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完結編 福寿草
鍵を握る者達
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六人は黄怜殿に戻り後から黄虎も加わって、志瑞也の髪を見て驚く。何故そうなったのかを話すと、やはり全員が爆笑する。虎春に切ってもらったと話すと、柊虎と磨虎は顔を青褪めた。訳を聞くと、柊虎は一度もされたことはないが、磨虎は朝起きたら何度も前髪を切られていた。それを聞いて、一番青褪めていたのは黄虎だった。皆で話しながら取る夕餉は、とても楽しく心が満たされると同時に、志瑞也はこの場から立ち去りたくなっていた。
「朱翔」
朱翔は酒を呑む手を止め、待っていたように返事をする。
「何だ志瑞也?」
「ちょっと外で話があるんだ」
全員がぴたっと黙る。
「どうしたんだ皆?」
志瑞也は不思議そうに五人を見る。
朱翔は、自分以外が隠し事が苦手だと思い知る。目を見開いて「楽しく会話しろ」と五人に訴えながら言う。
「お前達、どうしたんだ?」
「きっ今日のちび達面白かったなハッハハ」
「そっそうですね柊虎さんハハッ」
「わっ私なんて髪引っ張られてしまいましたわ、ふっふふ」
「そっそんな事があったのか?ハッハハ」
「わっ私なんか叩かれたぞハッハハ」
朱翔は白目を剥いて意識が飛びそうになる。
「…志瑞也行こうか」
「うっうん…」
二人が部屋を出るとぴたっと笑い声が止まり、何やら「ヒソヒソ」話しだす。
「ん、皆どうしたんだ?」
「…気にするな、行こう」
「うん…」
暫く二人で庭園を散策するも、朱翔は何も言って来ない、話を切り出すのを待ってくれているのだ。志瑞也は皆と居れば考えなくて済む、気にせず笑っていられると思っていた。だが、昨夜の朱翔の話で、力の制御は笛だけでは無理だと知った。そうなると、心を乱す要素を思い浮かべるのですら怖い。今にでも、皆を傷つけるかもしれないと思うと、笑って誤魔化すのはもう無理だった。
志瑞也は言葉を詰まらせながら話しだす。
「朱翔、あのさ…」
「うん…」
「朱翔のいう通り、俺本当は気付いているんだ… でも気付かない振りする癖があってさ。特に考えても口に出してもどうにもならない事は、言わないで呑み込む癖があるんだ。蒼万にも最初の頃に『お前は周りに気を遣い過ぎるのが難点だ』って言われたんだ…」
「そうか…」
朱翔は何も聞き返して来ない、志瑞也は拳を握り立ち止まる。
「あっ朱翔が昨日、言おうとしていたのは…」
朱翔は立ち止まり、体ごと振り向きゆっくり言う。
「お前は、それを聞く覚悟が、あるのか?」
「おっ俺はっ、向き合わないと駄目になるっ…」
志瑞也の瞳が一瞬光る。
朱翔は念の為、腰に差している笛にすっと手を添えた。
「お前は、蒼万が、しっ…」
ふわっと冷たい風が吹きだす。
「志瑞也っ無理はするなっ、被害が起きたらお前が傷つくぞ!」
「あ…朱翔…苦しいんだっ… ううっ…幸せなのに… 怖いんだ…ううっ…」
雲が渦を巻き「ゴロゴロ」と雷が鳴りだす。
「いいかっお前のためだっ、何も言うな!」
朱翔は笛を取り奏でる。
