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第十章 蕺草
野生
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原形をなさない崩れた門、夜とは思えない程真っ赤に燃え広がる炎。神家の者達と神獣が群がって妖魔と戦い、甲斐と甲弥は妖魔を喰い散らかす。殿壁を背に端の方では、九虎を玄枝と玄七と千玄が取り押さえ、周りを観玄と清玄が結界を張り、蒼万の攻撃を防いでいた。目にする壮絶な光景は、まるで過去の歴史を何枚もの屏風に描き並べたようだ。
志瑞也は愕然としながら、一番会いたかった男に視線を向ける。蒼万からは青い熱風が巻き起こり、躊躇なく鞭を振り翳し常軌を逸していた。結界を重く鞭が弾く度、激しい亀裂音が鳴り響く。もう一方の手は神力の針を飛ばすつもりなのか、血管の浮きでた拳を強く握り構えていた。玄武家の宗主二人係でも、隙すら与えない蒼万の攻撃に耐えるのは、いくら霊力が高いとはいえ至難の業。恐らく表情からして、時間の問題だ。
志瑞也は烈風を腕で防ぎながら言う。
「柊虎っ、蒼万の腕輪はっ?」
「暴走した時に壊れたのだっ」
我を失って荒れ狂う蒼万の姿に、志瑞也は胸が痛み眉をひそめる。
ズドーンッ!
爆発音と共に瓦礫が飛び散り、顎を高くして見上げた。
(あれが…青ちゃん?)
鱗模様の巨大な尻尾が屋根の瓦を叩き飛ばし、黄龍殿の従者達は降ってくる瓦礫を避けながら、揺れる殿壁を支えに集まる。それでも、崩れて埋もれてしまった者達を引っ張り出し、侍女達の元へ担いで手当に運ぶ。どちらを先に止めるべきか、志瑞也は逸る気持ちを抑え、葵の話、志寅と寅雅の出来事から決断する。
口元に両手を翳し大声で呼ぶ。
「雀都ーっ!」
妖魔に火を放っていた雀都が、志瑞也に気づき向かう。
「柊虎っ頼んだっ」
「承知っ!」
柊虎は志寅を出し、志瑞也と共に戦場の中を走りだす。衣に付いた血と勾玉の無い志瑞也は、完全に的でしかない。襲いかかる妖魔を、柊虎と志寅が掻き散らしながら進む。
直ぐ側に、雀都が斜線を描きバサッと着地した。
「クピーッ!」
志瑞也は一目散に向かう。
「雀都っ 青ちゃんを止めに行くぞっ」
「クピッ!」
「ありがとう!」
雀都が胴体を屈め志瑞也が背中に飛び乗り、柊虎は危険過ぎると焦り妖魔を蹴散らし駆けつける。
「志瑞也待てっ!」
止める間もなく、雀都は矢の如く天へと舞い上がり、志瑞也は見下ろして大きく手を振る。
「柊虎ありがとうっ、大丈夫だよーっ」
一瞬の出来事に、柊虎は額に汗を垂らし空を見上げた。
志瑞也は向かい風を浴びながら雀都の首筋をなでる。
「あいつらを連れてきてくれてありがとう、俺の声が聞こえたんだろ?」
「クピッ」
「もしかして、お前の羽根で場所が分かったのか?」
「クピッ」
「そうかアハハ お、あそこだっ」
崩落した屋根から、青い炎が弧を描いて宙に噴き出した。妖魔は悲鳴すら上げず、消えてなくなる。青龍は屋根にうねうねとよじ登り、大殿とも云われる黄龍殿を、小さな岩場のように這って歩き回っていた。
「青ちゃーんっ! やめるんだーっ!」
側で烏がバサバサ群がり、いびつに蠢き妖魔に変化すると思いきや「ボーッ」青い炎が旋回しながら一直線に向かってきた。「うわっ」咄嗟に雀都が高度を上げ炎を躱す。火柱が通過した後には、燃え屑が煙と共にちりじりと舞う。妖魔を狙ったとはいえ、志瑞也達まで灰になりそうだった。青龍は屋根に登った妖魔に「ズドーン!」目掛けて喰い突っ込み、また別の屋根を破壊して飛び出て来る。
