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最終章 吾亦紅

記憶の共有

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 翌日から、志瑞也は玄華が届けた衣を着て作業に加わり、甲斐と甲弥は予想通り良い仕事をし、遅れを十分取り戻した。蒼万とは毎日一緒に寝ているが、疲れもあり志瑞也は直ぐに寝てしまう。皆と接しながら、日毎に黄怜の記憶が混ざって行くのを感じていた。

 磨虎は毎日数回声をかけてくるが、その時は必ず蒼万が現れる。いつか大喧嘩をするのではと思っていたが「蒼万、この造りならここはこうした方が良いのではないか?」構造図を広げて磨虎が指差す。蒼万は図面と暫く睨み合い「お前に任せる」納得して頷く。作業中は二人共真剣だ。蒼万なりに、磨虎を認めている部分があるのだろう。現に磨虎は口も悪いが、他の従者達への力仕事の協力は惜しまない。むしろ、目立つことが好きで、率先して取り組んでもいる。気性は荒いが、磨虎の周りはいつも笑い声が絶えず賑やかだ。志瑞也も混じり共に笑い合い、二人っきりでなければ、蒼万も近付きはしなかった。

 朱翔は度々蒼万と話し込み、志瑞也は邪魔してはいけないと離れると、朱翔の楽しそうな笑い声が聞こえる。しかし、蒼万の表情は変わらない。朱翔はいつも笑顔で、意外と面倒見が良く誰とでも話す。「今度笛を聞かせて欲しい」と言うと「覚えているんだな…」頭をなで目の縁を赤く染めた。その手の優しさに、志瑞也は懐かしくて泣きそうになる。だが、朱翔は直ぐに「志瑞也、蒼万とは何処までしたんだ?」怪しげに微笑む。「え? どっどうかな…アハハハ」志瑞也は目を泳がせて逃げたが、今後も突っついてくるのは目に見えている。

 玄弥は頼りなさそうに見えて、誰よりも細かい所まで見ていた。作業中負傷した者がいれば「玄弥っ!」呼ばれて霊力を送り手当てをし、他の者が怪我しないよう対策を取る。志瑞也とも何も言わなくても通じる所があり、最初に出会った時から胸の中の黄怜が、玄弥の素直さに反応していたのだろう。神家の男子で神獣が付いていなくても、まったく引け目を感じさせない。「玄弥は神獣を欲しいって思ったことはないのか?」と聞くと「玄武家に神獣が付いているから、私はよいのだ」にっこり頷く。流石、玄弥は偉大だ!

 柊虎は「志瑞也、兄上がすまない」相変わらず尻拭いをしている。「俺黄怜と会ったんだ、あの時黄怜が俺を起こしに来てくれたんだ」話せる内容だけ伝えた。「流石黄怜だなハハハ」柊虎は感心して笑う。柊虎から黄怜の話を聞くと、葵の言う通り良く見ていたのがわかる。楽しそうに話す顔を見ていると、嬉しい気持ちと切ない気持ちが混ざり合う。黄怜は友として柊虎がとても大切で、いつも頼りにしていた。眠っている間に、黄怜と何か話合ったのかもしれない。もしそうなら、それは柊虎と黄怜の最後の思い出だ。志瑞也は敢えて確認はせず、柊虎の幸せを強く願った。

