天地天命【本編完結・外伝作成中】

アマリリス

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完結編 福寿草

待望の日

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「朱翔っ、嫌だって言ってるだろ、俺は男だ!」
 志瑞也は蒼龍殿の廊下をずるずる引き摺られる。
「いいから、私に任せるんだハハハ」
 朱翔はとても楽しそうだ。今日は志瑞也と蒼万の婚儀、当然、喜ばずにはいられない。通常とは違い盛大に行わないとはいえ、破壊神・・・の婚儀など前代未聞! 朱翔は万全の準備を整え、この日に適した者を連れてきたのだ。
「志瑞也、入れよ」
 朱翔は怪しげに笑い戸を開ける。
「ったく、何なんだよ…」
 志瑞也が部屋に入ると、一人のすらっとした女子が立っていた。
(誰だこの人? 凄く綺麗だ…)
「こ、こんにちは…」
 志瑞也は朱翔に視線を送るも、朱翔は怪しげに微笑んだままだ。この顔は何か企んでいるに違いない。その女子の羽織から、朱雀家の者であるのは分かる。先程、朱翔は肩を組むなり「お前化粧してみないか?」と言い、そのまま有無も言わさず連れてきたのだ。恐らくこの女子にさせるつもりなのだろう。
(蒼万は俺のそのままがいいんだ、よし!)
 志瑞也は失礼のないよう断ることにした。
「あのっ…」
「朱翔、この子がそうなの?」
「……」
 切れ長な目で優しく微笑む女子に、志瑞也は言葉を詰まらせ目を見開き固まる。
(こ…声が… ま、まさか…)
 朱翔は丁寧に会釈する。
「はい、朱波あやなみさん、後宜しくお願いします」
「任せて、んふっ」
 朱波は片目をぱちんと閉じる。
「あああ朱翔! ここっこっこの人って…」
「ハハハお前鳥みたいだぞ、じゃあ後からな」
「ままっ待ってよ! 朱翔っ!」
 志瑞也が袖を掴み怯えて訴えるも、朱翔は微笑んで振り払い部屋を出て、外で戸を押さえ止まらない笑いを堪えた。
「あっああの俺っ、そそそのままで大丈夫です!」
 志瑞也は戸を開けようとするが動かず、逃げ場をなくし戸に張り付き訴えるが、朱波は微笑みながらゆっくり近付いて来る。朱波はしなやかな指で志瑞也の顎を掴み、くいっと軽く持ち上げた。「ひっ…」志瑞也は顔を左右に動かされ、朱波がまじまじと見つめる。何故毎度小動物の様に追い詰めらるのかと、志瑞也は眉をひそめ思わず涙目になる。
「あなた、とても美しいわね。んふっ 怖がらなくて良いのよ。優しくしますわ」
 そう言って、朱波は片目をぱちんと閉じた。
「たたっ、助けてえぇぇぇ──っ!」


 朱翔は耳を澄ましにんまり微笑む。
「朱翔、何を笑っているのだ?」
「何でもないよ柊虎、私達は蒼万の所にでも行くかハハハハ」
 柊虎と磨虎は首を傾げる。
 三人は黄虎と合流し、蒼万が準備している部屋へと向かう。
「おっ蒼万、髪型似合うじゃないかハハハ」
 朱翔は蒼万を一周して「よし!」と微笑む。蒼万は長い前髪を龍髭の様に左右に垂らし、残りを頭上で一つに束ねていた。髪で隠れていた時と違い、より一層整った輪郭が際立ち、まさに眉目秀麗といえよう。
 蒼万は軽く微笑む。
「良く来てくれた」
 あの時から蒼万は確実に変わった。これが本来のこの男の姿なのか、会話にはまだ問題点は多いが、話す努力をするようになっている。それも、志瑞也の存在があってこそだ。だが、全員がこの日を容易に迎えた訳ではない。この微笑みを失わないよう、努力すると決めたのだ。