次第に空から雲が散り、志瑞也は落ち着きを取り戻す。五人は部屋から覗いていたが、雷の音で外へ飛び出し事の重大さを見ていた。朱翔は笛を離し志瑞也へ歩み寄り、放出している弱い痺れに耐えながらそっと包み込む。
「志瑞也、独りで抱えるな、ここに居るのがお前の全てじゃない。過去も含めてお前だ、わかるか? 少しずつでいい、お前の過去を私達に話してくれ」
「ううっ…あ…ありがとう…」
志瑞也は朱翔にしがみつく。
「ただしお前が、一番聞いてほしい相手に言えるようになるまでだ。言っている意味、わかるな?」
志瑞也は泣きながら頷く。
朱翔は志瑞也を自室に連れて行き、眠りについてから部屋を出て皆の元へ戻った。
「朱翔っ、志瑞也は?」
「柊虎、案ずるな」
朱翔は黄虎と玄弥の間の椅子に腰掛ける。
「ふっ相当蒼万に甘やかされたな、独りで寝れないみたいだ。しかもかなり重症だ、こんなに手が震えるとは思わなかったよ」
口調とは反対に、朱翔は険しい顔をする。朱翔は決して神力が低い訳ではない、そう言わせる程の神力を感じたのだ。
「朱翔、少し気になったのだが…」
「何だ柊虎?」
「今日の昼間の志瑞也だが、蒼亞を離した後、引き戻すみたいに手を伸ばして蒼万を呼んだのだが、蒼亞を蒼万と思ったのか?」
「ふっ、たまたまじゃないのか?」
朱翔は鼻息をついて、机に片肘を突き額に手を当てた。
「そうか…」
柊虎は頷いて腕を組む。
「……」
朱翔は寝言の件も含め改めて考えてみた。志瑞也が後から麒麟付きになったのであれば、その段階の変化も必ずあったはずだ。だが、古書や目の前で起きた事のみに捉われ、志瑞也と接している者達からの、細かな情報を集めていなかったと気付く。
朱翔は顔を上げ柊虎に振り向く。
「待てよ、何故そう思ったんだ?」
「いや、単に壱黄と黄花を離しても起きなかったが、蒼亞を離したら急に動きっ」
「おっおいっ、もしかしたら私達は志瑞也の変化を色々見逃しているんじゃないのか? 些細な事でもいい、一瞬でも普通と違うと思った事何かないか⁉︎」
朱翔の右隣で黄虎が首を傾げながら言う。
「それなら、私も似たような事が…」
「何だ黄虎⁉︎」
「祖母上と玄枝様が亡くなった夜なのだが…」
黄虎は腕を組み懸命に思い出そうとする。
「黄虎思い出せっ、何か気になったんだろ?」
「確かあの時…志瑞也と寝て、夜中に腰にしがみついてきて、首に虫刺されかと思ったら違って…」
わざわざ口に出して辿らなくてもよいのでは。全員が顔を引き攣らせ、平然と話す黄虎の神経を疑う。
「それから寝言で蒼万を呼んで、黄怜殿…あ! 私が運んでいる間普通に寝ていたのだが、蒼万に渡すと胸元にしがみついたのだ。起きたのかと思ったが寝ていたのだ、その時は何しても起きないのだと思って気にも留めなかったよ!」
思い出せてすっきりしたのか、黄虎は笑顔でうんうんと頷く。
「朱翔それだと、やはり蒼亞の件も見過ごせないな」
黄虎の隣に座る柊虎と朱翔は頷き合う。
「あの、朱翔さん…」
左隣で玄弥がぎこちなく手を控えめに上げる。
「お前言える事か?」
「分かりませんが、玄武家の事ではないです。というより、玄武家でも分からない事がし志瑞也ぁには起きているのです」
「玄武家でも分からない事?」
朱翔は眉をひそめる。
「蒼万さんは既に知っていると思いますが、し志瑞也ぁは神獣と心が通じれます」
…は?
