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完結編 福寿草
愛しいあなたへ
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応用編は勝ち抜き戦で、五つの蒼亞が八つの子に勝利し、見事一位になった。失恋したからか、講習への打ち込み方が変わり、顔付きまで変わっていた。「お前がいない時はいつもあんな顔だぞ」朱翔が言うも、志瑞也はそれを可愛いと笑い、朱翔は呆れて顔を横に振った。
壱黄は初戦で「始め!」同時に「参りました」と礼儀正しく頭を下げて終わらせる。相手の子は構えたままぽかんと立ち尽くし、柊虎と磨虎は真顔で固まってしまう。後から理由を聞くと「鍛えるのは好きですが、戦うのは好きではありません」にこっと微笑む。志瑞也はその優しさに、抱きしめて頭をなでた。
黄花の舞は優雅とはいえないが、力強く葵も筋が良いと褒めていた。ただ、時折操作するため、団体の演舞には向かない。志瑞也は双子に「柊虎も磨虎も同じ伯父上だぞ、俺だけに甘えたら二人が寂しがるだろ?」と言うと、二人は眉間に皺を寄せ同じ顔で黙り込む。柊虎と磨虎に訳を聞くと「二人は祖父上を怖がっているのだ、私達の雰囲気が似ているらしいハハハ」柊虎は笑い「でも父上は似ていないから懐いているぞハハハ」磨虎も笑う。それは志瑞也も感じていた。三ヶ月間の講習会も無事終了し「お前達、次は七年後だな」寂しがる沢山の子供達と、涙ながらに抱擁してお別れをした。
その日は豪華に、黄怜殿でもご馳走が振舞われた。
「皆、今回はありがとう」
「本当だよ黄虎、壱黄の泣き虫はお前そっくりだし、黄花の気の強さは虎春か?」
黄虎の隣に座る朱翔は、言いながら片眉を上げて笑う。
「そうかもしれないなハハハ 今日は金露酒を用意したから呑んでくれ」
「志瑞也、お前は酒呑むなよ」
「わかってるよ朱翔アハハ」
黄虎がにんまりと尋ねる。
「志瑞也、朱翔は変な事教えていなかったか?」
「えっと…朱翔は、教えてないよ…」
黄虎と一人を除いて全員が目を泳がせる。
「どうしたのだ皆?」
……。
「私が教えた」
「何をだ蒼万?」
「愛し合うという事を」
「…?」
困惑する黄虎に、蒼万は包み隠さず説明する。その間他の者達は、一言も話さずうつむいていた。
「以上だ」
「…ふっハハハハハ」
おやおや?
予想外の黄虎の反応に、うつむいていた者達は顔を上げる。
「あの二人には良い薬だ。始めは黄花が婚姻すると言いだしてな『伯父上は女子だから無理だよ』って説明したら『では一緒にお風呂に入れるのですね』って喜んでいたよハハハ だけどそれを聞いていた壱黄が『なら私のお嫁さんにする』って言いだしたのだ、参ったよハハハ」
(通りで、虎春ちゃんが動揺していた訳だよ… バレたって黄虎に話せなかったのかな? そっかっ、そのせいで髪を短く切ってしまったって言えなかったんだ)
志瑞也は苦笑いするしかなかった。
朱翔が眉間に皺を寄せ尋ねる。
「黄虎っ、なら何でちゃんと訂正しなかったんだ?」
「朱翔、黄花の性分わかるだろ? 気が強い上に、都合の良い話しか聞いてない」
全員が確かにと思った。
「男って訂正したらどうなるか、分かるだろ? でも結局男って分かった途端、毎日口づけなんて…誰に似たんだかハハハハ」
今ここで笑えているのは黄虎しかいない。親の教えによって周りがどう振り回されるのか、これから親になる者達の教訓となった。
(あれ? 確かあの時…)
志瑞也が首を傾げて尋ねる。
「俺が女だと思って、黄花が風呂を一緒に入りたがっていたのは分かった。だけど壱黄と蒼亞は、何で一緒に入ろうとしたんだ?」
それもそうだと黄虎は首を傾げる。
蒼万が言う。
「壱黄の理由は分からないが、蒼亞は私とお前が一緒に入っているのを知っている」
「なっ何で知っているんだ?」
「蒼亞はお前に会いに殿に来たが、私に運ばれて龍水室から出てくるのを何度か見ている」
「それって…まさか、ここに来る…直前の?」
蒼万は頷いて言う。
「何故一緒に風呂に入るのか問われ『夫婦だからだ』と答えた、それでお前を女と思ったのだろう」
これは教えではなく事実だが、皆どう判断したらよいものかと頭を捻る。
「待てよ、さっき『何度か』って言ったよな? 他には何て言ったんだ?」
「…他は何も言ってはいないが、恐らく覗いたか聞いていた」
志瑞也は激しく目を見開く。
「なっ、いつもだけど何で遮断しないんだ⁉︎」
「志瑞也、あれは神力だ。使ったままでするのは身体がもたない」
「なっ…」
この会話は二人でするべきなのではと思いながら、全員が自分達も気をつけなければと学ぶ。
現場にいた朱翔が言う。
「風呂に『一緒に入りたい』って最初に言ったのは蒼亞だ、恐らく壱黄はなら自分も一緒にって思っただけだろうよ。蒼亞の志瑞也を見る目がおかしいと思ったよ、まるで自分の女に触るなって目だった。ふっ」
