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第ニ章 桜草

二十一 ここに居て、いない…

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 翌日、朝餉を済ませた蒼亞達四人は、昨夜の案を実行するべく動き出す。
 作戦其ノ一、四人はちびっ子達の席に近づく。
「志ぃ兄ちゃん、準備運動だけでも一緒にやろうよ」
 兄はじろっと横目で見て、仲間達は顔を振り向き、朱翔は片方の口角を上げ、椅子の背に凭れ腕を組んだ。
 彼は兄達の視線に戸惑い、眉をひそめて笑う。
「お、俺は観ちゃ駄目だからさ…」
 勿論、断るのは予想内、壱黄は黄花に目配せする。
「伯父上行きましょうよ。楽しそうだわ、ねぇ玄咊?」
「ええ、私もしてみたいです。クスッ」
 段取り通りだと、玄史は玄咊と頷き合う。道を作れば、自然と流れはできるものだ。そらきたと、流れに乗ってきた者が尋ねる。
「蒼亞叔父上、準備運動って何ですか?」
 そう、この作戦の最大の要は十玄だ。朱翔を父にもつ朱濂は疑り深く、姉の朱里を母にもつ朱虎は用心深い。浄化を特性とする朱雀家は、物事が邪であるのか否かを見極める賢さを持っている。それ故、腹の内を明かさない物が多い。蒼亞が彼に声をかけた時から、黙っている大人達の雰囲気の違和感を察して、本当は自分達も行きたいが様子を伺っているのだ。その点十玄は、蒼亞を兄弟の様に慕い疑うことはない。波を起こせば、自ずと残りも乗ってくるだろう。蒼亞は誘導するように尋ねる。
「私達が特訓前にするんだ。十玄も庭園に行きたいだろ?」
「行きたいです! 志瑞兄ちゃん行こうよー」
 十玄が誘われたなら、歳上の自分達も誘われたも同然と朱濂と朱虎も騒ぎだし、朱囉は皆が行くなら自分もと騒ぎだす。
「蒼亞兄上、海虎と一緒に私もできるのですか?」
 でた、最強の我が妹よ!
「そうだぞ翠、特訓は駄目だけど準備運動なら誰でもできるさ。な、海虎?」
 海虎は屈んで妹と見つめ合う。
「翠、私と一緒にどうだ?」
 妹だけを誘っているように見えるのは気のせいか、案の定、妹はぽっと頬を赤らめて言う。
「志ぃ兄ちゃん、私も庭園に行きたいわ」
 彼は目を見開き、海虎と妹を交互に見て察する。
「み、翠っ、もしかしてっ…」
 蒼亞は両眉を上げ、にんまりと彼に頷く。さあ、きっと彼は瞳を輝かせ、妹の応援団として名乗りを上げるだろう。
「海虎!」
 彼が声を張り上げ席を立った。
「はっはいっ…」
 驚いた海虎は体を起こして姿勢を正す。
 彼の表情はいつになく険しく、予想外の反応に、四人はきょとんと立ち尽くす。ぎろっと鋭い目つきで海虎を睨みつけ、脅すような口調で彼は言う。
「お前、翠が小さいからってその場しのぎか? それならやめるんだ」
 四人は背筋が凍りつき、ちびっ子達、黄花、玄咊も驚き彼を見た。兄の嫁扱いし過ぎて、彼も男子だったことを忘れていた。
 妹が淡々と弁解する。
「志ぃ兄ちゃん、海虎はそんな方ではないわ。あんな細かい刺繍を丁寧に縫える程、とても繊細で真面目な方よ。それに、私に桜の刺繍を教えてくれる約束をしたのよ」
「翠っ…」
 海虎は膝を突いてしゃがみ、感動で瞳をきらきらさせ、とうとう妹の小さな手を取った。昨日も抱きしめられて、行き場のない手に戸惑いながらも、本当は抱き返し、触れたかったが我慢していたのだ。
 妹は握り返して嬉しそうに言う。
「志ぃ兄ちゃんが『口づけは特別な人にするんだよ』って言っていたでしょ?」
 まずい。
 彼が目をがっと開く。
「みみっ翠っ、海虎ときききっキスしたのか⁉︎」
 ガタン!
