で、瞬時に察しのだろう。このままでは、大切な存在は居なくなってしまう。その焦りが、体に急激な変化をもたらしたのだ。
「お母さんの言っていることも判るけど、セルの変化がどういった意味を持つのか、アンは知らなきゃならないの。僕みたいになってもらいたくないの」
シオンはきっぱりと言い切る。
ジゼルは口を閉ざした。
「あの時、罵声を浴びせられても、アレンに言っていればよかったって。それをしなかったばっかりに、沢山の回り道をしたんだよ」
「けれど、必要なことだったでしょう」
結果を見ればそう言えるだろうが、臆病になったために、見えていなかったこともあったのだ。
「必要であったとしても、同じような思いを娘にはしてもらいたくないの。真実を知って傷ついたとしても、知らずにいた後悔より、知って後悔したほうが何倍もましなんだよ」
シオンはアンジュを見下ろした。我が子だし、可愛いことに変わりないが、必要であれば心を鬼にしてでも、実行する。
結局は、互いの気持ちを知らない状態になるのが落ちなのだ。後に引けない状態になる前に、知る必要がある。後悔も、する場所を間違えると取り返しがつかないことになるのだ。
「知った後なら、いくらでも文句は聞いてあげるけど、現実から逃げ出すことは許さないよ。アンがお見合いをすると聞いて変化を始めたのなら、考えられる可能性は二つでしょ。その一つをつぶして考えることは愚かなことだよ」
見合いをすると聞いて、双子の姉妹は驚きに目を見開き、アンジュを凝視した。そんなことになっているなど、知らなかったからだ。
「でもっ」
「でもも、減った暮れもないのっ」
シオンは言うなり、アンジュを担ぎ上げた。
「やっぱり、そう言うことになるのね」
ジゼルは溜め息を吐いた。可愛い孫娘だ。当然、誰よりも幸せになってもらいたい。
「お母さんっ」
「叫んでも無駄。お父さんにはどんな手を使っても連れて行くって約束したんだからね」
本当に男でよかったと、シオンは呟きながら、アンジュを肩に担ぎ上げて、部屋を出て行った。
「おばあちゃま……」
アーダは呆然と祖母を呼んだ。
「なぁに」
ジゼルはのほほんと、先を促した。
「アンはどうなるの」
セイラがそう、問い掛けた。
「どうなるのかしら。こればかりは判らないわね」
アーダとセイラは顔を見合わせた。
「セルはどちらの性を選ぶのか、それに掛かっているのではないかしら」
セルジュの中で変化したオモイとは何なのだろうか。ジゼルは本人ではないので判らないが、いい方向に向いて欲しい。
「それに、貴女達も人の心配をしている場合ではないでしょう」
ジゼルに言われ、二人は口を噤んだ。言われなくても判っていたからだ。
姉の心配をしているのは判るが、心配をしている場合ではない。セイラはそうでもないのだが、アーダは深刻な状況になっているのだ。
「アンなら大丈夫よ。絶対に上手くいくわ」
「本当に」
セイラは伺うように、問い掛けた。
「両親は最強のあの二人よ。誰が勝てるって言うのよ」
確かに、アレンとシオンは最強だが、こればかりは、本人達次第ではないのだろうか。二人の表情でそれを察したジゼルは、微笑を浮かべる。
「誰よりも貴方達を知っているの薔薇の夫婦達なのよ」
ジゼルはただ、事実を簡潔に述べた。
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