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第ニ章 桜草
三十三 警笛を鳴らせ
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蒼亞達四人は髪を玄七に整えてもらおうとしたが、玄七は四人を見るなり「短いのに合わせるとかなり短くなります。全体が伸びる頃に整える方がよろしいかと…」苦笑いする。側で見ていた黄花と玄咊は笑いを堪え、ちびっ子達はげらげらと笑う。今後も検証をするのであれば、揃うのは当分先になりそうだ。四人は仕方がないと鼻息をつき、朱濂、十玄、朱虎を連れ風呂に入ることにした。先にちびっ子三人を洗い、四人は風呂椅子に座り髪を洗っていると、彼が扉から顔を覗かせた。
「お前達、汚れ物はこれで全部か?」
「うん。志ぃ兄ちゃんありがとう」
彼が裾を捲り入ってきた。
「どうしたの志ぃ兄ちゃん?」
壱黄、海虎、玄史は慌てて手拭いで前を隠すが、蒼亞は兄とは比べようがないと、隠すのを諦めた。
彼は蒼亞と壱黄の間にしゃがんで言う。
「お前達さー、今女の子に興味あるか?」
何を言い出すと思いきや、壱黄は首を傾げる。
「お、伯父上…?」
「いやさー、俺の初恋は十二歳だったけど、キスしたいとかやりたいとか思ったことなかったんだよな。興味を持って調べたのは十五歳ぐらいだったけど、確か諒は十四歳にはキスしてたから…」
彼が何を話したいかはわからないが、初めて聞く名に蒼亞はさり気なく問う。
「志ぃ兄ちゃん、諒って誰なの?」
「あっ…えっと、俺の友達だよ」
言葉を詰まらせた彼に、蒼亞は訝しむ。名からして男子だが、彼にとって男子は兄しかいないはず。しかし、男女関係なく彼には寄ってくるのだ。
蒼亞は優しく尋ねてみる。
「そうなんだ。会えなくて寂しい?」
「…ううん、寂しくないよ。ありがとう蒼亞」
彼は伏し目がちに微笑んだ。
何かある、蒼亞は壱黄と目配せで頷く。
「志瑞也さんっ」
「どうした玄史?」
「私は興味あります!」
やはり、こいつは食いついた。鼻の下を伸ばし、明からさまににやけた顔をして隠しもしない。
「そっか、二人共十五歳で三年後には婚約できるもんな。よし、わかった!」
彼は怪しげににんまり笑うと、壱黄の股間を覗こうと悪戯に手拭いを引っ張り、慌てた壱黄が彼に背を向け手拭いを引っ張り返した。蒼亞、玄史、海虎は、壱黄の夢の話を思い出し、けらけらと笑う。ふと後ろから忍び寄る気配に気づき、蒼亞は振り返った。朱濂が桶いっぱいのお湯を抱え、溢さないようゆっくりと歩いてくるではないか。朱虎と十玄は蒼亞と目が合うと、口元に人差し指を立て「しーっ」と悪戯に笑う。いきなり、朱濂が彼の頭上で桶をひっくり返し、頭からお湯をぶっかけた。
「わぷっ、何だ⁉︎」
彼は濡れた髪を掻き上げ顔を拭い、しめしめと笑うちびっ子三人を睨みつける。
「やったなお前達!」
黄色い声で一目散に走り去る悪戯っ子達を、彼は追いかけ回し、負けずと桶で湯船から水を汲み豪快にかけまくった。
「それっ、どうだ! アハハハ」
誰か一人を追いかければ、残りの二人が彼に後ろからお湯をかけ、再び彼は仕返そうとお湯を汲んで追いかける。だが、彼はこの後の事を考えているのだろうか。蒼亞は壱黄、海虎、玄史に目配せして、急ぎ体を洗い流した。
十玄が甘えるように彼の手を取る。
「志瑞兄ちゃんも一緒に湯船入ろうよー」
ほらきた、予想通りの展開だ。
「十玄、志瑞兄ちゃんの裸は見たら駄目だよ」
…何と?
彼は驚いて尋ねる。
「え、朱濂どういうことだ?」
「志瑞兄ちゃんの裸見たいなら、『蒼万がいいって言わないと駄目だ』って父上が言っていたんだ」
「朱翔がそんなこと言ったのか?」
「うん」
傷痕を隠すためか、兄の跡を隠すためか、どちらにせよ、兄の許可がいるのは間違いない。
朱虎も冷静に言う。
「私の父上も言っていたぞ。『志瑞也の体は蒼万のものだ』って」
「なっ、磨虎がそんなことを?」
朱虎がこくんと頷くと、彼は渋い顔で額に手を当てた。彼と一緒に入りたいのは朱濂も朱虎も同じだ、ならばと、朱濂は身内から頼めばと思い言う。
「十玄、お前から蒼万様に聞いてこいよ」
「わわっ、私が⁉︎」
十玄は露骨に怯えだす。
「お前から頼めば蒼万様もいいって言うんじゃないか? な、朱虎?」
「うん。私もそう思うよ」
怖いもの知らずの朱濂と朱虎は、目で「甥のお前が行け」と十玄に訴える。どうしてよいのか分からず、十玄は色んなところを震わせて泣きだす。
「そそんなこと、いっ言えないよぉ、ううっ…志瑞兄ちゃぁん」
彼は笑いを堪えながら十玄を抱き上げた。
「一緒に入れなくてごめんな。泣いたら男前の顔が台無しだぞ、ちゅっ」
十玄は涙を拭い、水に濡れた彼を見つめる。まつ毛につく雫や、髪先から垂れる水滴、十玄は彼の顔に触れぽっと頬を赤らめた。
「わ…私は、志瑞兄ちゃんが好きだよ」
「俺も十玄大好きだよ」
十玄は彼に抱きついて微笑む。
「へへへ」
既に止める必要がなくなった四人は、びしょ濡れの彼が裸の子を抱きしめて微笑み、足下で裸の子二人が順番待ちで見上げているのを見物していた。
海虎が指を差しながらぼそっと言う。
「お前達はあんな風に恋に落ちたのだな?」
「……」
「……」
蒼亞と壱黄は、七年前の自分達を見ているようで、黙って頷いた。
玄史が気づきぼそっと言う。
「蒼亞、志瑞也さんの右腕、衣が透けているぞ」
薄っすらと浮かび上がる傷痕は、へばり付く衣の皺に上手く紛れていた。今ならまだ気づかれずに済む。だが、彼がこれ以上動作を続ければ、歪な模様にいずれ気づかれる。特に、朱濂の目は誤魔化しきれないはずだ。
「玄史、お前の衣借してくれないか? 私と壱黄では丈が足りないし、海虎では体格が違いすぎるんだ。私が部屋からお前の着替え取ってくるから」
「わかった」
蒼亞は一応腰に手拭いを巻き彼に近づく。
「ほら、皆おまじないしてもらっただろ? 体冷やす前に湯船に入るんだ」
「はーい」
「三人共おいで」
壱黄が声をかけ、海虎、玄史が湯船に入りながら手招きすると、ちびっ子三人は駆け足で向かった。蒼亞は彼を隠すように向かい合い、さり気なく視線を右腕に流して言う。
「志ぃ兄ちゃん、玄史の衣に一旦着替えた方がいいよ」
察した彼は、眉をひそめ微笑む。
「……そうだな。ありがとう」
無言で扉に向かう彼に、ずきっと胸が締め付けられた。ふと、浮かび上がっていたのは傷痕だけではないことに気づき、蒼亞は鼻で笑って言う。
「私達とは兄上の跡がない時に入ろう。いつになるかな? クククッ」
彼は胸元を見てぎょっと目を見開き、慌てて隠しながら恥ずかしそうに笑う。
「ったく何だよ蒼亞っ、エッチだなアハハハ」
蒼亞は籠から玄史の衣を取り出し、彼に渡して扉を閉めた。小走りで湯船に向かい、ざばっと湯船に浸かる。
「玄史ありがとうな」
玄史は「気にするな」と目で頷き尋ねる。
「蒼亞、『エッチ』って何だ?」
蒼亞は顔をお湯で洗い一息ついて言う。
「助平のことだ。ちなみに確か…セックスだったかな? 性交渉のことだ」
「……」
「……」
「……」
三人は黙り、玄史が真顔で尋ねる。
「お前は助平なのか?」
蒼亞は手を握り合わせてお湯の中に沈め、空洞からぽこぽこと鳴る水泡を見ながら考える。
「普通ぐらいなんじゃないか?」
「……」
玄史に疑いの眼差しで見られ、蒼亞はむっとして両手をぐっと握り、水面からお湯をぴゆっと飛ばした。
「さっきのは志ぃ兄ちゃん笑わすためにわざとだっ、ったくお前の方が助平だろ!」