朱翔と志瑞也以外が蒼万からさっと目を逸らす。
朱翔は呆れたように言う。
「女って思っていたなら、蒼亞は聞いていたんだな」
「あっ、だからっ…」
全員がまだ何かあるのかと志瑞也を見る。
「ここに来る時にさ、辰瑞で俺の前に乗せていたんだけど、振り返ってまで衿元から指を入れて『痒い?』って肌を触ったんだ。俺慌てて隠したんだよ」
「それって…ふっ、明らかに胸を覗こうとしたんじゃないかハハハ」
「笑うなよ朱翔、隠すの大変だったんだ、あっ…」
志瑞也は気まずそうに口を尖らし、蒼万以外が苦笑いする。
「ふっ私に『志ぃ兄ちゃんは兄上のものです』って言っといて、最後はその兄上から奪おうとしていたんだからずる賢いよハハハ」
「どういう意味だ?」
「あのな黄虎、蒼亞だって初めは純粋に志瑞也を女だと思っていた。男と分かって驚いたが、蒼万との関係から夫婦に男女は関係ないんだ、なら兄上の大切な嫁は自分が守ろう!って思っていたはずだ」
「別にずる賢はないではないか」
「いやいやここからだ、私が婚姻しているのは見れば分かるだろ? だが私と志瑞也のやり取りを見ている内にだな、私が遊びで手を出しているように見えたのさ。それならここにいる間だけでも、自分がいない蒼万の代わりになろうと思った。それがどんどん独占欲として膨らんだ頃、次に現れたのが」
朱翔が「パチン」と指を弾き指差す。
「柊虎の存在だ!」
はて?
「お前達、ほら最初を思い出せよ」
黄虎と蒼万以外が「あ!」と同じ顔をする。
「そうだ、思い出したか? 私は木の上からだから全体が綺麗に見えていたよ、クククッ」
朱翔は額に手を翳して見渡しにんまりとする。
蒼万が尋ねる。
「志瑞也、何があったのだ?」
「実はさ…」
志瑞也はその出来事を話した。
「今の話を聞いて、蒼万はもうわかっただろ?」
蒼万は納得して頷く。
「朱翔、私にはわからないよ」
首を傾げる黄虎のために、朱翔は手振りを加えながら説明する。
「だからぁ、木から落ちて来た志瑞也を柊虎が横に受け止めたんだ。それは蒼万が風呂から志瑞也を連れて出くる時の抱え方だ、更に目覚めた志瑞也は嬉しくて柊虎の首に手を伸ばして抱きついた! 蒼亞はかなり衝撃を受けた顔をしていたよハハハ 柊虎に対しての敵意は同じ顔の磨虎にもだ」
柊虎は苦笑いし、指を差された磨虎は迷惑そうな顔をした。
「もしかしたら志瑞也は、柊虎とも関係があると蒼亞は思った。そこで蒼亞は考えた、まだ婚姻していないのであれば、自分のものにしてしまえばいいと」
全員がちらっと蒼万を見る。
朱翔は指で差しながら続きを話す。
「一番の強敵が婚約している蒼万、その次に柊虎、頬に口づけして志瑞也が嫌がったのを見ていたから、私はその次だハハハ 戦う為には武器がいる。肌に触って、口づけして、愛してるって言われたがまだ足りない。本当は東宮へ戻る前にまだ何か考えていたのかもしれない、な? ずる賢いだろ?ハハハ」
蒼万と朱翔以外がぞっとする。
黄虎がもしやと思い言う。
「志瑞也、蒼亞とここに一日泊まったよな?」
全員が志瑞也を見る。
「えっと… 起きた時は蒼亞は寝ていたから急いで着替えたんだ。終わったと同時に蒼亞に声をかけられて、俺寝言で蒼万を呼んでいたらしくてさ『寂しいの?』って聞かれて、嘘はいけないと思って、愛し合っているから寝言で呼ぶのも仕方ないって説明したんだ。そしたら『私を愛してる?』って聞かれたから『蒼万への愛とは違うけど愛してるよ』って言った…へへ」
志瑞也は片手で頭を掻きながらはにかんで笑う。
「お前『へへ』じゃないだろ、もしかしたら蒼亞はお前の寝言で起きて、色々体を見たかもしれないんだぞ? それにお前がその日眠れていたのは、似た匂いの蒼亞と一緒だったからじゃないのか?」
朱翔は教育上問題だらけだと呆れる。
「あ、そうかもアハハ」
……。
恐らく何か見たのだろうと全員が思った。
「ったく…お前が休んだ日に私が蒼亞にな、お前にあんな事したから『蒼万が迎えに来た』って言ったら、露骨に不安な顔をしたんだぞハハハ そしてっ、蒼万が志瑞也を抱えて目の前にドンッと参上! 仕方なくありったけの武器を揃えて挑んだが、蒼万に気付かされたんだ」
「愛をか?」
「…黄虎、五つで男女の愛が分かる訳ないだろ、いいか? 志瑞也が自分からするのは頬のおまじないだけだ、しがみついてまで口にするのは蒼万にだけだ。しかも最終兵器の泣いて喚けば自分に振り向くと思っていた、だがあの状態の志瑞也は蒼万しか見えてない。初めて放置されて、兄上は特別なんだって気付いたのさ」
黄虎は目を丸くする。
「五つでそこまで考えるとはな…」
「そっか、だから今日『一位おめでとう』って言ったら『兄上より強くなるんだ』って言ったのかアハハハ 可愛いなあ蒼亞」
志瑞也以外が「まだ続くのか」と思った。