 黄虎は時折物思いに耽るが、その時は朱翔や柊虎が「黄虎どうした?」必ず声をかける。祖母を亡くした場所に立つことで、黄虎は向き合っているのだろう。志瑞也の中に九虎を憎む感情は微塵もないが、黄虎は話そうとはしなかった。一日の作業が終わる頃、夕陽を見ながら黄虎は目に涙を滲ませる。「黄虎、大丈夫だよ」志瑞也は後ろから抱きしめる。「祖母上には笑ってほしかったのだ…すまない、こんなこと…」志瑞也は黄虎におまじないして言う「黄虎、今度九虎様の話聞かせてほしい」。黄虎は「ありがとう…」声を震わせて志瑞也を抱きしめた。
 後から朱翔と柊虎に呼ばれ、朱翔は「志瑞也、お前まで黄虎を甘やかすなよ」眉間に皺を寄せ、柊虎も「あれは蒼万が見たらさすがに…」困った顔をする。「黄虎は俺の弟だ、蒼万もそれぐらい分かっているよアハハハ それとも何だ? 二人も俺に〝おまじない〟してほしいのか?」悪戯に二人に抱きつきおまじないすると、目が点になり志瑞也は腹を抱えて大笑いした。だが「何をしている」蒼万に見つかり、朱翔と柊虎は睨まれるも「私達は犠牲者だっ!」朱翔は柊虎を連れて立ち去る。その後、蒼万に怒られたのは言うまでもない。悪戯が過ぎたと謝り、蒼万に口づけすると目を細めて微笑んだ。

 半月が過ぎる頃には、甲斐と甲弥はモモ爺達に戻った。ひょこひょこと歩く姿に、不覚にも、志瑞也は可愛いと思ってしまう。「志瑞也、もうわしらがどっちか分かるか?」やはり、偉そうに眉を動かす。「お前の方が霊力が高いから一号だな」得意げに言うと「やっとかシシシッ」せせら笑う。「お主、大分獣臭がするのうシシシッ」二号は足下で匂いを嗅ぎ回って笑う。「どういう意味だ? お前達の方が獣だろ?アハハハ」久々に笑い合った。今持っている最後のキャラメルを二匹にあげ、奪い合いをする姿に安堵した。
 皆も妖怪化した神獣は初めてだと、特に朱翔は珍しそうに観察する。あまりにも小突く朱翔に、一号は威嚇して咬みつこうとした。作業を手伝わそうにも短い四肢ではどうにもならず、日中は黄龍殿の庭園で待たせていたが、一日も大人しく待っていられず、従者達に悪戯を仕掛けだしたのだ。蒼万が怒りだす前に頼みの綱、玄華の元へ志瑞也は二匹を連れて行った。
 玄華は二匹を見るなり「かっ…可愛い」目を輝かせて喜ぶ。玄華の好みに疑問を抱きながらも、事情を話すと快く引き受け、ここに居る間は二匹を託すことになった。子を預ける親の気分はこうなのかと志瑞也は思ったが、モモ爺達だと後ろ髪さえ引かれない。玄龍殿に様子を見に行く度、庭園で楽しそうにお茶会をしている。
 葬式後、玄華は玄枝の居た銀龍殿へ移る。玄枝や玄一の話をすると、玄華も千玄も玄七も涙ぐむ。玄一のことだけは、蒼万に話しても分からない…。思い出を共有し合えることに喜びを伝えると、三人は泣きながら微笑む。甲斐の屁爆弾の話をすると、三人は机を叩き涙を流して大爆笑した。

 葬式を七日前に控え、黄龍殿の修復は予定より早く終了し、後は掃除や片付けのみとなった。
「お前は休んでいろ」
 志瑞也は寝床から体を起こし、ゆっくりと準備する。
「蒼万、大丈夫だよ…」
「我慢するな」
 蒼万が心配そうに頬に触れ見つめる。
「色々あって、今頃疲れが来ているだけだから…」
「…何か有れば直ぐに私を呼べ」
「わかった、ありがとう…」
 志瑞也はここ最近、身体が怠く具合があまり良くない。玄華や皆が心配して、まだ怨念が残っているのかと色々調べたが、原因は不明なままだ。食欲が落ちていないことから、皆は一先ず安堵した。だが、時折心臓が熱くなり、全身が痺れる症状が起きていた。

 葬式に向け、慌ただしく動いている間に当日を迎える。葬式は通常七日間だが、黄理が救済や普請に人手を多く割り当てるため、自粛するべきだと告別式の二日間だけとなった。初日は五神家の本家、二日目に分家と分かれて執り行われる。ずっと晴れていたのが嘘のように、子の刻を過ぎた途端、悲しみの雨が降り注いだ。
 この雨には、志瑞也は苦しい記憶しかない。
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