 四人は蒼万と共に婚儀の会場へ移動する。扉を開けると「蒼万様っおめでとうございます!」祝福の拍手を浴び、予想を上回る参列者で埋め尽くされていた。
 朱翔はまずいと思い尋ねる。
「蒼万、なんか多くないか⁉︎ 宗主と領主だけじゃなかったのか⁉︎」
「その予定だったが、志瑞也に会いたいと集まったのだ」
 蒼明の待つ壇上に向かうと、最前列の席には朱子や蒼凰に愛藍あいら、蒼亞に葵と玄弥、そして玄華に千玄と玄七が、モモ爺達と傘寿と一緒に座っていた。皆は挨拶を済まし、朱翔が「久し振りだな」と蒼亞の頭をなでる。「お久し振りです」普通に返事を返す蒼亞に「何かあったな」と四人は目配せした。
 葵が尋ねる。
「兄上、志瑞也さんは?」
「…連れてくる」
「まっ待て蒼万、志瑞也はもう直ぐ来るから!」
 探しに行こうと動きだす蒼万を、朱翔は慌てて引き止める。先に準備が終わっていた志瑞也は「俺皆と会ってくるよ」と出て行ったのだ。部屋に朱翔達が来た事で、すれ違ってしまったのだろう。それなら蒼亞や葵達と共に、先に来ていると蒼万は思っていた。
 蒼万はじろっと横目で見る。
「朱翔、何を企んでいる」
「蒼万、そんな目で見るなよハハハ ちゃんと来るからお前は堂々としておけ、な?」
「……」
 蒼万は眉間に皺を寄せ朱翔を見ながらも、全員で志瑞也を待つことにした。

 ところが、暫く経っても志瑞也は現れず、まだ始まらないのかと参列者が騒ぎだす。
 その様子に蒼明が尋ねる。
「蒼万、志瑞也はまだ来ぬのか?」
「…祖父上、探して参ります」
「私が探しに行くから、お前はここで待っているんだ!」
 朱翔の不可解な言動に、一緒にいる友は訝しむ。すると、扉の方から響めきが起き、一同は何事かと視線を向けた。
 柊虎が眉間に皺を寄せる。
「あれは…朱波さんではないのか?」
 扉の前には朱波が微笑んで立っていた。
 葵は久々に見て驚く。
「何故、朱波さんが…?」
「私が呼んで志瑞也を任せた」
 朱翔はにんまり微笑む。

