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第三章 母子草
切実な思い
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玄華は千玄を連れて、玄枝の元へ向かった。
「義母上私です、千玄も一緒です」
「わかりました。庭園に茶菓子を用意させますので、お待ちなさい」
「はい」
玄枝のゆっくりと落ち着きのある声に、玄華は沈んでいた気持ちが和らぐ。玄枝と玄華は黄怜が亡くなってからは、互いの自室で会うことはしなかった。誰かが聞いているかもしれない、だからといって部屋に術をかければ怪しまれる。それよりは堂々と庭園で会っている方が、周囲がよく見えむしろ都合が良かったのだ。
庭園で玄華と千玄は椅子に座り玄枝を待った。
「待たせたわね玄華、千玄」
二人は席を立ち会釈して、三人は同時に椅子に腰掛けた。何も言わず互いに茶を一口飲み、玄枝が先に湯呑みを置いて話しだす。
「黄怜の法事は、嵐で法要だけと侍女達が走り回って話していました」
「はい、千玄を使いに出したので、義母上にお伝えできず、申し訳ありませんでした」
「構いませんよ、あの嵐では仕方ありません。稲妻が落ちたと聞き、あなたがそう動くと思っていましたから… 玄一と玄七が、先程戻りました」
玄華の手がぴくっと動く。逸る気持ちを抑え湯呑みを置き、微笑みながら尋ねる。
「お二人は今どちらに?」
「休ませています」
「では…」
「えぇ…無事に」
「あれは彼に届けましたか?」
「えぇ…無事に」
「彼なら大丈夫です」
「私もそう思います」
二人は淡々とした会話の中で、明確に事を伝え合った。
「ただ…」
「ただ?」
玄枝は茶を一口飲んでから言う。
「男子です」
「……」
玄華は固まり、千玄は湯呑みを落としかけ、それを見て玄枝はもう一度言う。
「肉体は男子です」
「……義母上っ、そっそれは?」
「しっ!」
いつもなら笑って本当の事を話す流れだが、驚かす気がないと分かり、玄華は胸をなで動揺を抑えてから尋ねる。
「女子のはずでは…?」
「私にも分かりません…」
玄枝は眉をひそめ顔を横に振る。玄枝に分からないのであれば調べようがない、玄華は問うのをやめた。
「玄一が男子とわかり〝也〟をつけたと」
「志瑞、也…」
「とても優しく、良い子だと」
「優しく、良い子…」
「玄華様…」
玄華は目頭が熱くなり、千玄の目も潤みだす。
「淋しがり屋で、泣き虫で、家族思いだと」
「淋し…泣き虫… 家族思い…黄怜…」
「今は堪えなさい」
「はっはい…」
玄華と千玄は茶を飲む振りをして涙を拭う。
「あの二人が戻る少し前に、氐宿で山火事がありました」
「まさか…」
玄枝は頷く。
「彼もその内気付くでしょう」
玄華と千玄は「蒼万なら」と目で頷く。
「今はこちらからは動かぬ方がよい」
「いつ…」
「玄華焦りは禁物ですよ、時は必ず訪れます」
「はい、義母上…」
「それとは別に、はっきりは分かりませんが、もしかしたら…」
玄枝が玄華を見ながら頷く。
「では一緒に?」
「玄七が恐らくと」
玄枝は微笑む。
「もう会えないかと思っておりました」
「私もです」
「玄華様!」
三人は微笑み合い、玄枝は茶を一口飲んだ後、口調を変えて言う。
「黄理の体調が優れぬと聞きましたが?」
報告はこれまでと分かり、玄華も普通に答える。
「はい、先程白龍殿へお見舞いに行って参りました。責務は黄虎が手伝っているようです」
「黄一も体が弱かったですが、黄理までとは…」
「顔色も大丈夫でしたので、恐らく責務での疲労かと…」
側室が生んだ子でも玄枝にとっては息子同然、玄華の言葉に安堵するも、言いながら目をわずかに泳がせる玄華に「他に何か気になることでも?」と尋ねる。しかし、玄華は微笑んで取り繕うが、明らかに何かあったのだろう。じらを切らした千玄が、ここぞとばかりに口を挟む。
「九虎様がいらしておりました」
「千玄っ」
玄華を無視して平然と言う。
「何か言われたと思われます」
「千玄やめなさいっ、義母上私は大丈夫ですっ、ご心配なさらぬよう」
「玄華様はお一人で抱え過ぎですっ、玄枝様からもおっしゃって下さい!」
二人はわちゃわちゃと互いを目で訴え口を尖らす。これは今に始まった事ではない。玄枝からしたら、似たもの同士で見ていて面白いのだ。千玄は玄華のためなら、相手を選ばず食ってかかり、玄華はそれを毎回必死で止めるのだ。本来の主人と侍女の役割が、この二人は同等か逆の方が多い。
玄枝は微笑んで言う。
「玄華、千玄の言う通りよ。何を言われたの?」