「蒼万、気をつけろよハハハ」
蒼万は頷く。
黄虎が志瑞也と蒼万を見て尋ねる。
「さっき朱翔が話していた事で気になったのだが、二人は…婚約しているのか? 確か男同士では…」
「ハハハ違う違う。あれは講義で婚姻した男の髪型を知って、志瑞也が婚姻してないって分かったんだ。それで志瑞也が問い詰められていたから、婚約したのが一番最後だから、磨虎が婚姻しないと婚儀は挙げられないって、その場は誤魔化しただけだよ、な? 志瑞也ハハハ」
志瑞也も蒼万の婚姻した髪型は見たい。きっと今よりもっと秀麗に見えるのだろうと、友の婚儀に参列する度に何度も想像した。だが、自分と一緒ではさせてあげられない。こればかりはどうにもならない事だと、伏し目がちに微笑む。
朱翔は呆れ笑いながら言う。
「そしたらさ、今度は解消させようって思考になったんだハハハ」
「小さいとはいえ侮れないな…」
黄虎は感心したように頷く。
「そのことだが志瑞也」
「ん、何だ蒼万?」
「帰ったら婚儀を挙げることになった」
そうかそうか……
「えーっ⁉︎」
蒼万以外が声を張り上げた。
「そっ蒼万どういう事だ?」
驚く志瑞也の手取り、蒼万は見つめて話す。
「今回離れている間に私の宗主問題が上がった。私は蒼亞が第三宗主で構わない、そうなった際はお前を連れて宮を出ると伝えた。それにお前と旅をして回る余生も良いと思っていた。同家は皆お前と私との関係を知っている。祖父上が私の意向を同家に話したが、男子でも良いから婚姻させ、私を第三宗主にと言ってくれたのだ。私は同家のその思いに応えたい、既に夫婦関係にあるのなら、わざわざ婚約する必要はないと、一月後に婚儀を執り行う」
「で、でも…」
蒼万は動揺で震える志瑞也の手を握る。
「婚姻したからといって、直ぐに何か変わるわけではない。だが少しずつ、お前にも責務を任せることになる。それでもよいか?」
正直、蒼万がいるから東宮にいれる。心の片隅にある居場所のない居候の気分は、ずっと拭えなかった。志瑞也の世界でも男同士での婚姻は認められておらず、家族になるため養子縁組をする者が多い。更にここでは、届を出し社会的に家族になるわけではない。婚姻といっても、儀式を挙げるだけだ。だが、志瑞也にとっては、ここでの存在が認められた瞬間だった。そして、犠牲や諦めるのではなく、民を守る役目を共にしたいという蒼万の気持ちが、とても嬉しかった。
「蒼万… ほ…本当に、いいのか…?」
「愚問だ、私にはお前しかいない」
そう言って、蒼万は志瑞也の手の甲に口づけする。
「蒼万…ううっ… お…俺…ううっ…」
志瑞也の瞳の色が淡く光る。
ガタンッ!
「おい蒼万っ、どうなっているんだ!」
朱翔は椅子をひっくり返して立ち上がり、腰の笛に手を伸ばす。その場が一気に緊迫し、外からは「ゴロゴロ」と雷の音が響きだした。全員が険しい顔をして、耳を澄まし冷や汗を垂らす。
「大丈夫だ志瑞也、怖がるな」
蒼万が志瑞也を抱き寄せる。
「愛している、お前は?」
「ううっ…蒼万っ… あ…ありがとう…ううっ…」
志瑞也は蒼万に抱きつき耳元で呟く。
「……」
「誓おう」
「ううっ…うああぁぁぁーっ」
志瑞也の瞳が琥珀色の光を放つ。
「蒼万!」
ガタンッ‼︎
朱翔は即座に笛を取りだし全員が立ち上がる。
「朱翔…皆… 俺は、ぐすっ…大丈夫…」
志瑞也は瞳を光らせたまま席を立つ。
「志瑞也?」
「蒼万来て、見せてあげる…」
志瑞也は微笑んで蒼万の手を取り「スーッ」と戸を開けた。
…………全員が息を呑んだ。
辺り一面煌びやかに金粉が舞い、夜空には雲一つ無く、全ての星々がくっきりと光輝いていた。
「行こう蒼万」
蒼万は手を握り返した。
美しく降り注ぐ星屑の中を、志瑞也と蒼万は庭園の奥へと歩いていく。
蒼万は天を見上げながら尋ねる。
「志瑞也これは?」
「蒼万、綺麗だろ? 辰瑞が喜んで走り回っているんだアハハハ」
志瑞也は天に両手を上げ微笑む。
蒼万は志瑞也を高く抱き上げ見つめる。
「蒼万、心から愛しているよ」
「私も愛している」
これは一体何なのか、六人は宙を見ながら、ふらふらと外に出た。金粉は触れた瞬間ふわっと溶け込み、懐かしく暖かく喜びに溢れ、とても幸せな気持ちが込み上げてくる。この神秘的な光景に言葉を失くし、自然と涙が溢れた。
……これこそが〝愛〟だ。
闇は存在しないのではなく、闇の中だからこそ見える世界がある。光と影、善と悪、希望と絶望、全が調和し共存しているのだ。
「葵ちゃん…」
「玄弥…ううっ…」
二人は手を握り合って微笑む。
柊虎が朱翔の肩に手を置く。
「朱翔…やったな…」
「柊虎…磨虎、皆…ありがとうな…」
「あの二人…凄いな… ぐすっ…」
言いながら、磨虎は涙を拭う。
「黄虎…泣いているのか? まぁ…私も泣いているけどなハハハ」
朱翔は黄虎の肩を組む。
「朱翔…ううっ… 良かった…」
「ふっ、そうだな…」