顔にかかったお湯を拭い、玄史は負けずと手を握り合わせやり返す。
「当たり前だろハハハ」
水遊びなら龍族の方が断然有利だ。蒼亞は湯の中で素早く手を回転させ、水の玉を作り一気に潰して破裂させた。ぼんっと弾け飛んだお湯が、雨のようにばしゃばしゃと降りかかり、間抜け面で驚く玄史を見て蒼亞は爆笑する。
「私にもかかるではないかっ」
とばっちりを受けた海虎もやり返し、兄貴分達が楽しそうにはしゃぐのを見て、ちびっ子三人もきゃっきゃっと両手でお湯を掻き上げ暴れだした。「やめっ、わぷっ、皆っ…」壱黄は止めよとするも、口を開ければお湯が入り、目を開けようにも降りかかるお湯で開けきれず、両腕で顔を遮りながら訴える。しかし、誰の耳にも届かず、堪忍袋の緒を切らす。
「いい加減にしろっ、やめるのだーっ‼︎」
……全員がぴたっと止まる。壱黄は目元をぴくぴくと動かし、手拭いを水面に叩きつけた。
「お湯が減ったではないかっ、遊ぶために侍女が用意したのではないのだぞっ‼︎」
水面を見ると首まで浸かれていたお湯は、鎖骨が見えるまで減っていた。しまったと、蒼亞は水面に浮かぶ壱黄の手拭いを取り、恐る恐る渡しながら言う。
「ご、ごめん壱黄…」
壱黄はばしっと手拭いを受け取り、絞りながらぎろっと睨んだ。壱黄は滅多に怒らず怒鳴ったりしない、先に仕掛けた蒼亞は、分が悪そうに深くお湯に沈み首まで浸かる。海虎と玄史も同様に睨まれ、苦笑いしながら謝り静かに首まで浸かった。
「お前達もしっかり浸かるのだ!」
指を差され、ちびっ子三人も大人しくなった。壱黄は髪を絞って纏め直し、不機嫌な顔で目を瞑り黙り込んだ。壱黄以外は目をきょろきょろさせ、静かに思い返す。確か、彼も湯を桶で汲んで遊んでいたはず……だが、誰もその事を問うなどできるわけがない。日頃優しい奴ほど怒らせたら怖いのは、ちびっ子三人でも理解したようだ。後ほど、彼は蒼龍家の装束に着替え、玄史に衣を返しに来た。「お陰でいいこと思いついたよ」と、彼は含みのある笑みを溢し、玄史は蒼亞と見合って首を傾げたのだった。
────夕餉後、蒼亞達四人は朱翔に呼ばれた。風呂から出てきた彼が玄武家の衣を着ていた事で、何かあったのかと心配していたようだ。もし、仮にちびっ子三人が傷痕を見ていたら、十玄は痛々しい傷に心を痛め、今頃は彼を癒そうと側から離れず、朱濂や朱虎は激怒して、誰にやられたのかと朱翔を質問攻めにしていただろう。朱翔は話を聞いて「はぁー、ったくあいつは…」と眉を寄せ溜息を吐いた。彼は自身よりも他者を重んじる。彼の微笑みの理由に予想はつくが、今の蒼亞では話を逸らすぐらいしかできない。兄に伝えるよう頼み、朱翔は頷きながらも険しい顔で去って行った。
特訓も残すところ後一日、蒼亞達四人は庭園の広場を散策するも、何処か上の空で、今ひとつ話に集中できないでいた。特訓内容を振り返り、各々が感じた成長の変化に蒼亞が言う。
「玄史の言う通り、今後は一人一人特訓内容変わっていきそうだな」
「うん」三人は静かに頷く。
誰も何も言わず、間を置いて壱黄が呟く。
「明日は朱翔様だ。何するのかな?」
「ある意味一番未知だなハハハ」
玄史が笑い、三人も笑う……いつもなら、弾む会話に沈黙が続く。四人は特訓内容よりも、彼の事を考えていた。
玄史が重く尋ねる。
「蒼亞、志瑞也さんと色々話したいが下手に色々知っている分、何に触れたら駄目なのかわからないのだ」
海虎も眉を寄せて頷く。
「私もそれは思った。特に傷痕に関してな……志瑞也さんはここに来てまだ十四か五年ぐらいだよな? 二十三までは元の所にいたのなら、思い出も多いはずだ…」
蒼亞は溜息混じりに言う。
「うん… でも志ぃ兄ちゃんもあまり話さないから私もわからないんだ。今日みたいに変な笑い方するのも、遠い目をするのも、兄上にしかわからない。気づいて繋げられるようになったのも最近なんだ…」
「伯父上は右腕の傷痕はそんなに気にしてないと思うのだ。父上や祖父上のために隠しているだけだよ。それとちび達を怖がらせないためだな…」
海虎が尋ねる。
「そんなに酷いのか?」
蒼亞と壱黄は険しい顔で頷く。いくら透けていたとしても、衣の上からでは分からない。壱黄もまた、幼い頃から彼が風呂に入れてくれる時も、水遊びをする時も、上半身を晒した覚えがないことに気づいていた。彼の何気ない行動には、一つ一つ意味があったのだ。
「私、伯父上と話したいな…」
蒼亞は立ち止まり、友の心情を察して言う。
「壱黄、皆で黄怜殿に行こう」
「え、今から?」
「うん。まだ起きてるよ」
四人は頷き、駆け足で黄怜殿へと向かった。
────扉を開け中に入り、彼の自室の前に四人は立ち並ぶ。戸の隙間から見える蝋燭の灯りは、行ったり来たりとする人影に遮られ、間に合ったと蒼亞は口元に手を翳して呼ぶ。
「志ぃ兄ちゃーん」
「あれ、蒼亞か?」
自室の戸が「スーッ」と開くと、彼は金色の衣に、桃色の帯を着けた姿で出てきた。しまったと、四人はごくりと息を呑む。ここが愛の巣だと忘れていたのだ。彼は気にする様子もなく、不思議そうに言う。
「どうしたんだ皆?」
四人は今更ながら、勢いで来た事を後悔する。
「あ、兄上は?」
「特訓内容を話し合うって、皆で黄虎の所に行っているよ」
四人はほっと安堵して、壱黄が言う。
「伯父上、お喋りしにきました」
彼はきょとんとするも、直ぐに察する。ただ単にお喋りしに来たのではない、そんなこと、四人の顔や雰囲気を見れば一目瞭然だ。ちびっ子達と違い、選ぶ言葉には配慮が見えた。友と成長していく壱黄と蒼亞に、彼は可愛くて堪らなくなる。
「アハハ じゃあ皆庭園で話そうか」
彼は自室の棚から蓙を取り出し、海虎と玄史が肩に担ぎ庭園の奥で広げた。
「さあ、皆座って」
彼が胡座を組むのを見て、海虎がぎょっとして慌てる。
「志瑞也さんっ、その衣で胡座はっ」
彼は何のこれしきと、膝を叩き手招きする。
「そんなの気にするなよアハハハ」
彼は本当に気にしない性分だ、兄がいれば、無言で裾を正していただろう。先に壱黄が彼の右隣に座り、蒼亞は海虎と玄史に目で頷き彼の左隣に、二人は彼の向かいに輪になって座った。
「で、何の話がしたいんだ?」
「伯父上、嫌なら話さなくて構いません。右腕の傷痕もですが、元の所での伯父上こと教えて下さい。家族なのに私は知らなさ過ぎです」
いつになく、壱黄が前に出た。夢で黄花の事を見て以来、壱黄は彼や黄怜に関して敏感だ。彼は暫し躊躇いながらも、納得したように頷いて言う。
「そうだな。俺は全然気にしてないけど、周りはそうじゃないからさ」
やはりそうか、前触れもなく連れて来られて、訳のわからないままそんな惨事に遭うなど、思いもよらなかったはずだ。壱黄は右腕に視線を向け、伏し目がちに尋ねる。
「今でもその時の事、思い出しますか?」
責任感が強く、胸を痛め抱えてしまうところは黄虎に似ている。黄虎もまた、長年黄怜を救えなかったことに苦しんでいた。過ぎ去った事だと、彼は壱黄の頭をなでながら微笑む。
「忘れられないけど、もう大丈夫だよ。蒼万が嫌な記憶を塗り替えてくれたからさ」
そんな術があるのかと蒼亞は驚く。
「兄上がどうやったの⁉︎」
彼は困った顔で口を尖らし、腕を組んで首を傾げる。
「うーん、どう言えばいいのかな? お前達の年齢的に教えていいのかな?」
「伯父上教えて下さいっ」
彼は裾の端をもじもじと弄りながら言う。
「蒼万がさ、跡つけたんだ…へへへ」
衣のせいか、月夜のせいか、胡座を組んでいても、恥ずかしそうに肩を竦める彼が可愛く見えた。