千玄は「早く話して下さい」と目で玄華に訴える。玄華は「余計なことしないでよっ」と千玄を見ながらも「実は…」黄理の自室での出来事を話した。
「なっ何と、そのようなことを?」
表現力、想像力が共に豊な千玄は、わなわなと憤りを露わにし腕を震わせ、目の前にいれば、怒鳴るか胸ぐらを掴みに行きそうな勢いだ。玄華は心で「だから白龍殿の前で言わなかったのよ」そう思った。
「年々九虎は気性が荒くなっていると、九龍殿の侍女達も話していました。黄虎の婚姻を急ぐ九虎の気持ちも、分からなくはありません…」
玄華がうつむくのを見て、早速千玄が食ってかかる。
「玄枝様っ、それでは言われても仕方ないと?」
「千玄そういう意味ではない。玄華、私の言葉が足りないだけで、お前を責めてはいないのですよ」
「義母上、分かっております…」
玄華は取り敢えず頷きはするが、少しは励ましの言葉がもらえると思っていたのか、期待外れの言葉に表情を曇らせた。
それを見て玄枝が話しだす。
「九虎は、元々正室になりたがっていました。いえ、なれると思っていたでしょう。義父上黄羊は四神家に、自分が継ぐ揺るがない黄龍家を示したがっていたのは、あなた達も知っているでしょ? 当時知らない者はいない程の執着ぶりでした」
玄華と千玄は険しい顔で頷く。
「神力霊力共に高く備わった子孫を求めて、黄星の嫁に私と九虎の名が上がりましたが、五神家集会で玄武家の私が嫁に決まりました。九虎はそれが面白くなかったのでしょう。九虎もまた自分の血を継ぐ、揺るがない黄龍家を望んでいるだけですよ」
玄枝は仕方ないと困った顔で微笑む。
「はい…」
「それに私達の時は、三十迄には皆が婚姻していました。昔に比べて神族の争いがなくなったとはいえ、今の若者は遅いぐらいですよ」
「そうですね」
三人は微笑む。
千玄が不思議そうに尋ねる。
「玄枝様、何故前例のない側室をお取りに?」
少し間を置いて、玄枝は伏し目がちに言う。
「私が… 至らなかったのです…」
「それはどういう…ん?」
千玄の袖を玄華は引っ張りながら言う。
「義母上、私達はそろそろ下がらせていただきます」
「…えぇまたいらしてね、私に会いに来るのは二人ぐらいですから」
そう言って、玄枝は寂しげに笑った。
その夜、玄枝は一人殿を出て、黄龍殿のある陰域へ向かっていた。土の塊に草が生えた小さな盛り上がりの前で、玄枝はしゃがみ、とても優しく慈しむようになでた。
「睦黄、ごめんなさい……」
「義母上私です、千玄も一緒です」
「わかりました。庭園に茶菓子を用意させますので、お待ちなさい」
「はい」
玄枝のゆっくりと落ち着きのある声に、玄華は沈んでいた気持ちが和らぐ。玄枝と玄華は黄怜が亡くなってからは、互いの自室で会うことはしなかった。誰かが聞いているかもしれない、だからといって部屋に術をかければ怪しまれる。それよりは堂々と庭園で会っている方が、周囲がよく見えむしろ都合が良かったのだ。
庭園で玄華と千玄は椅子に座り玄枝を待った。
「待たせたわね玄華、千玄」
二人は席を立ち会釈して、三人は同時に椅子に腰掛けた。何も言わず互いに茶を一口飲み、玄枝が先に湯呑みを置いて話しだす。
「黄怜の法事は、嵐で法要だけと侍女達が走り回って話していました」
「はい、千玄を使いに出したので、義母上にお伝えできず、申し訳ありませんでした」
「構いませんよ、あの嵐では仕方ありません。稲妻が落ちたと聞き、あなたがそう動くと思っていましたから… 玄一と玄七が、先程戻りました」
玄華の手がぴくっと動く。逸る気持ちを抑え湯呑みを置き、微笑みながら尋ねる。
「お二人は今どちらに?」
「休ませています」
「では…」
「えぇ…無事に」
「あれは彼に届けましたか?」
「えぇ…無事に」
「彼なら大丈夫です」
「私もそう思います」
二人は淡々とした会話の中で、明確に事を伝え合った。
「ただ…」
「ただ?」
玄枝は茶を一口飲んでから言う。
「男子です」
「……」
玄華は固まり、千玄は湯呑みを落としかけ、それを見て玄枝はもう一度言う。
「肉体は男子です」
「……義母上っ、そっそれは?」
「しっ!」
いつもなら笑って本当の事を話す流れだが、驚かす気がないと分かり、玄華は胸をなで動揺を抑えてから尋ねる。
「女子のはずでは…?」
「私にも分かりません…」
玄枝は眉をひそめ顔を横に振る。玄枝に分からないのであれば調べようがない、玄華は問うのをやめた。
「玄一が男子とわかり〝也〟をつけたと」
「志瑞、也…」
「とても優しく、良い子だと」
「優しく、良い子…」
「玄華様…」
玄華は目頭が熱くなり、千玄の目も潤みだす。
「淋しがり屋で、泣き虫で、家族思いだと」
「淋し…泣き虫… 家族思い…黄怜…」