「くそっ… 雀都っ、青ちゃんを建物から離してくれないか? できるか⁉︎」
「クピッ!」
雀都が急降下し、志瑞也は羽根にしがみつき体勢を低く保つ。青龍の顔の周りを蜂のように飛び回ると、進行方向を妨げられ苛ついたのか、唸りながら追いかけてきた。上空へと青龍を誘導していくも、鋭い牙で何度も咬み付いてくる。それを雀都にすれすれで躱され、青龍は更に眉間の皺を増やし、口を大きく開け襲いかかる。
志瑞也と雀都は距離を取って振り返り、青龍の前に立ちはだかった。
柊虎が上空に向かって叫ぶ。
「志瑞也やめろーっ!」
翼を横一文字に広げ、緩やかに上下に動かし、雀都は空中停止する。
「いいか、俺を信じろ、動くな…」
「クピッ…」
トクン、トクン、トクン…
憤怒の勢いで向かってくる青龍に反して、志瑞也の鼓動はとても穏やかだ。雀都の背中に置いた手を、鼓動に合わせて動かす。
(おいで、青ちゃん…)
三、二、一、
志瑞也はポンと手を止めた。
「グアアアアアアアァーッ!」
地響きにも似た唸り声が全身を包み、咽頭では口蓋垂が激しく揺れ、長い蛇腹模様の天井の影に呑まれる。
「今だっ!」
「クピッ!」
刹那、軋めく牙の狭間をすり抜け、雀都は体勢を翻し上昇する。志瑞也は手を離して飛び降り青龍の鼻筋に「べチッ」大の字に張り付く。
「痛ッ へへへ上手くいったー、青ちゃんやめるんだっ!」
「グルルルゥゥ…」
青龍の動きが止まったと同時に、吹き荒れる烈風もピタッとやみ、地上にいる者達は何が起こったのかと、戦いながらも、上空で起きている異様な光景を見ていた。
睨みつける眼光が徐々に弱まり、有鱗目の瞳孔が、散大、収縮を繰り返す。鏡のように映る瞳に、志瑞也は手を振って微笑む。
「青ちゃんっ、俺だよっ、思い出したか?」
「グルルウゥゥ…」
「そうだ、いい子だな、もうやめるんだ…」
我を失った青龍の姿に蒼万を重ね、志瑞也は目の縁を赤く染める。
「大丈夫だ… 俺は大丈夫だから、怒っちゃ駄目だ…」
眉間をなでている内に皺が緩み、青龍は空気が抜けていくように縮みだす。
「アハハハ、偉いぞ青ちゃん……ってちょっと待ってっ、今度は俺がおっ落ちるっ、うああーっ」
「クピッ!」
雀都が軽やかに志瑞也を掬い背中に乗せる。
「アハハ、雀都ありがとう」
「クピッ!」
元の大きさに戻った青龍は、志瑞也に近づき頬擦りする。
「青ちゃん、久し振りだな」
「グルルゥ」
志瑞也は下を指差す。
「青ちゃん、あそこにいるのモモ爺達なんだ、ちょっとでっかいけど、喧嘩しないで一緒に妖魔をやっつけるんだ! あ、建物は壊しちゃ駄目だぞっ」
頷く青龍の鼻筋を微笑んでなでる。
「俺は今から蒼万を止めるから、青ちゃんは影響されても暴れちゃ駄目だからな、俺も頑張るから青ちゃんも頑張るんだぞ」
「グルルウゥゥ…」
「三回までか…それ以上は?」
「グルルゥゥ…」
「えっ? 意識が飛ぶのかっ? わっわかった、青ちゃんありがとう…」
青龍はモモ爺達の元へ加勢に向かう。
「雀都っ、次は蒼万の所だっ」
「クピッ!」
志瑞也は地上へ舞い戻り、雀都の背中から跳び下りた。少しずつ蒼万の背後へ歩み寄るが、蒼万の長い髪は龍の立髪の様にうねり、身体から放つ熱風は近づくだけで重く伸し掛かってくる。観玄は苦しそうに顔を引き攣らせ、清玄は観玄を気にしながらも、二人は志瑞也の行動に目を凝らした。
「蒼万っ、やっやめるんだっ 蒼万っ」
「黙れっ!」
「うッ…」
身体が一瞬で凍りつく鋭い声、志瑞也は初めて蒼万の神力を感じた。だが、聞きたいのはそんな声ではない。痺れる腕で蒼万のお腹に手を回すが、即座に振り払おうと蒼万が身体を捩る。