全員が驚愕する。
「そっそれって半分獣じゃないのか⁉︎」
「そうなるのでしょうか…?」
玄弥は首を傾げる。
「『なるのでしょうか』じゃないだろ! 重要な事だ! いつからだ⁉︎」
「恐らく黄龍殿で目覚めた時からだと…」
柊虎は数年前の点と点が繋がる。
「って事は玄弥、目覚めた時雀都や青龍と何か話していたのも、甲斐が屁をするのも分かっていたのだな⁉︎」
「はい」
玄弥は頷く。
朱翔は黄虎の婚儀の翌日、銀白龍殿の庭園で、一匹のモモ爺と志瑞也との会話を思い出す。朱翔の耳には聞こえてはいたが、あの時は単に、揶揄い合っているだけだと思っていた。
「玄弥っこいつ!」
朱翔は腕で玄弥の首を絞める。
「痛ッ 痛いです朱翔さん!」
「あの…」
今度は玄弥の左隣で葵がぎこちなく手を上げ、夫婦は似た者同士とはこの事だと朱翔は思った。
「蒼万殿で妖魔に襲われた際、三日間意識が戻りませんでした。モモ爺さん達の話では、その時から志瑞也さんは獣臭がするって…」
朱翔は意識が飛びそうになる。
「葵っ、何でもっと早く言わないんだよ!」
ガタンッ
「朱翔さんでもっ、あっ葵ちゃん苛めたらっ、私が怒ります‼︎」
……怒ったらいい。
葵を背に両手を大きく広げ、玄弥は朱翔の前に立ちはだかる。だが、玄弥以外が〝許さない〟の間違いではと思った。朱翔は「はぁー」と溜息を吐き、手振りで座るよう促しながら言う。
「葵怒鳴ってごめんな、玄弥、私が悪かった」
「いいえ」
玄弥は満足そうな顔で座る。
蒼万、神獣と通じる力、獣臭、朱翔の中で何か引っ掛かっているが、まだそれらが繋がらない。
「あ、朱翔さんっ…」
「何だい? 葵ちゃん」
わざと言って玄弥が膨れると思いきや、そう呼んでくれたのが嬉しいと微笑んでいた。
「モモ爺さん達が私達は人間の血が混じっているから、嗅覚が弱いって言っていましたわ。妖怪や神獣は鼻が効くから、志瑞也さんの変化に直ぐ気付くとも!」
…何と?
「朱翔っ、前に一度志瑞也を守るため志寅が勝手に出た事があったのだ。それに雀都もだ! 玄武洞でも蒼万が青龍を出した際いつもは蒼万の方に先に行くらしいが、その時は志瑞也の方に先に行ったのだ。志瑞也は自分に会いたかったのかって喜んでいたし、蒼万も気に留めていなかった」
「柊虎それだ! 私も父上から雀都の話は聞いた、志瑞也が半分獣なら嗅覚は私達よりも数倍も上だ。蒼万の匂いを覚えている…ん……あれ? でも何で蒼万だけなんだ? それなら皆の匂いも分かるだろ? それに蒼亞は兄弟ってだけで匂いは違うだろ?」
それもそうだと皆考え込む。
「ち…」
「葵… 今、何って…?」
葵がはっきりと言う。
「朱翔さん、兄上と蒼亞は、血で繋がっていますわ…」
「そ……それって志瑞也が蒼万の血の味を知っているってことか⁉︎」
まるで黄怜の血の謎に直面しているようで、全員があの時を思い出し背筋を凍らせる。
ガタンッ
「でっでもっ、だからってっ、し志瑞也ぁは蒼万さんを喰べたりしませんよ! あっ…」
全員が、ある意味食べてもいるような気がしてならなかった。
玄弥は気まずくなり静かに座る。
「お前っ『あっ』とか言うな!」
「痛ッ…」
玄弥は朱翔に「パシッ」と頭を叩かれた。