 今度は兄が立ち上がり、海虎に鋭い双眸を向ける。この流れは予定外だが、海虎はいずれ避けては通れない道なのだ。兄の仲間達は絵面を想像したのか、顔を引き攣らせ、ちびっ子達は兄の顔に怯え下を向き、十玄は既に半泣き状態。それでも、妹は毅然とした態度で明かす。
「私から頬にしたのよ」
「どどどうして⁉︎」
 動揺する彼をよそに、妹は海虎を見つめ頬に触れながら言う。
「だって、海虎は蒼万兄上の様に逞しくて、志ぃ兄ちゃんの様に皆に優しいのよ。私が成人するまでに他の女子に取られてしまうわ」
 蒼亞は妹の思惑を知り、血は争えないと思ってしまう。いつから目をつけていたのか、我が妹ながら末恐ろしい。既に、海虎は瞳に捉われ言葉を失っていた。恐らく、如何なる弊害をも乗り越えると、心で紅い糸に固く誓っているはずだ。妹はしなやかに席を立ち、海虎の首に腕を回して抱きしめる。〝私のものよ〟と言わんばかりに微笑む表情は、兄が彼を抱きしめている時とそっくりだ。蒼亞、壱黄、玄史は、ぞっと鳥肌を立てる。妹の正体は悪戯な蝶にあらず、獲物に迫る明晰な龍女だった。
「ぷっ、ハハハハハ」
 兄の仲間達が爆笑する。
「蒼万、翠は誰か・・にそっくりだなハハハハ」
 朱翔が揶揄うように笑い、兄は腕を組んで鼻息をつく。
 彼は眉をひそめ、ぽつり、ぽつりと涙を溢す。
「そっか… み…翠はもう見つけちゃったんだな… な…なんか、淋しいな…ぐすっ」
 妹は海虎から離れ、彼に駆け寄り足元にしがみつく。
「志ぃ兄ちゃん、泣かないで…ぐすっ、大好きだから、泣かないで…ううっ…」
 流石の妹でも、彼の涙には弱い。幼き頃から蒼亞同様、たっぷりと愛情を注がれ育てられてきた。違いといえば、妹の自我が芽生える頃、彼と兄が正式に婚姻していた事。お陰で想いを寄せることなく、兄の嫁として家族愛に留まったのだ。
「翠…」
 彼はしゃがんで妹を抱きしめる。
 彼の涙に弱いのは妹だけではない。彼の眩しい笑顔は懐かしく、温かく、気持ちを穏やかにしてくれる。そんな彼の涙は悲しみを誘い、胸が痛いほどに締め付けられ、どうしようもなく涙が込み上げてくるのだ。めそめそとちびっ子達も泣きだし、席を立って〝泣かないで〟と彼を抱きしめた。黄花も玄咊も涙ぐみ、壱黄は鼻を啜って微笑む。
 朱翔が「パン」と手を叩いて椅子から立ち上がる。
「よし、今日から朝の準備運動は皆でするぞ!」
 ちびっ子達は飛び跳ねて歓声を上げ、彼も微笑んで涙を拭いながら立ち上がる。四人は、作戦の成功を黄花と玄咊と頷き合い、黄花は十玄、朱囉と手を繋ぎ、玄咊は妹と手を繋ぎ、朱濂と朱虎は「庭園まで競争だっ」と賑やかに食堂を出て行った。
 兄と仲間達が彼の側に集まり、彼は鼻声で言う。
「朱翔、ありがとう」
「特訓を観るわけじゃないから、これぐらいなんでもないさハハハ」
 言いながら、朱翔は彼の頭をなでた。
 兄は彼を抱き寄せる。
「まだ泣きたいか?」
「もう大丈夫、まだ先だと思っていたからびっくりしただけだよ。女の子はやっぱり早いな…」
 そうは言っても、やはり心寂しいのだろう。彼は兄から離れず抱き返した。
「海虎、翠は蒼万と似て一度決めた事は変わらないんだ。もし海虎に他に好きな」
「志瑞也さんっ、私は時が来るまで手は出しません! むしろ翠が他に目を向けないか、そっちの方が不安です!」
 海虎の執着心は揺るぎない、それは後から彼に教えてあげよう、そうすれば、より安堵するはずだ。そして、血筋が故の相手への独占欲。海虎に教えるかは、暫く様子を見てからだ。
「そっか、海虎なら安心だな蒼万」
 兄は微笑んで頷く。
「あれ? でも葵ちゃんも玄弥も初恋は五才ぐらいだよな? 黄怜は十二歳ぐらいだし、蒼万は俺だろ? 年齢は関係ないのかもなアハハ」
 兄は「ふっ」と笑い彼の頬をなでる。
「お前の初恋も十二だ」 
 普通に出てきた黄怜の名に、四人は黙って会話を聞くことにした。
「朱翔は…」