「離せっ!」
「ゔッ… そッ蒼万っ 俺だよっ」
再び力を放たれるも、志瑞也は負けずとしがみつく。その時、怒りを煽ってしまったのか、強烈な鞭捌きが斜めから振り落とされ、衝撃に清玄は持ち堪えるも観玄が膝を突く。
まずい。
「おっ俺だってばっ、蒼万っ」
「触るなっ‼︎」
「ゔッ…」
志瑞也は白目を剥き、玄一と黄怜の顔が見えた。
(ばぁちゃん… 黄怜… どうしよう… 俺どうしたらいい? ばぁちゃ……)
柊虎が声を張り上げる。
「志瑞也ーっ‼︎」
(柊虎の声がする… 柊虎の声… 柊虎?)
志瑞也ははっとして頭を振る。危うく、夢の中に戻りそうだった。幸運にも腕は無意識に離さず、蒼万の帯に手を挟み込んでいた。妖魔と戦いながらも、柊虎が呼び戻してくれたのだ。険しい顔の柊虎に視線を向け、見合って苦笑いで頷く。まだぐらつく視界に瞼をぎゅっと瞑り、歯を食いしばる。さあ大変だ、志瑞也だけでなく、全ての者達に後がなくなってしまった。今こそ男気の見せ所だが、この男を止める術が見つからない。
(なっ…何か考えろっ、何か何か何かっ…あっ!)
のるか反るか、志瑞也は腕にぐっと力を込める。
「蒼万っ、蒼万の部屋に行こう!」
ぴたっ……。
「私の、自室?」
まさか、これで止まるとは。なんとか意識を飛ばさずに済んだが、成功しても後が怖い気がしてならない。熱風が徐々に収まり、志瑞也は腕の力を抜いた。
「そうだッ うっ… やっ約束しただろ? 痛ッ…」
蒼万がゆっくり体ごと振り返る。
「お前…は…?」
志瑞也は足元をふらつかせながら言う。
「ただいま、蒼万…」
「志瑞…也…?」
眉をひそめる蒼万は、愛しくて可愛い。
「泣いてるのか?」
「すまない…」
志瑞也は両手で蒼万の頬に触れ、龍水室での事を思い出し微笑む。
「蒼万は何も悪くない、俺は大丈夫だから、怒るなよ…」
蒼万が力強く抱き寄せた。
「私を… 置いて行くな…」
耳元で呟く声は、いつになく震えていた。再び触れ合えた温もりに、互いの胸が熱く高鳴る。蒼万の背中にそっと手を回し、宥めるように摩りなが言う。
「お…俺は… 二度と…蒼万を置いて行かない… や…約束する…ぐすっ… 待っていてくれて、ありがとう…ううっ… 大好きだよ…蒼万…」
「ふっ、泣いているのはお前だ」
そう言って、首筋に口づけする。
「蒼万… 会いたかった…」
「私もだ…」
二人は甘く見つめ合い、蒼万が志瑞也の顔を両手で包み、親指の腹で下唇に触れる。伏し目がちに金色の瞳が近付き、志瑞也は顔を傾け瞼をそっと閉じた。
「おいっ蒼万っ そういうのは後にしろっ、今はこっちが先だっ!」
「あっ、ごめんっ」
既の所で志瑞也が柊虎の方を振り向き、蒼万は不機嫌そうに柊虎を睨む。柊虎は「やっと戻ったか」と言わんばかりの顔で「ふっ」鼻で笑い蒼万に片眉を上げた。柊虎が二人の世界を止めたことに、周囲はとても安堵した。
志瑞也は愕然としながら、一番会いたかった男に視線を向ける。蒼万からは青い熱風が巻き起こり、躊躇なく鞭を振り翳し常軌を逸していた。結界を重く鞭が弾く度、激しい亀裂音が鳴り響く。もう一方の手は神力の針を飛ばすつもりなのか、血管の浮きでた拳を強く握り構えていた。玄武家の宗主二人係でも、隙すら与えない蒼万の攻撃に耐えるのは、いくら霊力が高いとはいえ至難の業。恐らく表情からして、時間の問題だ。
志瑞也は烈風を腕で防ぎながら言う。
「柊虎っ、蒼万の腕輪はっ?」
「暴走した時に壊れたのだっ」
我を失って荒れ狂う蒼万の姿に、志瑞也は胸が痛み眉をひそめる。
ズドーンッ!
