163 / 164
完結編 福寿草
待望の日
しおりを挟む
「朱翔っ、嫌だって言ってるだろ、俺は男だ!」
志瑞也は蒼龍殿の廊下をずるずる引き摺られる。
「いいから、私に任せるんだハハハ」
朱翔はとても楽しそうだ。今日は志瑞也と蒼万の婚儀、当然、喜ばずにはいられない。通常とは違い盛大に行わないとはいえ、獣と破壊神の婚儀など前代未聞! 朱翔は万全の準備を整え、この日に適した者を連れてきたのだ。
「志瑞也、入れよ」
朱翔は怪しげに笑い戸を開ける。
「ったく、何なんだよ…」
志瑞也が部屋に入ると、一人のすらっとした女子が立っていた。
(誰だこの人? 凄く綺麗だ…)
「こ、こんにちは…」
志瑞也は朱翔に視線を送るも、朱翔は怪しげに微笑んだままだ。この顔は何か企んでいるに違いない。その女子の羽織から、朱雀家の者であるのは分かる。先程、朱翔は肩を組むなり「お前化粧してみないか?」と言い、そのまま有無も言わさず連れてきたのだ。恐らくこの女子にさせるつもりなのだろう。
(蒼万は俺のそのままがいいんだ、よし!)
志瑞也は失礼のないよう断ることにした。
「あのっ…」
「朱翔、この子がそうなの?」
「……」
切れ長な目で優しく微笑む女子に、志瑞也は言葉を詰まらせ目を見開き固まる。
(こ…声が… ま、まさか…)
朱翔は丁寧に会釈する。
「はい、朱波さん、後宜しくお願いします」
「任せて、んふっ」
朱波は片目をぱちんと閉じる。
「あああ朱翔! ここっこっこの人って…」
「ハハハお前鳥みたいだぞ、じゃあ後からな」
「ままっ待ってよ! 朱翔っ!」
志瑞也が袖を掴み怯えて訴えるも、朱翔は微笑んで振り払い部屋を出て、外で戸を押さえ止まらない笑いを堪えた。
「あっああの俺っ、そそそのままで大丈夫です!」
志瑞也は戸を開けようとするが動かず、逃げ場をなくし戸に張り付き訴えるが、朱波は微笑みながらゆっくり近付いて来る。朱波はしなやかな指で志瑞也の顎を掴み、くいっと軽く持ち上げた。「ひっ…」志瑞也は顔を左右に動かされ、朱波がまじまじと見つめる。何故毎度小動物の様に追い詰めらるのかと、志瑞也は眉をひそめ思わず涙目になる。
「あなた、とても美しいわね。んふっ 怖がらなくて良いのよ。優しくしますわ」
そう言って、朱波は片目をぱちんと閉じた。
「たたっ、助けてえぇぇぇ──っ!」
朱翔は耳を澄ましにんまり微笑む。
「朱翔、何を笑っているのだ?」
「何でもないよ柊虎、私達は蒼万の所にでも行くかハハハハ」
柊虎と磨虎は首を傾げる。
三人は黄虎と合流し、蒼万が準備している部屋へと向かう。
「おっ蒼万、髪型似合うじゃないかハハハ」
朱翔は蒼万を一周して「よし!」と微笑む。蒼万は長い前髪を龍髭の様に左右に垂らし、残りを頭上で一つに束ねていた。髪で隠れていた時と違い、より一層整った輪郭が際立ち、まさに眉目秀麗といえよう。
蒼万は軽く微笑む。
「良く来てくれた」
あの時から蒼万は確実に変わった。これが本来のこの男の姿なのか、会話にはまだ問題点は多いが、話す努力をするようになっている。それも、志瑞也の存在があってこそだ。だが、全員がこの日を容易に迎えた訳ではない。この微笑みを失わないよう、努力すると決めたのだ。
四人は蒼万と共に婚儀の会場へ移動する。扉を開けると「蒼万様っおめでとうございます!」祝福の拍手を浴び、予想を上回る参列者で埋め尽くされていた。
朱翔はまずいと思い尋ねる。
「蒼万、なんか多くないか⁉︎ 宗主と領主だけじゃなかったのか⁉︎」
「その予定だったが、志瑞也に会いたいと集まったのだ」
蒼明の待つ壇上に向かうと、最前列の席には朱子や蒼凰に愛藍、蒼亞に葵と玄弥、そして玄華に千玄と玄七が、モモ爺達と傘寿と一緒に座っていた。皆は挨拶を済まし、朱翔が「久し振りだな」と蒼亞の頭をなでる。「お久し振りです」普通に返事を返す蒼亞に「何かあったな」と四人は目配せした。
葵が尋ねる。
「兄上、志瑞也さんは?」
「…連れてくる」
「まっ待て蒼万、志瑞也はもう直ぐ来るから!」
探しに行こうと動きだす蒼万を、朱翔は慌てて引き止める。先に準備が終わっていた志瑞也は「俺皆と会ってくるよ」と出て行ったのだ。部屋に朱翔達が来た事で、すれ違ってしまったのだろう。それなら蒼亞や葵達と共に、先に来ていると蒼万は思っていた。
蒼万はじろっと横目で見る。
「朱翔、何を企んでいる」
「蒼万、そんな目で見るなよハハハ ちゃんと来るからお前は堂々としておけ、な?」
「……」
蒼万は眉間に皺を寄せ朱翔を見ながらも、全員で志瑞也を待つことにした。
ところが、暫く経っても志瑞也は現れず、まだ始まらないのかと参列者が騒ぎだす。
その様子に蒼明が尋ねる。
「蒼万、志瑞也はまだ来ぬのか?」
「…祖父上、探して参ります」
「私が探しに行くから、お前はここで待っているんだ!」
朱翔の不可解な言動に、一緒にいる友は訝しむ。すると、扉の方から響めきが起き、一同は何事かと視線を向けた。