六人は庭園の二人を眺めた。
「辰瑞ーっ、そろそろ戻って来るんだーっ!」
辰瑞は全身に金粉を纏いながら庭園に舞い降り、胴体を振り「シャラン」と金粉を振り落とす。翼を閉じながら「パコパコ」と志瑞也に近付く。
「辰瑞よしよし、楽しかったか? そうか、俺蒼万と結婚するんだ。もう知ってるよな?アハハ」
志瑞也はしばらく辰瑞と戯れ、額を合わせ数回頷いて身体に戻した。
蒼万が志瑞也の腰に手を回し尋ねる。
「何を話したのだ?」
志瑞也は蒼万に抱きつき、辰瑞との会話を教えた。蒼万は抱きしめ頭をなでながら「…そうか、聞いても良いか?」優しく尋ねる。志瑞也は微笑んで告げるも、蒼万は手を止め志瑞也と見合い「お前は……?」声を震わせた。志瑞也は蒼万の手の甲にそっと口づけし「蒼万、俺にはこの願い以外、他にはないんだ…」儚く微笑む。「……」蒼万は摺り落ちて膝を突き、志瑞也の裾を掴んで見上げた。
「あ…愛してしまって、ううっ… すまない…」
「蒼万泣いていいよ… 沢山泣いて、沢山笑おうな…」
愛する男から漂う熱が、全身を包み抱きしめられているようだ。志瑞也はしゃがんでそっと抱きしめ、優しく頭をなでる。腕の中で声を上げて泣く蒼万は、幼子の様に小さく見えて、とても愛しい。
「ううっ… 志瑞…也… すまない…」
「蒼万、俺を見て…」
蒼万は志瑞也の顔に両手を添え、涙を流しながら言う。
「お…お前は… ううっ… それで良いのか…」
なんと美しい姿なのだろう、こんなにも想われていることに、幸せを感じない訳がない。溢れる涙、一粒、一粒が、愛している、愛している…と言っている。願いが蒼万をより苦しめ、縛ることになったとしても、決して手離したりはしない。
「ぐすっ… 最初は女にしてくれって、思った… でも俺は…この自分が好きなんだ、ぐすっ… 子供は産めない…それでもいいか?」
「なら…できるまですればよい…」
目を細めて微笑む蒼万に、自分達は不器用で似た者同士かもしれないと思った。
「ぷっアハハ…ぐすっ… 蒼万、俺今とっても幸せだ…」
「志瑞也…」
蒼万の熱い舌使いに志瑞也は興奮し、甘い媚薬に下半身が疼き腰をくねらせた。蒼万の身体に触れたくて、帯を掴んで引っ張るも阻まれる。
「蒼万…あっ、何で? ちゅっ…あっ、蒼万っ…」
「朱翔… 部屋を使っても…良いか?」
ぼそっと言いながら見ると、朱翔はこくんと一回頷いた。
「志瑞也、掴まっていろ」
「蒼万っ…あっ、早くっ…」
志瑞也は蒼万の衿元を引っ張って乱し、荒い吐息を吐きながら肌に吸いつく。
「ふっ、可愛い奴よ…」
蒼万は志瑞也を抱え客室に入った。
兄蒼万の姿に、葵は涙が止まらなかった。
「ううっ…玄弥…」
「葵ちゃん…良かったね…」
玄弥は葵を抱きしめる。
柊虎が尋ねる。
「朱翔、蒼万は何と言ったのだ?」
「部屋を使う許可だした」
「なっ…」
朱翔は目で「案ずるな」と柊虎に微笑む。
「皆っ、今日は黄虎の所に泊まろう」
「えっ、私の殿に?」
朱翔は指で二人の入った客室を差しながら言う。
「黄虎、私達に朝まであれを聞かすつもりか?」
「あっ朝まで⁉︎」
「蒼万は絶倫か⁉︎」
黄虎は目を見開き磨虎は食い付いた。
「磨虎っ、葵の前で品のない言い方するな!」
「痛ッ、葵すまん…」
今の葵は天にも昇る気持ちだ。これぐらいなんのと、朱翔に頭を叩かれた磨虎に微笑んで言う。
「磨虎さんお気になさらないで、朝に終われば良い方ですよ。ふふふ」
「あっ葵ちゃん…」
蒼万にもだが、葵にも全員がぞっとした。
柊虎が黄虎の肩に手を置く。
「急ですまない」
「構わないさ、虎春も皆に会えて喜ぶよ。磨虎は前髪切られないようになハハハ」
「何だと⁉︎ 私はお前の義理の兄だぞ!」
黄虎はにんまりと微笑む。
「私がそう呼んでも良いのですか義兄上?」
「やっやめろ、気持ち悪い!」
磨虎は鳥肌を立てる。
「おいっ、急げ! 本格的に始まりだした!」
全員が急いで黄怜殿から脱出し、銀白龍殿へ移動したのだった。
壱黄は初戦で「始め!」同時に「参りました」と礼儀正しく頭を下げて終わらせる。相手の子は構えたままぽかんと立ち尽くし、柊虎と磨虎は真顔で固まってしまう。後から理由を聞くと「鍛えるのは好きですが、戦うのは好きではありません」にこっと微笑む。志瑞也はその優しさに、抱きしめて頭をなでた。
黄花の舞は優雅とはいえないが、力強く葵も筋が良いと褒めていた。ただ、時折操作するため、団体の演舞には向かない。志瑞也は双子に「柊虎も磨虎も同じ伯父上だぞ、俺だけに甘えたら二人が寂しがるだろ?」と言うと、二人は眉間に皺を寄せ同じ顔で黙り込む。柊虎と磨虎に訳を聞くと「二人は祖父上を怖がっているのだ、私達の雰囲気が似ているらしいハハハ」柊虎は笑い「でも父上は似ていないから懐いているぞハハハ」磨虎も笑う。それは志瑞也も感じていた。三ヶ月間の講習会も無事終了し「お前達、次は七年後だな」寂しがる沢山の子供達と、涙ながらに抱擁してお別れをした。