爆発音と共に瓦礫が飛び散り、顎を高くして見上げた。
(あれが…青ちゃん?)
鱗模様の巨大な尻尾が屋根の瓦を叩き飛ばし、黄龍殿の従者達は降ってくる瓦礫を避けながら、揺れる殿壁を支えに集まる。それでも、崩れて埋もれてしまった者達を引っ張り出し、侍女達の元へ担いで手当に運ぶ。どちらを先に止めるべきか、志瑞也は逸る気持ちを抑え、葵の話、志寅と寅雅の出来事から決断する。
口元に両手を翳し大声で呼ぶ。
「雀都ーっ!」
妖魔に火を放っていた雀都が、志瑞也に気づき向かう。
「柊虎っ頼んだっ」
「承知っ!」
柊虎は志寅を出し、志瑞也と共に戦場の中を走りだす。衣に付いた血と勾玉の無い志瑞也は、完全に的でしかない。襲いかかる妖魔を、柊虎と志寅が掻き散らしながら進む。
直ぐ側に、雀都が斜線を描きバサッと着地した。
「クピーッ!」
志瑞也は一目散に向かう。
「雀都っ 青ちゃんを止めに行くぞっ」
「クピッ!」
「ありがとう!」
雀都が胴体を屈め志瑞也が背中に飛び乗り、柊虎は危険過ぎると焦り妖魔を蹴散らし駆けつける。
「志瑞也待てっ!」
止める間もなく、雀都は矢の如く天へと舞い上がり、志瑞也は見下ろして大きく手を振る。
「柊虎ありがとうっ、大丈夫だよーっ」
一瞬の出来事に、柊虎は額に汗を垂らし空を見上げた。
志瑞也は向かい風を浴びながら雀都の首筋をなでる。
「あいつらを連れてきてくれてありがとう、俺の声が聞こえたんだろ?」
「クピッ」
「もしかして、お前の羽根で場所が分かったのか?」
「クピッ」
「そうかアハハ お、あそこだっ」
崩落した屋根から、青い炎が弧を描いて宙に噴き出した。妖魔は悲鳴すら上げず、消えてなくなる。青龍は屋根にうねうねとよじ登り、大殿とも云われる黄龍殿を、小さな岩場のように這って歩き回っていた。
「青ちゃーんっ! やめるんだーっ!」
側で烏がバサバサ群がり、いびつに蠢き妖魔に変化すると思いきや「ボーッ」青い炎が旋回しながら一直線に向かってきた。「うわっ」咄嗟に雀都が高度を上げ炎を躱す。火柱が通過した後には、燃え屑が煙と共にちりじりと舞う。妖魔を狙ったとはいえ、志瑞也達まで灰になりそうだった。青龍は屋根に登った妖魔に「ズドーン!」目掛けて喰い突っ込み、また別の屋根を破壊して飛び出て来る。
「くそっ… 雀都っ、青ちゃんを建物から離してくれないか? できるか⁉︎」
「クピッ!」
雀都が急降下し、志瑞也は羽根にしがみつき体勢を低く保つ。青龍の顔の周りを蜂のように飛び回ると、進行方向を妨げられ苛ついたのか、唸りながら追いかけてきた。上空へと青龍を誘導していくも、鋭い牙で何度も咬み付いてくる。それを雀都にすれすれで躱され、青龍は更に眉間の皺を増やし、口を大きく開け襲いかかる。
志瑞也と雀都は距離を取って振り返り、青龍の前に立ちはだかった。
柊虎が上空に向かって叫ぶ。
「志瑞也やめろーっ!」
翼を横一文字に広げ、緩やかに上下に動かし、雀都は空中停止する。
