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第七章 百日草

五神家の力

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 座学も二ヶ月目に入り講義にも慣れてきた頃、子供達のお喋り防止に、黄鉄は後ろで手を組み論じながら席の間を歩いた。時折居眠の注意を受けた子の周りでは「クスクス」と笑い声が聞こえる。それでも、初めの頃より和やかな雰囲気に、黄鉄は微笑んでいた。
「霊力に攻撃力はなく守りに効力を発揮し、神力の攻撃を防ぐことは可能だが跳ね返すことはできぬ。自身を含め、全ての生ある者へ霊力を送り込むことが可能である。鍛錬を積めば霊力を高められるが、生まれ持った霊力が本質となり、霊力の高い者が鍛錬を積めば、更に高度な霊術を扱えるのだ」
「師匠質問があります!」
「申してみよ」
「今の五神家で、一番霊力が高い方はおられますか?」
 黄鉄は黄怜に視線を向けながら答える。
「私の知る限り、黄龍家の玄枝様であろう。玄枝様は十八で既に、五神家の中で一番高い霊力をお持ちであった」
 皆が騒ぎ出し黄怜を見るが、黄怜はその事実を知らなかった。
 隣に座る柊虎が尋ねる。
「そうなのか黄怜?」
「私も、今初めて知ったんだ…」
 黄怜のその様子に黄鉄は微笑みながら話す。
「黄怜様がご存じないのも無理はありません。玄枝様は玄武家の方です。玄武家の者達は口が堅く、身内に言わない事柄も多いでしょう。黄怜様が気になさることではありません」
「はい…」
 黄怜は玄枝の〝何も言ってはなりません〟の言葉には、他にも色々含まれているのだと知る。
「続いて神力だが、神力は試験に多く出すからよく復習しておくように」
 皆は慌てて姿勢を正す。
「神力は主に攻撃に効力を発揮し、神力は神力で跳ね返すことが可能である。攻撃以外の神術も各神家の特性によって異なるが、表に見えない術も多く、まだ知られていない術もある。また神力と霊力を掛け合わせた術もあるが、持続には高度な集中力を必要とし、修得にはより厳しい鍛錬が不可欠である。神力も霊力と同様に、生まれ持った神力が本質となる。神族の力は神に与えられたもの、霊力も神力も、決して高い低いで真の強さが決まるわけではない、民のために日々鍛錬を積みなさい、よいですか?」
「はい師匠!」
 全員が返事をし黄鉄は微笑む。
「神獣についてだが、玄武家以外は神力が高い者に大きな神獣が付き、本家男子のみに付く。玄武家だけは霊力の高い者に大きな神獣が付き、本家女子のみに付く。玄武家は女子が少なく、そのため神獣付きも少ないと云われておる。私もまだ見たことはないが確か、玄武…本家女子は…」
 黄鉄が子供達の中を見渡す。
「玄葉様には玄武家の神獣が付いておる。玄葉様そうですよね?」
 全員の視線が一斉に玄葉に向く。
「どうでしょう」
 ……。
 玄葉が小さな口でぽそっと言うと、時が止まり不思議な空気が流れた。
 黄鉄は「ゴホン」と咳払いをして講義を再開する。
「続いて神力の特性だが、朱雀家は音に長けており、楽器や声等に霊力だけでなく神力を送り込むことも可能だ、朱雀家は音を操る術も多く、奏でる音色で心の浄化もできる。あの音色は一度聴いたら忘れられぬ…」
 ……。
 言いながら瞼を閉じて微笑む黄鉄の耳には、今素敵な音色が流れているのだろう。皆は黄鉄が戻って来るのを待った。
「朱雀鳥の火が浄化する力は、神族で最強とも云われておる。黄龍家の金龍や蒼龍家の青龍の放つ火にも、朱雀鳥程ではないが浄化の効力がある。稀に高い神力を持った者の朱雀鳥は、自身よりも大きな物を運べるそうだ、古書によると大昔、怨霊によって操られた妖魔が、災厄で村ごと土砂で飲み込もうとしたが、その際に朱雀鳥が大きな岩を運び、土砂をせき止め村人を救ったと記録もある」
