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15.小糠雨

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豊高が教室に飛び込んで来たのは一限目が始まる直前だった。クラスメイトの注目を一斉に浴びたが、息を整えることに精一杯であった。

「す、すいません」

息も絶え絶えにそう言うと、硬直してぽかんと口を開けていた男性教師は戸惑ったように返事をし板書に戻った。
席に着き、少し落ち着くと珍しい生き物を見るような視線がチクチクと突き刺さり、ひそひそと話す声が耳を嬲った。
豊高は、それらが昨日よりも気にならなくなかった。
なぜだろう、と考えた時、楓の顔が思い浮かんだ。優しく微笑む顔に、抱き締められた時の体温。
昨夜の事が脳内で再生されそうになり、顔が熱くなる。それにまた、周囲の生徒たちの口が蠢く。
だが、不思議と嫌な気持ちにはならない。
むしろ落ち着いている。
身体にはまだ楓の腕の感触が残っている。
守られているような、そんな気がしていた。
一限目が終わると移動教室だった。豊高は教室棟の三階にある理科室に向った。

「なー、今日どうして遅刻した?」

廊下を歩いていると、クラスメイトの男子生徒が、2、3人固まって豊高に並んだ。豊高は不愉快な気持ちを隠しきれず、顔をしかめる。

「・・・・・寝坊、した」
「エッチのやり過ぎで?!」

生徒たちはゲラゲラと笑う。豊高はますます眉間の皺を深めた。

「そんな怒んなよ、フツーに聞いてるだけ!」
「んで男と?女と?」

またドッと笑い声が上がる。
豊高は耐えきれず、キッと睨んだ後、早足で教室に向かう。

「あ、おい待てよー」
「立花ー」

男子生徒たちの声が豊高を追いかけるが、豊高は振り返りもしなかった。やがて、後ろから舌打ちや「何だよ、アイツ」と聞こえてきた。心が鉛のように重くなる。早く逃れたくて、歩みは益々早くなる。
そして、理科室から出てきた生徒にぶつかった。

「あ、おう、立花」

顔をあげれば

「センパイ・・・・・」

石蕗が、豊高を見て少し驚いた表情をした。三年生の授業だったようだ。石蕗は突然顔を歪め、

「あのさ、・・・いや、ちょっと来い」

と豊高の手を取り廊下の方へ引っぱっていった。

「え、え?」

豊高はわけが分からず、足をもつれさせながらも追いかける。男子生徒たちともすれ違い、

「え、立花?」
「誰あれ」
「え、もしかしてあれがカレシ?」

との言葉に豊高は焦る。

「ダメですって!手ぇ離してください」
「気にすんな。俺は気にしない」

手を繋いだままどんどん歩いていき、3年生の教室に連れて行かれた。生徒はまだ戻ってきていなかったが、1年生の豊高には足を踏み入れていけない場所のように思え、入るのに躊躇した。教室の中は、青年になる一歩手前の少年の、あるいは女性になりかけた少女たちの匂いが、心無しか濃密に漂っている気がした。
石蕗は扉に背を付けて腕を組む。

「あのさあ、あれじゃ、お前敵作るだけだぞ」

いくらか強い口調だった。豊高は先程の、男子生徒とのやり取りについて話しているのだと分かった。

「アイツら、悪気はないんだよ。ガキなだけ」

豊高は、自分を嫌な思いにさせた男子生徒たちを石蕗が庇っているように感じ、裏切られたような気がした。

「・・・・・嫌なこと言ってるのはわかってるよ」

石蕗は眉を下げる。しかし、豊高は苛立ちが募っていった。

「なんでもいいから、話して見ろよ。嫌だと思ったら言い返してやりゃいい。でも、無視はダメだ。想像とか思いつきでなんか言ってくるから」

石蕗の口調は、子どもを嗜めるように穏やかだった。だが、豊高には自分が責められているようにしか思えず、なぜ、自分ばかりという思いが込み上げる。

「お前、周りみんな敵だと思ってるだろ」

石蕗の言葉に、胸を射抜かれる。怒りは打ち砕かれた。だが、胸にもやもやした物が残った。
石蕗ははあ、と溜息を吐いた。幻滅されたのだろうか、と豊高は不安になる。

「案外、敵なんてそんなにいないかもしんねぇぜ?」

豊高は俯き、むっつりと黙り込んでいた。
石蕗が言っていることは理解でき、また正しいとも思えた。ただ、納得ができなかったのだ。
石蕗は少し表情を緩め、口元に笑みを浮かべる。