柊虎が眉間に皺を寄せる。
「あれは…朱波さんではないのか?」
扉の前には朱波が微笑んで立っていた。
葵は久々に見て驚く。
「何故、朱波さんが…?」
「私が呼んで志瑞也を任せた」
朱翔はにんまり微笑む。
「ええ⁉︎」
蒼万以外が声を上げる。
「…朱翔、志瑞也は何処だ?」
「蒼万、私からの贈り物だ。待っていろハハハ」
騒つく参列者の中をよいしょよいしょと掻き分け、朱翔は朱波の元へ向かう。黄羊が死んだと同時に、朱波は表舞台から姿を消していた。美しい者であれば男女問わず関係を持ち、自身の遊郭を建て美しい者達を集め、日々楽しく舞を踊っている。それをふしだらだと毛嫌いする者も多いが、精ある男子達はこぞって朱波の店に行きたがるのだ。何故このような場所にと、嫌悪の目が朱波を刺す中、当の本人は「んふっ」と何食わぬ顔で片目をぱちんと閉じた。
「朱波さん遅いじゃないですか、志瑞也は一緒ではないんですか?」
「いいえ、こちらにおりますよ」
朱波は流し目で背後を見る。
「志瑞也早く出てこいよ、蒼万が待っているぞ」
「こっこんなに集まるなんて、俺聞いてない!」
志瑞也は朱波の後ろから出て来ようとせず、朱翔は引っ張り出そうと背後に回った。
「しっ…お前… 志瑞也か⁉︎」
朱翔は目を見開いて固まる。
残りの友も駆け付けた。
「あ、朱波さん、お久し振りです…」
「お久し振りね柊虎さん。また遊びにいらしてね、んふっ」
柊虎は慌ててはぐらかす。
「あっ朱翔、志瑞也は何処だ?」
「…黄虎! 玄弥! 双子を押さえておけ!」
二人は即座に体が反応して指示に従い、黄虎は柊虎を、玄弥は磨虎の片腕をがしっと掴む。
朱翔は満足げに言う。
「朱波さん流石です」
「いいえ、では私はこれで。志瑞也さん、頑張ってね、んふっ」
「あっ…」
そう言って立ち去ると、朱波の背後から志瑞也が現れた。
「なっ…」
「なっ…」
双子の腕に力が入り、黄虎と玄弥は動かないようぐっと力を込める。
「よし、いいぞ二人共。志瑞也を蒼万の所に連れて行ってから双子を離せハハハハ」
黄虎と玄弥は強く頷く。
朱翔は志瑞也の手を引いていく。
「あ、あれが志瑞也様か⁉︎」
「男子のはずでは⁉︎」
またもや響めく参列者の中を再び戻る。
「蒼万、待たせたな!」
「あっ、蒼万…」
「志瑞…也…?」
藤色の衣に金の羽織を纏い、髪は頭上で龍髭の紐で一つに束ね、結び目にはあの髪飾り、長い髪と紐を左右の肩から前に垂らし、白粉に真っ赤に塗られた紅、目尻にかけ細く線が描かれた目の瞳に、蒼万は一瞬で捉われた。
志瑞也は戸惑いながら蒼万を見る。
(蒼万、かっこいい…)
「俺、やっぱ変だよな…」
「……」
「おい蒼万、何呆けた顔しているんだ!」
朱翔が蒼万の肩を叩く。
「…志瑞也、おいで」
そう言って、蒼万は手を差し伸べる。
「蒼万…」
志瑞也がゆっくり近付き手を取ると、蒼万はぐいっと引き寄せ腰に手を回して見つめる。
「お前はかっこよい」
…へ?
朱翔は予想外の言葉に、微笑んだまま固まる。蒼万の家族も皆、顔を引き攣らせていた。朱翔は蒼万に「他の言葉があるだろ!」と教えようとしたが、二人の表情を見て、これはこれで良しとすることにした。
「本当か?」
蒼万は目で頷き志瑞也の頬に触れる。
「蒼万、手が熱い…」
「ふっ、何故か分かるだろ?」
「うん…」
二人は甘く見つめ合う。
……。
「ゴホン、婚儀を始めても良いか?」
蒼明は苦笑いしながらも、二人を壇上に並ばせ志瑞也をまじまじと見て微笑む。その後、滞りなく婚儀は終了し、二人は名実ともに夫婦となった。「志瑞也、蒼万を宜しくのう」微笑む蒼明に、志瑞也は泣きながら「俺初めてじぃちゃんができたよ」抱きつく。蒼明も目を潤ませ、志瑞也の背中を軽く叩いた。
「お母さん、千玄さんに玄七さん、来てくれてありがとう」
「志瑞也様、おめでとうございます…」
「志瑞也様、本当にお綺麗です…」
千玄と千七は目を赤く腫らし、志瑞也の手を取って微笑んだ。
玄華は志瑞也を抱きしめて言う。
「志瑞也…ぐすっ… 良かったわね… でも…この羽織で婚儀を挙げて良かったの?」
「俺は男だし、女物の羽織はこれだけで十分だよ。それに俺が着けたかったんだ」
「そう…ううっ…」
志瑞也は玄華の涙を手で拭う。
「泣かないでお母さん、綺麗な顔が台無しだよ。ちゅっ、あっ…ほっぺたに口紅付いちゃった。ごめん」
「いいのよ。落とすのがもったいないわ、ふふふ」
玄華達にモモ爺達と傘寿を預けると、傘寿は「ぼぼ僕もけけ結婚、ししたいですす」もじもじしながら玄華を見つめ、一号は「蒼万の髪型が変わるだけじゃろ、シシシッ」と笑い、二号は「兄者、今日はご馳走じゃな、シシシッ」誰も祝いの一言もなくいつも通りだった。