「ええ⁉︎」

 蒼万以外が声を上げる。
「…朱翔、志瑞也は何処だ?」
「蒼万、私からの贈り物だ。待っていろハハハ」
 騒つく参列者の中をよいしょよいしょと掻き分け、朱翔は朱波の元へ向かう。黄羊が死んだと同時に、朱波は表舞台から姿を消していた。美しい者であれば男女問わず関係を持ち、自身の遊郭を建て美しい者達を集め、日々楽しく舞を踊っている。それをふしだらだと毛嫌いする者も多いが、精ある男子達はこぞって朱波の店に行きたがるのだ。何故このような場所にと、嫌悪の目が朱波を刺す中、当の本人は「んふっ」と何食わぬ顔で片目をぱちんと閉じた。
「朱波さん遅いじゃないですか、志瑞也は一緒ではないんですか?」
「いいえ、こちらにおりますよ」
 朱波は流し目で背後を見る。
「志瑞也早く出てこいよ、蒼万が待っているぞ」
「こっこんなに集まるなんて、俺聞いてない!」
 志瑞也は朱波の後ろから出て来ようとせず、朱翔は引っ張り出そうと背後に回った。
「しっ…お前… 志瑞也か⁉︎」
 朱翔は目を見開いて固まる。
 残りの友も駆け付けた。
「あ、朱波さん、お久し振りです…」
「お久し振りね柊虎さん。また遊び・・にいらしてね、んふっ」
 柊虎は慌ててはぐらかす。
「あっ朱翔、志瑞也は何処だ?」
「…黄虎! 玄弥! 双子を押さえておけ!」
 二人は即座に体が反応して指示に従い、黄虎は柊虎を、玄弥は磨虎の片腕をがしっと掴む。
 朱翔は満足げに言う。
「朱波さん流石です」
「いいえ、では私はこれで。志瑞也さん、頑張ってね、んふっ」
「あっ…」
 そう言って立ち去ると、朱波の背後から志瑞也が現れた。
「なっ…」
「なっ…」
 双子の腕に力が入り、黄虎と玄弥は動かないようぐっと力を込める。
「よし、いいぞ二人共。志瑞也を蒼万の所に連れて行ってから双子を離せハハハハ」
 黄虎と玄弥は強く頷く。
 朱翔は志瑞也の手を引いていく。
「あ、あれが志瑞也様か⁉︎」
「男子のはずでは⁉︎」
 またもや響めく参列者の中を再び戻る。
「蒼万、待たせたな!」
「あっ、蒼万…」
「志瑞…也…?」
 藤色の衣に金の羽織を纏い、髪は頭上で龍髭の紐で一つに束ね、結び目にはあの髪飾り、長い髪と紐を左右の肩から前に垂らし、白粉に真っ赤に塗られた紅、目尻にかけ細く線が描かれた目の瞳に、蒼万は一瞬で捉われた。
 志瑞也は戸惑いながら蒼万を見る。
(蒼万、かっこいい…)
「俺、やっぱ変だよな…」
「……」
「おい蒼万、何呆けた顔しているんだ!」
 朱翔が蒼万の肩を叩く。
「…志瑞也、おいで」
 そう言って、蒼万は手を差し伸べる。
「蒼万…」
 志瑞也がゆっくり近付き手を取ると、蒼万はぐいっと引き寄せ腰に手を回して見つめる。
「お前はかっこよい」
 …へ?
 朱翔は予想外の言葉に、微笑んだまま固まる。蒼万の家族も皆、顔を引き攣らせていた。朱翔は蒼万に「他の言葉があるだろ!」と教えようとしたが、二人の表情を見て、これはこれで良しとすることにした。

「本当か?」
 蒼万は目で頷き志瑞也の頬に触れる。
「蒼万、手が熱い…」
「ふっ、何故か分かるだろ?」
「うん…」
 二人は甘く見つめ合う。

 ……。

「ゴホン、婚儀を始めても良いか?」
 蒼明は苦笑いしながらも、二人を壇上に並ばせ志瑞也をまじまじと見て微笑む。その後、滞りなく婚儀は終了し、二人は名実ともに夫婦となった。「志瑞也、蒼万を宜しくのう」微笑む蒼明に、志瑞也は泣きながら「俺初めてじぃちゃんができたよ」抱きつく。蒼明も目を潤ませ、志瑞也の背中を軽く叩いた。
「お母さん、千玄さんに玄七さん、来てくれてありがとう」
「志瑞也様、おめでとうございます…」
「志瑞也様、本当にお綺麗です…」
 千玄と千七は目を赤く腫らし、志瑞也の手を取って微笑んだ。
 玄華は志瑞也を抱きしめて言う。
「志瑞也…ぐすっ… 良かったわね… でも…この羽織で婚儀を挙げて良かったの?」
「俺は男だし、女物の羽織はこれだけで十分だよ。それに俺が着けたかったんだ」
「そう…ううっ…」
 志瑞也は玄華の涙を手で拭う。
「泣かないでお母さん、綺麗な顔が台無しだよ。ちゅっ、あっ…ほっぺたに口紅付いちゃった。ごめん」
「いいのよ。落とすのがもったいないわ、ふふふ」
 玄華達にモモ爺達と傘寿を預けると、傘寿は「ぼぼ僕もけけ結婚、ししたいですす」もじもじしながら玄華を見つめ、一号は「蒼万の髪型が変わるだけじゃろ、シシシッ」と笑い、二号は「兄者、今日はご馳走じゃな、シシシッ」誰も祝いの一言もなくいつも通りだった。
 志瑞也と蒼万は傍系への挨拶や、第三宗主としての心構えやらで大忙しだ。紫龍殿しりゅうでんに移る話もあったが、蒼万殿は志瑞也にとって思い出の場所、慣れ親しんだ殿を離れるのは淋しいものだ。それに、子ができるわけでもなく、大殿では部屋が余ってしまう。ならば、蒼亞が十二になってからでも遅くはないと、暫くは蒼万殿に残ることになった。