その日は豪華に、黄怜殿でもご馳走が振舞われた。
「皆、今回はありがとう」
「本当だよ黄虎、壱黄の泣き虫はお前そっくりだし、黄花の気の強さは虎春か?」
黄虎の隣に座る朱翔は、言いながら片眉を上げて笑う。
「そうかもしれないなハハハ 今日は金露酒を用意したから呑んでくれ」
「志瑞也、お前は酒呑むなよ」
「わかってるよ朱翔アハハ」
黄虎がにんまりと尋ねる。
「志瑞也、朱翔は変な事教えていなかったか?」
「えっと…朱翔は、教えてないよ…」
黄虎と一人を除いて全員が目を泳がせる。
「どうしたのだ皆?」
……。
「私が教えた」
「何をだ蒼万?」
「愛し合うという事を」
「…?」
困惑する黄虎に、蒼万は包み隠さず説明する。その間他の者達は、一言も話さずうつむいていた。
「以上だ」
「…ふっハハハハハ」
おやおや?
予想外の黄虎の反応に、うつむいていた者達は顔を上げる。
「あの二人には良い薬だ。始めは黄花が婚姻すると言いだしてな『伯父上は女子だから無理だよ』って説明したら『では一緒にお風呂に入れるのですね』って喜んでいたよハハハ だけどそれを聞いていた壱黄が『なら私のお嫁さんにする』って言いだしたのだ、参ったよハハハ」
(通りで、虎春ちゃんが動揺していた訳だよ… バレたって黄虎に話せなかったのかな? そっかっ、そのせいで髪を短く切ってしまったって言えなかったんだ)
志瑞也は苦笑いするしかなかった。
朱翔が眉間に皺を寄せ尋ねる。
「黄虎っ、なら何でちゃんと訂正しなかったんだ?」
「朱翔、黄花の性分わかるだろ? 気が強い上に、都合の良い話しか聞いてない」
全員が確かにと思った。
「男って訂正したらどうなるか、分かるだろ? でも結局男って分かった途端、毎日口づけなんて…誰に似たんだかハハハハ」
今ここで笑えているのは黄虎しかいない。親の教えによって周りがどう振り回されるのか、これから親になる者達の教訓となった。
(あれ? 確かあの時…)
志瑞也が首を傾げて尋ねる。
「俺が女だと思って、黄花が風呂を一緒に入りたがっていたのは分かった。だけど壱黄と蒼亞は、何で一緒に入ろうとしたんだ?」
それもそうだと黄虎は首を傾げる。
蒼万が言う。
「壱黄の理由は分からないが、蒼亞は私とお前が一緒に入っているのを知っている」
「なっ何で知っているんだ?」
「蒼亞はお前に会いに殿に来たが、私に運ばれて龍水室から出てくるのを何度か見ている」
「それって…まさか、ここに来る…直前の?」
蒼万は頷いて言う。
「何故一緒に風呂に入るのか問われ『夫婦だからだ』と答えた、それでお前を女と思ったのだろう」
これは教えではなく事実だが、皆どう判断したらよいものかと頭を捻る。
「待てよ、さっき『何度か』って言ったよな? 他には何て言ったんだ?」
「…他は何も言ってはいないが、恐らく覗いたか聞いていた」
志瑞也は激しく目を見開く。
「なっ、いつもだけど何で遮断しないんだ⁉︎」
「志瑞也、あれは神力だ。使ったままでするのは身体がもたない」
「なっ…」
この会話は二人でするべきなのではと思いながら、全員が自分達も気をつけなければと学ぶ。
現場にいた朱翔が言う。
「風呂に『一緒に入りたい』って最初に言ったのは蒼亞だ、恐らく壱黄はなら自分も一緒にって思っただけだろうよ。蒼亞の志瑞也を見る目がおかしいと思ったよ、まるで自分の女に触るなって目だった。ふっ」
朱翔と志瑞也以外が蒼万からさっと目を逸らす。
朱翔は呆れたように言う。
「女って思っていたなら、蒼亞は聞いていたんだな」
「あっ、だからっ…」
全員がまだ何かあるのかと志瑞也を見る。
「ここに来る時にさ、辰瑞で俺の前に乗せていたんだけど、振り返ってまで衿元から指を入れて『痒い?』って肌を触ったんだ。俺慌てて隠したんだよ」
「それって…ふっ、明らかに胸を覗こうとしたんじゃないかハハハ」
「笑うなよ朱翔、隠すの大変だったんだ、あっ…」
志瑞也は気まずそうに口を尖らし、蒼万以外が苦笑いする。
「ふっ私に『志ぃ兄ちゃんは兄上のものです』って言っといて、最後はその兄上から奪おうとしていたんだからずる賢いよハハハ」
「どういう意味だ?」
「あのな黄虎、蒼亞だって初めは純粋に志瑞也を女だと思っていた。男と分かって驚いたが、蒼万との関係から夫婦に男女は関係ないんだ、なら兄上の大切な嫁は自分が守ろう!って思っていたはずだ」
「別にずる賢はないではないか」
「いやいやここからだ、私が婚姻しているのは見れば分かるだろ? だが私と志瑞也のやり取りを見ている内にだな、私が遊びで手を出しているように見えたのさ。それならここにいる間だけでも、自分がいない蒼万の代わりになろうと思った。それがどんどん独占欲として膨らんだ頃、次に現れたのが」
朱翔が「パチン」と指を弾き指差す。
「柊虎の存在だ!」
はて?