「いいか、俺を信じろ、動くな…」
「クピッ…」
トクン、トクン、トクン…
憤怒の勢いで向かってくる青龍に反して、志瑞也の鼓動はとても穏やかだ。雀都の背中に置いた手を、鼓動に合わせて動かす。
(おいで、青ちゃん…)
三、二、一、
志瑞也はポンと手を止めた。
「グアアアアアアアァーッ!」
地響きにも似た唸り声が全身を包み、咽頭では口蓋垂が激しく揺れ、長い蛇腹模様の天井の影に呑まれる。
「今だっ!」
「クピッ!」
刹那、軋めく牙の狭間をすり抜け、雀都は体勢を翻し上昇する。志瑞也は手を離して飛び降り青龍の鼻筋に「べチッ」大の字に張り付く。
「痛ッ へへへ上手くいったー、青ちゃんやめるんだっ!」
「グルルルゥゥ…」
青龍の動きが止まったと同時に、吹き荒れる烈風もピタッとやみ、地上にいる者達は何が起こったのかと、戦いながらも、上空で起きている異様な光景を見ていた。
睨みつける眼光が徐々に弱まり、有鱗目の瞳孔が、散大、収縮を繰り返す。鏡のように映る瞳に、志瑞也は手を振って微笑む。
「青ちゃんっ、俺だよっ、思い出したか?」
「グルルウゥゥ…」
「そうだ、いい子だな、もうやめるんだ…」
我を失った青龍の姿に蒼万を重ね、志瑞也は目の縁を赤く染める。
「大丈夫だ… 俺は大丈夫だから、怒っちゃ駄目だ…」
眉間をなでている内に皺が緩み、青龍は空気が抜けていくように縮みだす。
「アハハハ、偉いぞ青ちゃん……ってちょっと待ってっ、今度は俺がおっ落ちるっ、うああーっ」
「クピッ!」
雀都が軽やかに志瑞也を掬い背中に乗せる。
「アハハ、雀都ありがとう」
「クピッ!」
元の大きさに戻った青龍は、志瑞也に近づき頬擦りする。
「青ちゃん、久し振りだな」
「グルルゥ」
志瑞也は下を指差す。
「青ちゃん、あそこにいるのモモ爺達なんだ、ちょっとでっかいけど、喧嘩しないで一緒に妖魔をやっつけるんだ! あ、建物は壊しちゃ駄目だぞっ」
頷く青龍の鼻筋を微笑んでなでる。
「俺は今から蒼万を止めるから、青ちゃんは影響されても暴れちゃ駄目だからな、俺も頑張るから青ちゃんも頑張るんだぞ」
「グルルウゥゥ…」
「三回までか…それ以上は?」
「グルルゥゥ…」
「えっ? 意識が飛ぶのかっ? わっわかった、青ちゃんありがとう…」
青龍はモモ爺達の元へ加勢に向かう。
「雀都っ、次は蒼万の所だっ」
「クピッ!」
志瑞也は地上へ舞い戻り、雀都の背中から跳び下りた。少しずつ蒼万の背後へ歩み寄るが、蒼万の長い髪は龍の立髪の様にうねり、身体から放つ熱風は近づくだけで重く伸し掛かってくる。観玄は苦しそうに顔を引き攣らせ、清玄は観玄を気にしながらも、二人は志瑞也の行動に目を凝らした。
「蒼万っ、やっやめるんだっ 蒼万っ」
「黙れっ!」
「うッ…」
身体が一瞬で凍りつく鋭い声、志瑞也は初めて蒼万の神力を感じた。だが、聞きたいのはそんな声ではない。痺れる腕で蒼万のお腹に手を回すが、即座に振り払おうと蒼万が身体を捩る。
「離せっ!」
