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20.寒の雨

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あっという間に一月が終わり二月に差し掛かる頃、豊高はある生徒と出会う。

「おう、立花」

ドスの効いた低い声、無作法に伸びた黒く長めの前髪の合間からギラギラした目が覗く。猫背だが、背筋を伸ばせば豊高より少し背が高いくらいだろう。
体格は中肉中背といったところか。
不良だろうか、
というのが第一印象であった。
豊高が疑問符を頭いっぱいに並べていると、女子生徒が何人か固まって男子生徒を見つめ、何やら話している。

「なんか、用があんじゃないの?」

豊高は逃れるために、女子生徒たちの方を指差す。
男子生徒が振り返ると、女子生徒たちは黄色い声をあげ、男子生徒が近づくと愛想良く話し始める。
と、突然、女子生徒の顔が引きつる。すーっと、気まずそうに波が去っていった。
何回かそのような場面を目撃し、豊高は首を捻った。顔は取り立て美形でも不細工でもないが、長髪気味な髪とすべすべの肌がぱっと見アイドルグループのような雰囲気を醸し出していた。
豊高が教室に戻ると、あの男子生徒が、教室の一番前の隅の席に背中を丸めて座っていた。
豊高はひっくり返りそうになるほど驚いた。
ホームルームの出席を取る時にはっきりした。
赤松の名前を読み上げられた時、驚きの声を上げたのは、豊高だけでなかった。

観葉植物のようだった赤松の周りには、蝶や蜂のように生徒たちが群がっていた。
赤松は特に愛想を振り撒く訳でもなく淡々と受け答えをしているようだった。
豊高は体躯の太さが変わっただけで、不潔に見えた長い黒髪がファッショナブルになり、陰気な雰囲気がミステリアスなものになったことなど、嫌悪を感じたものが魅力に転じてしまうことに驚いていた。
また、容姿が変わっただけであれほど人の態度が変わることにも、そうなって当然という理解はしていたが、目の当たりにするとやはり衝撃を受けた。

コンピュータ部は、相変わらずだった。赤松の姿を目に留めると、一瞬見向きはするが、すぐノートに目を落とす。良くも悪くも、我を通し我が道を行く人物が多いのだろう、と豊高は少し部員たちを見直した。
赤松も、心なしかほっとしているようだった。

「おーっす、うおっ誰!?」

例外は、存在したが。
戯れに顔を出した元部長に、赤松も豊高もため息を吐いた。

赤松は元来の物静かな性格と愛想のなさから、次第に1人で過ごす時間が多くなった。
しかし、部活動では豊高と話す機会が増えていった。
お疲れ、と声を掛け合うことから始まり、ルーズリーフ等の貸し借りや、試験の予定の確認など会話するようになり、半月もたつといつの間にか一緒に下校するようになった。

赤松はまず、自分が持病を抱えていたことから話し始めた。
腎臓を悪くし、体中が浮腫んでしまった。
冬休みに入る前から新学期に掛けて入院し、手術に成功して登校できるようになったという。
豊高は赤松の容姿に嫌悪感を持ったこと、見かけだけで判断したことを反省した。

赤松はいじめが無かったのは豊高がいたからだろう、と言っていたが、赤松は強い人間だと分かった。
容姿が変わる前も、変わった後も、気取ることも威張ることも奢ることもなかった。変わったのは、周りの反応だけだ。
醜い容姿だった時期、時に笑われつつも、彼は意に介さなかった。彼の中には、他人は他人、自分は自分という一本の太い芯があったのだ。
豊高と一緒にいることが多くなった赤松は、戯れに男子生徒たちに揶揄されたことがある。赤松はその時も、何が悪い?と不思議そうな、だが毅然とした態度を取っていた。
豊高は赤松に尊敬を覚えた。
それから初めて、2人に友情というものが芽生え始めた。

それからまた、時の移り変わりを感じさせる出来事があった。
2月の末日、豊高が部室に行くと、女子生徒に声を出さずに手招きされた。新しく部長になった、大人しそうな女子生徒だった。
何事かと近づくと

「卒業式に渡すから、1年に回してね」

と厚手のビニールでできた手提げ袋を渡された。中を覗くと、色とりどりのイラストで彩られた色紙が入っている。
3年生たちに宛てた、寄せ書きだった。
豊高の心臓が跳ねる。
卒業が、石蕗との別れが刻一刻と迫り来ていた。
「そっか、友達できたんだね。よかったね」

吉野は姉のような優しい眼差しで豊高を見つめる。
豊高と吉野は、駅前の大通りにある、チェーンのドーナツ屋にいた。
窓の外では裸の街路樹の間を寒色のコートを着た人々が行き交いいかにも寒々しいが、店内は蜂蜜色の照明に照らされ陳列棚にはパステルカラーのグレースを纏った春色のドーナツたちが一列を丸ごと占拠している。
店の奥のイートインに、吉野と豊高は向かい合って座っていた。
木のテーブルに食べかけのドーナツと、2つのコーヒーカップが湯気を立てている。それぞれブレンド、カフェオレが入っていた。