「お前、その口焼いてやろうか?」
 真顔で睨む朱翔に、彼はしまったと十玄と同様に兄の胸元に顔を埋め、兄は嬉しそうにぎゅっと抱きしめた。
 磨虎がにんまりと尋ねる。
「朱翔、お前のこと志瑞也が何か知っているのか?」
「黙れ磨虎っ、私は先に行くぞ!」
 朱翔は不機嫌に食堂を出て行き、磨虎は意地が悪そうに笑う。
 義兄がにこやかに尋ねる。
「し志瑞也ぁ、もしかして黄怜の記憶か?」
 彼はひょこっと顔をだす。
「うん、初めて木陰で話した時のだよ。七年前の講習会の時に感じたんだ。初めて葵ちゃんに話かけられてあまりにも可愛いくってさ、黄怜は女の子の友達いなかったから、何話していいかわからなくて緊張していたんだ。そしたら玄弥が来て、面白くていい奴だなって感動したんだ」
「そうかハハハ」
 義兄は懐かしそうに笑う。
「志瑞也、なら私と黄怜の最初の記憶はあるのか?」
「そうだな、クククッ 磨虎は酷いぞ。〝気持ち悪い、変だぞ〟だもんなアハハハ」
 彼と兄は笑い、義兄は目を据わらせる。
「磨虎さん、黄怜に何をしたのですか?」
 磨虎は若気の至りを突っつかれ慌てふためく。
「あっあれは仲良くなろうとしただけだ! それに私が黄怜にそう思ったのであって、黄怜が私に思ったのではない!」
 柊虎は当時を思い出しながら言う。
「私が兄上の代わりに謝り行ったあの時だな。兄上、恐らく黄怜は力を使っていたのですハハハ」
「あの時は本当に驚いたのだぞハハハ」
 義兄は呆れ顔で磨虎を見るも、双子は気にせず笑う。
「し志瑞也ぁ、黄怜の初恋の人って誰なのだ?」
「うーん、それは俺もわからないんだ。でもさ、クククッ 黄怜って面白いんだ」
 彼は肩で笑いにやけて言う。
「愛情深い人でずっと好きだったけど、本性知っていれば違っていたかもって、意味わかんないよな? それってどんな奴だよ、なあ蒼万?」
「……」
「ぷっそうか、黄怜らしいなハハハハ」
「柊虎もそう思うか? アハハハ」
 兄は真顔で黙り、彼は柊虎と笑い合う。
 兄以外は皆黄怜と友だった。友を失うという事、話しているのは彼だが、まるで黄怜がいるかように懐かしむ。彼がいなければ、それすら叶わないのだ。
 蒼亞は尋ねてみる。
「志ぃ兄ちゃん、朱翔様との記憶はあるの?」
「そうだな、笛、かな…」
「笛?」
「うん、黄怜は朱翔の笛が好きだった……とっても、とっても好きだったんだ。また聴きたいって、今でもずっと思っているよ」
 彼は伏し目がちに言う。
「これは俺の考えだけど、朱翔は耳や目が力を使わなくてもいいだろ? 人の心が良くわかっているのは聴かなくていい事、見なくていい物を知っているからだと思うんだ。じゃないとあの音は出せないよ」
 特性には、持つ意味があり、役割りがあり、代償を背負う責任がある。彼の言葉に胸を打たれ、暫し皆が沈黙する。
 兄が穏やかに言う。
「それはお前もだ、私達とは違う視点や感情を持っている。だから人間の感情に気づく」
「蒼万…」
 兄は甘く見つめながら、彼の前髪をさらっと掻き分けて微笑む。彼もまた、兄の瞳に捉われると目が逸らせない。周りを気にしながら戸惑う彼の唇に、兄は今にも吸いつきそうだ。こんな時止められるのは…。

「お前達いつまで喋ってるんだっ、それにそいつら誰が止めるんだ!」

 そう、この男だけだ。
 食堂の扉の前で、朱翔は呆れ顔で立っていた。彼は驚いた拍子に兄の瞳から逃れられ、助かったと思いながらも、噂をすればと揶揄うように言う。
「もうー、盗み聞きは良くないぞ。あ、違うか、聴こえたから戻って来たのかアハハハ」
「おいっ」
 朱翔はぎろっと彼を睨む。
「怖っ」
 彼は再び兄の胸元に顔を埋め、兄は喜んで抱きしめた。
 皆で庭園へ向かいながら、朱翔は彼の肩を組んで先頭へ引っ張り、振り返り距離を確認してから何やらこそこそと話し「アハハハ」笑う彼の頭をわしゃわしゃなで「ふっ、ハハハハ」楽しそうに笑う。彼は朱翔の背中にさり気なく手を回し、帯に差している笛を取ろうとするが、朱翔は下手な芝居だと笛を素早く抜き取って、こつん、と彼の頭を叩いた。