志瑞也と蒼万は傍系への挨拶や、第三宗主としての心構えやらで大忙しだ。紫龍殿に移る話もあったが、蒼万殿は志瑞也にとって思い出の場所、慣れ親しんだ殿を離れるのは淋しいものだ。それに、子ができるわけでもなく、大殿では部屋が余ってしまう。ならば、蒼亞が十二になってからでも遅くはないと、暫くは蒼万殿に残ることになった。
夜は蒼龍殿で宴が開かれた。
朱翔が得意げに言う。
「お前達今日の志瑞也見て驚いたろ?ハハハ」
「はい、凄く綺麗でした!」
玄弥は満面の笑みで頷く。
「二人を押さえていて正解だったなハハハハ」
「うるさいぞ朱翔!」
朱翔に指を差され磨虎は睨み、柊虎は気にせず酒を呑んだ。
黄虎が言う。
「志瑞也が婚儀を挙げるならあの羽織を着たいと言ったそうだ。生前の伯父上の願いだったと伯母上から聞いたよ」
皆は志瑞也らしいと微笑んで頷く。
朱翔は柊虎に肘で小突いて耳打ちする。
「お前、朱波さん所通っているのか?」
「あぁ、何度か酒を呑みにな」
「本当か? 朱波さんは遊びにって言っていたぞ?」
怪しく微笑む朱翔に柊虎は平然と言う。
「遊んだら悪いのか? 私は独り身だ、問題はないだろ? ハハハ」
「ったく、お前は…」
そこは他で済まし、堂々とあの位置に座っているのであれば、まだ磨虎の方が可愛げがあると朱翔は思った。
「あれ? あれはし志瑞也ぁと蒼万さんですよ、宴に参加するのですか? 今日は…」
「玄弥、あいつらの初夜はとっくに終わっているだろハハハ 皆と呑みたいんだとさ」
五人は遠目から二人と見合わせて手を振った。
志瑞也は傍系の領主や宗主達に挨拶をした後、席に掴まった蒼万を残して友の席へ向かう。
「皆今日はありがとう」
「志瑞也、私と柊虎の間に座れよ」
言いながら、朱翔が席を空ける。
「うん」
志瑞也は二人の間に腰掛けた。
「化粧も付け髪も取ったのか?ハハハ 私の思った通り女にしか見えなかったなハハハ」
「びっくりさせるなよ朱翔、朱波さんが男なら最初から言えよ、ったくアハハハハ」
志瑞也は朱波と話をし、男同士について朱翔が知っている訳が分かった。実に知りたがりの朱翔らしい。初めこそ怖かったが、少しだけ黄怜の事も聞けた。当時の黄怜も同様に驚いただろう。女子でありながら男装していた黄怜は、朱波を羨ましいと思ったかもしれない。化粧を断ろうとしたが「愛する人の美しい姿は、殿方は一度は見たいものですわ」そう朱波が言い、志瑞也はそれならと挑んだのだった。
「朱翔、今度朱波さんのお店に連れて行ってよ『遊びにいらして』って言われたんだ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
五人は目を泳がせる。
「皆どうしたんだ?」
「それは… やめといた方がいい、なあ柊虎?」
「ブッ、ゴホッ…ゴホッ」
思わず柊虎は酒を咽せらせ、怪しく微笑む朱翔を睨む。
「どうしたんだ柊虎?」
「志瑞也、行くなら蒼万も一緒になハハハ」
「わかったアハハ」
柊虎は微笑みながら志瑞也の肩に手を回す。朱翔は「こいつ」と思いながらも呆れ鼻で笑う。
朱翔は思い出したかのように言う。
「そうだ志瑞也、蒼亞は帰ってから大丈夫だったか? 今日は大人しかったから驚いたよ、なあ皆っハハハ」
全員が待ってましたと話に食い付く。
「朱翔それがさぁ、大変だったんだよ。帰って蒼亞に『蒼万と結婚するから本当の家族になるよ』って言ったら大泣きしてさぁ、毎日蒼万殿に来て『私は志ぃ兄ちゃんを愛してるよ』って目を潤ませて言うんだ。もう可愛くってさアハハハ」
「ハハハハハ」
全員が予想通りの内容に大笑いする。
「それで、お前はどうしたんだ?」
「俺じゃなくて…ちょっと問題が起きて、蒼万が…」
やはり、蒼万を怒らせる程の何かをしたのだ! 朱翔は柊虎に「お前が聞け」と目配せする。
柊虎は頷いて尋ねる。
「何が起きたのだ?」
「蒼亞に胸に跡つけられてさ、俺気付かなくて… その…蒼万に『これは誰がつけた』って聞かれて… 俺は蒼万だと思っていたんだけど『私ではない』って…」
それは本人が気付かないほど跡があり、蒼万はその場所を覚えているということだ。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
予想を超える内容に誰も笑えなかった。
朱翔は眉間に皺を寄せ尋ねる。
「お前何で気付かなかったんだ?」
「いやー、油断した俺も悪いんだけどさ… 俺蒼万殿の庭園で昼寝していたんだ。その時蒼万は責務でいなくてさ、蒼亞は寝ている俺に近付いたら、ほら蒼亞も蒼万と似た匂いがするから、俺がなんか……蒼万を呼んで手を伸ばしたらしく、へへ、痛ッ 直ぐ叩くなよ朱翔!」
「お前『へへ』じゃないだろ! じゃあ何だ? 蒼亞はお前に抱きしめられて、衿元開げて跡つけたっていうのか?」
「うん、見ていたモモ爺達や傘寿がいうにはそうらしいんだ… だから『俺も悪い』って蒼万に言ったんだけど…」
「で、蒼万が蒼亞を叱ったのか?」
「…違う」
おやおや?