「ああーもう! あいつの身体は一体何が起きているんだ! 待てよ、身体? …、…、…」
朱翔が頭を掻きむしったかと思いきや、何やらぶつぶつと指折り数えだし、目を見開いて言う。
「玄弥正直に答えろ、志瑞也の身体の五つ目があれじゃないのは分かっている。お前知っているか?」
「私もそれは知りませんが、恐らく蒼万さんだけが知っていると思います。し志瑞也ぁが知っているかは分かりませんが…」
「いいや、あいつは身体の事は何も知らないはずだ…」
全員が繋げて辿り着いた先に〝蒼万〟がいた。
「私が思うに、恐らく志瑞也の身体の五つ目は〝蒼万の血〟だ。それは本人に確認しないとわからないが、身体の内容も含め思い当たる事がないか、今度私から志瑞也に聞いてみるよ。だが血に関してはそう心配しなくていいと思う。志瑞也が蒼万の血を嗅ぎ分けていたとしても、知っていて嗅ぎ分けているだけだ。問題なのは揃った事による獣化だ……当時南宮に向かう時には、最低でも三つは揃っていたはずだ」
黄虎は祖母のした事を思い出し、眉間に皺を寄せうつむく。
「黄虎いい加減にしろ、ったく殴るぞ! ただでさえお前の兄貴や子供に悩まされているんだ。お前もなんて今回は無理だからな。それに話を良く聞け!」
黄虎は顔を上げて頷く。
父になるからか、朱翔からは以前のような雰囲気は感じられない。
「〝神族の霊魂〟と〝人間の肉体〟この時点で二つ揃っているんだ。志瑞也の身に起こっている事は偶然か? どう考えてもおかしいだろ? 事の始まりは志瑞也じゃないし九虎様でもない、もっと上の神族の行いだ。その塊が志瑞也なんだ… 正直あいつは神が落とした罰だ、それも一瞬で白紙にできる力を持っている。だから一人で十分なんだ、だけど神は最後に一つだけ志瑞也に愛を託したんだ。私はあいつに笑っていてほしい、蒼万にもだ…」
柊虎が呟く。
「志瑞也にとっての選択の鍵が、蒼万か…」
「そうだ…」
全員の未来が一瞬闇になる。
「朱翔…」
「どうした磨虎?」
「五つ目は、蒼万に咬まれた跡ではないのか?」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
磨虎以外の未来が、一瞬同じになる。
「ふっ柊虎、こいつのことはお前に任せる。隣に座っていたら殴っていたよ」
言いながら、朱翔は向かいに座る磨虎に鋭く瞳を光らせた。
「わかった…」
朱翔はかなり怒っていた。あの状態の志瑞也と、一人で二ヶ月も向き合っていたのなら、当然笑えなくもなるのだろう。柊虎は兄磨虎に目配せしながらわずかに顔を横に振る。その表情から、磨虎は黙り込むしかなかった。
朱翔は気を取り直して言う。
「私からも一つ気になった事がある。蒼万の吐血で志瑞也が暴走した際、全身から放つ神力に私は触れなかった。だが蒼万は触れたんだ。耐えたのか弾き飛ばしたのか、それとも何も感じなかったのかは、あいつに聞いてみないと分からない。血が五つ目なら蒼万にだけ神力が効かないのかもしれないし、それも分からない、できれば試したくもないよ。ふっ、色々見えてきたな。磨虎以外で思い出した事があれば何でも私に教えてくれ、私は今日から志瑞也の自室で寝る」
何と?