「今は堪えなさい」
「はっはい…」
玄華と千玄は茶を飲む振りをして涙を拭う。
「あの二人が戻る少し前に、氐宿で山火事がありました」
「まさか…」
玄枝は頷く。
「彼もその内気付くでしょう」
玄華と千玄は「蒼万なら」と目で頷く。
「今はこちらからは動かぬ方がよい」
「いつ…」
「玄華焦りは禁物ですよ、時は必ず訪れます」
「はい、義母上…」
「それとは別に、はっきりは分かりませんが、もしかしたら…」
玄枝が玄華を見ながら頷く。
「では一緒に?」
「玄七が恐らくと」
玄枝は微笑む。
「もう会えないかと思っておりました」
「私もです」
「玄華様!」
三人は微笑み合い、玄枝は茶を一口飲んだ後、口調を変えて言う。
「黄理の体調が優れぬと聞きましたが?」
報告はこれまでと分かり、玄華も普通に答える。
「はい、先程白龍殿へお見舞いに行って参りました。責務は黄虎が手伝っているようです」
「黄一も体が弱かったですが、黄理までとは…」
「顔色も大丈夫でしたので、恐らく責務での疲労かと…」
側室が生んだ子でも玄枝にとっては息子同然、玄華の言葉に安堵するも、言いながら目をわずかに泳がせる玄華に「他に何か気になることでも?」と尋ねる。しかし、玄華は微笑んで取り繕うが、明らかに何かあったのだろう。じらを切らした千玄が、ここぞとばかりに口を挟む。
「九虎様がいらしておりました」
「千玄っ」
玄華を無視して平然と言う。
「何か言われたと思われます」
「千玄やめなさいっ、義母上私は大丈夫ですっ、ご心配なさらぬよう」
「玄華様はお一人で抱え過ぎですっ、玄枝様からもおっしゃって下さい!」
二人はわちゃわちゃと互いを目で訴え口を尖らす。これは今に始まった事ではない。玄枝からしたら、似たもの同士で見ていて面白いのだ。千玄は玄華のためなら、相手を選ばず食ってかかり、玄華はそれを毎回必死で止めるのだ。本来の主人と侍女の役割が、この二人は同等か逆の方が多い。
玄枝は微笑んで言う。
「玄華、千玄の言う通りよ。何を言われたの?」
千玄は「早く話して下さい」と目で玄華に訴える。玄華は「余計なことしないでよっ」と千玄を見ながらも「実は…」黄理の自室での出来事を話した。
「なっ何と、そのようなことを?」
表現力、想像力が共に豊な千玄は、わなわなと憤りを露わにし腕を震わせ、目の前にいれば、怒鳴るか胸ぐらを掴みに行きそうな勢いだ。玄華は心で「だから白龍殿の前で言わなかったのよ」そう思った。
「年々九虎は気性が荒くなっていると、九龍殿の侍女達も話していました。黄虎の婚姻を急ぐ九虎の気持ちも、分からなくはありません…」
玄華がうつむくのを見て、早速千玄が食ってかかる。
「玄枝様っ、それでは言われても仕方ないと?」
「千玄そういう意味ではない。玄華、私の言葉が足りないだけで、お前を責めてはいないのですよ」
「義母上、分かっております…」
玄華は取り敢えず頷きはするが、少しは励ましの言葉がもらえると思っていたのか、期待外れの言葉に表情を曇らせた。
それを見て玄枝が話しだす。
「九虎は、元々正室になりたがっていました。いえ、なれると思っていたでしょう。義父上黄羊は四神家に、自分が継ぐ揺るがない黄龍家を示したがっていたのは、あなた達も知っているでしょ? 当時知らない者はいない程の執着ぶりでした」
玄華と千玄は険しい顔で頷く。
「神力霊力共に高く備わった子孫を求めて、黄星の嫁に私と九虎の名が上がりましたが、五神家集会で玄武家の私が嫁に決まりました。九虎はそれが面白くなかったのでしょう。九虎もまた自分の血を継ぐ、揺るがない黄龍家を望んでいるだけですよ」
玄枝は仕方ないと困った顔で微笑む。
「はい…」
「それに私達の時は、三十迄には皆が婚姻していました。昔に比べて神族の争いがなくなったとはいえ、今の若者は遅いぐらいですよ」
「そうですね」
三人は微笑む。
千玄が不思議そうに尋ねる。
「玄枝様、何故前例のない側室をお取りに?」
少し間を置いて、玄枝は伏し目がちに言う。
「私が… 至らなかったのです…」
「それはどういう…ん?」
千玄の袖を玄華は引っ張りながら言う。
「義母上、私達はそろそろ下がらせていただきます」
「…えぇまたいらしてね、私に会いに来るのは二人ぐらいですから」
そう言って、玄枝は寂しげに笑った。
その夜、玄枝は一人殿を出て、黄龍殿のある陰域へ向かっていた。土の塊に草が生えた小さな盛り上がりの前で、玄枝はしゃがみ、とても優しく慈しむようになでた。
「睦黄、ごめんなさい……」
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