「ならお前が叱られたのか?」
「それもちょっと違う…」
では一体、蒼万は誰に怒ったのかと全員が首を傾げる。
「お前ちゃんと説明しろ!」
朱翔は話を渋る志瑞也に苛つき、再び頭を叩こうと手を振り上げる。志瑞也は即座に構え、避けようと柊虎に寄りかかり、柊虎はそれを嬉しそうに微笑む。
「いっ言うからっやめろよ、ったく… 蒼万は『わかった』って言って、俺もそれで終わると思っていたんだ。だけど後日蒼亞が遊びに来た時にさ、蒼万が部屋に俺と蒼亞を呼んだんだ、そしたら…」
言いながらうつむく志瑞也に、柊虎が尋ねる。
「蒼万は何をしたのだ?」
「蒼亞を椅子に座らせて、俺を蒼万の太腿に座らせたんだ。それで…後ろから衿元に手を入れて、その…中を触りながら… 首筋にキスしたり噛んだり…」
……。
「痛ッ 叩くなよ! おっ俺はやめろって言ったんだ!」
「当たり前だ! でっ、その後はどうしたんだ⁉︎」
志瑞也は結局朱翔に叩かれ、頭を摩りながら続きを話す。
「蒼亞がつけた箇所に蒼万が目の前で跡をつけ直して、その後キスされて俺分かんなくなっちゃってさ… 蒼万が何か言って、蒼亞は出て行ったんだ… そしたら今度は蒼万のお母さんが怒ってさ、蒼万めちゃめちゃ怒られてたよアハハハ」
……。
怒ったのは蒼万ではなく母愛藍だった。
朱翔は呆れたように言う。
「はぁ… それから蒼亞は?」
「後から『ごめんなさい』って泣きながら俺に謝って、俺まで泣きそうになったけど『こういうのは、俺以外の蒼亞が愛する人にするんだよ』って言ったら頷いてた。小さい蒼万を見ているみたいで、俺あんまり怒れないんだアハハハ」
志瑞也は蒼万の過去を知っているはずだ。だからこそ、重ねて可愛いがるのかもしれない。蒼万も本来は蒼亞と似ていたのかと思うと、兄弟での育ちの違いに仕方なかったとはいえ、理不尽さを感じてしまう。だが、寝ている間に手を出すとは、やはり兄弟だと朱翔と柊虎は思った。
「黄虎、壱黄と黄花は大丈夫だったか?」
「こっちは全然大丈夫だったよ、ただ蒼万は好きではないみたいだなハハハハ」
「そっか、仕方ないよなアハハハ」
志瑞也は酒を一口呑む。
「し志瑞也ぁ呑んでいいのか?」
「うん。青露酒は亀酒より強くないし、この日のために俺酒に慣れさしたんだ」
志瑞也と玄弥は微笑んで頷き合う。
「おっ、蒼万が来たぞ、お前は磨虎と黄虎の間に座れよ」
朱翔に言われ蒼万は頷き、丁度志瑞也の向かいに座る。
志瑞也は以前よりも皆との会話が楽しく、今では過去や黄怜の事も躊躇わず話せる。ここで生きてきた者達と、ここで生きて行くしかない者とでは、孤独感が全く違う。しかし、失ったと思っていた過去も新たな思い出として、皆の記憶に残し共有できると分かった。それを教えてくれた一人一人が温かく大切で、掛け替えのない者達なのだと、その出逢いに笑みが止まらなかった。目の前に座る蒼万も、盃を交わし微笑みながら磨虎と話をしている。志瑞也は、婚儀の時からずっと蒼万に見惚れていた。あのさらさらと揺れる前髪を引っ張って、熱い口づけをしたい。そのために垂らしているのだろうか、どんな顔をするのか見てみたい。
「志瑞也、何をしているのだ?」
「え?」
柊虎に言われ気付くと、無意識に手を伸ばし蒼万の前髪を掴んでいた。
「あ、いや、何でもないよアハハハ」
志瑞也は慌てて手を離す。
(あれ? 俺酔っているのかな? これぐらいでは酔わないはずだけど…)
「酔ったのか志瑞也?」
言いながら、蒼万は目を細めて微笑む。
「まだ大丈夫だよ!」
(あ、その笑い方は駄目だって言ったじゃないか! そうだ、へへへ)
「……」
黙って眉間に皺を寄せる蒼万に、磨虎が酒を注ぎながら言う。
「どうしたのだ蒼万?」
蒼万は磨虎から酒瓶を取る。
「…何でもない、お前も呑め」
「お前に注がれるとわなハハハハ」
蒼万は酒瓶を置きながら志瑞也を横目で睨む。
志瑞也は蒼万のその顔が堪らない、机の下で蒼万の股間に当てている足先に、ぐっと力を入れ弄くり回す。以前にされた仕返しならこれぐらい当然だと、酒を呑みながら蒼万に悪戯に微笑む。
「志瑞也、お前は皆の前で犯されたいのか?」
全員がぴたっと止まる。
…はて?
(まずいっ…)
志瑞也は冷や汗を垂らしそっと片足を戻す。
柊虎が尋ねる。
「蒼万どうしたのだ?」
蒼万は黙って鋭く志瑞也を見ていた。
目を泳がせる志瑞也に朱翔が尋ねる。
「お前何かしたのか?」
「えっと…足で蒼万のを… ちょっと弄ったへへ」
小ちゃな悪戯が見つかったかのように、彼は肩を竦めて舌をぺろっと出した。胸中を汲んで色々目を瞑ってやるつもりだったが、やりたい放題の彼に朱翔は拳に青筋の血管を浮き立たせた。
「ったく、お前は恥じらいがないのか!」
「痛ッ もうっ朱翔は叩き過ぎだよ!」
磨虎は朱里にされてみたいと思い、黄虎は蒼万の肩を叩きながら笑い、玄弥はやれやれと苦笑い、柊虎はとても羨ましいと思った。
志瑞也は蒼龍殿の廊下をずるずる引き摺られる。
「いいから、私に任せるんだハハハ」
朱翔はとても楽しそうだ。今日は志瑞也と蒼万の婚儀、当然、喜ばずにはいられない。通常とは違い盛大に行わないとはいえ、獣と破壊神の婚儀など前代未聞! 朱翔は万全の準備を整え、この日に適した者を連れてきたのだ。
「志瑞也、入れよ」
朱翔は怪しげに笑い戸を開ける。
「ったく、何なんだよ…」
志瑞也が部屋に入ると、一人のすらっとした女子が立っていた。
(誰だこの人? 凄く綺麗だ…)
「こ、こんにちは…」
志瑞也は朱翔に視線を送るも、朱翔は怪しげに微笑んだままだ。この顔は何か企んでいるに違いない。その女子の羽織から、朱雀家の者であるのは分かる。先程、朱翔は肩を組むなり「お前化粧してみないか?」と言い、そのまま有無も言わさず連れてきたのだ。恐らくこの女子にさせるつもりなのだろう。
(蒼万は俺のそのままがいいんだ、よし!)
