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第六章 寒芍薬
友の忠告
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翌日、三人は玄武洞へ向かう。
起きてからの蒼万はいつもと変わらず、ただ時折優しく志瑞也に視線を向ける。昨夜のことが嘘のようで、志瑞也はまだ実感が持てなかった。嬉さのあまり口元が緩んでるのが恥ずかしくて、道中は志寅と蒼万達の前方を歩いていた。
志瑞也の下ろしている髪を見て、柊虎は横目で蒼万を見る。
「跡つけたのか?」
「私のものだ」
「……」
呆れて顔を背ける柊虎に、蒼万が横目で見て言う。
「起きていたのだろ?」
いくら小声でも、あの声で寝れる訳がない。わざと聞かせたのか、それとも本当にするつもりだったのか、柊虎は問い詰めたい気持ちを抑えた。
「もう手は出すなよ」
「はっ、お前こそ話を聞いていたのだろ?」
「聞こえてはいない」
「ふっ、では覗いていたのか?」
「…一度だけ見逃した、次はない」
それは柊虎が黄怜ではなく、志瑞也を抱きしめたことを意味していた。道中、二人だけの時間はあったはずだ。だが、わざわざ自分が居る時に蒼万は行動を起こした。もし志瑞也が自分と一緒に寝ると言っていたら、この男はどうしていたのだろうか。あのやり方はかなり強引で、蒼万にしては抑えが全く効いていない。他の男に奪われるかもしれないと、余程焦ったに違いない。柊虎は皮肉混じりに言う。
「私は当て馬か?」
「…友としての忠告だ」
蒼万の意外な言葉に柊虎は振り向くと、蒼万は横目で視線を合わせて頷く。この男なりの友への配慮だと思うと、当て馬になった甲斐があったと思わず微笑む。
「そうか、友ではなかったら?」
「始末する」
「…ふっ、お前らしいよハハハハ」
あの頃の自分にも、蒼万ほどの強引さがあれば何か違っていたのだろうか。「羨ましい、この男には敵わない」と思いながら、柊虎は顔を横に振った。
後方で柊虎の笑い声が聞こえ、志瑞也は立ち止まって振り返る。蒼万が目を細めて微笑みかけ、志瑞也はばっと前を向き、鼓動が鳴り響くのを抑えた。昨夜の二人は険悪な様子だったが、今日は笑いながら普通に話をしている。互いが友と認めている仲に、羨ましくなった。柊虎に言われた言葉を思い返し、わからない先のことを考えるよりも、今の気持ちを大切にしようと、志瑞也は歩きだした。
玄武洞の洞口に着くと、志寅が歩みを止め座り込む。
「志寅どうしたんだ? ほらおいで」
「クークー」志寅は鼻を鳴らし顔を横に振る。
「柊虎、志寅はどうしたんだ?」
柊虎と蒼万は見合わせ、蒼万が腕輪を外す。青龍は現れるなり、まっしぐらに志瑞也に向かい絡みつく。
「青ちゃん久し振りだな! いつもは蒼万のところに先に行くのに、そんなに俺に会いたかったか?アハハハ」
「グルルゥ」
青龍は横目でジロッと志寅を見て「フンッ」と鼻息を吹きかけ、志寅はわずかに唸り眉間に皺を寄せた。
「お前達仲良くするんだぞ、青ちゃんキャラメル食べるか? ほらっ」
志瑞也は青龍にキャラメルをあげながら鼻筋をなで、その後志寅にもあげながら顎をなでた。志寅が「グルグル」喉を鳴らし甘えると、横から青龍が退かそうと髭で志寅を小突く。志寅はうねる髭を、前足で掴まえようと追いかける。志瑞也は二匹の戯れ合いに微笑ましく見るも、青龍は眉間に皺を寄せていた。
柊虎は圧倒され目を丸くする。