玄史が作り笑いで場を和ませる。
「その時からお二人は結ばれていたのですねハハハ」
「それがさー、違うんだ。俺は蒼万が好きだったけど、気持ちはお互い言ってなかったんだ」
四人は朱翔の話しを思い出し、返す言葉がなく黙り込む。彼は懐かしむように、楽しそうに言う。
「あの時も俺が『やめろ』って言っても聞いてくれなくってさ。後から知ったんだけど、傷痕で妖魔を思い出すのが嫌で嫉妬したんだってさ。可愛いよな蒼万アハハハ」
笑ってよいものか分からず、四人は苦笑いした。
海虎が横目で目配せし、玄史は頷いて尋ねる。
「志瑞也さん、傷痕見せてもらってもよいですか?」
「えっ、今⁉︎」
「はい」
彼は右腕を摩りながら言葉を詰まらせる。
「今はちょっと…」
蒼亞も一度目は五つの時、二度目は彼が壱黄と黄花に明かした時にしか見ていない。堂々と、勲章のように見せびらかすものではないが、海虎と玄史にも見せてほしいと、蒼亞と壱黄は彼に目で訴えた。四人の真剣な眼差しに「わ、わかったよ」と、彼はしぶしぶ袖を肩まで捲り上げた。
「……」
「……」
海虎と玄史は驚愕して言葉を失う。太いみみず腫れが数本、二の腕から手首にかけて螺旋状に食い込み、歪なまでに凹凸のある腕は、引き千切られなかったのが不思議な程だ。痛かった? など愚問だ。彼は傷を負って三日間意識が戻らず、その間見ていた夢は赤子として生まれ、優しくて愛情深い父と美しく賢い母に愛されていた、黄怜の四つまでの幸せな過去だった。彼はその時から自身の中のもう一つの魂、黄怜の存在に気づいていたが、直ぐには受け入れられなかった。獣化していく身体に誰も気づけず、旅先で体調を崩す理由もわからないまま、黄虎の祖母である九虎に黄龍殿で簪で刺されたのだ。だが、運良く黄怜の祖母である玄枝が造った勾玉に刺さり助かった。その時に勾玉は砕けたが、身体には残ったと彼は懐を開けて、鳩尾にある勾玉模様の痣を見せた。玄枝は玄武家でも一番霊力が高く、勾玉には強力な霊力が込められ、黄怜を妖魔から守っていたのだ。しかし、勾玉は妖魔から黄怜の存在を隠してくれたが、流血すると匂いを辿り襲いに来た。妖魔を操っていたのは玄枝の嫡女、睦黄の怨霊だった。
昔から、黄龍家に女子は生まれず、生まれた場合、他神家が権力を求めて奪い合うため、争いの種、災いと云われていた。黄羊は自分の血筋から災いが生まれたと知られないよう、産まれて直ぐ睦黄を生き埋めにしたのだ。玄枝と黄星は悲観に暮れるが、黄羊に逆らうことができず、事を知る中央宮の者達も、黄羊を恐れて誰も口にすることはなかった。玄華が懐妊し、玄枝は霊力で腹の子が女子とわかると、ただでさえも圧力の強い黄羊の振る舞いに余計に怯えさせないよう、睦黄の事は明かさず男子として育てるよう指示したのだ。自分は生き埋めにされたのに、守られて生きている黄怜が、睦黄はさぞ恨めしかっただろう。いつか、いつか、自分を殺した者、守ってくれなかった者、全てを八つ裂きにして、呪い殺してしまいたいほどに。そして、待ち侘びていた日は、九虎によって開かれた。
元々黄星の嫁候補には、玄武家から霊力の高い玄枝と、白虎家から神力の高い九虎の名が上がっていた。黄羊は霊力神力共に備わった子孫を求め、自尊心の高い九虎を気に入っていた。そして、九虎も自分こそが嫁に相応しいと、微塵も疑っていなかった。しかし、五神家宗主の集会で、調和を第一にとした意見が優先され玄枝が選ばれた。だが、まるで手招きされているかのように、睦黄の死で玄枝が塞ぎ込んでいる間に、後継を急いだ黄羊によって、異例の側室として九虎は迎えられたのだ。九虎は夫黄星が住む白龍殿に入ることは許されず、正室の玄枝が邪魔で仕方がなかった。玄枝が黄一を産んだ翌年、九虎には黄理が産まれた。ある晩、たまたま自殿の二階で黄理をあやしていた九虎は、玄枝が一人で白龍殿を出て行くのを目にした。侍女に黄理を任せ、見つからないよう後を追うと、黄龍殿奥の墓所へと玄枝は向かっていた。玄枝が去った後を確認すると、土が少し盛り上がっているだけで手入れなどされていなく、玄枝が霊術で何か企てているのではと怪しんだ。邪術について調べるも何もわからず、ある夜、証拠を掴もうと土を掘り返したのだ。出てきたのは〝封〟の札が三枚貼られた赤子の亡骸、玄枝の秘密を掴んだと狂喜して亡骸を持ち去った。どのような経緯で亡くなったのかは不明だが、存在すら知らされず封印されるなど、さぞ怨みを抱いているに違いない。封印を解いた者を主人とし、願いを叶えるかもしれない。欲に捉われた九虎は〝黄理を次期宗主に〟と願い札を剥がしてしまう。しかし、その行為は本来の邪術ではなかった。邪術の詳細は、冥界に通じる玄武家しか知らない。生きた神族に邪術は扱えない、扱えるのは強い怨みを抱いた人間か、怨みを抱き亡くなった者の魂だけだ。だが、怨霊は生きた者であれば誰とでも取引を行うことができる。九虎は己の願いを叶えるのに夢中で、怨霊の本質を見抜けず、払う代償の重さなど考えもしなかった。
一方、怨霊は狡賢く、睦黄の願いは〝黄龍家男子の皆殺し〟。力の弱い怨霊は己の願いを叶えるため、多くの無念の死を告げた霊魂を喰らい力をつけなければならない。力をつけて妖魔を操れるようになれば、災厄を起こし更に多くの霊魂を集められる。だが、そうなれば見つかるのも早く、直ぐに浄化されてしまうのだ。九虎の私欲は怨霊にとって都合が良く〝黄一の死期を早めてやる〟と言葉巧みに誘い、妖怪に自身の亡骸を喰わせ妖魔化させるよう指示をした。それは、不運にも黄怜が産まれる七日前だった。九虎は怨霊の指示に従い、妖怪に睦黄の亡骸を与えながら〝玄華の腹の子など死んでしまえ〟と思ってしまった。この取引こそが、正式な邪術の〝契約〟の成立だったのだ。契約によって怨霊は九虎の中に身を隠すことに成功し、そのせいで、玄枝は怨霊の存在を探すことができなかった。最初は 螟霊に始まり、実弟黄一を殺し 蛇霊となり、実父黄星を殺し妖魔を操れる 蜈霊となり、実祖父黄羊を殺し、直接取り憑いて呪い殺せる 蜘霊となり、怨霊は力を増幅させ九虎でも抑えられなくなってしまった。後に、九虎は騙されていたことを知り、黄理や黄虎を守るため、自身の中に怨霊を閉じ込めようと睦黄の亡骸を食べたのだ。功を奏したと言うべきか、怨霊は九虎の体から出られず、怨念の力も弱まり直接黄怜に取り憑くことができなくなった。だが、取り憑かれるだけならまだしも、九虎の霊魂と融合してしまい、九虎の体を乗っ取った睦黄が彼を刺したのだ。邪術は神族にあるまじき行為、除霊など虚しく、玄枝は娘の怨霊に心を痛め、親として責任を果たしたかったのか、九虎ごと霊力の縄で体に縛りつけ、浄化の力が一番高い晟朱の神獣雀都に燃やさせたのだ。
神族の霊魂、人間の肉体、兄の血、妖魔の傷痕、霊力の痣。運命の悪戯か神の仕業か、偶然が重なっただけとは思えない。まるで、彼がこうなるのは定めだったかのように、五つの身体を持つ麒麟、辰瑞が出現したのだ。兄だけが彼の身体の謎に気づいたが、彼の力は暴走するまで兄でさえわからなかった。彼に身体の事実を告げたのは朱翔だ、そして、その時いなかった兄の代わりに側で見守った仲間達。兄なりに彼の不安を取り除こうとしたが、返って彼を追い詰めてしまったのだ。それでも、彼は兄を責める事はせず、正直に教えてほしかった気持ちもあるが、責任を感じ一人で抱えていた兄の性分を仕方ないと笑った。むしろ、想いが嬉しかったと、自分の方が兄がいないと駄目なのだと、彼は話ながら儚げに微笑んだ。