 夜は蒼龍殿で宴が開かれた。
 朱翔が得意げに言う。
「お前達今日の志瑞也見て驚いたろ?ハハハ」
「はい、凄く綺麗でした!」
 玄弥は満面の笑みで頷く。
「二人を押さえていて正解だったなハハハハ」
「うるさいぞ朱翔!」
 朱翔に指を差され磨虎は睨み、柊虎は気にせず酒を呑んだ。
 黄虎が言う。
「志瑞也が婚儀を挙げるならあの羽織を着たいと言ったそうだ。生前の伯父上の願いだったと伯母上から聞いたよ」
 皆は志瑞也らしいと微笑んで頷く。
 朱翔は柊虎に肘で小突いて耳打ちする。
「お前、朱波さん所通っているのか?」
「あぁ、何度か酒を呑みにな」
「本当か? 朱波さんは遊び・・・にって言っていたぞ?」
 怪しく微笑む朱翔に柊虎は平然と言う。
「遊んだら悪いのか? 私は独り身だ、問題はないだろ? ハハハ」
「ったく、お前は…」
 そこは他で済まし、堂々とあの位置に座っているのであれば、まだ磨虎の方が可愛げがあると朱翔は思った。
「あれ? あれはし志瑞也ぁと蒼万さんですよ、宴に参加するのですか? 今日は…」
「玄弥、あいつらの初夜はとっくに終わっているだろハハハ 皆と呑みたいんだとさ」
 五人は遠目から二人と見合わせて手を振った。