志瑞也は失礼のないよう断ることにした。
「あのっ…」
「朱翔、この子がそうなの?」
「……」
切れ長な目で優しく微笑む女子に、志瑞也は言葉を詰まらせ目を見開き固まる。
(こ…声が… ま、まさか…)
朱翔は丁寧に会釈する。
「はい、朱波さん、後宜しくお願いします」
「任せて、んふっ」
朱波は片目をぱちんと閉じる。
「あああ朱翔! ここっこっこの人って…」
「ハハハお前鳥みたいだぞ、じゃあ後からな」
「ままっ待ってよ! 朱翔っ!」
志瑞也が袖を掴み怯えて訴えるも、朱翔は微笑んで振り払い部屋を出て、外で戸を押さえ止まらない笑いを堪えた。
「あっああの俺っ、そそそのままで大丈夫です!」
志瑞也は戸を開けようとするが動かず、逃げ場をなくし戸に張り付き訴えるが、朱波は微笑みながらゆっくり近付いて来る。朱波はしなやかな指で志瑞也の顎を掴み、くいっと軽く持ち上げた。「ひっ…」志瑞也は顔を左右に動かされ、朱波がまじまじと見つめる。何故毎度小動物の様に追い詰めらるのかと、志瑞也は眉をひそめ思わず涙目になる。
「あなた、とても美しいわね。んふっ 怖がらなくて良いのよ。優しくしますわ」
そう言って、朱波は片目をぱちんと閉じた。
「たたっ、助けてえぇぇぇ──っ!」
朱翔は耳を澄ましにんまり微笑む。
「朱翔、何を笑っているのだ?」
「何でもないよ柊虎、私達は蒼万の所にでも行くかハハハハ」
柊虎と磨虎は首を傾げる。
三人は黄虎と合流し、蒼万が準備している部屋へと向かう。
「おっ蒼万、髪型似合うじゃないかハハハ」
朱翔は蒼万を一周して「よし!」と微笑む。蒼万は長い前髪を龍髭の様に左右に垂らし、残りを頭上で一つに束ねていた。髪で隠れていた時と違い、より一層整った輪郭が際立ち、まさに眉目秀麗といえよう。
蒼万は軽く微笑む。
「良く来てくれた」
あの時から蒼万は確実に変わった。これが本来のこの男の姿なのか、会話にはまだ問題点は多いが、話す努力をするようになっている。それも、志瑞也の存在があってこそだ。だが、全員がこの日を容易に迎えた訳ではない。この微笑みを失わないよう、努力すると決めたのだ。
四人は蒼万と共に婚儀の会場へ移動する。扉を開けると「蒼万様っおめでとうございます!」祝福の拍手を浴び、予想を上回る参列者で埋め尽くされていた。
朱翔はまずいと思い尋ねる。
「蒼万、なんか多くないか⁉︎ 宗主と領主だけじゃなかったのか⁉︎」
「その予定だったが、志瑞也に会いたいと集まったのだ」
蒼明の待つ壇上に向かうと、最前列の席には朱子や蒼凰に愛藍、蒼亞に葵と玄弥、そして玄華に千玄と玄七が、モモ爺達と傘寿と一緒に座っていた。皆は挨拶を済まし、朱翔が「久し振りだな」と蒼亞の頭をなでる。「お久し振りです」普通に返事を返す蒼亞に「何かあったな」と四人は目配せした。
葵が尋ねる。
「兄上、志瑞也さんは?」
「…連れてくる」
「まっ待て蒼万、志瑞也はもう直ぐ来るから!」
探しに行こうと動きだす蒼万を、朱翔は慌てて引き止める。先に準備が終わっていた志瑞也は「俺皆と会ってくるよ」と出て行ったのだ。部屋に朱翔達が来た事で、すれ違ってしまったのだろう。それなら蒼亞や葵達と共に、先に来ていると蒼万は思っていた。
蒼万はじろっと横目で見る。
「朱翔、何を企んでいる」
「蒼万、そんな目で見るなよハハハ ちゃんと来るからお前は堂々としておけ、な?」
「……」
蒼万は眉間に皺を寄せ朱翔を見ながらも、全員で志瑞也を待つことにした。
ところが、暫く経っても志瑞也は現れず、まだ始まらないのかと参列者が騒ぎだす。
その様子に蒼明が尋ねる。
「蒼万、志瑞也はまだ来ぬのか?」
「…祖父上、探して参ります」
「私が探しに行くから、お前はここで待っているんだ!」
朱翔の不可解な言動に、一緒にいる友は訝しむ。すると、扉の方から響めきが起き、一同は何事かと視線を向けた。
柊虎が眉間に皺を寄せる。
「あれは…朱波さんではないのか?」
扉の前には朱波が微笑んで立っていた。
葵は久々に見て驚く。
「何故、朱波さんが…?」
「私が呼んで志瑞也を任せた」
朱翔はにんまり微笑む。
「ええ⁉︎」
蒼万以外が声を上げる。
「…朱翔、志瑞也は何処だ?」
「蒼万、私からの贈り物だ。待っていろハハハ」
騒つく参列者の中をよいしょよいしょと掻き分け、朱翔は朱波の元へ向かう。黄羊が死んだと同時に、朱波は表舞台から姿を消していた。美しい者であれば男女問わず関係を持ち、自身の遊郭を建て美しい者達を集め、日々楽しく舞を踊っている。それをふしだらだと毛嫌いする者も多いが、精ある男子達はこぞって朱波の店に行きたがるのだ。何故このような場所にと、嫌悪の目が朱波を刺す中、当の本人は「んふっ」と何食わぬ顔で片目をぱちんと閉じた。
「朱波さん遅いじゃないですか、志瑞也は一緒ではないんですか?」
「いいえ、こちらにおりますよ」
朱波は流し目で背後を見る。
「志瑞也早く出てこいよ、蒼万が待っているぞ」
「こっこんなに集まるなんて、俺聞いてない!」
志瑞也は朱波の後ろから出て来ようとせず、朱翔は引っ張り出そうと背後に回った。
「しっ…お前… 志瑞也か⁉︎」
朱翔は目を見開いて固まる。
残りの友も駆け付けた。
「あ、朱波さん、お久し振りです…」
「お久し振りね柊虎さん。また遊びにいらしてね、んふっ」
柊虎は慌ててはぐらかす。
「あっ朱翔、志瑞也は何処だ?」
「…黄虎! 玄弥! 双子を押さえておけ!」
二人は即座に体が反応して指示に従い、黄虎は柊虎を、玄弥は磨虎の片腕をがしっと掴む。
朱翔は満足げに言う。
「朱波さん流石です」
「いいえ、では私はこれで。志瑞也さん、頑張ってね、んふっ」
「あっ…」
そう言って立ち去ると、朱波の背後から志瑞也が現れた。
「なっ…」
「なっ…」
双子の腕に力が入り、黄虎と玄弥は動かないようぐっと力を込める。
「よし、いいぞ二人共。志瑞也を蒼万の所に連れて行ってから双子を離せハハハハ」
黄虎と玄弥は強く頷く。
朱翔は志瑞也の手を引いていく。
「あ、あれが志瑞也様か⁉︎」
「男子のはずでは⁉︎」
またもや響めく参列者の中を再び戻る。
「蒼万、待たせたな!」
「あっ、蒼万…」
「志瑞…也…?」
藤色の衣に金の羽織を纏い、髪は頭上で龍髭の紐で一つに束ね、結び目にはあの髪飾り、長い髪と紐を左右の肩から前に垂らし、白粉に真っ赤に塗られた紅、目尻にかけ細く線が描かれた目の瞳に、蒼万は一瞬で捉われた。
志瑞也は戸惑いながら蒼万を見る。
(蒼万、かっこいい…)
「俺、やっぱ変だよな…」
「……」
「おい蒼万、何呆けた顔しているんだ!」
朱翔が蒼万の肩を叩く。
「…志瑞也、おいで」
そう言って、蒼万は手を差し伸べる。
「蒼万…」
志瑞也がゆっくり近付き手を取ると、蒼万はぐいっと引き寄せ腰に手を回して見つめる。
「お前はかっこよい」
…へ?