その結果、兄の愛し方がこれかと、四人は傷痕に重なる複数の鬱血痕や歯型を凝視した。彼は袖を下ろし、お子様にはまだ刺激が強すぎたなと鼻で笑う。
「そうだ、今日は一対一の格闘だったんだろ? どうだったんだ?」
四人が興奮しながら特訓内容を話すと、磨虎には予想通りだと笑い転がり、海虎が慌てて彼の捲れた裾を押さえた。柊虎には、信じられないと目を丸くして驚く。どうやら、柊虎は彼にあの姿は見せていないようだ。義兄には相変わらず一途だと、姉の幸せに満足して、お腹の子がどちらに似るのだろうと笑う。そして、兄には通じ合う意図を汲んだかように、柔らかく微笑んだ。
「皆凄いなぁ、単に鍛えるだけじゃないんだな」
見せてあげれないのは残念だが、こうして伝えることもできる。腫れ物に触れるように手探りだったが、何かしら彼について掴めた気がした。四人は来て良かったと、互いに見合わせた。
壱黄が尋ねる。
「伯父上、黄龍殿で起きた事聞いてもよいですか?」
「そうだな…」
古書には、彼が刺された事で流血し、怨霊を九虎から除霊する前に、匂いを嗅ぎつけた妖魔が押し寄せ黄龍殿を損壊したとある。だが、事実は違う。彼が刺された事で兄が怒り狂い、九虎を殺そうと暴走したのだ。我を忘れた兄、巨大化して暴れる青龍、抵抗する怨霊、黄怜を狙う妖魔、集まった神族は果てしない戦いを余儀なくされた。
「宗主様が妖魔と戦うのも凄かったけど、蒼万と柊虎が妖魔と戦うのも凄かったよ」
玄武洞の事は、古書には記されていない。たった二人で数百の妖魔を相手にするなど、如何なる戦闘を繰り広げたのか。まだ妖魔退治に参加できない四人は、わくわくと興奮して食いつく。
「志ぃ兄ちゃん、兄上はどうだった?」
彼や兄、柊虎が玄武洞に行ったのは、玄華を呼び出し話をするためだった。玄武家の強力な結界が張られた玄武洞は、他神家の神獣すら入れない。妖魔出没の騒ぎを耳にした兄が、安全性を考え何処か借してくれないかと、宗主観玄に頼んだのだ。朱翔と黄虎は玄枝の指示で中央宮に残り、玄華と千玄と共に同行したと見せかけて黄怜殿に身を潜めていた。代わりに玄一と玄七が、玄華と千玄に同行した。そして、玄華達と文でのやり取りの中で怨霊の正体に勘づいた玄枝と睦黄の墓を掘り返し、亡骸がない事で血の繋がりを知ったのだ。同時に、怨霊が玄武家の者であれば、妖魔にとって玄武家の結界は無意味と知り、急ぎ文で事の次第を玄華に知らせた。だが、既に怨霊は力を増して妖魔は匂いを辿り、流血しなくても勾玉を外すだけで居場所がわかるようになっていた。事実を知らない彼は、玄武洞の強力な結界なら見つからないと思い、勾玉を首から外してしまったのだ。玄武洞には一斉に妖魔の大群が押し寄せ、彼を守るため、兄と柊虎は神獣を出せないまま戦い続けるしかなかった。
「蒼万なんて片手に龍鞭持って振り翳してさ、もう片方は神力の針飛ばして妖魔の頭を破裂させていたんだ」
彼は話しながら手振りを加え、蒼亞は驚く。
「両手⁉︎」
「うん。どうしたんだ?」
「龍鞭術と神針術を同時に扱うなんて…」
彼は首を傾げる。
「蒼龍家の戦い方じゃないのか?」
「志ぃ兄ちゃん、神力の術を二つ同時に扱うのは無理なんだ。できたとしても神力を多く使うから、霊力で身体を守っても体力が持たないよ。持って四半刻もつか…」
彼は人差し指を顳顬に当て思い返す。
「でも確かあの時、一刻は戦っていたと思うよ」
「いっ、一刻も⁉︎」
兄の神力は、やはり破壊神だからだ。
海虎が胸を躍らせて尋ねる。
「志瑞也さん、柊虎様はどうでしたか?」
彼は両手を広げ、振り翳して言う。
「柊虎もかっこよかったよ。両手から八本の鉤爪の剣出してさ、斬れ味が凄すぎて妖魔は斬られたのも気づかなかったんだ。ばらばらに崩れても死なない妖魔にはもっと驚いたけどなアハハ」
彼はモモ爺達から預かっていた小石を、姉が繕った小物袋に入れ袖に入れていた。戦いの最中小物袋を落とし、それを妖魔が呑み込んでしまったが、霊力の高い玄武洞のお陰で元の姿に戻り、妖魔の腹を突き破って飛び出し一気に形勢逆転したのだ。
「あいつらが神獣だったなんてびっくりしたよ。後からばぁちゃ…」
彼は話の途中、急に言葉を詰まらせ胸元を握った。
「ち、ちょっと、待って…」
「志ぃ兄ちゃん?」
蒼亞が彼に近づいて肩に触れると、身体は震え呼吸が乱れていた。彼は呼吸を整えようとしているが、既に指先は冷たく、苦しそうに蹲りだす。倒れないよう彼の身体を支え、名を呼びながら顔を覗くと、涙で瞳を潤ませ荒く息を切らした。まさか……発情? 何故急に? 知らない内に、何か引き金になる行動をしてしまったのかと焦ったその時、淡く光りだす瞳に蒼亞は異常を察した。
「誰か笛を鳴らせっ‼︎」
様子を見ていた三人は、その意味を即座に理解して立ち上がる。何が起こるかわからない恐怖からか、不思議と言葉がでてこない。急ぎ懐から笛を取り出して、無我夢中で銀白龍殿の方向に強く吹いた。
蒼亞は彼の手を握る。
「志ぃ兄ちゃん私を見て、大丈夫だから、直ぐに兄上が来るよ。嫌な事思い出させてごめんね」
「ち…違うんだ蒼亞、俺は向き合いたいんだっ… ううっ…」
彼が蒼亞に抱きつき、蒼亞は抱き返し彼の背中をなでた。
「大丈夫だよ。ゆっくりでいいんだ。きっと乗り越えられるよ」
「ううっ…ありがとう蒼亞、ううっ…」
突然、ふわっと影がかかり、辺りが金色の羽根に包まれた。
蒼亞は驚き見上げる。
「辰瑞…?」
辰瑞が羽根を揺らすと、温かい金粉が舞い、彼の身体へと吸い込まれていく。
「ううっ…ばぁちゃん、ううっ…」
彼と同じ琥珀色の辰瑞の瞳にも、大粒の涙が溢れていた。
「志ぃ兄ちゃん、辰瑞が泣いてるよ」
「え…辰瑞が? ぐすっ…」
彼は顔上げる。
「辰瑞、…うん、…うん、そっかアハハ ぐすっ…ありがとう。俺頑張るよ」
彼が立ち上がると同時に、ふわっと翼も退き視界が開けた。側には、既に駆けつけた兄と仲間達が立ち並び、黙って彼を観ていた。彼は辰瑞と額を合わせ頷き、辰瑞の涙を拭い首に抱きつく。辰瑞は彼を慰めるように、羽根で包み込み再び金粉を彼に送る。蒼亞は座ったまま、その眩い光景から目が離せなかった。彼は辰瑞を身体に戻し、蒼亞の側に座り手を取って話し始めた。
「蒼亞、俺のばぁちゃんはな、とても優しくて俺を大切に育ててくれたんだ。あの時もな、ぐすっ…助けに来てくれたんだけど、お…俺を庇って、ううっ…こ、殺されたんだ…」
「志ぃ兄ちゃん…」
「だから…俺は血を見るのが、怖いんだ……でもな、今辰瑞が、ううっ…ばぁちゃんが転生したって、教えてくれたんだ… またばぁちゃんに会えるんだ…」
「よかったね、ぐすっ…」
「ば…ばぁちゃんには、新しい幸せが待ってるから… ひっく……もう引きずるなって、ううっ…」
蒼亞は微笑んで強く頷いた。
「ありがとう蒼亞…皆、ぐすっ…あれ、皆は…?」
彼はやっと周りに気づき、一人、一人と見合い微笑む。
「アハハ… 皆揃っちゃったな、ぐすっ…」
蒼亞と彼は立ち上がって皆の元へ行くと、兄は穏やかな顔で彼に歩み寄った。
「蒼万、おかえり」
彼は微笑んで兄に抱きつき、兄は彼を抱き寄せ頭をなでた。
「志瑞也、頑張ったな」
「やっと… 自分の口からは… せた… よ…か……」
彼は兄に凭れ、すっと気を失った。兄は彼を横に抱えて額に口づけし、仲間達に目で「後を頼む」と頷き自室に入って行った。
四人は勝手な行動を叱られると思い、立ち並んでしゅんとうつむく。
朱翔が低く言う。
「お前達よくやったな」
え?