 志瑞也は傍系の領主や宗主達に挨拶をした後、席に掴まった蒼万を残して友の席へ向かう。
「皆今日はありがとう」
「志瑞也、私と柊虎の間に座れよ」
 言いながら、朱翔が席を空ける。
「うん」
 志瑞也は二人の間に腰掛けた。
「化粧も付け髪も取ったのか?ハハハ 私の思った通り女にしか見えなかったなハハハ」
「びっくりさせるなよ朱翔、朱波さんが男なら最初から言えよ、ったくアハハハハ」
 志瑞也は朱波と話をし、男同士について朱翔が知っている訳が分かった。実に知りたがりの朱翔らしい。初めこそ怖かったが、少しだけ黄怜の事も聞けた。当時の黄怜も同様に驚いただろう。女子でありながら男装していた黄怜は、朱波を羨ましいと思ったかもしれない。化粧を断ろうとしたが「愛する人の美しい姿は、殿方は一度は見たいものですわ」そう朱波が言い、志瑞也はそれならと挑んだのだった。
「朱翔、今度朱波さんのお店に連れて行ってよ『遊び・・にいらして』って言われたんだ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
 五人は目を泳がせる。
「皆どうしたんだ?」
「それは… やめといた方がいい、なあ柊虎?」
「ブッ、ゴホッ…ゴホッ」
 思わず柊虎は酒を咽せらせ、怪しく微笑む朱翔を睨む。
「どうしたんだ柊虎?」
「志瑞也、行くなら蒼万も一緒になハハハ」
「わかったアハハ」
 柊虎は微笑みながら志瑞也の肩に手を回す。朱翔は「こいつ」と思いながらも呆れ鼻で笑う。
 朱翔は思い出したかのように言う。
「そうだ志瑞也、蒼亞は帰ってから大丈夫だったか? 今日は大人しかったから驚いたよ、なあ皆っハハハ」
 全員が待ってましたと話に食い付く。
「朱翔それがさぁ、大変だったんだよ。帰って蒼亞に『蒼万と結婚するから本当の家族になるよ』って言ったら大泣きしてさぁ、毎日蒼万殿に来て『私は志ぃ兄ちゃんを愛してるよ』って目を潤ませて言うんだ。もう可愛くってさアハハハ」
「ハハハハハ」
 全員が予想通りの内容に大笑いする。
「それで、お前はどうしたんだ?」
「俺じゃなくて…ちょっと問題が起きて、蒼万が…」
 やはり、蒼万を怒らせる程の何かをしたのだ! 朱翔は柊虎に「お前が聞け」と目配せする。
 柊虎は頷いて尋ねる。
「何が起きたのだ?」
「蒼亞に胸に跡つけられてさ、俺気付かなくて… その…蒼万に『これは誰がつけた』って聞かれて… 俺は蒼万だと思っていたんだけど『私ではない』って…」
 それは本人が気付かないほど跡があり、蒼万はその場所を覚えているということだ。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
 予想を超える内容に誰も笑えなかった。
 朱翔は眉間に皺を寄せ尋ねる。
「お前何で気付かなかったんだ?」
「いやー、油断した俺も悪いんだけどさ… 俺蒼万殿の庭園で昼寝していたんだ。その時蒼万は責務でいなくてさ、蒼亞は寝ている俺に近付いたら、ほら蒼亞も蒼万と似た匂いがするから、俺がなんか……蒼万を呼んで手を伸ばしたらしく、へへ、痛ッ 直ぐ叩くなよ朱翔!」
「お前『へへ』じゃないだろ! じゃあ何だ? 蒼亞はお前に抱きしめられて、衿元開げて跡つけたっていうのか?」
「うん、見ていたモモ爺達や傘寿がいうにはそうらしいんだ… だから『俺も悪い』って蒼万に言ったんだけど…」
「で、蒼万が蒼亞を叱ったのか?」
「…違う」
 おやおや?
「ならお前が叱られたのか?」
「それもちょっと違う…」
 では一体、蒼万は誰に怒ったのかと全員が首を傾げる。
「お前ちゃんと説明しろ!」
 朱翔は話を渋る志瑞也に苛つき、再び頭を叩こうと手を振り上げる。志瑞也は即座に構え、避けようと柊虎に寄りかかり、柊虎はそれを嬉しそうに微笑む。
「いっ言うからっやめろよ、ったく… 蒼万は『わかった』って言って、俺もそれで終わると思っていたんだ。だけど後日蒼亞が遊びに来た時にさ、蒼万が部屋に俺と蒼亞を呼んだんだ、そしたら…」
 言いながらうつむく志瑞也に、柊虎が尋ねる。
「蒼万は何をした・・のだ?」
「蒼亞を椅子に座らせて、俺を蒼万の太腿に座らせたんだ。それで…後ろから衿元に手を入れて、その…中を触りながら… 首筋にキスしたり噛んだり…」