「もうっ、痛いよ!」
 彼がむっとして睨むも、朱翔は笛を指で軽やかに回して帯に差し直す。だが、悪戯な彼は再び笛に手を伸ばした。朱翔は笛を抜き取り、またしても彼の頭を叩こうとするが、予想していた彼はぱしっと両手で挟み止め、したり顔でにんまり笑う。朱翔は真顔でぱっと笛を離し、彼の後頭部を平手でぱちんと叩いた。
「痛ッ」
 衝撃で彼は笛を落とし後頭部に手をあて、朱翔は左手で笛を見事に掴み取り、今度は右手で彼の額をぺちんと叩いた。
「痛ッ もうっ、朱翔はずるいんだよ!」
 ぷんすか怒る彼の肩を組み、朱翔は笑いながら笛を回して帯に差した。
 玄史が言う。
「蒼亞、志瑞也さんは何をしているのだ?」
「…わからない」
 兄が呟く。
「朱翔と遊んでいるだけだ」
 壱黄が渋い顔をする。
「あ、あれがですか?」
 柊虎が微笑んで言う。
「志瑞也が悪戯を仕掛けても来ない、やり返しても来ない時は何か溜め込んでいるのだ」
 海虎が不思議そうに言う。
「朱翔様はそれを観ているのですか?」
「そうだ。私と黄虎は志瑞也を叩けないし、兄上がすると蒼万が怒るハハハ 玄弥は一緒に遊んでしまうし、蒼万では……それで終わらない」
 磨虎と義兄は笑い、兄は無言で頷く。朱翔が彼を転がして、楽しんでいるようにしか見えない。だが、兄が黙って見ているということは、間違いはないのだろう。それならば、もっと他のやり方があるのではないか。朱翔の手捌きは、彼で鍛えている気がしてならなかった。懲りない彼は再度笛に手を伸ばす。しかし、朱翔が笛に手をかけた途端「痛てててッ‼︎」彼は朱翔の手を掴み、そのまま肩甲骨まで捻り上げた。
「これで叩いた分は返したからなアハハ」
 意外と彼も楽しそうだ。
「わかったから離せよ!」
 朱翔は手首を摩りながら彼を肘で小突き、彼もまた肘で小突き返す。庭園に着くまで、前方で二人のやり合いは続いたのだった。

 先に庭園に着いたちびっ子達は、石段を下り広場で走り回っていた。兄と仲間達は特訓内容を話し合い、蒼亞達四人を中央に、黄花、玄咊、ちびっ子達と彼が輪になって囲む。
 蒼亞が声かけをする。
「皆、私達の真似をするんだぞ」
「はーい」
 子供達の明るい声と共に、彼は嬉しそうに微笑む。
「一、ニ、三、四、…、…、…」
 足を広げしゃがんで片足ずつ横にだし、足裏全体を伸ばす。女子四人は裾を捲るわけにはいかず、皆の様子を眺め、男子は元気よく真似しながらふざけ合う。次は肩を前後に回し、手首を掴み腕を上げ脇腹の筋を伸ばした。両手を腰にあて大きく円を描き、背中を反らして後屈、地面に手をつけ前屈、しゃがんで屈伸する。
「うわっ」
 四人は何事かと体勢を戻すと、前屈みになる彼の後ろで、兄が彼の腰を掴んでいた。
「何するんだ蒼万!」
 彼は身体が硬いのか、地面に手がつけれず苦しそうだ。
「お前が尻を突きだすからだ」
 ……兄は手伝っていたのではなく、触りに来たのだった。ちびっ子達は何をしているのかわからず、ぽかんと彼と兄を見る。黄花は白目を剥き、玄咊は「クスッ」と笑う。
「さっ触るなっ…」
 彼は顔を赤くして、手で口を塞ぐ。恐らく、身体が兄に反応して、動けないのだろう。兄がお尻をなでているのか、耐えながらもびくつき、体勢が体勢なだけに四人は目の行き場に困る。
「蒼万っ、やめろ!」
 朱翔が駆けつけ、危険な二人を引き剥がした。彼は膝から崩れ落ち「はぁ、はぁ…」と荒い呼吸を整える。四人はほっと鼻息をつき、気にせず続けることにした。
 朱翔がしゃがんで彼の様子を伺う。
「志瑞也大丈夫か? 何でこれぐらいでこんななるんだ?」
「そ、それは…」
 彼は目を泳がせる。
「今朝したからだ」
 ……また始まった。
 四人は聞こえない振りをする。
「蒼万っ、言うなよ…」
 朱翔が立ちが上がり兄を叱りつける。