四人が顔を上げると、仲間達は微笑んで目で頷いた。
「あいつの口からやっと玄一の死の話しが聞けたよ。こればっかりは何が起こるかわからないから、誰も聞けなかったんだ。本人が話せるようになるのを待つしかなかったが……本当、良かったよ。いつかはお前達の特訓も見れるようになるかもなハハハ」
四人は、一気に張り詰めていた緊張の糸が解れ、どっと溜息を吐いた。彼の暴走を止める術など知らず、引き金が何かもわからない。必死で笛を吹き続けながら、速く! 届け! 来てくれ! と、願うことしかできなかった。黄虎は壱黄の不安を察して頭をなでる。
「壱黄、驚いたか? もう大丈夫だ。頑張ったな」
「父上、ううっ…」
壱黄は震える手で涙を拭い、海虎と玄史も、握りしめていた拳を緩めた。
一呼吸置いて朱翔が尋ねる。
「で、何が起きたんだ?」
四人は事の経緯を話した。
───壱黄が言う。
「笛を鳴らしている間に、辰瑞が蒼亞と伯父上を囲っていたのです」
朱翔は腕を組む。
「そうか、蒼亞の判断は正しかったな。夢で見たお陰かもな」
「はい、ですが志ぃ兄ちゃんは辰瑞が出てきたこと知りませんでした。私が先に気づいて、辰瑞が泣いていると伝えたら驚いていました。しかも金粉は志ぃ兄ちゃんにだけ送り込まれていました」
磨虎が首を傾げる。
「神獣が主に癒しの霊力を送ったのか、つくづく謎だな」
朱翔が腰に手あて首を捻る。
「しかも玄一が転生したなんて神しかわからない事だぞ。それをわざわざ教えるなんて、志瑞也は相当神が目に掛けているな」
確かに、彼に関しては未知なる事柄が多い。だが、彼が自ら望んだのは兄と生きる事だけだ。例え、辰瑞が神の指示を受けていたとしても、彼にとって必要な事かは選んでいるはずだ。
「朱翔様、辰瑞の独断って可能性はないですか?」
「何故そう思うんだ?」
蒼亞は伏し目がちに言う。
「辰瑞の涙が、私にはそう感じました。志ぃ兄ちゃんの悲痛は辰瑞にとっても悲痛です。同じ悲しい瞳をしていました。志ぃ兄ちゃんが『俺は向き合いたいんだ』って言ってました。恐らく辰瑞が、怖がらず話すよう言ったんだと思います」
朱翔は微笑み蒼亞の頭をなでる。
「お前がそう言うんなら、そういう事にしておくかハハハ」
「あ、そうだっ、雷や稲妻は?」
柊虎が微笑んで言う。
「蒼亞、今回は大丈夫だったよ」
「良かったぁー」
蒼亞は安堵して、壱黄、海虎、玄史と見合った。
義兄が言う。
「朱翔さんや朱夏ちゃんのお陰で、精神を制御できていたのかもしれないですね」
全員が納得して頷く。
何も知らない黄虎が尋ねる。
「壱黄、志瑞也は何故女子の衣を着けていたのだ?」
「……」
誰も助けてくれず、壱黄は目を泳がせる。
「わ、わかりません…」
「あの衣はあの時のだよな? 伯母上に借りたってことは、着る物が足りなかったのだな。また箪笥に男子の衣を用意せねばなハハハ」
彼もだが、黄虎もまた気にしない性分だ。朱翔は変わらない奴だと黄虎の肩を組み、仲間達は呆れるように笑った。
玄一が殺された後、彼は錯乱してそのまま意識を失い、四日後目覚めた時は黄怜だった。彼が目覚めるのを待っていた兄は、さぞ悲痛を内に込めていただろう。彼の姿でも、中身は黄怜。時折見せる仕草や笑顔に、彼を重ねないはずがない。中央宮では、玄武洞の一件で事を隠すわけにはいかなくなり、玄枝が黄龍殿に各宗主を集めて、内密に集会を開く準備をしていた。黄怜と兄と柊虎は、玄華達と一緒に中央宮に向かい、集会までの時を黄怜殿で過ごした。全員が二十三年振りに黄怜に会い、各々が懐かしみ、別れを惜しみ、変えられない過去を悔しんだ。そして、黄怜は最後、刺されて意識を失い彼の中に戻ったのだ。眠っていた七日間の事を、彼は誰にも聞かない。黄怜と皆の最後の思い出だと、自分が知らなくても皆が黄怜を忘れなければよい、互いに必要な記憶は共有できると言っていた。心を閉ざし奥深くに眠っていた彼を、目覚めさせたのは玄一と黄怜だ。今ここ黄怜殿で、笑い合っている仲間達の声が、彼を通して黄怜の霊魂に届くことを、湧き出る涙を堪えて蒼亞は願った。
「お前達、汚れ物はこれで全部か?」
「うん。志ぃ兄ちゃんありがとう」
彼が裾を捲り入ってきた。
「どうしたの志ぃ兄ちゃん?」
壱黄、海虎、玄史は慌てて手拭いで前を隠すが、蒼亞は兄とは比べようがないと、隠すのを諦めた。
彼は蒼亞と壱黄の間にしゃがんで言う。
「お前達さー、今女の子に興味あるか?」
何を言い出すと思いきや、壱黄は首を傾げる。
「お、伯父上…?」
「いやさー、俺の初恋は十二歳だったけど、キスしたいとかやりたいとか思ったことなかったんだよな。興味を持って調べたのは十五歳ぐらいだったけど、確か諒は十四歳にはキスしてたから…」
彼が何を話したいかはわからないが、初めて聞く名に蒼亞はさり気なく問う。
「志ぃ兄ちゃん、諒って誰なの?」
「あっ…えっと、俺の友達だよ」
言葉を詰まらせた彼に、蒼亞は訝しむ。名からして男子だが、彼にとって男子は兄しかいないはず。しかし、男女関係なく彼には寄ってくるのだ。
蒼亞は優しく尋ねてみる。
「そうなんだ。会えなくて寂しい?」
「…ううん、寂しくないよ。ありがとう蒼亞」
彼は伏し目がちに微笑んだ。
何かある、蒼亞は壱黄と目配せで頷く。
「志瑞也さんっ」
「どうした玄史?」
「私は興味あります!」
やはり、こいつは食いついた。鼻の下を伸ばし、明からさまににやけた顔をして隠しもしない。
「そっか、二人共十五歳で三年後には婚約できるもんな。よし、わかった!」
彼は怪しげににんまり笑うと、壱黄の股間を覗こうと悪戯に手拭いを引っ張り、慌てた壱黄が彼に背を向け手拭いを引っ張り返した。蒼亞、玄史、海虎は、壱黄の夢の話を思い出し、けらけらと笑う。ふと後ろから忍び寄る気配に気づき、蒼亞は振り返った。朱濂が桶いっぱいのお湯を抱え、溢さないようゆっくりと歩いてくるではないか。朱虎と十玄は蒼亞と目が合うと、口元に人差し指を立て「しーっ」と悪戯に笑う。いきなり、朱濂が彼の頭上で桶をひっくり返し、頭からお湯をぶっかけた。
「わぷっ、何だ⁉︎」
彼は濡れた髪を掻き上げ顔を拭い、しめしめと笑うちびっ子三人を睨みつける。
「やったなお前達!」
黄色い声で一目散に走り去る悪戯っ子達を、彼は追いかけ回し、負けずと桶で湯船から水を汲み豪快にかけまくった。
「それっ、どうだ! アハハハ」
誰か一人を追いかければ、残りの二人が彼に後ろからお湯をかけ、再び彼は仕返そうとお湯を汲んで追いかける。だが、彼はこの後の事を考えているのだろうか。蒼亞は壱黄、海虎、玄史に目配せして、急ぎ体を洗い流した。
十玄が甘えるように彼の手を取る。
「志瑞兄ちゃんも一緒に湯船入ろうよー」
ほらきた、予想通りの展開だ。
「十玄、志瑞兄ちゃんの裸は見たら駄目だよ」
…何と?