五人がよもや嫁の懐妊中にと、良からぬ思考で朱翔を見る。
「何だよお前達、大きい双子よりましだろ?」
朱翔に指を差された大きい双子は、反論できずに固まる。
「ええ朱翔さんなら安心ですわ。志瑞也さんを宜しくお願いします」
元婚約者に対し微笑んで釘を刺す気の強さに、弟もだが妹も含め、兄に似て侮れないと朱翔は感じた。
「朱翔」
朱翔は酒を呑む手を止め、待っていたように返事をする。
「何だ志瑞也?」
「ちょっと外で話があるんだ」
全員がぴたっと黙る。
「どうしたんだ皆?」
志瑞也は不思議そうに五人を見る。
朱翔は、自分以外が隠し事が苦手だと思い知る。目を見開いて「楽しく会話しろ」と五人に訴えながら言う。
「お前達、どうしたんだ?」
「きっ今日のちび達面白かったなハッハハ」
「そっそうですね柊虎さんハハッ」
「わっ私なんて髪引っ張られてしまいましたわ、ふっふふ」
「そっそんな事があったのか?ハッハハ」
「わっ私なんか叩かれたぞハッハハ」
朱翔は白目を剥いて意識が飛びそうになる。
「…志瑞也行こうか」
「うっうん…」
二人が部屋を出るとぴたっと笑い声が止まり、何やら「ヒソヒソ」話しだす。
「ん、皆どうしたんだ?」
「…気にするな、行こう」
「うん…」
暫く二人で庭園を散策するも、朱翔は何も言って来ない、話を切り出すのを待ってくれているのだ。志瑞也は皆と居れば考えなくて済む、気にせず笑っていられると思っていた。だが、昨夜の朱翔の話で、力の制御は笛だけでは無理だと知った。そうなると、心を乱す要素を思い浮かべるのですら怖い。今にでも、皆を傷つけるかもしれないと思うと、笑って誤魔化すのはもう無理だった。
志瑞也は言葉を詰まらせながら話しだす。
「朱翔、あのさ…」
「うん…」
「朱翔のいう通り、俺本当は気付いているんだ… でも気付かない振りする癖があってさ。特に考えても口に出してもどうにもならない事は、言わないで呑み込む癖があるんだ。蒼万にも最初の頃に『お前は周りに気を遣い過ぎるのが難点だ』って言われたんだ…」
「そうか…」
朱翔は何も聞き返して来ない、志瑞也は拳を握り立ち止まる。
「あっ朱翔が昨日、言おうとしていたのは…」
朱翔は立ち止まり、体ごと振り向きゆっくり言う。
「お前は、それを聞く覚悟が、あるのか?」
「おっ俺はっ、向き合わないと駄目になるっ…」
志瑞也の瞳が一瞬光る。
朱翔は念の為、腰に差している笛にすっと手を添えた。
「お前は、蒼万が、しっ…」
ふわっと冷たい風が吹きだす。
「志瑞也っ無理はするなっ、被害が起きたらお前が傷つくぞ!」
「あ…朱翔…苦しいんだっ… ううっ…幸せなのに… 怖いんだ…ううっ…」
雲が渦を巻き「ゴロゴロ」と雷が鳴りだす。
「いいかっお前のためだっ、何も言うな!」
朱翔は笛を取り奏でる。
次第に空から雲が散り、志瑞也は落ち着きを取り戻す。五人は部屋から覗いていたが、雷の音で外へ飛び出し事の重大さを見ていた。朱翔は笛を離し志瑞也へ歩み寄り、放出している弱い痺れに耐えながらそっと包み込む。
「志瑞也、独りで抱えるな、ここに居るのがお前の全てじゃない。過去も含めてお前だ、わかるか? 少しずつでいい、お前の過去を私達に話してくれ」
「ううっ…あ…ありがとう…」
志瑞也は朱翔にしがみつく。
「ただしお前が、一番聞いてほしい相手に言えるようになるまでだ。言っている意味、わかるな?」
志瑞也は泣きながら頷く。
朱翔は志瑞也を自室に連れて行き、眠りについてから部屋を出て皆の元へ戻った。
「朱翔っ、志瑞也は?」
「柊虎、案ずるな」
朱翔は黄虎と玄弥の間の椅子に腰掛ける。
「ふっ相当蒼万に甘やかされたな、独りで寝れないみたいだ。しかもかなり重症だ、こんなに手が震えるとは思わなかったよ」
口調とは反対に、朱翔は険しい顔をする。朱翔は決して神力が低い訳ではない、そう言わせる程の神力を感じたのだ。
「朱翔、少し気になったのだが…」
「何だ柊虎?」
「今日の昼間の志瑞也だが、蒼亞を離した後、引き戻すみたいに手を伸ばして蒼万を呼んだのだが、蒼亞を蒼万と思ったのか?」