「まあ、でも嫌な思いはしたよな。いきなりごめんな?」

その気持ちをすくい上げて貰えたことで、石蕗の言葉がすとんと豊高の中に落ちていった。自分にも省みる点があったのだと素直に反省する。
豊高はこくりと頷いた。石蕗が、自分を見ていてくれたことに、豊高の為を思って話してくれたことに胸が震えた。

「がんばれよ」
「はい・・・・・・」
「強くなれよ」
「はい・・・・・・」

豊高は、声が出なかった。胸がいっぱいになり目が熱い。昨晩から涙腺は壊れっぱなしなんじゃないかと豊高は頭の隅で思った。
途端、全身を硬い何かで圧迫される。徐々にじんわりと全身にぬくもりが広がる。石蕗に抱きしめられていると分かった瞬間、豊高は意識が飛びそうだった。
石蕗は乱暴に豊高の頭をくしゃくしゃと撫で胸に押し付ける。石蕗の制服に涙が吸い込まれて行った。
当然石蕗の学生服に跡が付くが、

「よし、行ってこい!」

と二カッと歯を見せて笑い、豊高の背中を押し出す。

「はいっ、ありがとうございます」

豊高ははっきりと言い、理科室に戻る。
顔を上げ、しっかりした足取りで。
教室に戻れば、先程の男子生徒たちが

「あのさ、あのデカイセンパイがカレシ?」

とニヤニヤしながら訪ねた。豊高はムッとしながらも

「違う・・・・・」

と答える。

「さっき手ぇ繋いでなかった?」
「もしかしてさっき」
「・・・・・センパイ、カノジョいるから」

男子生徒たちは目を丸くし、口をつぐんだ。そば耳を立てていたと思われる女子生徒たちは吹き出す。
それを見てますますバツが悪そうにする。
そして教室のドアが開き、白衣を着た男性教諭が入ってくる。同時に、男子生徒たちはそそくさと自分たちの席に戻っていった。
豊高はこれ以上ないほど、胸がすーっとしていた。

「気ぃつけろよ」

ぼそりと、背後から言われた。
振り向くと、陰気な雰囲気の男子生徒が背中を丸めて座っていた。浮腫んだ顔はニキビだらけで髪はべたついている。

「仕返しは、やり返される・・・・」

ボソボソと呟く様に鳥肌が立つ。
生理的な嫌悪感でも、清潔感のなさからでもない。
ーーーーーホント、気持ち悪い
部室で聞こえた声と、同じ声だった。
豊高は、自分が小さく震えていることに気づいた。

「部活、最近来てるよな・・・」

豊高はあ、うん、と乾いた声で返事をする。

「俺の事知らなかったのか?」

厚い瞼から覗く小さな瞳は油を塗ったようにギラギラとしており、膨れた唇がニヤリとめくれ上がる。
豊高はぞっとし、「授業、始まるから」と前に向き直る。
授業中、ずっと背中に視線が張り付いている気がしていた。気にし過ぎだとノートに向かうが、下を向くと

「うなじ白いな・・・・・」

とのねっとりした声に鳥肌が立った。
ーーーー敵なんてそんなにいないかもしんねぇぜ?
豊高は石蕗の言葉を思い出し、自分を奮い立たせると同時に戒める。
そうだ、敵だと思っているのは、自分だけかも知れない。
豊高は視姦される背中を、鳥肌を立てながらもピンと張った。
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