「お前達、ほら最初を思い出せよ」
黄虎と蒼万以外が「あ!」と同じ顔をする。
「そうだ、思い出したか? 私は木の上からだから全体が綺麗に見えていたよ、クククッ」
朱翔は額に手を翳して見渡しにんまりとする。
蒼万が尋ねる。
「志瑞也、何があったのだ?」
「実はさ…」
志瑞也はその出来事を話した。
「今の話を聞いて、蒼万はもうわかっただろ?」
蒼万は納得して頷く。
「朱翔、私にはわからないよ」
首を傾げる黄虎のために、朱翔は手振りを加えながら説明する。
「だからぁ、木から落ちて来た志瑞也を柊虎が横に受け止めたんだ。それは蒼万が風呂から志瑞也を連れて出くる時の抱え方だ、更に目覚めた志瑞也は嬉しくて柊虎の首に手を伸ばして抱きついた! 蒼亞はかなり衝撃を受けた顔をしていたよハハハ 柊虎に対しての敵意は同じ顔の磨虎にもだ」
柊虎は苦笑いし、指を差された磨虎は迷惑そうな顔をした。
「もしかしたら志瑞也は、柊虎とも関係があると蒼亞は思った。そこで蒼亞は考えた、まだ婚姻していないのであれば、自分のものにしてしまえばいいと」
全員がちらっと蒼万を見る。
朱翔は指で差しながら続きを話す。
「一番の強敵が婚約している蒼万、その次に柊虎、頬に口づけして志瑞也が嫌がったのを見ていたから、私はその次だハハハ 戦う為には武器がいる。肌に触って、口づけして、愛してるって言われたがまだ足りない。本当は東宮へ戻る前にまだ何か考えていたのかもしれない、な? ずる賢いだろ?ハハハ」
蒼万と朱翔以外がぞっとする。
黄虎がもしやと思い言う。
「志瑞也、蒼亞とここに一日泊まったよな?」
全員が志瑞也を見る。
「えっと… 起きた時は蒼亞は寝ていたから急いで着替えたんだ。終わったと同時に蒼亞に声をかけられて、俺寝言で蒼万を呼んでいたらしくてさ『寂しいの?』って聞かれて、嘘はいけないと思って、愛し合っているから寝言で呼ぶのも仕方ないって説明したんだ。そしたら『私を愛してる?』って聞かれたから『蒼万への愛とは違うけど愛してるよ』って言った…へへ」
志瑞也は片手で頭を掻きながらはにかんで笑う。
「お前『へへ』じゃないだろ、もしかしたら蒼亞はお前の寝言で起きて、色々体を見たかもしれないんだぞ? それにお前がその日眠れていたのは、似た匂いの蒼亞と一緒だったからじゃないのか?」
朱翔は教育上問題だらけだと呆れる。
「あ、そうかもアハハ」
……。
恐らく何か見たのだろうと全員が思った。
「ったく…お前が休んだ日に私が蒼亞にな、お前にあんな事したから『蒼万が迎えに来た』って言ったら、露骨に不安な顔をしたんだぞハハハ そしてっ、蒼万が志瑞也を抱えて目の前にドンッと参上! 仕方なくありったけの武器を揃えて挑んだが、蒼万に気付かされたんだ」
「愛をか?」
「…黄虎、五つで男女の愛が分かる訳ないだろ、いいか? 志瑞也が自分からするのは頬のおまじないだけだ、しがみついてまで口にするのは蒼万にだけだ。しかも最終兵器の泣いて喚けば自分に振り向くと思っていた、だがあの状態の志瑞也は蒼万しか見えてない。初めて放置されて、兄上は特別なんだって気付いたのさ」
黄虎は目を丸くする。
「五つでそこまで考えるとはな…」
「そっか、だから今日『一位おめでとう』って言ったら『兄上より強くなるんだ』って言ったのかアハハハ 可愛いなあ蒼亞」
志瑞也以外が「まだ続くのか」と思った。
「蒼万、気をつけろよハハハ」
蒼万は頷く。
黄虎が志瑞也と蒼万を見て尋ねる。
「さっき朱翔が話していた事で気になったのだが、二人は…婚約しているのか? 確か男同士では…」
「ハハハ違う違う。あれは講義で婚姻した男の髪型を知って、志瑞也が婚姻してないって分かったんだ。それで志瑞也が問い詰められていたから、婚約したのが一番最後だから、磨虎が婚姻しないと婚儀は挙げられないって、その場は誤魔化しただけだよ、な? 志瑞也ハハハ」
志瑞也も蒼万の婚姻した髪型は見たい。きっと今よりもっと秀麗に見えるのだろうと、友の婚儀に参列する度に何度も想像した。だが、自分と一緒ではさせてあげられない。こればかりはどうにもならない事だと、伏し目がちに微笑む。