「ふっ、たまたまじゃないのか?」
朱翔は鼻息をついて、机に片肘を突き額に手を当てた。
「そうか…」
柊虎は頷いて腕を組む。
「……」
朱翔は寝言の件も含め改めて考えてみた。志瑞也が後から麒麟付きになったのであれば、その段階の変化も必ずあったはずだ。だが、古書や目の前で起きた事のみに捉われ、志瑞也と接している者達からの、細かな情報を集めていなかったと気付く。
朱翔は顔を上げ柊虎に振り向く。
「待てよ、何故そう思ったんだ?」
「いや、単に壱黄と黄花を離しても起きなかったが、蒼亞を離したら急に動きっ」
「おっおいっ、もしかしたら私達は志瑞也の変化を色々見逃しているんじゃないのか? 些細な事でもいい、一瞬でも普通と違うと思った事何かないか⁉︎」
朱翔の右隣で黄虎が首を傾げながら言う。
「それなら、私も似たような事が…」
「何だ黄虎⁉︎」
「祖母上と玄枝様が亡くなった夜なのだが…」
黄虎は腕を組み懸命に思い出そうとする。
「黄虎思い出せっ、何か気になったんだろ?」
「確かあの時…志瑞也と寝て、夜中に腰にしがみついてきて、首に虫刺されかと思ったら違って…」
わざわざ口に出して辿らなくてもよいのでは。全員が顔を引き攣らせ、平然と話す黄虎の神経を疑う。
「それから寝言で蒼万を呼んで、黄怜殿…あ! 私が運んでいる間普通に寝ていたのだが、蒼万に渡すと胸元にしがみついたのだ。起きたのかと思ったが寝ていたのだ、その時は何しても起きないのだと思って気にも留めなかったよ!」
思い出せてすっきりしたのか、黄虎は笑顔でうんうんと頷く。
「朱翔それだと、やはり蒼亞の件も見過ごせないな」
黄虎の隣に座る柊虎と朱翔は頷き合う。
「あの、朱翔さん…」
左隣で玄弥がぎこちなく手を控えめに上げる。
「お前言える事か?」
「分かりませんが、玄武家の事ではないです。というより、玄武家でも分からない事がし志瑞也ぁには起きているのです」
「玄武家でも分からない事?」
朱翔は眉をひそめる。
「蒼万さんは既に知っていると思いますが、し志瑞也ぁは神獣と心が通じれます」
…は?
全員が驚愕する。
「そっそれって半分獣じゃないのか⁉︎」
「そうなるのでしょうか…?」
玄弥は首を傾げる。
「『なるのでしょうか』じゃないだろ! 重要な事だ! いつからだ⁉︎」
「恐らく黄龍殿で目覚めた時からだと…」
柊虎は数年前の点と点が繋がる。
「って事は玄弥、目覚めた時雀都や青龍と何か話していたのも、甲斐が屁をするのも分かっていたのだな⁉︎」
「はい」
玄弥は頷く。
朱翔は黄虎の婚儀の翌日、銀白龍殿の庭園で、一匹のモモ爺と志瑞也との会話を思い出す。朱翔の耳には聞こえてはいたが、あの時は単に、揶揄い合っているだけだと思っていた。
「玄弥っこいつ!」
朱翔は腕で玄弥の首を絞める。
「痛ッ 痛いです朱翔さん!」
「あの…」
今度は玄弥の左隣で葵がぎこちなく手を上げ、夫婦は似た者同士とはこの事だと朱翔は思った。
「蒼万殿で妖魔に襲われた際、三日間意識が戻りませんでした。モモ爺さん達の話では、その時から志瑞也さんは獣臭がするって…」
朱翔は意識が飛びそうになる。
「葵っ、何でもっと早く言わないんだよ!」
ガタンッ
「朱翔さんでもっ、あっ葵ちゃん苛めたらっ、私が怒ります‼︎」
……怒ったらいい。
葵を背に両手を大きく広げ、玄弥は朱翔の前に立ちはだかる。だが、玄弥以外が〝許さない〟の間違いではと思った。朱翔は「はぁー」と溜息を吐き、手振りで座るよう促しながら言う。
「葵怒鳴ってごめんな、玄弥、私が悪かった」
「いいえ」
玄弥は満足そうな顔で座る。
蒼万、神獣と通じる力、獣臭、朱翔の中で何か引っ掛かっているが、まだそれらが繋がらない。
「あ、朱翔さんっ…」
「何だい? 葵ちゃん」
わざと言って玄弥が膨れると思いきや、そう呼んでくれたのが嬉しいと微笑んでいた。
「モモ爺さん達が私達は人間の血が混じっているから、嗅覚が弱いって言っていましたわ。妖怪や神獣は鼻が効くから、志瑞也さんの変化に直ぐ気付くとも!」
…何と?