「ゔッ… そッ蒼万っ 俺だよっ」
再び力を放たれるも、志瑞也は負けずとしがみつく。その時、怒りを煽ってしまったのか、強烈な鞭捌きが斜めから振り落とされ、衝撃に清玄は持ち堪えるも観玄が膝を突く。
まずい。
「おっ俺だってばっ、蒼万っ」
「触るなっ‼︎」
「ゔッ…」
志瑞也は白目を剥き、玄一と黄怜の顔が見えた。
(ばぁちゃん… 黄怜… どうしよう… 俺どうしたらいい? ばぁちゃ……)
柊虎が声を張り上げる。
「志瑞也ーっ‼︎」
(柊虎の声がする… 柊虎の声… 柊虎?)
志瑞也ははっとして頭を振る。危うく、夢の中に戻りそうだった。幸運にも腕は無意識に離さず、蒼万の帯に手を挟み込んでいた。妖魔と戦いながらも、柊虎が呼び戻してくれたのだ。険しい顔の柊虎に視線を向け、見合って苦笑いで頷く。まだぐらつく視界に瞼をぎゅっと瞑り、歯を食いしばる。さあ大変だ、志瑞也だけでなく、全ての者達に後がなくなってしまった。今こそ男気の見せ所だが、この男を止める術が見つからない。
(なっ…何か考えろっ、何か何か何かっ…あっ!)
のるか反るか、志瑞也は腕にぐっと力を込める。
「蒼万っ、蒼万の部屋に行こう!」
ぴたっ……。
「私の、自室?」
まさか、これで止まるとは。なんとか意識を飛ばさずに済んだが、成功しても後が怖い気がしてならない。熱風が徐々に収まり、志瑞也は腕の力を抜いた。
「そうだッ うっ… やっ約束しただろ? 痛ッ…」
蒼万がゆっくり体ごと振り返る。
「お前…は…?」
志瑞也は足元をふらつかせながら言う。
「ただいま、蒼万…」
「志瑞…也…?」
眉をひそめる蒼万は、愛しくて可愛い。
「泣いてるのか?」
「すまない…」
志瑞也は両手で蒼万の頬に触れ、龍水室での事を思い出し微笑む。
「蒼万は何も悪くない、俺は大丈夫だから、怒るなよ…」
蒼万が力強く抱き寄せた。
「私を… 置いて行くな…」
耳元で呟く声は、いつになく震えていた。再び触れ合えた温もりに、互いの胸が熱く高鳴る。蒼万の背中にそっと手を回し、宥めるように摩りなが言う。
「お…俺は… 二度と…蒼万を置いて行かない… や…約束する…ぐすっ… 待っていてくれて、ありがとう…ううっ… 大好きだよ…蒼万…」
「ふっ、泣いているのはお前だ」
そう言って、首筋に口づけする。
「蒼万… 会いたかった…」
「私もだ…」
二人は甘く見つめ合い、蒼万が志瑞也の顔を両手で包み、親指の腹で下唇に触れる。伏し目がちに金色の瞳が近付き、志瑞也は顔を傾け瞼をそっと閉じた。
「おいっ蒼万っ そういうのは後にしろっ、今はこっちが先だっ!」
「あっ、ごめんっ」
既の所で志瑞也が柊虎の方を振り向き、蒼万は不機嫌そうに柊虎を睨む。柊虎は「やっと戻ったか」と言わんばかりの顔で「ふっ」鼻で笑い蒼万に片眉を上げた。柊虎が二人の世界を止めたことに、周囲はとても安堵した。
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