彼は驚いて尋ねる。
「え、朱濂どういうことだ?」
「志瑞兄ちゃんの裸見たいなら、『蒼万がいいって言わないと駄目だ』って父上が言っていたんだ」
「朱翔がそんなこと言ったのか?」
「うん」
傷痕を隠すためか、兄の跡を隠すためか、どちらにせよ、兄の許可がいるのは間違いない。
朱虎も冷静に言う。
「私の父上も言っていたぞ。『志瑞也の体は蒼万のものだ』って」
「なっ、磨虎がそんなことを?」
朱虎がこくんと頷くと、彼は渋い顔で額に手を当てた。彼と一緒に入りたいのは朱濂も朱虎も同じだ、ならばと、朱濂は身内から頼めばと思い言う。
「十玄、お前から蒼万様に聞いてこいよ」
「わわっ、私が⁉︎」
十玄は露骨に怯えだす。
「お前から頼めば蒼万様もいいって言うんじゃないか? な、朱虎?」
「うん。私もそう思うよ」
怖いもの知らずの朱濂と朱虎は、目で「甥のお前が行け」と十玄に訴える。どうしてよいのか分からず、十玄は色んなところを震わせて泣きだす。
「そそんなこと、いっ言えないよぉ、ううっ…志瑞兄ちゃぁん」
彼は笑いを堪えながら十玄を抱き上げた。
「一緒に入れなくてごめんな。泣いたら男前の顔が台無しだぞ、ちゅっ」
十玄は涙を拭い、水に濡れた彼を見つめる。まつ毛につく雫や、髪先から垂れる水滴、十玄は彼の顔に触れぽっと頬を赤らめた。
「わ…私は、志瑞兄ちゃんが好きだよ」
「俺も十玄大好きだよ」
十玄は彼に抱きついて微笑む。
「へへへ」
既に止める必要がなくなった四人は、びしょ濡れの彼が裸の子を抱きしめて微笑み、足下で裸の子二人が順番待ちで見上げているのを見物していた。
海虎が指を差しながらぼそっと言う。
「お前達はあんな風に恋に落ちたのだな?」
「……」
「……」
蒼亞と壱黄は、七年前の自分達を見ているようで、黙って頷いた。
玄史が気づきぼそっと言う。
「蒼亞、志瑞也さんの右腕、衣が透けているぞ」
薄っすらと浮かび上がる傷痕は、へばり付く衣の皺に上手く紛れていた。今ならまだ気づかれずに済む。だが、彼がこれ以上動作を続ければ、歪な模様にいずれ気づかれる。特に、朱濂の目は誤魔化しきれないはずだ。
「玄史、お前の衣借してくれないか? 私と壱黄では丈が足りないし、海虎では体格が違いすぎるんだ。私が部屋からお前の着替え取ってくるから」
「わかった」
蒼亞は一応腰に手拭いを巻き彼に近づく。
「ほら、皆おまじないしてもらっただろ? 体冷やす前に湯船に入るんだ」
「はーい」
「三人共おいで」
壱黄が声をかけ、海虎、玄史が湯船に入りながら手招きすると、ちびっ子三人は駆け足で向かった。蒼亞は彼を隠すように向かい合い、さり気なく視線を右腕に流して言う。
「志ぃ兄ちゃん、玄史の衣に一旦着替えた方がいいよ」
察した彼は、眉をひそめ微笑む。
「……そうだな。ありがとう」
無言で扉に向かう彼に、ずきっと胸が締め付けられた。ふと、浮かび上がっていたのは傷痕だけではないことに気づき、蒼亞は鼻で笑って言う。
「私達とは兄上の跡がない時に入ろう。いつになるかな? クククッ」
彼は胸元を見てぎょっと目を見開き、慌てて隠しながら恥ずかしそうに笑う。
「ったく何だよ蒼亞っ、エッチだなアハハハ」
蒼亞は籠から玄史の衣を取り出し、彼に渡して扉を閉めた。小走りで湯船に向かい、ざばっと湯船に浸かる。
「玄史ありがとうな」
玄史は「気にするな」と目で頷き尋ねる。
「蒼亞、『エッチ』って何だ?」
蒼亞は顔をお湯で洗い一息ついて言う。
「助平のことだ。ちなみに確か…セックスだったかな? 性交渉のことだ」
「……」
「……」
「……」
三人は黙り、玄史が真顔で尋ねる。
「お前は助平なのか?」
蒼亞は手を握り合わせてお湯の中に沈め、空洞からぽこぽこと鳴る水泡を見ながら考える。
「普通ぐらいなんじゃないか?」
「……」
玄史に疑いの眼差しで見られ、蒼亞はむっとして両手をぐっと握り、水面からお湯をぴゆっと飛ばした。
「さっきのは志ぃ兄ちゃん笑わすためにわざとだっ、ったくお前の方が助平だろ!」
顔にかかったお湯を拭い、玄史は負けずと手を握り合わせやり返す。
「当たり前だろハハハ」
水遊びなら龍族の方が断然有利だ。蒼亞は湯の中で素早く手を回転させ、水の玉を作り一気に潰して破裂させた。ぼんっと弾け飛んだお湯が、雨のようにばしゃばしゃと降りかかり、間抜け面で驚く玄史を見て蒼亞は爆笑する。
「私にもかかるではないかっ」
とばっちりを受けた海虎もやり返し、兄貴分達が楽しそうにはしゃぐのを見て、ちびっ子三人もきゃっきゃっと両手でお湯を掻き上げ暴れだした。「やめっ、わぷっ、皆っ…」壱黄は止めよとするも、口を開ければお湯が入り、目を開けようにも降りかかるお湯で開けきれず、両腕で顔を遮りながら訴える。しかし、誰の耳にも届かず、堪忍袋の緒を切らす。
「いい加減にしろっ、やめるのだーっ‼︎」
……全員がぴたっと止まる。壱黄は目元をぴくぴくと動かし、手拭いを水面に叩きつけた。
「お湯が減ったではないかっ、遊ぶために侍女が用意したのではないのだぞっ‼︎」
水面を見ると首まで浸かれていたお湯は、鎖骨が見えるまで減っていた。しまったと、蒼亞は水面に浮かぶ壱黄の手拭いを取り、恐る恐る渡しながら言う。
「ご、ごめん壱黄…」
壱黄はばしっと手拭いを受け取り、絞りながらぎろっと睨んだ。壱黄は滅多に怒らず怒鳴ったりしない、先に仕掛けた蒼亞は、分が悪そうに深くお湯に沈み首まで浸かる。海虎と玄史も同様に睨まれ、苦笑いしながら謝り静かに首まで浸かった。
「お前達もしっかり浸かるのだ!」
指を差され、ちびっ子三人も大人しくなった。壱黄は髪を絞って纏め直し、不機嫌な顔で目を瞑り黙り込んだ。壱黄以外は目をきょろきょろさせ、静かに思い返す。確か、彼も湯を桶で汲んで遊んでいたはず……だが、誰もその事を問うなどできるわけがない。日頃優しい奴ほど怒らせたら怖いのは、ちびっ子三人でも理解したようだ。後ほど、彼は蒼龍家の装束に着替え、玄史に衣を返しに来た。「お陰でいいこと思いついたよ」と、彼は含みのある笑みを溢し、玄史は蒼亞と見合って首を傾げたのだった。
────夕餉後、蒼亞達四人は朱翔に呼ばれた。風呂から出てきた彼が玄武家の衣を着ていた事で、何かあったのかと心配していたようだ。もし、仮にちびっ子三人が傷痕を見ていたら、十玄は痛々しい傷に心を痛め、今頃は彼を癒そうと側から離れず、朱濂や朱虎は激怒して、誰にやられたのかと朱翔を質問攻めにしていただろう。朱翔は話を聞いて「はぁー、ったくあいつは…」と眉を寄せ溜息を吐いた。彼は自身よりも他者を重んじる。彼の微笑みの理由に予想はつくが、今の蒼亞では話を逸らすぐらいしかできない。兄に伝えるよう頼み、朱翔は頷きながらも険しい顔で去って行った。
特訓も残すところ後一日、蒼亞達四人は庭園の広場を散策するも、何処か上の空で、今ひとつ話に集中できないでいた。特訓内容を振り返り、各々が感じた成長の変化に蒼亞が言う。
「玄史の言う通り、今後は一人一人特訓内容変わっていきそうだな」
「うん」三人は静かに頷く。
誰も何も言わず、間を置いて壱黄が呟く。
「明日は朱翔様だ。何するのかな?」
「ある意味一番未知だなハハハ」
玄史が笑い、三人も笑う……いつもなら、弾む会話に沈黙が続く。四人は特訓内容よりも、彼の事を考えていた。
玄史が重く尋ねる。
「蒼亞、志瑞也さんと色々話したいが下手に色々知っている分、何に触れたら駄目なのかわからないのだ」
海虎も眉を寄せて頷く。
「私もそれは思った。特に傷痕に関してな……志瑞也さんはここに来てまだ十四か五年ぐらいだよな? 二十三までは元の所にいたのなら、思い出も多いはずだ…」
蒼亞は溜息混じりに言う。
「うん… でも志ぃ兄ちゃんもあまり話さないから私もわからないんだ。今日みたいに変な笑い方するのも、遠い目をするのも、兄上にしかわからない。気づいて繋げられるようになったのも最近なんだ…」
「伯父上は右腕の傷痕はそんなに気にしてないと思うのだ。父上や祖父上のために隠しているだけだよ。それとちび達を怖がらせないためだな…」
海虎が尋ねる。
「そんなに酷いのか?」
蒼亞と壱黄は険しい顔で頷く。いくら透けていたとしても、衣の上からでは分からない。壱黄もまた、幼い頃から彼が風呂に入れてくれる時も、水遊びをする時も、上半身を晒した覚えがないことに気づいていた。彼の何気ない行動には、一つ一つ意味があったのだ。
「私、伯父上と話したいな…」
蒼亞は立ち止まり、友の心情を察して言う。
「壱黄、皆で黄怜殿に行こう」
「え、今から?」
「うん。まだ起きてるよ」