「朱翔っ、前に一度志瑞也を守るため志寅が勝手に出た事があったのだ。それに雀都もだ! 玄武洞でも蒼万が青龍を出した際いつもは蒼万の方に先に行くらしいが、その時は志瑞也の方に先に行ったのだ。志瑞也は自分に会いたかったのかって喜んでいたし、蒼万も気に留めていなかった」
「柊虎それだ! 私も父上から雀都の話は聞いた、志瑞也が半分獣なら嗅覚は私達よりも数倍も上だ。蒼万の匂いを覚えている…ん……あれ? でも何で蒼万だけなんだ? それなら皆の匂いも分かるだろ? それに蒼亞は兄弟ってだけで匂いは違うだろ?」
それもそうだと皆考え込む。
「ち…」
「葵… 今、何って…?」
葵がはっきりと言う。
「朱翔さん、兄上と蒼亞は、血で繋がっていますわ…」
「そ……それって志瑞也が蒼万の血の味を知っているってことか⁉︎」
まるで黄怜の血の謎に直面しているようで、全員があの時を思い出し背筋を凍らせる。
ガタンッ
「でっでもっ、だからってっ、し志瑞也ぁは蒼万さんを喰べたりしませんよ! あっ…」
全員が、ある意味食べてもいるような気がしてならなかった。
玄弥は気まずくなり静かに座る。
「お前っ『あっ』とか言うな!」
「痛ッ…」
玄弥は朱翔に「パシッ」と頭を叩かれた。
「ああーもう! あいつの身体は一体何が起きているんだ! 待てよ、身体? …、…、…」
朱翔が頭を掻きむしったかと思いきや、何やらぶつぶつと指折り数えだし、目を見開いて言う。
「玄弥正直に答えろ、志瑞也の身体の五つ目があれじゃないのは分かっている。お前知っているか?」
「私もそれは知りませんが、恐らく蒼万さんだけが知っていると思います。し志瑞也ぁが知っているかは分かりませんが…」
「いいや、あいつは身体の事は何も知らないはずだ…」
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「黄虎いい加減にしろ、ったく殴るぞ! ただでさえお前の兄貴や子供に悩まされているんだ。お前もなんて今回は無理だからな。それに話を良く聞け!」
黄虎は顔を上げて頷く。
父になるからか、朱翔からは以前のような雰囲気は感じられない。
「〝神族の霊魂〟と〝人間の肉体〟この時点で二つ揃っているんだ。志瑞也の身に起こっている事は偶然か? どう考えてもおかしいだろ? 事の始まりは志瑞也じゃないし九虎様でもない、もっと上の神族の行いだ。その塊が志瑞也なんだ… 正直あいつは神が落とした罰だ、それも一瞬で白紙にできる力を持っている。だから一人で十分なんだ、だけど神は最後に一つだけ志瑞也に愛を託したんだ。私はあいつに笑っていてほしい、蒼万にもだ…」
柊虎が呟く。
「志瑞也にとっての選択の鍵が、蒼万か…」
「そうだ…」
全員の未来が一瞬闇になる。
「朱翔…」
「どうした磨虎?」
「五つ目は、蒼万に咬まれた跡ではないのか?」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
磨虎以外の未来が、一瞬同じになる。
「ふっ柊虎、こいつのことはお前に任せる。隣に座っていたら殴っていたよ」
言いながら、朱翔は向かいに座る磨虎に鋭く瞳を光らせた。
「わかった…」
朱翔はかなり怒っていた。あの状態の志瑞也と、一人で二ヶ月も向き合っていたのなら、当然笑えなくもなるのだろう。柊虎は兄磨虎に目配せしながらわずかに顔を横に振る。その表情から、磨虎は黙り込むしかなかった。
朱翔は気を取り直して言う。
「私からも一つ気になった事がある。蒼万の吐血で志瑞也が暴走した際、全身から放つ神力に私は触れなかった。だが蒼万は触れたんだ。耐えたのか弾き飛ばしたのか、それとも何も感じなかったのかは、あいつに聞いてみないと分からない。血が五つ目なら蒼万にだけ神力が効かないのかもしれないし、それも分からない、できれば試したくもないよ。ふっ、色々見えてきたな。磨虎以外で思い出した事があれば何でも私に教えてくれ、私は今日から志瑞也の自室で寝る」
何と?
五人がよもや嫁の懐妊中にと、良からぬ思考で朱翔を見る。
「何だよお前達、大きい双子よりましだろ?」
朱翔に指を差された大きい双子は、反論できずに固まる。
「ええ朱翔さんなら安心ですわ。志瑞也さんを宜しくお願いします」