「こっこれが、お前の…神獣、青龍かっ?」
「そうだ」
「なっ名は?」
「…志瑞也がつけた」
「まっ、まさか、青…ちゃん?」
柊虎は少し顔を引き攣らせ、蒼万は柊虎の予想した反応を無視して言う。
「青龍、ここを通れ」
青龍は洞口を見て顔を横に振る。
「どういうことだ蒼万?」
「恐らく玄武家の神獣以外は入れない」
「五神家で一番と知ってはいたが、本当にあったとは…」
蒼万は頷く。
「ではここに置いて行くのか?」
「身体に戻せば恐らく入れるが、中では出せない」
「それは、何かあった時に危険だ…」
二人は険しい顔をして黙る。
「それぐらい結界が強いなら、妖魔も入って来れないんじゃないのか?」
言いながら、志瑞也は辺りを見渡した。
二人は一先ず青龍と志寅を戻し、境界線に片足を踏み入れた。弾かれるような変化は起きず、三人は安堵して奥へと入って行った。
洞窟内は広々と声が響き渡り、六箇所の洞口から入る日差しは、洞内を明るく反射させていた。中央には大きな六角形の石台が置かれ、その周りに小さな石台が六個と、全てが亀の甲羅のような神秘的な空間だ。空気も洗礼され透き通り、志瑞也は茫然と立ち尽くし洞内を見渡した。
「どうした? 不安か?」
蒼万が後ろからお腹に手を回す。
「だっ大丈夫だよ」
「私がいる、案ずるな」
そう言って、耳元に唇を寄せる。
甘すぎる!
「おっ俺ちょっと、トイレっ」
志瑞也は恥ずかしくなり蒼万の腕から逃げ、荷物を置いて洞外に飛び出す。隠す気がないどころか、見せつけているのか、本当に周りを気にしていないのか、柊虎はもう見慣れた方が早いと思った。
「蒼万、トイレって何だ?」
「厠のことだ」
「ならばキスとは?」
蒼万が柊虎を横目で見ながら言う。
「口づけのことだ」
「なっ…」
蒼万の目が何を言いたいのかは一目瞭然だ。
「私は変態ではないっ、昨夜のは明らかにお前が悪いっ」
「したい時にして何が悪い」
平然とした態度に、柊虎は志瑞也が可哀想に思えてきた。
志瑞也が戻り何気ない会話をしながら、玄華達が来るのを待つ。
「志瑞也、御守りを見せてくれないか?」
「いいよ、蒼万ここなら外しても大丈夫だよな」
「……」
蒼万は少し考え黙るが、柊虎は蒼万を見ながら笑を浮かべる。
「外さなくても構わない、私が側に寄って見ればよいだけだ」
柊虎が席を立ち志瑞也に近付く。
「駄目だ…外してよい」
「わかった」
志瑞也は勾玉を首から外して柊虎に渡すと、柊虎は笑いながら受け取る。勾玉を見つめる透き通る銅色の瞳には、今何が映っているのだろう。物に宿る思いはその者にしか分からない。柊虎しか知らない黄怜を見つめているのかと思うと、眼差しの切なさに胸が苦しくなり、志瑞也は自然と言葉が出てきた。
「柊虎、ごめんな… 後、ありがとう」
「志瑞也… よいのだ…」
どういう意味かは、柊虎は聞き返さなかった。
志瑞也は勾玉を返してもらい首に着け、手に取り見つめる。たった一つ残った物には、創った者の願いと、持ち主の想いと、それを見てきた者達の思い出がある。会いたい者は既にいないのに、物に執着してしまうのは、きっと恋しいからだろう。自分にとってそれは、キャラメルのような存在かもしれない。同等に扱って良いものかと「ふっ」笑みを浮かべた。そう考えて思い返してみると、意外と勾玉にも思い出があった。初めて蒼万に突き付けられた時、悲鳴で飛んで来た時、庭園で〝遊び〟の時の蒼万の顔、志瑞也はまた「ふふっ」と笑う。
「志瑞也、どうしたのだ?」
「柊虎、何でもないよ…」