朱翔は呆れ笑いながら言う。
「そしたらさ、今度は解消させようって思考になったんだハハハ」
「小さいとはいえ侮れないな…」
黄虎は感心したように頷く。
「そのことだが志瑞也」
「ん、何だ蒼万?」
「帰ったら婚儀を挙げることになった」
そうかそうか……
「えーっ⁉︎」
蒼万以外が声を張り上げた。
「そっ蒼万どういう事だ?」
驚く志瑞也の手取り、蒼万は見つめて話す。
「今回離れている間に私の宗主問題が上がった。私は蒼亞が第三宗主で構わない、そうなった際はお前を連れて宮を出ると伝えた。それにお前と旅をして回る余生も良いと思っていた。同家は皆お前と私との関係を知っている。祖父上が私の意向を同家に話したが、男子でも良いから婚姻させ、私を第三宗主にと言ってくれたのだ。私は同家のその思いに応えたい、既に夫婦関係にあるのなら、わざわざ婚約する必要はないと、一月後に婚儀を執り行う」
「で、でも…」
蒼万は動揺で震える志瑞也の手を握る。
「婚姻したからといって、直ぐに何か変わるわけではない。だが少しずつ、お前にも責務を任せることになる。それでもよいか?」
正直、蒼万がいるから東宮にいれる。心の片隅にある居場所のない居候の気分は、ずっと拭えなかった。志瑞也の世界でも男同士での婚姻は認められておらず、家族になるため養子縁組をする者が多い。更にここでは、届を出し社会的に家族になるわけではない。婚姻といっても、儀式を挙げるだけだ。だが、志瑞也にとっては、ここでの存在が認められた瞬間だった。そして、犠牲や諦めるのではなく、民を守る役目を共にしたいという蒼万の気持ちが、とても嬉しかった。
「蒼万… ほ…本当に、いいのか…?」
「愚問だ、私にはお前しかいない」
そう言って、蒼万は志瑞也の手の甲に口づけする。
「蒼万…ううっ… お…俺…ううっ…」
志瑞也の瞳の色が淡く光る。
ガタンッ!
「おい蒼万っ、どうなっているんだ!」
朱翔は椅子をひっくり返して立ち上がり、腰の笛に手を伸ばす。その場が一気に緊迫し、外からは「ゴロゴロ」と雷の音が響きだした。全員が険しい顔をして、耳を澄まし冷や汗を垂らす。
「大丈夫だ志瑞也、怖がるな」
蒼万が志瑞也を抱き寄せる。
「愛している、お前は?」
「ううっ…蒼万っ… あ…ありがとう…ううっ…」
志瑞也は蒼万に抱きつき耳元で呟く。
「……」
「誓おう」
「ううっ…うああぁぁぁーっ」
志瑞也の瞳が琥珀色の光を放つ。
「蒼万!」
ガタンッ‼︎
朱翔は即座に笛を取りだし全員が立ち上がる。
「朱翔…皆… 俺は、ぐすっ…大丈夫…」
志瑞也は瞳を光らせたまま席を立つ。
「志瑞也?」
「蒼万来て、見せてあげる…」
志瑞也は微笑んで蒼万の手を取り「スーッ」と戸を開けた。
…………全員が息を呑んだ。
辺り一面煌びやかに金粉が舞い、夜空には雲一つ無く、全ての星々がくっきりと光輝いていた。
「行こう蒼万」
蒼万は手を握り返した。
美しく降り注ぐ星屑の中を、志瑞也と蒼万は庭園の奥へと歩いていく。
蒼万は天を見上げながら尋ねる。
「志瑞也これは?」
「蒼万、綺麗だろ? 辰瑞が喜んで走り回っているんだアハハハ」
志瑞也は天に両手を上げ微笑む。
蒼万は志瑞也を高く抱き上げ見つめる。
「蒼万、心から愛しているよ」
「私も愛している」
これは一体何なのか、六人は宙を見ながら、ふらふらと外に出た。金粉は触れた瞬間ふわっと溶け込み、懐かしく暖かく喜びに溢れ、とても幸せな気持ちが込み上げてくる。この神秘的な光景に言葉を失くし、自然と涙が溢れた。
……これこそが〝愛〟だ。
闇は存在しないのではなく、闇の中だからこそ見える世界がある。光と影、善と悪、希望と絶望、全が調和し共存しているのだ。
「葵ちゃん…」
「玄弥…ううっ…」
二人は手を握り合って微笑む。
柊虎が朱翔の肩に手を置く。
「朱翔…やったな…」
「柊虎…磨虎、皆…ありがとうな…」
「あの二人…凄いな… ぐすっ…」
言いながら、磨虎は涙を拭う。
「黄虎…泣いているのか? まぁ…私も泣いているけどなハハハ」
朱翔は黄虎の肩を組む。
「朱翔…ううっ… 良かった…」