元婚約者に対し微笑んで釘を刺す気の強さに、弟もだが妹も含め、兄に似て侮れないと朱翔は感じた。
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互いを信じきれないまま始まった二人の主従関係は、やがて禁じられた想いと忠誠のはざまで揺れ動いていく。
己を捨てて殿下を守ろうとする凌雪と、玉座を背負う者として冷徹であろうとする景耀。
宮廷を覆う陰謀の嵐の中で、二人が交わした契約は――果たして主従のものか、それとも……。
後宮に咲く美しき寵后
不来方しい
BL
フィリの故郷であるルロ国では、真っ白な肌に金色の髪を持つ人間は魔女の生まれ変わりだと伝えられていた。生まれた者は民衆の前で焚刑に処し、こうして人々の安心を得る一方、犠牲を当たり前のように受け入れている国だった。
フィリもまた雪のような肌と金髪を持って生まれ、来るべきときに備え、地下の部屋で閉じ込められて生活をしていた。第四王子として生まれても、処刑への道は免れられなかった。
そんなフィリの元に、縁談の話が舞い込んでくる。
縁談の相手はファルーハ王国の第三王子であるヴァシリス。顔も名前も知らない王子との結婚の話は、同性婚に偏見があるルロ国にとって、フィリはさらに肩身の狭い思いをする。
ファルーハ王国は砂漠地帯にある王国であり、雪国であるルロ国とは真逆だ。縁談などフィリ信じず、ついにそのときが来たと諦めの境地に至った。
情報がほとんどないファルーハ王国へ向かうと、国を上げて祝福する民衆に触れ、処刑場へ向かうものだとばかり思っていたフィリは困惑する。
狼狽するフィリの元へ現れたのは、浅黒い肌と黒髪、サファイア色の瞳を持つヴァシリスだった。彼はまだ成人にはあと二年早い子供であり、未成年と婚姻の儀を行うのかと不意を突かれた。
縁談の持ち込みから婚儀までが早く、しかも相手は未成年。そこには第二王子であるジャミルの思惑が隠されていて──。
あなたの隣で初めての恋を知る
彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜
キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」
(いえ、ただの生存戦略です!!)
【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】
生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。
ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。
のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。
「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。
「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。
「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」
なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!?
勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。
捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!?
「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」
ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます!
元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!
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