柊虎は不思議そうに蒼万を見る。
「志瑞…」
言いかけて、蒼万は眉間に皺を寄せた。
起きてからの蒼万はいつもと変わらず、ただ時折優しく志瑞也に視線を向ける。昨夜のことが嘘のようで、志瑞也はまだ実感が持てなかった。嬉さのあまり口元が緩んでるのが恥ずかしくて、道中は志寅と蒼万達の前方を歩いていた。
志瑞也の下ろしている髪を見て、柊虎は横目で蒼万を見る。
「跡つけたのか?」
「私のものだ」
「……」
呆れて顔を背ける柊虎に、蒼万が横目で見て言う。
「起きていたのだろ?」
いくら小声でも、あの声で寝れる訳がない。わざと聞かせたのか、それとも本当にするつもりだったのか、柊虎は問い詰めたい気持ちを抑えた。
「もう手は出すなよ」
「はっ、お前こそ話を聞いていたのだろ?」
「聞こえてはいない」
「ふっ、では覗いていたのか?」
「…一度だけ見逃した、次はない」
それは柊虎が黄怜ではなく、志瑞也を抱きしめたことを意味していた。道中、二人だけの時間はあったはずだ。だが、わざわざ自分が居る時に蒼万は行動を起こした。もし志瑞也が自分と一緒に寝ると言っていたら、この男はどうしていたのだろうか。あのやり方はかなり強引で、蒼万にしては抑えが全く効いていない。他の男に奪われるかもしれないと、余程焦ったに違いない。柊虎は皮肉混じりに言う。
「私は当て馬か?」
「…友としての忠告だ」
蒼万の意外な言葉に柊虎は振り向くと、蒼万は横目で視線を合わせて頷く。この男なりの友への配慮だと思うと、当て馬になった甲斐があったと思わず微笑む。
「そうか、友ではなかったら?」
「始末する」
「…ふっ、お前らしいよハハハハ」
あの頃の自分にも、蒼万ほどの強引さがあれば何か違っていたのだろうか。「羨ましい、この男には敵わない」と思いながら、柊虎は顔を横に振った。
後方で柊虎の笑い声が聞こえ、志瑞也は立ち止まって振り返る。蒼万が目を細めて微笑みかけ、志瑞也はばっと前を向き、鼓動が鳴り響くのを抑えた。昨夜の二人は険悪な様子だったが、今日は笑いながら普通に話をしている。互いが友と認めている仲に、羨ましくなった。柊虎に言われた言葉を思い返し、わからない先のことを考えるよりも、今の気持ちを大切にしようと、志瑞也は歩きだした。
玄武洞の洞口に着くと、志寅が歩みを止め座り込む。
「志寅どうしたんだ? ほらおいで」
「クークー」志寅は鼻を鳴らし顔を横に振る。
「柊虎、志寅はどうしたんだ?」
柊虎と蒼万は見合わせ、蒼万が腕輪を外す。青龍は現れるなり、まっしぐらに志瑞也に向かい絡みつく。
「青ちゃん久し振りだな! いつもは蒼万のところに先に行くのに、そんなに俺に会いたかったか?アハハハ」
「グルルゥ」
青龍は横目でジロッと志寅を見て「フンッ」と鼻息を吹きかけ、志寅はわずかに唸り眉間に皺を寄せた。
「お前達仲良くするんだぞ、青ちゃんキャラメル食べるか? ほらっ」
志瑞也は青龍にキャラメルをあげながら鼻筋をなで、その後志寅にもあげながら顎をなでた。志寅が「グルグル」喉を鳴らし甘えると、横から青龍が退かそうと髭で志寅を小突く。志寅はうねる髭を、前足で掴まえようと追いかける。志瑞也は二匹の戯れ合いに微笑ましく見るも、青龍は眉間に皺を寄せていた。
柊虎は圧倒され目を丸くする。
「こっこれが、お前の…神獣、青龍かっ?」
「そうだ」
「なっ名は?」
「…志瑞也がつけた」
「まっ、まさか、青…ちゃん?」
柊虎は少し顔を引き攣らせ、蒼万は柊虎の予想した反応を無視して言う。