四人は頷き、駆け足で黄怜殿へと向かった。
────扉を開け中に入り、彼の自室の前に四人は立ち並ぶ。戸の隙間から見える蝋燭の灯りは、行ったり来たりとする人影に遮られ、間に合ったと蒼亞は口元に手を翳して呼ぶ。
「志ぃ兄ちゃーん」
「あれ、蒼亞か?」
自室の戸が「スーッ」と開くと、彼は金色の衣に、桃色の帯を着けた姿で出てきた。しまったと、四人はごくりと息を呑む。ここが愛の巣だと忘れていたのだ。彼は気にする様子もなく、不思議そうに言う。
「どうしたんだ皆?」
四人は今更ながら、勢いで来た事を後悔する。
「あ、兄上は?」
「特訓内容を話し合うって、皆で黄虎の所に行っているよ」
四人はほっと安堵して、壱黄が言う。
「伯父上、お喋りしにきました」
彼はきょとんとするも、直ぐに察する。ただ単にお喋りしに来たのではない、そんなこと、四人の顔や雰囲気を見れば一目瞭然だ。ちびっ子達と違い、選ぶ言葉には配慮が見えた。友と成長していく壱黄と蒼亞に、彼は可愛くて堪らなくなる。
「アハハ じゃあ皆庭園で話そうか」
彼は自室の棚から蓙を取り出し、海虎と玄史が肩に担ぎ庭園の奥で広げた。
「さあ、皆座って」
彼が胡座を組むのを見て、海虎がぎょっとして慌てる。
「志瑞也さんっ、その衣で胡座はっ」
彼は何のこれしきと、膝を叩き手招きする。
「そんなの気にするなよアハハハ」
彼は本当に気にしない性分だ、兄がいれば、無言で裾を正していただろう。先に壱黄が彼の右隣に座り、蒼亞は海虎と玄史に目で頷き彼の左隣に、二人は彼の向かいに輪になって座った。
「で、何の話がしたいんだ?」
「伯父上、嫌なら話さなくて構いません。右腕の傷痕もですが、元の所での伯父上こと教えて下さい。家族なのに私は知らなさ過ぎです」
いつになく、壱黄が前に出た。夢で黄花の事を見て以来、壱黄は彼や黄怜に関して敏感だ。彼は暫し躊躇いながらも、納得したように頷いて言う。
「そうだな。俺は全然気にしてないけど、周りはそうじゃないからさ」
やはりそうか、前触れもなく連れて来られて、訳のわからないままそんな惨事に遭うなど、思いもよらなかったはずだ。壱黄は右腕に視線を向け、伏し目がちに尋ねる。
「今でもその時の事、思い出しますか?」
責任感が強く、胸を痛め抱えてしまうところは黄虎に似ている。黄虎もまた、長年黄怜を救えなかったことに苦しんでいた。過ぎ去った事だと、彼は壱黄の頭をなでながら微笑む。
「忘れられないけど、もう大丈夫だよ。蒼万が嫌な記憶を塗り替えてくれたからさ」
そんな術があるのかと蒼亞は驚く。
「兄上がどうやったの⁉︎」
彼は困った顔で口を尖らし、腕を組んで首を傾げる。
「うーん、どう言えばいいのかな? お前達の年齢的に教えていいのかな?」
「伯父上教えて下さいっ」
彼は裾の端をもじもじと弄りながら言う。
「蒼万がさ、跡つけたんだ…へへへ」
衣のせいか、月夜のせいか、胡座を組んでいても、恥ずかしそうに肩を竦める彼が可愛く見えた。
玄史が作り笑いで場を和ませる。
「その時からお二人は結ばれていたのですねハハハ」
「それがさー、違うんだ。俺は蒼万が好きだったけど、気持ちはお互い言ってなかったんだ」
四人は朱翔の話しを思い出し、返す言葉がなく黙り込む。彼は懐かしむように、楽しそうに言う。
「あの時も俺が『やめろ』って言っても聞いてくれなくってさ。後から知ったんだけど、傷痕で妖魔を思い出すのが嫌で嫉妬したんだってさ。可愛いよな蒼万アハハハ」
笑ってよいものか分からず、四人は苦笑いした。
海虎が横目で目配せし、玄史は頷いて尋ねる。
「志瑞也さん、傷痕見せてもらってもよいですか?」
「えっ、今⁉︎」
「はい」
彼は右腕を摩りながら言葉を詰まらせる。
「今はちょっと…」
蒼亞も一度目は五つの時、二度目は彼が壱黄と黄花に明かした時にしか見ていない。堂々と、勲章のように見せびらかすものではないが、海虎と玄史にも見せてほしいと、蒼亞と壱黄は彼に目で訴えた。四人の真剣な眼差しに「わ、わかったよ」と、彼はしぶしぶ袖を肩まで捲り上げた。
「……」
「……」
海虎と玄史は驚愕して言葉を失う。太いみみず腫れが数本、二の腕から手首にかけて螺旋状に食い込み、歪なまでに凹凸のある腕は、引き千切られなかったのが不思議な程だ。痛かった? など愚問だ。彼は傷を負って三日間意識が戻らず、その間見ていた夢は赤子として生まれ、優しくて愛情深い父と美しく賢い母に愛されていた、黄怜の四つまでの幸せな過去だった。彼はその時から自身の中のもう一つの魂、黄怜の存在に気づいていたが、直ぐには受け入れられなかった。獣化していく身体に誰も気づけず、旅先で体調を崩す理由もわからないまま、黄虎の祖母である九虎に黄龍殿で簪で刺されたのだ。だが、運良く黄怜の祖母である玄枝が造った勾玉に刺さり助かった。その時に勾玉は砕けたが、身体には残ったと彼は懐を開けて、鳩尾にある勾玉模様の痣を見せた。玄枝は玄武家でも一番霊力が高く、勾玉には強力な霊力が込められ、黄怜を妖魔から守っていたのだ。しかし、勾玉は妖魔から黄怜の存在を隠してくれたが、流血すると匂いを辿り襲いに来た。妖魔を操っていたのは玄枝の嫡女、睦黄の怨霊だった。
昔から、黄龍家に女子は生まれず、生まれた場合、他神家が権力を求めて奪い合うため、争いの種、災いと云われていた。黄羊は自分の血筋から災いが生まれたと知られないよう、産まれて直ぐ睦黄を生き埋めにしたのだ。玄枝と黄星は悲観に暮れるが、黄羊に逆らうことができず、事を知る中央宮の者達も、黄羊を恐れて誰も口にすることはなかった。玄華が懐妊し、玄枝は霊力で腹の子が女子とわかると、ただでさえも圧力の強い黄羊の振る舞いに余計に怯えさせないよう、睦黄の事は明かさず男子として育てるよう指示したのだ。自分は生き埋めにされたのに、守られて生きている黄怜が、睦黄はさぞ恨めしかっただろう。いつか、いつか、自分を殺した者、守ってくれなかった者、全てを八つ裂きにして、呪い殺してしまいたいほどに。そして、待ち侘びていた日は、九虎によって開かれた。
元々黄星の嫁候補には、玄武家から霊力の高い玄枝と、白虎家から神力の高い九虎の名が上がっていた。黄羊は霊力神力共に備わった子孫を求め、自尊心の高い九虎を気に入っていた。そして、九虎も自分こそが嫁に相応しいと、微塵も疑っていなかった。しかし、五神家宗主の集会で、調和を第一にとした意見が優先され玄枝が選ばれた。だが、まるで手招きされているかのように、睦黄の死で玄枝が塞ぎ込んでいる間に、後継を急いだ黄羊によって、異例の側室として九虎は迎えられたのだ。九虎は夫黄星が住む白龍殿に入ることは許されず、正室の玄枝が邪魔で仕方がなかった。玄枝が黄一を産んだ翌年、九虎には黄理が産まれた。ある晩、たまたま自殿の二階で黄理をあやしていた九虎は、玄枝が一人で白龍殿を出て行くのを目にした。侍女に黄理を任せ、見つからないよう後を追うと、黄龍殿奥の墓所へと玄枝は向かっていた。玄枝が去った後を確認すると、土が少し盛り上がっているだけで手入れなどされていなく、玄枝が霊術で何か企てているのではと怪しんだ。邪術について調べるも何もわからず、ある夜、証拠を掴もうと土を掘り返したのだ。出てきたのは〝封〟の札が三枚貼られた赤子の亡骸、玄枝の秘密を掴んだと狂喜して亡骸を持ち去った。どのような経緯で亡くなったのかは不明だが、存在すら知らされず封印されるなど、さぞ怨みを抱いているに違いない。封印を解いた者を主人とし、願いを叶えるかもしれない。欲に捉われた九虎は〝黄理を次期宗主に〟と願い札を剥がしてしまう。しかし、その行為は本来の邪術ではなかった。邪術の詳細は、冥界に通じる玄武家しか知らない。生きた神族に邪術は扱えない、扱えるのは強い怨みを抱いた人間か、怨みを抱き亡くなった者の魂だけだ。だが、怨霊は生きた者であれば誰とでも取引を行うことができる。九虎は己の願いを叶えるのに夢中で、怨霊の本質を見抜けず、払う代償の重さなど考えもしなかった。