「師匠質問があります!」
「申してみよ」
「朱雀家の神獣は、どれ程の大きさなんですか?」
 黄鉄は顎髭を触りながら答える。
「通常は翼を広げると六尺はあるが、古書によれば一丈〔約三メートル〕の朱雀鳥もいるそうだ」
 皆が少し騒つく。
「静かに、ゴホン… 玄武家は古くから人間の世界に密接しており、冥界に通じる力を持っておる。そのため男女共に神力よりも、霊力を高く持つ者が多く生まれ霊術に長けておる。玄武家が作る結界は五神家の中でも一番強く、北宮領域内では、他の神獣が入れない程の強い結界もあると聞いておる。神力では本家、分家共女子に、神通力しんつうりきという力があるようだが、玄葉様…」
 黄鉄は少し躊躇ったが再度玄葉に尋ねる。
「玄葉様は…神通力はご存じですか?」
 玄葉はぽそっと言う。
「はい…」
 肯定したことで全員が再び玄葉を見た。
 黄鉄はほっとして玄葉に尋ねる。
「神通力とは、どのような力なのですか?」
 玄葉はぽそっと言う。
「どうでしょう」
 ……。
 二度目の時が止まり、更に複雑な空気が流れた。今後は玄葉に聞くのはやめようと、黄鉄は思ったに違いない。玄武家に関しては、皆口の堅さを学んだ。黄怜は玄葉の雰囲気が、どことなく玄枝と似ていると感じた。
 黄鉄は何事もない素振りで講義を再開する。
「特性の続きだが、白虎家は剣術、馬術に長け神々の争いの合った時代は軍神、戦神とも云われる程だ、白虎家の剣術は主に接近戦に適しており、その剣放光の破壊力は凄まじいと云われておる。蒼龍家は龍鞭術りゅうべんじゅつ、水術に長け、昔は水神とも云われておった。東宮領域内にある青龍湖の水にも、治癒回復等の神力がある。蒼龍家の龍鞭術は主に遠隔戦に適しており、三丈先まで攻撃が可能と云われておる。両家共に神力の高さによって術の効力に差はあるが、どちらも戦いに適しており、武神はこの両家からしか生まれっ」
「師匠質問があります!」
 手を挙げたのは磨虎だった。
「申してみよ」
「生まれ持った神力が低いと、本家の男子でも神獣が付かないと聞きましたが、本当ですか?」
 磨虎は怪しげな微笑みを浮かべながら、一人の男子に目を向ける。
 黄鉄は、その視線の先の男子を見て嫌な予感がし、早口で説明を誤魔化し次に進むことにした。
「私も聞いたことはありませんが例外もあるかもしれません、続いて黄龍家のっ」
「おいっ、蒼万! お前は例外だってよっハハハハ」
 磨虎が名指しで蒼万を揶揄い、皆が「クスクス」笑いだす。
 調子に乗った磨虎は皮肉たっぷりに言う。
「それとも付いているけど、姿が薄すぎて見えないのか?ハハハハ」
 皆も「ケラケラ」笑いだす。
「皆静かにしないかっ! 磨虎様っ、私の講義でこのような振舞いはっ許しませぬぞっ!」
 黄鉄が場を鎮めようとするも、磨虎は更に蒼万に吹っかける。
「私は事実を言ったまでだ蒼万っ! 言いたいことあるならっ言い返してみろよっハハハハ」
 蒼万は顔色一つ変えず何も言わない。
 黄怜は柊虎に尋ねる。
「磨虎のあれは、蒼万と友になりたくてやっているのか?」
「…わからない」
 珍しく柊虎が苦笑いした。
「ぬぬぬっ磨虎様っ 宗主盛虎様に報告いたしますぞっ! 皆もですぞっ!」
 黄鉄が顎髭を震わせながら怒鳴った。〝宗主〟の言葉で一斉に静まり返ったが、磨虎は青褪めて怯えていた。講義の妨げをした罰として、磨虎は翌日迄に反省文と、今日の講義内容の写本三回を言い渡された。柊虎に助け舟を出していたが「自業自得です兄上」今回は兄磨虎を見捨てた。黄怜は双子でも、磨虎は頭があまり良くないと薄々気付いてはいたが、あまりではないのかもしれないと思った。
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