天地天命【本編完結・外伝作成中】

アマリリス

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第四章 七変化

誘惑と戸惑

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 蒼万は志瑞也をそっと抱き上げ寝床の奥に寄せ、側に入り横になった。薄暗い中で志瑞也の顔を見つめ唇に視線を向けると、まだぷっくりとわずかに腫れている。指でその唇に触れると、柔らかくしっとりとしていた。先程までその唇と重ねていたのを思い出し、腹の底から込み上げてくる熱いものを感じ、思わず口の中に指を入れる。
「んっ…」
 さっと指を引っ込めた。指に残る舌の感触に動悸が起こり、志瑞也に背を向け呼吸を整える。
「んーっ」
 蒼万は目を見開き体が固まる。側で寝ている者が背中に擦り寄り、片腕を腰に回し片足を絡ませて来た。背中から寝息と温もりが伝わり、更に動悸が激しくなる。拳を握り締め、眉間に皺を寄せながら瞼を閉じた。その夜、蒼万は落ち着いて眠ることができなかった。

 翌日、志瑞也は目が覚めると、熱や目眩もなく頭がすっきりしていた。側では蒼万が背を向けて寝ているではないか、昨日の朧げな記憶を辿る。
(確か柊虎が来て、その後急に蒼万が来て、耳元で何か言われたな… 泣いたら…  俺そのまま寝ちゃったのか⁉︎)
 志瑞也はぐしゃっと頭を掻きむしりながら呟く。
「はぁ俺って進歩ないなぁ、子供かよ…」
 まだ起きない蒼万に目を向ける。
(蒼万、側にいてくれてありがとう…)
 きっと落ち込んでいると思い気にかけ、宴の席を抜け出して来たのだろう。朱夏を置いて戻ってきたことに、女々しいと思う気持ちもあれば、嬉しいと思う気持ちもある。もうそれぐらい、蒼万への気持ちが膨らんでいた。蒼万の頬をちょんと小突くと、寝返りを打ち仰向けになり、それを可愛いとさえ思ってしまう。
「酒臭っ、どれだけ呑んだんだよっ だから今日は直ぐに起きないんだな…」
 酒を自分で呑んだのか、または注いでもらったのか、思わず想像してむっとし、悪戯に蒼万の頬に口づけしてしまう。
「痛ッ」
 唇に鈍い痛みを感じ触れると少し腫れている。
「何だ? 昨日何か食べたか? ま、いっか」
 志瑞也は寝床から起き着替えて部屋を出た。

 外に出て背伸びをしていると、柊虎が歩いて来た。
「柊虎おはよう、昨日はごめん。俺途中からあまり覚えていなくて… 気にかけて来てくれたのに、その…態度悪かったよな…」
「旅の疲れが出ただけさ、気にするな」
 柊虎の笑顔に志瑞也は安堵する。
 柊虎は志瑞也を喜ばせようと、横からスッと志寅を出した。
「お、志寅だっ、ほらおいで」
「ガルルガルル」
 志瑞也がわしゃわしゃと志寅の体を擦ると、どでんとひっくり返りお腹を出し、首を伸ばしてたまらんと眼を細める。
 柊虎は昨日蒼万との話の後、勾玉の話を思い出し気になる事があった。
「昨日もそうだったが、志瑞也は志寅が怖くないのか?」
「最初は怖かったよ、まぁ青ちゃんよりは怖くないし、慣れかな?」
「青ちゃん? 慣れ?」
 まずい。
 志瑞也は笑いながら誤魔化す。
「…あっ、いやだってこいつのもふもふの毛、最高だろ?アハハハ」
 志瑞也は志寅が初めて見る神獣ではなく、恐らく蒼万の神獣を見慣れていると柊虎は察した。仮に志寅が消えていたとしても、その事実を自分が追及しない訳がない。村への救済も自分と組まされると予想していたのなら、初めから話そうと蒼万は考えていたはずだ。蒼万は基本単独行動だが、志瑞也が襲われた事で何かが変わったのだろうか、柊虎はそう考えながら志瑞也の右腕を見た。
「志瑞也また衿元が崩れているぞ、やはり着慣れないのだなハハハハ」
「えっ、本当?」
 柊虎は几帳面な性格なのだと思い、志瑞也は前の衿元を引っ張る。
「違う後ろだハハハ、私が正そう」
「ありがとう」
 内側に捲れた衿元を正そうと手を伸ばすが、首筋についた三箇所の鬱血痕に目が行く。柊虎は一瞬、昨夜の記憶が蘇った。
「……」
「柊虎、どうしたんだ?」
「…いいや何でもないよ、ほらできたぞ」
「ありがとう、志寅と俺って名前に一緒の字が付いているんだな、柊虎が名前付けたのか?」
「そうだ」
「だから俺達相性がいいのかもな! アハハハほらおいでっ」
 志瑞也の言う〝俺達〟は志寅のことだと分かっていても、自分との間柄を言われてる気がして柊虎は嬉しかった。

 蒼万は聞き覚えのある笑い声で目が覚める。ガバッと起き上がり、志瑞也の明るい声に暫く耳を傾けた。昨夜の事で気が重いまま、寝床から起き上がり部屋を出る。
「あっ、蒼万おはよう」
 志瑞也は笑顔で近付く。
「昨日は呑み過ぎたんだろ? 大丈夫か?」
 言いながら顔色を覗き込むも、蒼万は何も言わず目を逸らした。不機嫌なのは一目瞭然。志瑞也は分が悪そうに言う。
「蒼万、昨日はごめんな… それと、ありがとう」
「私は構わない… 顔を洗いに行く」
 蒼万はそのまま立ち去った。
 柊虎が志瑞也に駆け寄り尋ねる。
「どうしたのだ?」
「蒼万の顔色があまり良くないんだ……二日酔いかな?」
 志瑞也は蒼万の言動や顔色に、一喜一憂するようになってしまっていた。気になるのは仕方がないとしても、少々相手が悪い気もする。過去にお酒は数回しか呑んだことがなく、深酒や二日酔いはまだ知らない。心配で蒼万が去った方向を目で追う。
「ハハハそれなら顔を洗ってすっきりすれば大丈夫さ、私が様子を見に行くから、志寅と遊んでいてくれ」
「わかった、ありがとう柊虎」
 志瑞也が志寅の元へ向かうと、柊虎は鼻息をついて蒼万の後を追った。

 蒼万は桶に水を溜め顔を洗い、手拭いで顔を拭う。
「蒼万」
 振り返ると、柊虎が腕を組んで柱に凭れていた。指で首筋をトントントンと叩いて言う。
「志瑞也にお前の跡がついているぞ」
「だから?」
 開き直る蒼万に溜息混じりに言う。
「見えるところにはつけるな」
「見えないところなら良いのか?」
「なっ、ったくお前は…」
 今忠告したところで跡は消えない、蒼万はこういう話し方だったと一旦諦める。
紅雀殿こうじゃくでんにはいつ行くのだ?」
「昼餉の後だ」
「わかった。それから志瑞也は、お前が二日酔いで具合が悪いと思い心配している。お前に限って二日酔いはあり得ない、あからさまな態度はやめろ」
「お前に言われなくとも」
「なら初めからそうしろ」
 そう言って、柊虎は立ち去る。
 蒼万は手拭いを壁に「バシッ」と叩きつけ、もう一度荒々しく顔を洗った。
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