朱翔は予想外の言葉に、微笑んだまま固まる。蒼万の家族も皆、顔を引き攣らせていた。朱翔は蒼万に「他の言葉があるだろ!」と教えようとしたが、二人の表情を見て、これはこれで良しとすることにした。
「本当か?」
蒼万は目で頷き志瑞也の頬に触れる。
「蒼万、手が熱い…」
「ふっ、何故か分かるだろ?」
「うん…」
二人は甘く見つめ合う。
……。
「ゴホン、婚儀を始めても良いか?」
蒼明は苦笑いしながらも、二人を壇上に並ばせ志瑞也をまじまじと見て微笑む。その後、滞りなく婚儀は終了し、二人は名実ともに夫婦となった。「志瑞也、蒼万を宜しくのう」微笑む蒼明に、志瑞也は泣きながら「俺初めてじぃちゃんができたよ」抱きつく。蒼明も目を潤ませ、志瑞也の背中を軽く叩いた。
「お母さん、千玄さんに玄七さん、来てくれてありがとう」
「志瑞也様、おめでとうございます…」
「志瑞也様、本当にお綺麗です…」
千玄と千七は目を赤く腫らし、志瑞也の手を取って微笑んだ。
玄華は志瑞也を抱きしめて言う。
「志瑞也…ぐすっ… 良かったわね… でも…この羽織で婚儀を挙げて良かったの?」
「俺は男だし、女物の羽織はこれだけで十分だよ。それに俺が着けたかったんだ」
「そう…ううっ…」
志瑞也は玄華の涙を手で拭う。
「泣かないでお母さん、綺麗な顔が台無しだよ。ちゅっ、あっ…ほっぺたに口紅付いちゃった。ごめん」
「いいのよ。落とすのがもったいないわ、ふふふ」
玄華達にモモ爺達と傘寿を預けると、傘寿は「ぼぼ僕もけけ結婚、ししたいですす」もじもじしながら玄華を見つめ、一号は「蒼万の髪型が変わるだけじゃろ、シシシッ」と笑い、二号は「兄者、今日はご馳走じゃな、シシシッ」誰も祝いの一言もなくいつも通りだった。
志瑞也と蒼万は傍系への挨拶や、第三宗主としての心構えやらで大忙しだ。紫龍殿に移る話もあったが、蒼万殿は志瑞也にとって思い出の場所、慣れ親しんだ殿を離れるのは淋しいものだ。それに、子ができるわけでもなく、大殿では部屋が余ってしまう。ならば、蒼亞が十二になってからでも遅くはないと、暫くは蒼万殿に残ることになった。
夜は蒼龍殿で宴が開かれた。
朱翔が得意げに言う。
「お前達今日の志瑞也見て驚いたろ?ハハハ」
「はい、凄く綺麗でした!」
玄弥は満面の笑みで頷く。
「二人を押さえていて正解だったなハハハハ」
「うるさいぞ朱翔!」
朱翔に指を差され磨虎は睨み、柊虎は気にせず酒を呑んだ。
黄虎が言う。
「志瑞也が婚儀を挙げるならあの羽織を着たいと言ったそうだ。生前の伯父上の願いだったと伯母上から聞いたよ」
皆は志瑞也らしいと微笑んで頷く。
朱翔は柊虎に肘で小突いて耳打ちする。
「お前、朱波さん所通っているのか?」
「あぁ、何度か酒を呑みにな」
「本当か? 朱波さんは遊びにって言っていたぞ?」
怪しく微笑む朱翔に柊虎は平然と言う。
「遊んだら悪いのか? 私は独り身だ、問題はないだろ? ハハハ」
「ったく、お前は…」
そこは他で済まし、堂々とあの位置に座っているのであれば、まだ磨虎の方が可愛げがあると朱翔は思った。
「あれ? あれはし志瑞也ぁと蒼万さんですよ、宴に参加するのですか? 今日は…」
「玄弥、あいつらの初夜はとっくに終わっているだろハハハ 皆と呑みたいんだとさ」
五人は遠目から二人と見合わせて手を振った。
志瑞也は傍系の領主や宗主達に挨拶をした後、席に掴まった蒼万を残して友の席へ向かう。
「皆今日はありがとう」
「志瑞也、私と柊虎の間に座れよ」
言いながら、朱翔が席を空ける。
「うん」
志瑞也は二人の間に腰掛けた。
「化粧も付け髪も取ったのか?ハハハ 私の思った通り女にしか見えなかったなハハハ」
「びっくりさせるなよ朱翔、朱波さんが男なら最初から言えよ、ったくアハハハハ」
志瑞也は朱波と話をし、男同士について朱翔が知っている訳が分かった。実に知りたがりの朱翔らしい。初めこそ怖かったが、少しだけ黄怜の事も聞けた。当時の黄怜も同様に驚いただろう。女子でありながら男装していた黄怜は、朱波を羨ましいと思ったかもしれない。化粧を断ろうとしたが「愛する人の美しい姿は、殿方は一度は見たいものですわ」そう朱波が言い、志瑞也はそれならと挑んだのだった。
「朱翔、今度朱波さんのお店に連れて行ってよ『遊びにいらして』って言われたんだ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
五人は目を泳がせる。
「皆どうしたんだ?」
「それは… やめといた方がいい、なあ柊虎?」
「ブッ、ゴホッ…ゴホッ」
思わず柊虎は酒を咽せらせ、怪しく微笑む朱翔を睨む。
「どうしたんだ柊虎?」
「志瑞也、行くなら蒼万も一緒になハハハ」
「わかったアハハ」
柊虎は微笑みながら志瑞也の肩に手を回す。朱翔は「こいつ」と思いながらも呆れ鼻で笑う。
朱翔は思い出したかのように言う。
「そうだ志瑞也、蒼亞は帰ってから大丈夫だったか? 今日は大人しかったから驚いたよ、なあ皆っハハハ」
全員が待ってましたと話に食い付く。
「朱翔それがさぁ、大変だったんだよ。帰って蒼亞に『蒼万と結婚するから本当の家族になるよ』って言ったら大泣きしてさぁ、毎日蒼万殿に来て『私は志ぃ兄ちゃんを愛してるよ』って目を潤ませて言うんだ。もう可愛くってさアハハハ」
「ハハハハハ」
全員が予想通りの内容に大笑いする。
「それで、お前はどうしたんだ?」
「俺じゃなくて…ちょっと問題が起きて、蒼万が…」