一方、怨霊は狡賢く、睦黄の願いは〝黄龍家男子の皆殺し〟。力の弱い怨霊は己の願いを叶えるため、多くの無念の死を告げた霊魂を喰らい力をつけなければならない。力をつけて妖魔を操れるようになれば、災厄を起こし更に多くの霊魂を集められる。だが、そうなれば見つかるのも早く、直ぐに浄化されてしまうのだ。九虎の私欲は怨霊にとって都合が良く〝黄一の死期を早めてやる〟と言葉巧みに誘い、妖怪に自身の亡骸を喰わせ妖魔化させるよう指示をした。それは、不運にも黄怜が産まれる七日前だった。九虎は怨霊の指示に従い、妖怪に睦黄の亡骸を与えながら〝玄華の腹の子など死んでしまえ〟と思ってしまった。この取引こそが、正式な邪術の〝契約〟の成立だったのだ。契約によって怨霊は九虎の中に身を隠すことに成功し、そのせいで、玄枝は怨霊の存在を探すことができなかった。最初は 螟霊に始まり、実弟黄一を殺し 蛇霊となり、実父黄星を殺し妖魔を操れる 蜈霊となり、実祖父黄羊を殺し、直接取り憑いて呪い殺せる 蜘霊となり、怨霊は力を増幅させ九虎でも抑えられなくなってしまった。後に、九虎は騙されていたことを知り、黄理や黄虎を守るため、自身の中に怨霊を閉じ込めようと睦黄の亡骸を食べたのだ。功を奏したと言うべきか、怨霊は九虎の体から出られず、怨念の力も弱まり直接黄怜に取り憑くことができなくなった。だが、取り憑かれるだけならまだしも、九虎の霊魂と融合してしまい、九虎の体を乗っ取った睦黄が彼を刺したのだ。邪術は神族にあるまじき行為、除霊など虚しく、玄枝は娘の怨霊に心を痛め、親として責任を果たしたかったのか、九虎ごと霊力の縄で体に縛りつけ、浄化の力が一番高い晟朱の神獣雀都に燃やさせたのだ。
神族の霊魂、人間の肉体、兄の血、妖魔の傷痕、霊力の痣。運命の悪戯か神の仕業か、偶然が重なっただけとは思えない。まるで、彼がこうなるのは定めだったかのように、五つの身体を持つ麒麟、辰瑞が出現したのだ。兄だけが彼の身体の謎に気づいたが、彼の力は暴走するまで兄でさえわからなかった。彼に身体の事実を告げたのは朱翔だ、そして、その時いなかった兄の代わりに側で見守った仲間達。兄なりに彼の不安を取り除こうとしたが、返って彼を追い詰めてしまったのだ。それでも、彼は兄を責める事はせず、正直に教えてほしかった気持ちもあるが、責任を感じ一人で抱えていた兄の性分を仕方ないと笑った。むしろ、想いが嬉しかったと、自分の方が兄がいないと駄目なのだと、彼は話ながら儚げに微笑んだ。
その結果、兄の愛し方がこれかと、四人は傷痕に重なる複数の鬱血痕や歯型を凝視した。彼は袖を下ろし、お子様にはまだ刺激が強すぎたなと鼻で笑う。
「そうだ、今日は一対一の格闘だったんだろ? どうだったんだ?」
四人が興奮しながら特訓内容を話すと、磨虎には予想通りだと笑い転がり、海虎が慌てて彼の捲れた裾を押さえた。柊虎には、信じられないと目を丸くして驚く。どうやら、柊虎は彼にあの姿は見せていないようだ。義兄には相変わらず一途だと、姉の幸せに満足して、お腹の子がどちらに似るのだろうと笑う。そして、兄には通じ合う意図を汲んだかように、柔らかく微笑んだ。
「皆凄いなぁ、単に鍛えるだけじゃないんだな」
見せてあげれないのは残念だが、こうして伝えることもできる。腫れ物に触れるように手探りだったが、何かしら彼について掴めた気がした。四人は来て良かったと、互いに見合わせた。
壱黄が尋ねる。
「伯父上、黄龍殿で起きた事聞いてもよいですか?」
「そうだな…」
古書には、彼が刺された事で流血し、怨霊を九虎から除霊する前に、匂いを嗅ぎつけた妖魔が押し寄せ黄龍殿を損壊したとある。だが、事実は違う。彼が刺された事で兄が怒り狂い、九虎を殺そうと暴走したのだ。我を忘れた兄、巨大化して暴れる青龍、抵抗する怨霊、黄怜を狙う妖魔、集まった神族は果てしない戦いを余儀なくされた。
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「いっ、一刻も⁉︎」
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「ううっ…ばぁちゃん、ううっ…」
彼と同じ琥珀色の辰瑞の瞳にも、大粒の涙が溢れていた。
「志ぃ兄ちゃん、辰瑞が泣いてるよ」
「え…辰瑞が? ぐすっ…」
彼は顔上げる。
「辰瑞、…うん、…うん、そっかアハハ ぐすっ…ありがとう。俺頑張るよ」
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「蒼亞、俺のばぁちゃんはな、とても優しくて俺を大切に育ててくれたんだ。あの時もな、ぐすっ…助けに来てくれたんだけど、お…俺を庇って、ううっ…こ、殺されたんだ…」
「志ぃ兄ちゃん…」
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「よかったね、ぐすっ…」
「ば…ばぁちゃんには、新しい幸せが待ってるから… ひっく……もう引きずるなって、ううっ…」
蒼亞は微笑んで強く頷いた。
「ありがとう蒼亞…皆、ぐすっ…あれ、皆は…?」
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「アハハ… 皆揃っちゃったな、ぐすっ…」
蒼亞と彼は立ち上がって皆の元へ行くと、兄は穏やかな顔で彼に歩み寄った。
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彼は微笑んで兄に抱きつき、兄は彼を抱き寄せ頭をなでた。
「志瑞也、頑張ったな」
「やっと… 自分の口からは… せた… よ…か……」
彼は兄に凭れ、すっと気を失った。兄は彼を横に抱えて額に口づけし、仲間達に目で「後を頼む」と頷き自室に入って行った。
四人は勝手な行動を叱られると思い、立ち並んでしゅんとうつむく。
朱翔が低く言う。
「お前達よくやったな」
え?
四人が顔を上げると、仲間達は微笑んで目で頷いた。
「あいつの口からやっと玄一の死の話しが聞けたよ。こればっかりは何が起こるかわからないから、誰も聞けなかったんだ。本人が話せるようになるのを待つしかなかったが……本当、良かったよ。いつかはお前達の特訓も見れるようになるかもなハハハ」
四人は、一気に張り詰めていた緊張の糸が解れ、どっと溜息を吐いた。彼の暴走を止める術など知らず、引き金が何かもわからない。必死で笛を吹き続けながら、速く! 届け! 来てくれ! と、願うことしかできなかった。黄虎は壱黄の不安を察して頭をなでる。
「壱黄、驚いたか? もう大丈夫だ。頑張ったな」
「父上、ううっ…」
壱黄は震える手で涙を拭い、海虎と玄史も、握りしめていた拳を緩めた。
一呼吸置いて朱翔が尋ねる。
「で、何が起きたんだ?」
四人は事の経緯を話した。
───壱黄が言う。
「笛を鳴らしている間に、辰瑞が蒼亞と伯父上を囲っていたのです」
朱翔は腕を組む。
「そうか、蒼亞の判断は正しかったな。夢で見たお陰かもな」
「はい、ですが志ぃ兄ちゃんは辰瑞が出てきたこと知りませんでした。私が先に気づいて、辰瑞が泣いていると伝えたら驚いていました。しかも金粉は志ぃ兄ちゃんにだけ送り込まれていました」
磨虎が首を傾げる。
「神獣が主に癒しの霊力を送ったのか、つくづく謎だな」
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「しかも玄一が転生したなんて神しかわからない事だぞ。それをわざわざ教えるなんて、志瑞也は相当神が目に掛けているな」
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「朱翔様、辰瑞の独断って可能性はないですか?」
「何故そう思うんだ?」
蒼亞は伏し目がちに言う。
「辰瑞の涙が、私にはそう感じました。志ぃ兄ちゃんの悲痛は辰瑞にとっても悲痛です。同じ悲しい瞳をしていました。志ぃ兄ちゃんが『俺は向き合いたいんだ』って言ってました。恐らく辰瑞が、怖がらず話すよう言ったんだと思います」
朱翔は微笑み蒼亞の頭をなでる。
「お前がそう言うんなら、そういう事にしておくかハハハ」
「あ、そうだっ、雷や稲妻は?」
柊虎が微笑んで言う。
「蒼亞、今回は大丈夫だったよ」
「良かったぁー」
蒼亞は安堵して、壱黄、海虎、玄史と見合った。
義兄が言う。
「朱翔さんや朱夏ちゃんのお陰で、精神を制御できていたのかもしれないですね」
全員が納得して頷く。
何も知らない黄虎が尋ねる。
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「……」
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「あの衣はあの時のだよな? 伯母上に借りたってことは、着る物が足りなかったのだな。また箪笥に男子の衣を用意せねばなハハハ」
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