「ふっ、そうだな…」
六人は庭園の二人を眺めた。
「辰瑞ーっ、そろそろ戻って来るんだーっ!」
辰瑞は全身に金粉を纏いながら庭園に舞い降り、胴体を振り「シャラン」と金粉を振り落とす。翼を閉じながら「パコパコ」と志瑞也に近付く。
「辰瑞よしよし、楽しかったか? そうか、俺蒼万と結婚するんだ。もう知ってるよな?アハハ」
志瑞也はしばらく辰瑞と戯れ、額を合わせ数回頷いて身体に戻した。
蒼万が志瑞也の腰に手を回し尋ねる。
「何を話したのだ?」
志瑞也は蒼万に抱きつき、辰瑞との会話を教えた。蒼万は抱きしめ頭をなでながら「…そうか、聞いても良いか?」優しく尋ねる。志瑞也は微笑んで告げるも、蒼万は手を止め志瑞也と見合い「お前は……?」声を震わせた。志瑞也は蒼万の手の甲にそっと口づけし「蒼万、俺にはこの願い以外、他にはないんだ…」儚く微笑む。「……」蒼万は摺り落ちて膝を突き、志瑞也の裾を掴んで見上げた。
「あ…愛してしまって、ううっ… すまない…」
「蒼万泣いていいよ… 沢山泣いて、沢山笑おうな…」
愛する男から漂う熱が、全身を包み抱きしめられているようだ。志瑞也はしゃがんでそっと抱きしめ、優しく頭をなでる。腕の中で声を上げて泣く蒼万は、幼子の様に小さく見えて、とても愛しい。
「ううっ… 志瑞…也… すまない…」
「蒼万、俺を見て…」
蒼万は志瑞也の顔に両手を添え、涙を流しながら言う。
「お…お前は… ううっ… それで良いのか…」
なんと美しい姿なのだろう、こんなにも想われていることに、幸せを感じない訳がない。溢れる涙、一粒、一粒が、愛している、愛している…と言っている。願いが蒼万をより苦しめ、縛ることになったとしても、決して手離したりはしない。
「ぐすっ… 最初は女にしてくれって、思った… でも俺は…この自分が好きなんだ、ぐすっ… 子供は産めない…それでもいいか?」
「なら…できるまですればよい…」
目を細めて微笑む蒼万に、自分達は不器用で似た者同士かもしれないと思った。
「ぷっアハハ…ぐすっ… 蒼万、俺今とっても幸せだ…」
「志瑞也…」
蒼万の熱い舌使いに志瑞也は興奮し、甘い媚薬に下半身が疼き腰をくねらせた。蒼万の身体に触れたくて、帯を掴んで引っ張るも阻まれる。
「蒼万…あっ、何で? ちゅっ…あっ、蒼万っ…」
「朱翔… 部屋を使っても…良いか?」
ぼそっと言いながら見ると、朱翔はこくんと一回頷いた。
「志瑞也、掴まっていろ」
「蒼万っ…あっ、早くっ…」
志瑞也は蒼万の衿元を引っ張って乱し、荒い吐息を吐きながら肌に吸いつく。
「ふっ、可愛い奴よ…」
蒼万は志瑞也を抱え客室に入った。
兄蒼万の姿に、葵は涙が止まらなかった。
「ううっ…玄弥…」
「葵ちゃん…良かったね…」
玄弥は葵を抱きしめる。
柊虎が尋ねる。
「朱翔、蒼万は何と言ったのだ?」
「部屋を使う許可だした」
「なっ…」
朱翔は目で「案ずるな」と柊虎に微笑む。
「皆っ、今日は黄虎の所に泊まろう」
「えっ、私の殿に?」
朱翔は指で二人の入った客室を差しながら言う。
「黄虎、私達に朝まであれを聞かすつもりか?」
「あっ朝まで⁉︎」
「蒼万は絶倫か⁉︎」
黄虎は目を見開き磨虎は食い付いた。
「磨虎っ、葵の前で品のない言い方するな!」
「痛ッ、葵すまん…」
今の葵は天にも昇る気持ちだ。これぐらいなんのと、朱翔に頭を叩かれた磨虎に微笑んで言う。
「磨虎さんお気になさらないで、朝に終われば良い方ですよ。ふふふ」
「あっ葵ちゃん…」
蒼万にもだが、葵にも全員がぞっとした。
柊虎が黄虎の肩に手を置く。
「急ですまない」
「構わないさ、虎春も皆に会えて喜ぶよ。磨虎は前髪切られないようになハハハ」
「何だと⁉︎ 私はお前の義理の兄だぞ!」
黄虎はにんまりと微笑む。
「私がそう呼んでも良いのですか義兄上?」
「やっやめろ、気持ち悪い!」
磨虎は鳥肌を立てる。
「おいっ、急げ! 本格的に始まりだした!」
全員が急いで黄怜殿から脱出し、銀白龍殿へ移動したのだった。
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