「ちび達の前で何してるんだ!」
 兄は詫びる素振りもなく言う。
「お前が触ってよいと」
「なら場所を考えて触れよ!」
 彼はわなわなと立ち上がる。
「違うだろっ、俺の許可はいらないのかよ‼︎」
「……」
「……」
 彼の訴えが一番まともだ。朱翔はそれもそうだと、苦笑いする。しかし、兄もまた、彼の弱点を良く知っている。しゅんと、悲しげな瞳で彼を見つめて言う。
「すまない、我慢できなかった」
「蒼万…そんな顔するなよ、ずるいぞ…」
 彼は兄の頬に手をあて宥めるも、兄は彼のお尻に手を回し、彼はむっとして言う。
「触るなよ」 
「ふっ、わかった」
 兄は怪しく笑い手を引っ込めた。
 柊虎、磨虎、義兄は、肩を震わせて笑いながら見ていた。彼が特訓を観れないだけでなく、兄も彼がいては指導に集中できないのかもしれない。
 朱翔は呆れるように頭を掻きながら言う。
「はぁー ったく、いくら尻の形がいいからって婚姻して七年だぞ。いい加減落ち着けよ」
 彼はがっと目を見開き、聞き捨てならない台詞に顔を歪める。
「なっ、それって……俺の尻の事か⁉︎」
「そうだ」
「当たり前だろ」
 兄と朱翔は真顔で頷く。
「お前気づいてなかったのか? 男を知っている尻してるんだよ、だから蒼万が他に見せないよう後ろに立つんだ」
「───っ」
 彼は絶句して両手を後ろに回してお尻を触り、慌てて振り返って見たりするが、当然本人ではわかるわけがない。その動きもどうかと思いながら、蒼亞は男娼が彼に向けた視線や、柊虎の露骨な断り方を理解した。わかる者達からすれば、共にいる彼にやはりと噂を間に受けかねない。あの時の男娼は、彼を蒼龍本家が囲う男娼だと誤解し、同じ男娼なら彼よりも優っていると思ったのだろう。それに気づいた柊虎は、彼を貶まれた事で怒ったのだ。彼はお尻を掴んだまま、赤面してうつむく。だが、今直ぐに肉付きは変えられない。そして、今後も変えることはできない。確かに、男子にしては丸みのある可愛らしい形をしている。兄によって作られた身体の形であれば、兄からすれば、全てが誘っているようにしか見えないのだ。
 朱翔は宥めるように彼の肩に手を置く。
「志瑞也、諦めろ」
「……」
 無言で立ち尽くす彼に、兄は忠告する。
「無闇に尻を突きだすな、よいな?」
「わ、わかった…」
 兄と朱翔はこれで良しと頷く。
 初めて知る衝撃の事実に、彼は大分落ち込んでいるようだ。朱翔が兄を連れて行き、彼は暗い顔のまま続きをする。自身の後姿など、どう仕様もないことだ。彼はお尻を突きださないよう反り腰ぎみに立ち、動作の度に後ろを振り向き自身のお尻の出方を確認する。くるくる回ったり、裾を伸ばしたり、小刻みに戸惑う彼の動きは、ぎこちなく挙動不審で……とても可笑しい。けらけらとちびっ子達から笑い声が沸き、四人は吹き出す笑いを堪える。無事に準備運動を終え、石段を上ると思いきや「みっ皆先に上がって、俺は後ろからついて行くよ」あからさまな作り笑い。最後尾でお尻を両手で押さえながら、横向きで石段を上りだした。転ばないよう集中しているからか、下を見ながら真剣な目で口を尖らし、上に着くと「皆頑張ってな」と手をぶんぶん振り、今度はお尻を引っ込め小走りで駆けて行った。
 玄史が石段を見上げながら言う。
「蒼亞、志瑞也さんって…」
「面白いだろ?」
「うん」三人は頷く。
 海虎も石段を見上げながら言う。
「壱黄…」
「可愛いよな」
「うん」三人は頷く。
「ぷっハハハハハ!」
 四人は腹を抱えて笑い、兄達は既に爆笑していた。この後、銀龍殿で彼がどう過ごすのかは、容易に想像できる。一先ず、彼のために自分達ができる事をしてみたが、彼に元気付けられてしまった。やはり、彼には誰も敵わない。気を取り直し、特訓に励むことにしたのだった。
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