「青龍、ここを通れ」
青龍は洞口を見て顔を横に振る。
「どういうことだ蒼万?」
「恐らく玄武家の神獣以外は入れない」
「五神家で一番と知ってはいたが、本当にあったとは…」
蒼万は頷く。
「ではここに置いて行くのか?」
「身体に戻せば恐らく入れるが、中では出せない」
「それは、何かあった時に危険だ…」
二人は険しい顔をして黙る。
「それぐらい結界が強いなら、妖魔も入って来れないんじゃないのか?」
言いながら、志瑞也は辺りを見渡した。
二人は一先ず青龍と志寅を戻し、境界線に片足を踏み入れた。弾かれるような変化は起きず、三人は安堵して奥へと入って行った。
洞窟内は広々と声が響き渡り、六箇所の洞口から入る日差しは、洞内を明るく反射させていた。中央には大きな六角形の石台が置かれ、その周りに小さな石台が六個と、全てが亀の甲羅のような神秘的な空間だ。空気も洗礼され透き通り、志瑞也は茫然と立ち尽くし洞内を見渡した。
「どうした? 不安か?」
蒼万が後ろからお腹に手を回す。
「だっ大丈夫だよ」
「私がいる、案ずるな」
そう言って、耳元に唇を寄せる。
甘すぎる!
「おっ俺ちょっと、トイレっ」
志瑞也は恥ずかしくなり蒼万の腕から逃げ、荷物を置いて洞外に飛び出す。隠す気がないどころか、見せつけているのか、本当に周りを気にしていないのか、柊虎はもう見慣れた方が早いと思った。
「蒼万、トイレって何だ?」
「厠のことだ」
「ならばキスとは?」
蒼万が柊虎を横目で見ながら言う。
「口づけのことだ」
「なっ…」
蒼万の目が何を言いたいのかは一目瞭然だ。
「私は変態ではないっ、昨夜のは明らかにお前が悪いっ」
「したい時にして何が悪い」
平然とした態度に、柊虎は志瑞也が可哀想に思えてきた。
志瑞也が戻り何気ない会話をしながら、玄華達が来るのを待つ。
「志瑞也、御守りを見せてくれないか?」
「いいよ、蒼万ここなら外しても大丈夫だよな」
「……」
蒼万は少し考え黙るが、柊虎は蒼万を見ながら笑を浮かべる。
「外さなくても構わない、私が側に寄って見ればよいだけだ」
柊虎が席を立ち志瑞也に近付く。
「駄目だ…外してよい」
「わかった」
志瑞也は勾玉を首から外して柊虎に渡すと、柊虎は笑いながら受け取る。勾玉を見つめる透き通る銅色の瞳には、今何が映っているのだろう。物に宿る思いはその者にしか分からない。柊虎しか知らない黄怜を見つめているのかと思うと、眼差しの切なさに胸が苦しくなり、志瑞也は自然と言葉が出てきた。
「柊虎、ごめんな… 後、ありがとう」
「志瑞也… よいのだ…」
どういう意味かは、柊虎は聞き返さなかった。
志瑞也は勾玉を返してもらい首に着け、手に取り見つめる。たった一つ残った物には、創った者の願いと、持ち主の想いと、それを見てきた者達の思い出がある。会いたい者は既にいないのに、物に執着してしまうのは、きっと恋しいからだろう。自分にとってそれは、キャラメルのような存在かもしれない。同等に扱って良いものかと「ふっ」笑みを浮かべた。そう考えて思い返してみると、意外と勾玉にも思い出があった。初めて蒼万に突き付けられた時、悲鳴で飛んで来た時、庭園で〝遊び〟の時の蒼万の顔、志瑞也はまた「ふふっ」と笑う。
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「柊虎、何でもないよ…」
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