WALKMAN 3rd

SF

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後日談②

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AM10時。
そろそろユウジが来る頃だ。
部屋の掃除機もかけたし、ギターのメンテもした。アコースティックギターの弦を弾けば規則正しくコードが鳴る。
指をほぐす為に電子ピアノで何曲か弾いているうちに、インターホンが鳴りドキリとする。
今日は平日で、姪っ子のカホは小学校に行っている。つまり、2人きりになるから尚更だ。
早足になるのを抑えながら玄関に向かって、一呼吸置いてから扉を開けた。

「久しぶり」

笑うユウジにこっちの顔も綻ぶ。転勤してから何年か経ったけど、ユウジの色素の薄い髪も目も雰囲気も何もかも変わっていない。
ユウジはユウジで

「お前、全然変わんねえよな」

って会うたびに言ってくるけど。
ユウジは「ただいま」って言いながら家に上がる。それから姉ちゃんの遺影の前で手を合わせた。こっちに来て1番にすることはこれだ。まだ姉ちゃんがいいのかよ。完全に尻に敷かれてたくせに。他の女の気配がないから、そこはほっとしているけど。

「ユウジ、」

後ろから肩を叩いたら、やたらビクッとしてこっちを見た。

「なんだよ、急に触んな」
「は?・・・まあいいや。やる?」
「何をだよ」
「セッション」
「ああ・・・やる」

ちょっと強張ってたユウジの顔が生き生きし始めた。ギターを仕舞ってある寝室に機嫌よく入って行った。
そういやあったな。変わったとこが。なんか2人きりになるとそわそわし出したり、声かけたりするとさっきみたいにビクッとしたり。

「ハジメ、これ何」

寝室から聞こえてきた。そっちに行けば、ダンボールいっぱいの楽譜の本とかカセットテープとかCDとかをユウジが床に並べていた。
そういやユウジとバンドやってた時の道具を出してたんだっけ。作りかけて溜めていた曲の楽譜なんかもある。めんどくさくて中身はまだ見てないけど。
ユウジは今日、またバンド活動を始める為の打ち合わせに来たのだ。

「なんか使えるのないかなって」
「うわ、懐かしい。お前よくとっといたな」
「いや、取っといたのは姉ちゃん」
「・・・そっか」

ユウジは愛おしそうに目を細めて、カセットテープを手に取ってまじまじと見つめていた。ユウジの視線の先には姉ちゃんが映っていそうな気がして、少し胸が締めつけられる。
それでもその優しい目から視線が離せなくて隣に腰を下ろす。
ユウジの肩がまた少し跳ねる。それから

「せっかくだから聴いてみるか」

って立ち上がり押し入れを開ける。しばらく漁って、埃まみれのデッキを出してきた。
電源コードを繋いでCDを入れる。
キュルキュルと回る音がして、やがてギターのイントロとユウジの歌が流れ出す。

「うわっ、声若っ」

ユウジは笑い混じりに言う。
曲はオリジナルのロックバラードだ。ベースとドラムが規則正しい足音のようにリズムを刻んで、遠くで星が瞬くような繊細なピアノのアルペジオが響いて、その間をギターが気ままに歌う。
夜の道を歩きながら取り止めのない思いを唄うようなイメージが浮かんだ。
これ割と最近のやつじゃないか?ちょうどバンド活動を終わりかけた時のやつ。
音もクリアだし物販に出してもおかしくないと思うんだけど、なんでこんなとこに仕舞い込んであったんだろ。
ユウジをちらりと見れば、驚いたように目をパチクリさせる。

「んだよ、なんか文句あるなら言えよ」

ユウジは目をあちこちに彷徨わせながらいや、とかなんか、とかもごもご言いつつ、

「なんか、近くね?」

とのたまった。

「は?」
「いや、だってさ、前はこんなに俺にベタベタしてこなかったじゃん」
「そうか?」
「そうだって!勝手に触ってきたりさ、今だってこんな隣に座ってくるとかなかったじゃねえか。
なんかこう、むず痒い感じがするっていうかさ」
「ふうん」

確かに、前はあんまり近づきすぎると我慢できなくなりそうで、距離を取りがちだった気がする。きっぱりフラれた今では気にしちゃいないけど。
まあユウジはノンケだしな。やめといた方がよさそうだ。

「そっか。ごめん」

立ち上がろうとすると、手を掴まれた。

「いや、別に、嫌だとかじゃ、ないんだけど・・・」

足元がぐらりと揺れた気がした。不意打ちとか反則だ。
すとんとユウジの横に座る。ユウジは照れ臭そうに目を眇めているけど手はそのままだ。
心臓の音が煩くなってきて音楽のボリュームを上げた。ユウジも同じこと考えていたみたいで、手をつまみに伸ばしかけていたけど引っ込めた。

「ユウジ、」

呼べばすぐこっちを向いた。身を乗り出して顔を覗き込む。ユウジの両の目に俺の顔が映った。それでもユウジの顔は逃げない。息を止めて唇をーーー

『あああぁぁぁぁごめん!なんか変なボタン押しちゃったぁぁぁ!!』

騒がしい声がデッキから飛び出してきてギョッとした。

『ハジメちゃん、ユウジ、ちょっと来てえぇぇ』
『は?・・・・・大丈夫だって。なんともなってないし』
『オイ早く止めろって!録ってる!』
『え、あ、ごめん!』
『いじらなくていいから!むしろやめて!』
『焦らなくていいからゆっくりやんな。どっちみち録り直しだろ』
『いいよ、俺やるから』

そこで録音はプツリと途切れた。
ユウジと顔を見合わせる。

「これ、姉ちゃん・・・だよな」
「うん、ユカリの声だな」

こんなのあったんだ、ってユウジは笑みを溢した。心なしか目が潤んでいる。
だからこんなとこに仕舞い込んであったのか。
泣かせるじゃねえか姉ちゃん。色んな意味で。
まさか姉ちゃんに邪魔されるなんて思わなかった。簡単には渡さないよって言われている気分だ。
結局ユウジは2、3曲演っただけで帰ってしまった。早くカホにも聞かせてやりたいってさ。
でも書きかけの楽譜も山程持って、

「また来るよ」

って笑ってた。ワクワクしてしょうがないって顔して。
実際新曲が書けたとかでひと月後にまた家に転がり込んでくるんだけど、今度はCDも家に置いていった楽譜も全部チェックしておいたことは言うまでもない。


end
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