やはり、蒼万を怒らせる程の何かをしたのだ! 朱翔は柊虎に「お前が聞け」と目配せする。
柊虎は頷いて尋ねる。
「何が起きたのだ?」
「蒼亞に胸に跡つけられてさ、俺気付かなくて… その…蒼万に『これは誰がつけた』って聞かれて… 俺は蒼万だと思っていたんだけど『私ではない』って…」
それは本人が気付かないほど跡があり、蒼万はその場所を覚えているということだ。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
予想を超える内容に誰も笑えなかった。
朱翔は眉間に皺を寄せ尋ねる。
「お前何で気付かなかったんだ?」
「いやー、油断した俺も悪いんだけどさ… 俺蒼万殿の庭園で昼寝していたんだ。その時蒼万は責務でいなくてさ、蒼亞は寝ている俺に近付いたら、ほら蒼亞も蒼万と似た匂いがするから、俺がなんか……蒼万を呼んで手を伸ばしたらしく、へへ、痛ッ 直ぐ叩くなよ朱翔!」
「お前『へへ』じゃないだろ! じゃあ何だ? 蒼亞はお前に抱きしめられて、衿元開げて跡つけたっていうのか?」
「うん、見ていたモモ爺達や傘寿がいうにはそうらしいんだ… だから『俺も悪い』って蒼万に言ったんだけど…」
「で、蒼万が蒼亞を叱ったのか?」
「…違う」
おやおや?
「ならお前が叱られたのか?」
「それもちょっと違う…」
では一体、蒼万は誰に怒ったのかと全員が首を傾げる。
「お前ちゃんと説明しろ!」
朱翔は話を渋る志瑞也に苛つき、再び頭を叩こうと手を振り上げる。志瑞也は即座に構え、避けようと柊虎に寄りかかり、柊虎はそれを嬉しそうに微笑む。
「いっ言うからっやめろよ、ったく… 蒼万は『わかった』って言って、俺もそれで終わると思っていたんだ。だけど後日蒼亞が遊びに来た時にさ、蒼万が部屋に俺と蒼亞を呼んだんだ、そしたら…」
言いながらうつむく志瑞也に、柊虎が尋ねる。
「蒼万は何をしたのだ?」
「蒼亞を椅子に座らせて、俺を蒼万の太腿に座らせたんだ。それで…後ろから衿元に手を入れて、その…中を触りながら… 首筋にキスしたり噛んだり…」
……。
「痛ッ 叩くなよ! おっ俺はやめろって言ったんだ!」
「当たり前だ! でっ、その後はどうしたんだ⁉︎」
志瑞也は結局朱翔に叩かれ、頭を摩りながら続きを話す。
「蒼亞がつけた箇所に蒼万が目の前で跡をつけ直して、その後キスされて俺分かんなくなっちゃってさ… 蒼万が何か言って、蒼亞は出て行ったんだ… そしたら今度は蒼万のお母さんが怒ってさ、蒼万めちゃめちゃ怒られてたよアハハハ」
……。
怒ったのは蒼万ではなく母愛藍だった。
朱翔は呆れたように言う。
「はぁ… それから蒼亞は?」
「後から『ごめんなさい』って泣きながら俺に謝って、俺まで泣きそうになったけど『こういうのは、俺以外の蒼亞が愛する人にするんだよ』って言ったら頷いてた。小さい蒼万を見ているみたいで、俺あんまり怒れないんだアハハハ」
志瑞也は蒼万の過去を知っているはずだ。だからこそ、重ねて可愛いがるのかもしれない。蒼万も本来は蒼亞と似ていたのかと思うと、兄弟での育ちの違いに仕方なかったとはいえ、理不尽さを感じてしまう。だが、寝ている間に手を出すとは、やはり兄弟だと朱翔と柊虎は思った。
「黄虎、壱黄と黄花は大丈夫だったか?」
「こっちは全然大丈夫だったよ、ただ蒼万は好きではないみたいだなハハハハ」
「そっか、仕方ないよなアハハハ」
志瑞也は酒を一口呑む。
「し志瑞也ぁ呑んでいいのか?」
「うん。青露酒は亀酒より強くないし、この日のために俺酒に慣れさしたんだ」
志瑞也と玄弥は微笑んで頷き合う。
「おっ、蒼万が来たぞ、お前は磨虎と黄虎の間に座れよ」
朱翔に言われ蒼万は頷き、丁度志瑞也の向かいに座る。
志瑞也は以前よりも皆との会話が楽しく、今では過去や黄怜の事も躊躇わず話せる。ここで生きてきた者達と、ここで生きて行くしかない者とでは、孤独感が全く違う。しかし、失ったと思っていた過去も新たな思い出として、皆の記憶に残し共有できると分かった。それを教えてくれた一人一人が温かく大切で、掛け替えのない者達なのだと、その出逢いに笑みが止まらなかった。目の前に座る蒼万も、盃を交わし微笑みながら磨虎と話をしている。志瑞也は、婚儀の時からずっと蒼万に見惚れていた。あのさらさらと揺れる前髪を引っ張って、熱い口づけをしたい。そのために垂らしているのだろうか、どんな顔をするのか見てみたい。
「志瑞也、何をしているのだ?」
「え?」
柊虎に言われ気付くと、無意識に手を伸ばし蒼万の前髪を掴んでいた。
「あ、いや、何でもないよアハハハ」
志瑞也は慌てて手を離す。
(あれ? 俺酔っているのかな? これぐらいでは酔わないはずだけど…)
「酔ったのか志瑞也?」
言いながら、蒼万は目を細めて微笑む。
「まだ大丈夫だよ!」
(あ、その笑い方は駄目だって言ったじゃないか! そうだ、へへへ)
「……」
黙って眉間に皺を寄せる蒼万に、磨虎が酒を注ぎながら言う。
「どうしたのだ蒼万?」
蒼万は磨虎から酒瓶を取る。
「…何でもない、お前も呑め」
「お前に注がれるとわなハハハハ」
蒼万は酒瓶を置きながら志瑞也を横目で睨む。
志瑞也は蒼万のその顔が堪らない、机の下で蒼万の股間に当てている足先に、ぐっと力を入れ弄くり回す。以前にされた仕返しならこれぐらい当然だと、酒を呑みながら蒼万に悪戯に微笑む。
「志瑞也、お前は皆の前で犯されたいのか?」
全員がぴたっと止まる。
…はて?