 ……。
「痛ッ 叩くなよ! おっ俺はやめろって言ったんだ!」
「当たり前だ! でっ、その後はどうしたんだ⁉︎」
 志瑞也は結局朱翔に叩かれ、頭を摩りながら続きを話す。
「蒼亞がつけた箇所に蒼万が目の前で跡をつけ直して、その後キスされて俺分かんなくなっちゃってさ… 蒼万が何か言って、蒼亞は出て行ったんだ… そしたら今度は蒼万のお母さんが怒ってさ、蒼万めちゃめちゃ怒られてたよアハハハ」
 ……。
 怒ったのは蒼万ではなく母愛藍だった。
 朱翔は呆れたように言う。
「はぁ… それから蒼亞は?」
「後から『ごめんなさい』って泣きながら俺に謝って、俺まで泣きそうになったけど『こういうのは、俺以外の蒼亞が愛する人にするんだよ』って言ったら頷いてた。小さい蒼万を見ているみたいで、俺あんまり怒れないんだアハハハ」
 志瑞也は蒼万の過去を知っているはずだ。だからこそ、重ねて可愛いがるのかもしれない。蒼万も本来は蒼亞と似ていたのかと思うと、兄弟での育ちの違いに仕方なかったとはいえ、理不尽さを感じてしまう。だが、寝ている間に手を出すとは、やはり兄弟だと朱翔と柊虎は思った。
「黄虎、壱黄と黄花は大丈夫だったか?」
「こっちは全然大丈夫だったよ、ただ蒼万は好きではないみたいだなハハハハ」
「そっか、仕方ないよなアハハハ」
 志瑞也は酒を一口呑む。
「し志瑞也ぁ呑んでいいのか?」
「うん。青露酒ちんるしゅは亀酒より強くないし、この日のために俺酒に慣れさしたんだ」
 志瑞也と玄弥は微笑んで頷き合う。
「おっ、蒼万が来たぞ、お前は磨虎と黄虎の間に座れよ」
 朱翔に言われ蒼万は頷き、丁度志瑞也の向かいに座る。
 志瑞也は以前よりも皆との会話が楽しく、今では過去や黄怜の事も躊躇わず話せる。ここで生きてきた者達と、ここで生きて行くしかない者とでは、孤独感が全く違う。しかし、失ったと思っていた過去も新たな思い出として、皆の記憶に残し共有できると分かった。それを教えてくれた一人一人が温かく大切で、掛け替えのない者達なのだと、その出逢いに笑みが止まらなかった。目の前に座る蒼万も、盃を交わし微笑みながら磨虎と話をしている。志瑞也は、婚儀の時からずっと蒼万に見惚れていた。あのさらさらと揺れる前髪を引っ張って、熱い口づけをしたい。そのために垂らしているのだろうか、どんな顔をするのか見てみたい。
「志瑞也、何をしているのだ?」
「え?」
 柊虎に言われ気付くと、無意識に手を伸ばし蒼万の前髪を掴んでいた。
「あ、いや、何でもないよアハハハ」
 志瑞也は慌てて手を離す。
(あれ? 俺酔っているのかな? これぐらいでは酔わないはずだけど…)
「酔ったのか志瑞也?」
 言いながら、蒼万は目を細めて微笑む。
「まだ大丈夫だよ!」
(あ、その笑い方は駄目だって言ったじゃないか! そうだ、へへへ)
「……」
 黙って眉間に皺を寄せる蒼万に、磨虎が酒を注ぎながら言う。
「どうしたのだ蒼万?」
 蒼万は磨虎から酒瓶を取る。
「…何でもない、お前も呑め」
「お前に注がれるとわなハハハハ」
 蒼万は酒瓶を置きながら志瑞也を横目で睨む。
 志瑞也は蒼万のその顔が堪らない、机の下で蒼万の股間に当てている足先に、ぐっと力を入れ弄くり回す。以前にされた仕返しならこれぐらい当然だと、酒を呑みながら蒼万に悪戯に微笑む。
「志瑞也、お前は皆の前で犯されたいのか?」
 全員がぴたっと止まる。
 …はて?
(まずいっ…)
 志瑞也は冷や汗を垂らしそっと片足を戻す。
 柊虎が尋ねる。
「蒼万どうしたのだ?」
 蒼万は黙って鋭く志瑞也を見ていた。
 目を泳がせる志瑞也に朱翔が尋ねる。
「お前何かしたのか?」
「えっと…足で蒼万のを… ちょっと弄ったへへ」
 小ちゃな悪戯が見つかったかのように、彼は肩を竦めて舌をぺろっと出した。胸中を汲んで色々目を瞑ってやるつもりだったが、やりたい放題の彼に朱翔は拳に青筋の血管を浮き立たせた。
「ったく、お前は恥じらいがないのか!」
「痛ッ もうっ朱翔は叩き過ぎだよ!」
 磨虎は朱里にされてみたいと思い、黄虎は蒼万の肩を叩きながら笑い、玄弥はやれやれと苦笑い、柊虎はとても羨ましいと思った。
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