豊高は、今日、吉野に呼び出されたのだ。
2人の会話が少し途切れ、ドーナツ店の明るいCMソングが空虚に響く。

「あのね、私、一人暮らしするの」

吉野は、カフェオレのカップを両手で包み込む。

「そういや、合格、おめでとうございます」
「ふふっ、遊びにきてね」
「はい、石蕗先輩も一緒に。1人だとぶっ飛ばされそうです」

豊高は冗談目かして言ったが、吉野の表情は硬くなる。

「アイツは、いいよ」

カチカチと、陶器の鳴る音がする。吉野の手元からだった。震えている。

「別れたの」

吉野は、驚愕する豊高に、こう続けた。

「アイツとは、別れたの」
「は、え・・・なんで・・・」

豊高の混乱する頭に、石蕗の言葉がよぎる。

ーーーーー寂しいからって、付き合っちゃだめだったんだ

「もう、代わりは嫌になったの。
アイツはそう思ってないって分かってたけど、やっぱりどこかで、私は、麻木君の、男の子の代わりなんだって思うと、自分は同性愛者じゃないって思い込んだり周りに示すための存在なんだって思うと、我慢出来なかったの」
「え?吉野先輩は、石蕗先輩のこと知って・・・」

豊高は背中一面に鳥肌が立った。
察してしまったのだ。
石蕗が想いを寄せた男子生徒と交際していたのはーーー
振られたのは、石蕗だけでなかったのだと分かった。

「一緒にいて楽しかったし、大事にされてるって分かってたけど、代わりなんて、そんなこと気のせいって知ってたけど・・・・・
まだ気持ちぐちゃぐちゃ。
なに言ってるかわかんないよね、ごめんね」
「石蕗先輩は・・・なんて?」
「2人で話して、なに言ってるか自分でわかんなくなってきちゃったけど、最後は、
一旦落ち着こうって。距離おこうって。
ヨウコが、好きな奴出来たら、それはそれでいいからって」
「優しいっスね・・・・・」
「そうだよ。ひどいよ。嫌いになれないじゃん」

吉野は、ポロポロと涙を流した。
少し前の自分と痛々しい程似ていた。
苦しみや、誰にも吐き出せない想いを抱え込む姿が自分と重なる。
男女の恋愛でさえ、こんなにも拗れてしまうのか。
自分が女性を好きになれたら、と何度も考えた。しかし、そうなったからといって、必ずしも幸せになれる保証などない。

「別れようって言われて、楽になったけど、すごく悲しくなっちゃった。長くいすぎたんだよね、きっと」
「ホントに、嫌いになったわけじゃないでしょう」

吉野は答えず、袖で何度も涙を拭う。

「だって、2人で居る時は、ホントに・・・・・ホントに・・・」

豊高も、胸が熱くなる。
石蕗の愛情に溢れた眼差しと心地よさそうに寄り添う華奢な吉野は、豊高にとって、幸せの象徴であり希望だった。自分も、そんな風になれたらーーーーー

「私も、悪いの」

吉野の目はウサギのように腫れ、どこか怯えていた。

「立花君のこと、ちょっと気になってる」

豊高は、咄嗟に言葉が返せなかった。

「まだ、好きかどうかも曖昧。どっちみち迷惑だよね、ごめんね」
「迷惑ではないです。いや、ビックリしました、嬉しい・・・・・です」

でも、と豊高は唇を噛み、それ以上何も言えなかった。吉野は無理やり笑みを浮かべ、涙を拭いながらこくこくと頷いた。

「うん、わかってる。大丈夫だよ、ごめんね、ホントに」

吉野はしばらく俯いて肩を震わせていた。少し落ち着くと、まだ流れる涙を拭いながら化粧室に入っていった。

 長い時間が経った。
豊高はドーナツを平らげ、コーヒーをちびちびと消費した。それでも時間を持て余し、コーヒーをお代わりする。
吉野が戻ってくると目は赤く腫れており、泣いたことは明白だった。周りの客や店員がそば耳を立てつつも、見て見ぬ振りをしていたのが救いだった。

「吉野先輩、」

店を出た後、豊高は吉野を呼び止める。
振り返る吉野の、人形のような印象だった白磁の肌に赤みが差し、生気を帯びていた。

「無理、しないでください。なんていうか、幸せ、に、なって欲しい、です」

気障な台詞に引っ込みがつかず、細切れになって飛び出した。吉野はクスリと笑う。

「うん、ありがと」

マフラーにたわむ指通りの良さそうな黒髪が、潤む瞳が、紅色に染まる頬が、人間らしい暖かみを醸し出していた。
美しい少女人形に魂が吹き込まれたようだった。
ただ、スカートの裾からふくらはぎまで晒された細い足が寒々しかった。

「バイバイ」

やがて、彼女は歩き始めた。冬の寒さの厳しい道を。
豊高は立ち止まり、吉野の後ろ姿が町並みに溶け行くまで見つめていた。どうにも足が出ず、どこに行けばいいかも分からない。
すれ違う人々の中に残され、豊高は1人取り残された気分だ。
周りは動き続けている。季節も一つまたいだ。
自分は、立ち止まったままだ。
動けないままだ。
中学3年生の時から。

進みたい。
前に出たい。

豊高は、初めて強く思った。
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