(まずいっ…)
志瑞也は冷や汗を垂らしそっと片足を戻す。
柊虎が尋ねる。
「蒼万どうしたのだ?」
蒼万は黙って鋭く志瑞也を見ていた。
目を泳がせる志瑞也に朱翔が尋ねる。
「お前何かしたのか?」
「えっと…足で蒼万のを… ちょっと弄ったへへ」
小ちゃな悪戯が見つかったかのように、彼は肩を竦めて舌をぺろっと出した。胸中を汲んで色々目を瞑ってやるつもりだったが、やりたい放題の彼に朱翔は拳に青筋の血管を浮き立たせた。
「ったく、お前は恥じらいがないのか!」
「痛ッ もうっ朱翔は叩き過ぎだよ!」
磨虎は朱里にされてみたいと思い、黄虎は蒼万の肩を叩きながら笑い、玄弥はやれやれと苦笑い、柊虎はとても羨ましいと思った。
1
あなたにおすすめの小説
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
【完結】禁断の忠誠
海野雫
BL
王太子暗殺を阻止したのは、ひとりの宦官だった――。
蒼嶺国――龍の血を継ぐ王家が治めるこの国は、今まさに権力の渦中にあった。
病に伏す国王、その隙を狙う宰相派の野心。玉座をめぐる見えぬ刃は、王太子・景耀の命を狙っていた。
そんな宮廷に、一人の宦官・凌雪が送り込まれる。
幼い頃に売られ、冷たい石造りの宮殿で静かに生きてきた彼は、ひっそりとその才覚を磨き続けてきた。
ある夜、王太子を狙った毒杯の罠をいち早く見破り、自ら命を賭してそれを阻止する。
その行動をきっかけに、二人の運命の歯車が大きく動き始める――。
宰相派の陰謀、王家に渦巻く疑念と忠誠、そして宮廷の奥深くに潜む暗殺の影。
互いを信じきれないまま始まった二人の主従関係は、やがて禁じられた想いと忠誠のはざまで揺れ動いていく。
己を捨てて殿下を守ろうとする凌雪と、玉座を背負う者として冷徹であろうとする景耀。
宮廷を覆う陰謀の嵐の中で、二人が交わした契約は――果たして主従のものか、それとも……。
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風
BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜
キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」
(いえ、ただの生存戦略です!!)
【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】
生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。
ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。
のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。
「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。
「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。
「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」
なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!?
勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。
捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!?
「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」
ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます!
元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!
後宮に咲く美しき寵后
不来方しい
BL
フィリの故郷であるルロ国では、真っ白な肌に金色の髪を持つ人間は魔女の生まれ変わりだと伝えられていた。生まれた者は民衆の前で焚刑に処し、こうして人々の安心を得る一方、犠牲を当たり前のように受け入れている国だった。
フィリもまた雪のような肌と金髪を持って生まれ、来るべきときに備え、地下の部屋で閉じ込められて生活をしていた。第四王子として生まれても、処刑への道は免れられなかった。
そんなフィリの元に、縁談の話が舞い込んでくる。
縁談の相手はファルーハ王国の第三王子であるヴァシリス。顔も名前も知らない王子との結婚の話は、同性婚に偏見があるルロ国にとって、フィリはさらに肩身の狭い思いをする。
ファルーハ王国は砂漠地帯にある王国であり、雪国であるルロ国とは真逆だ。縁談などフィリ信じず、ついにそのときが来たと諦めの境地に至った。
情報がほとんどないファルーハ王国へ向かうと、国を上げて祝福する民衆に触れ、処刑場へ向かうものだとばかり思っていたフィリは困惑する。
狼狽するフィリの元へ現れたのは、浅黒い肌と黒髪、サファイア色の瞳を持つヴァシリスだった。彼はまだ成人にはあと二年早い子供であり、未成年と婚姻の儀を行うのかと不意を突かれた。
縁談の持ち込みから婚儀までが早く、しかも相手は未成年。そこには第二王子であるジャミルの思惑が隠されていて──。
白銀の城の俺と僕
片海 鏡
BL
絶海の孤島。水の医神エンディリアムを祀る医療神殿ルエンカーナ。島全体が白銀の建物の集合体《神殿》によって形作られ、彼らの高度かつ不可思議な医療技術による治療を願う者達が日々海を渡ってやって来る。白銀の髪と紺色の目を持って生まれた子供は聖徒として神殿に召し上げられる。オメガの青年エンティーは不遇を受けながらも懸命に神殿で働いていた。ある出来事をきっかけに島を統治する皇族のαの青年シャングアと共に日々を過ごし始める。 *独自の設定ありのオメガバースです。恋愛ありきのエンティーとシャングアの成長物語です。下の話(セクハラ的なもの)は話しますが、性行為の様なものは一切ありません。マイペースな更新です。*
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる