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Trac04 Bring Me To Live/エヴァネッセンス 前編
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『ーーーー私を生き返らせて』
Bring Me To Live/エヴァネッセンス
ーーーーーーーーー
楽器店でのバイトが終わった後、制服の黒いエプロンを脱いだ途端Queenの「I was born to love」の着メロが鳴った。ユウジからだ。もう最初の一音で分かるようになって、ワンコールで耳に当てる。
「何?」
『悪い。カホ預かってくれ。会社に戻らなきゃいけなくなった』
「俺も店長にちょっと残って欲しいって言われてんだけど」
『マジか。どうすっかな』
しばらく2人して唸ってたけど、ロッカールームの外から店長に呼ばれた。スマホの向こうからも同じタイミングで声が聞こえた。
え、もう来てんの?上着に袖を通しながら店に出る。
スーツ姿の息を切らせたユウジと、保育園の水色のスモックを着たカホが手を繋いでいた。シティーハンターに出てくる元傭兵みてえなスキンヘッドのいかついおっさん、もとい店長と話している。
店長は俺に気づくと
「ハジメ、メシ食いに行こうぜ。カホちゃんとちょっと待ってろ」
と店の奥に引っ込んでった。ユウジはユウジで後は頼んだ、と慌ただしく店を出て行った。
カホは俺を見上げて不安そうにギュッと手を握ってくる。こういう時気の利いたことなんか言えないしガキと遊ぶ方法もろくに知らない。
「ピアノ弾くか?」
「うん!」
カホはパッと表情を明るくする。
試奏用の電子ピアノのとこまで連れてってやると、片手だけだけど一丁前にキラキラ星を弾いてた。
「カホすごい?!」
星が零れるようなキラキラした目で振り向く。
すごいすごい、ってめちゃくちゃ棒読みで言ってやれば保育園の発表会で弾いたとか自慢げに話していた。
「すげえなあ、もう弾けるようになったのか」
着替えて出てきた店長がそう言えば、カホは
「だってお姉さんになるんだもん」
て得意そうに胸をそらす。店長はデッケエ身体を縮めてしゃがんで、カホに目線を合わせる。
「よし、おじちゃん達とご飯食べに行こうか」
「ハジメちゃんは?」
「行くよ」
やったあ、と万歳するカホの横から、P¡nkみてえな金髪の女が割り込んできた。同じバイトのアリサだ。
「私も一緒に行っていいですか?お腹すいちゃって」
店長は二つ返事でOKを出した。ぞろぞろと連れ立ってファミレスに向かった。
「図々しいヤツ」
アリサは俺の呟きをしっかり拾って小声で囁く。
「バカ。あんた達だけだと捕まるわよ」
確かに俺は父親にしちゃ若すぎるし店長は黒いジャンパーにジーンズにサングラスと怪しさ全開な格好だ。これにカホが挟まれてりゃ周りの連中は通報するかどうか迷うところだな。
パンクな女が加わったところでマシになるかどうかわかんないけど。アリサもスタッズの大量についた黒のジャケット、タイトなダメージジーンズにレースアップブーツと中々攻めた格好だ。
けど、アリサは見たことねえくらいニコニコしながらカホに話しかけている。人懐こいカホはもうアリサと手を繋いでいた。
「ヤバイ、カホちゃんかわいい」
ファミレスのテーブル席につくなりアリサは真顔で言った。店長とカホはメニュー表と睨めっこしている。
「お前そんな子ども好きだったっけ」
「それほどでもないけど、とにかくかわいいんだもん。アンタもユウジさんもメロメロになるはずね」
「俺はそういうのじゃねえよ」
「はいはい、ユウジさんの為なんでしょ」
全部バレてる。これ以上突かれるのはごめんだ。俺もメニュー表を引き寄せた。
「ユウジもなあ、もう少し上手くやれりゃなあ」
店長は溜息を吐く。
「俺には子どもがいねえから何とも言えねえが、・・・ハジメはよくやってるよ」
カホの顔をチラッと見ながら言った。たぶん、ユウジを悪く言わないように気を使っている。ていうか急に褒められてビックリした。
「ボタン押していい?」
カホがそわそわと呼び出しボタンに手をかける。
「ちょっと待ってな、お前ら決まったか?」
店長の呼びかけに俺とアリサが肯定の返事をすると、カホが嬉々としてボタンを押す。混んでいなかったからすぐに店員が来た。メニューを頼んだ後、店長が俺に真っ直ぐ向き直った。
「ハジメ、お前社員になる気はねえか」
ここに鏡があったらポカンと口を開いた俺の間抜け面が映っていたと思う。
考えたこともなかった。いつも頭ん中は音楽とユウジとセックスのことだけでいっぱいだったから。
「やれば?どうせやりたい事ないんでしょ」
アリサがカホとデザートを選びながら口を挟む。完全に他人事かよ。
でもまあその通りだ。だけど、そうなったら今までみたいに好き勝手できなくなるんだろうな。
こうやって急にカホの面倒を押し付けられる事もあるし。カホをじっと見ていたら、アリサがカホを連れてドリンクバーに飲み物を取りに行った。それを見計らって店長も口を開く。
「で、どうすんだハジメ」
「今は無理かな。カホの事もあるし」
「んなもんユウジに押し付けとけ」
「ここら辺じゃ預けられるとこないってさ」
「じゃあ引っ越せっつっとけ」
「それは嫌だ」
ヤバイ。口が滑った。会話が途切れてしまって、俺も飲み物取って来るって言いながら立ち上がった。
「お前なあ、ユウジはやめとけ」
店長は溜息を吐いた。サングラスの向こうからでも見透かすように俺の顔を見上げる。
「お前いっつもユウジの話ばっかしてんじゃねえか」
これはバレてる。諦めて腰を下ろした。
「俺にどうしろってんだよ」
さっさと告って振られろとか、腹括っとけとか、外野は好き勝手言いやがる。
別にいいじゃねえか、俺がこれでいいって思ってんなら。好きにやらせろ。
冷たい水を胃に流し込んだ。少しは頭が冷えるかと思ったけどますます苛つきが募る。
「だから、正社員やれっつってんだよ」
「だからカホが」
「いくらユウジの機嫌取ったって無駄だ」
プツリと何かが切れたような音がした。
苛つきが嘘みたいに消えていって、背筋がヒヤリとする。
無駄って。じゃあ俺が今までやってきたことは何だったんだ。それに別にユウジの機嫌が取りたかったわけじゃない。カホの面倒を見るのも心底嫌って訳でもない。
ユウジは、俺だけ頼っておけばいいんだ。
それに告ったとこで何になるんだ。そもそもユウジはノンケだし、その言葉を信用するかどうかも微妙なところだ。日頃の行いが悪すぎる。
「それで、どうするんだ」
「・・・今のままでいい」
正直もうほっといて欲しくて捨て鉢に返事した。
これだから他人にユウジの話をされるのは嫌なんだ。自分でもびっくりするくらい感情のコントロールが効かなくなるし、やっぱ駄目なんだろうなって自覚させられる。
店長はそうか、って言ったっきり黙ってしまった。
腕を組んだまま俺をじっと見て、あのな、と口を開きかけたところでカホとアリサが戻ってきた。
アリサは手際良く店長と俺にウーロン茶と手拭きを差し出す。カホは機嫌良くオレンジジュースを飲んでいた。
「返事は待ってやるよ、考えとけ」
そう言って店長はウーロン茶のグラスを傾けた。
カホとアリサがしっかりパフェまで食っていったけど、ユウジから飯代貰ったっつって店長は奢ってくれた。
アリサはカホにすっかりヤられたみたいで、
「アリサちゃんバイバイ」
てニコニコしながら手を振られて悶えてた。
店長に礼を言って、カホと手を繋いで家に向かう。
帰ってからは風呂に着替えに歯磨きにと怒涛の時間だ。一通り1人でできるようになったものの、目を離すとすぐ遊び始めやがる。
布団の中に入る頃にはクタクタになってた。
まだ帰って来ねえのかよユウジのヤツ。てかカホはなんでこんな元気なんだよ。誰々ちゃんがどうだったとか保育園で何したとかずーっと喋ってやがる。
「うっせえ、いいから寝ろ」
「わかった!」
それでね、とまたお喋りが始まった。付き合っていられなくて、スマホを手に取るとダメ!と画面を伏せてくる。イラッとしたけど我慢して、無心になって相槌を打ちつつ聞き流していた。
ふと目を覚ますと、カホは隣で寝ていた。俺も一緒に寝ていたらしい。やれやれとスマホで時間を確認すればもう日付を超えている。リビングから音がした。
ユウジだ。
目が覚めて、リビングに向かう。明るさが目に染みて瞬きしながら見渡せば、ユウジが電子レンジからなんか取り出しているところだった。ジャージに着替えているから風呂に入ったらしい。
「おかえり」
「おう、悪かったな。先輩、何だって?」
店長はユウジの大学の先輩で、バンドのメンバーだった。
「社員やんねえかって」
ユウジはやたら嬉しそうによかったじゃんって言ったけど、断ったっつったらすげえビックリしてた。
「なんでだよ、お前みたいなヤツにそこまで言ってくれるとこなんて早々ねえだろ」
「・・・カホはどうすんだよ」
ユウジはハッとして、悪かったな、と気まずそうに目を逸らした。
「でもさ、もう、気にしなくていいから」
ユウジは眉を下げて、少し寂しそうな顔をする。なんだか、胸が騒ついた。それから
ーーー転勤するから
って言葉が、やけに遠くで聞こえた気がした。
「は?マジで?」
「そうだよ。カホと俺が家出るから、後は好きに使えばいい。あ、変な男連れ込むなよ」
何ヘラヘラ笑ってんだよ。
家を出るって?好きにしろって?今まで誰のためにーーー
ユウジは箸や茶碗を机に並べながら、引き継ぎとかでバタバタしているだの、それでしばらく帰りが遅くなるだの言ってたけど、ほとんど頭に入ってこなかった。
なんか頭の中に色んな考えがいっぺんに浮かんで、ぐちゃぐちゃになって、ついポロっと
「俺を置いてくの?」
って情けねえことを言ってた。ユウジは目を丸くする。
「置いてくって、お前俺たちに付いてくるつもりだったのか?」
溜息が出た。やっぱり俺は部外者なんだな。ユウジにとって、本当に大事なモンはカホと姉ちゃんだけなんだ。昔から。分っちゃいたけど、本人から示されるとな。
ユウジはまだ何か言おうとしてたけど、もう寝るって寝室に戻った。
カホが布団のど真ん中でなんにも知らない顔で寝息をたてていた。蹴り飛ばしてやろうかとも思ったけど、そっと身体を浮かせて退かして布団を掛けてやった。こんなこともあと少しか。
そう思ったらなんだか名残惜しくなって、ユウジが帰ってくる前のように隣で寝てやった。
次の日、店に行くとロッカー室に行く途中で店長と鉢合わせた。蛍光灯が灰色の廊下に大きな陰を作る。店長は巨躯のてっぺんから何か言いたげに俺に目線を送ってきた。
たぶん返事待ちなんだろうけど、まだもやもやしていて、考えがまとまなくて、挨拶だけしてスルーした。でも、すれ違い様に
「ユウジ、引っ越すんだってな」
って言葉に引き止められた。
「忙しそうだな、カホちゃんまた預かって欲しいってさ」
「そ」
じゃあ今日はピアノはお預けだな。ユウジもギターを弾く暇がなさそうだ。最後にユウジと演ったのいつだっけ。
あのなあ、と店長はスキンヘッドをなでつける。
「ユウジ離れしろよ、いい加減」
「なんだそれ」
「ユウジだって、お前のこと何だかんだ考えてんだよ。付き合いが長えからな。俺達にとっちゃ、弟みたいなもんだ」
「それじゃ嫌だ」
「付き合うっつっても義理の兄貴と弟だろ?」
「付き合う気はない。ノンケだし。無理だろ普通に考えて」
分かってんだよ、そんなこと。
でもユウジと離れて暮らしたら、疎遠になるのが目に見えている。カホがいなけりゃ俺とユウジは赤の他人だ。だから、せめて好きにやらせろ。
じっと睨んでやったら、店長はため息だけ残して店頭に出て行った。
Bring Me To Live/エヴァネッセンス
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楽器店でのバイトが終わった後、制服の黒いエプロンを脱いだ途端Queenの「I was born to love」の着メロが鳴った。ユウジからだ。もう最初の一音で分かるようになって、ワンコールで耳に当てる。
「何?」
『悪い。カホ預かってくれ。会社に戻らなきゃいけなくなった』
「俺も店長にちょっと残って欲しいって言われてんだけど」
『マジか。どうすっかな』
しばらく2人して唸ってたけど、ロッカールームの外から店長に呼ばれた。スマホの向こうからも同じタイミングで声が聞こえた。
え、もう来てんの?上着に袖を通しながら店に出る。
スーツ姿の息を切らせたユウジと、保育園の水色のスモックを着たカホが手を繋いでいた。シティーハンターに出てくる元傭兵みてえなスキンヘッドのいかついおっさん、もとい店長と話している。
店長は俺に気づくと
「ハジメ、メシ食いに行こうぜ。カホちゃんとちょっと待ってろ」
と店の奥に引っ込んでった。ユウジはユウジで後は頼んだ、と慌ただしく店を出て行った。
カホは俺を見上げて不安そうにギュッと手を握ってくる。こういう時気の利いたことなんか言えないしガキと遊ぶ方法もろくに知らない。
「ピアノ弾くか?」
「うん!」
カホはパッと表情を明るくする。
試奏用の電子ピアノのとこまで連れてってやると、片手だけだけど一丁前にキラキラ星を弾いてた。
「カホすごい?!」
星が零れるようなキラキラした目で振り向く。
すごいすごい、ってめちゃくちゃ棒読みで言ってやれば保育園の発表会で弾いたとか自慢げに話していた。
「すげえなあ、もう弾けるようになったのか」
着替えて出てきた店長がそう言えば、カホは
「だってお姉さんになるんだもん」
て得意そうに胸をそらす。店長はデッケエ身体を縮めてしゃがんで、カホに目線を合わせる。
「よし、おじちゃん達とご飯食べに行こうか」
「ハジメちゃんは?」
「行くよ」
やったあ、と万歳するカホの横から、P¡nkみてえな金髪の女が割り込んできた。同じバイトのアリサだ。
「私も一緒に行っていいですか?お腹すいちゃって」
店長は二つ返事でOKを出した。ぞろぞろと連れ立ってファミレスに向かった。
「図々しいヤツ」
アリサは俺の呟きをしっかり拾って小声で囁く。
「バカ。あんた達だけだと捕まるわよ」
確かに俺は父親にしちゃ若すぎるし店長は黒いジャンパーにジーンズにサングラスと怪しさ全開な格好だ。これにカホが挟まれてりゃ周りの連中は通報するかどうか迷うところだな。
パンクな女が加わったところでマシになるかどうかわかんないけど。アリサもスタッズの大量についた黒のジャケット、タイトなダメージジーンズにレースアップブーツと中々攻めた格好だ。
けど、アリサは見たことねえくらいニコニコしながらカホに話しかけている。人懐こいカホはもうアリサと手を繋いでいた。
「ヤバイ、カホちゃんかわいい」
ファミレスのテーブル席につくなりアリサは真顔で言った。店長とカホはメニュー表と睨めっこしている。
「お前そんな子ども好きだったっけ」
「それほどでもないけど、とにかくかわいいんだもん。アンタもユウジさんもメロメロになるはずね」
「俺はそういうのじゃねえよ」
「はいはい、ユウジさんの為なんでしょ」
全部バレてる。これ以上突かれるのはごめんだ。俺もメニュー表を引き寄せた。
「ユウジもなあ、もう少し上手くやれりゃなあ」
店長は溜息を吐く。
「俺には子どもがいねえから何とも言えねえが、・・・ハジメはよくやってるよ」
カホの顔をチラッと見ながら言った。たぶん、ユウジを悪く言わないように気を使っている。ていうか急に褒められてビックリした。
「ボタン押していい?」
カホがそわそわと呼び出しボタンに手をかける。
「ちょっと待ってな、お前ら決まったか?」
店長の呼びかけに俺とアリサが肯定の返事をすると、カホが嬉々としてボタンを押す。混んでいなかったからすぐに店員が来た。メニューを頼んだ後、店長が俺に真っ直ぐ向き直った。
「ハジメ、お前社員になる気はねえか」
ここに鏡があったらポカンと口を開いた俺の間抜け面が映っていたと思う。
考えたこともなかった。いつも頭ん中は音楽とユウジとセックスのことだけでいっぱいだったから。
「やれば?どうせやりたい事ないんでしょ」
アリサがカホとデザートを選びながら口を挟む。完全に他人事かよ。
でもまあその通りだ。だけど、そうなったら今までみたいに好き勝手できなくなるんだろうな。
こうやって急にカホの面倒を押し付けられる事もあるし。カホをじっと見ていたら、アリサがカホを連れてドリンクバーに飲み物を取りに行った。それを見計らって店長も口を開く。
「で、どうすんだハジメ」
「今は無理かな。カホの事もあるし」
「んなもんユウジに押し付けとけ」
「ここら辺じゃ預けられるとこないってさ」
「じゃあ引っ越せっつっとけ」
「それは嫌だ」
ヤバイ。口が滑った。会話が途切れてしまって、俺も飲み物取って来るって言いながら立ち上がった。
「お前なあ、ユウジはやめとけ」
店長は溜息を吐いた。サングラスの向こうからでも見透かすように俺の顔を見上げる。
「お前いっつもユウジの話ばっかしてんじゃねえか」
これはバレてる。諦めて腰を下ろした。
「俺にどうしろってんだよ」
さっさと告って振られろとか、腹括っとけとか、外野は好き勝手言いやがる。
別にいいじゃねえか、俺がこれでいいって思ってんなら。好きにやらせろ。
冷たい水を胃に流し込んだ。少しは頭が冷えるかと思ったけどますます苛つきが募る。
「だから、正社員やれっつってんだよ」
「だからカホが」
「いくらユウジの機嫌取ったって無駄だ」
プツリと何かが切れたような音がした。
苛つきが嘘みたいに消えていって、背筋がヒヤリとする。
無駄って。じゃあ俺が今までやってきたことは何だったんだ。それに別にユウジの機嫌が取りたかったわけじゃない。カホの面倒を見るのも心底嫌って訳でもない。
ユウジは、俺だけ頼っておけばいいんだ。
それに告ったとこで何になるんだ。そもそもユウジはノンケだし、その言葉を信用するかどうかも微妙なところだ。日頃の行いが悪すぎる。
「それで、どうするんだ」
「・・・今のままでいい」
正直もうほっといて欲しくて捨て鉢に返事した。
これだから他人にユウジの話をされるのは嫌なんだ。自分でもびっくりするくらい感情のコントロールが効かなくなるし、やっぱ駄目なんだろうなって自覚させられる。
店長はそうか、って言ったっきり黙ってしまった。
腕を組んだまま俺をじっと見て、あのな、と口を開きかけたところでカホとアリサが戻ってきた。
アリサは手際良く店長と俺にウーロン茶と手拭きを差し出す。カホは機嫌良くオレンジジュースを飲んでいた。
「返事は待ってやるよ、考えとけ」
そう言って店長はウーロン茶のグラスを傾けた。
カホとアリサがしっかりパフェまで食っていったけど、ユウジから飯代貰ったっつって店長は奢ってくれた。
アリサはカホにすっかりヤられたみたいで、
「アリサちゃんバイバイ」
てニコニコしながら手を振られて悶えてた。
店長に礼を言って、カホと手を繋いで家に向かう。
帰ってからは風呂に着替えに歯磨きにと怒涛の時間だ。一通り1人でできるようになったものの、目を離すとすぐ遊び始めやがる。
布団の中に入る頃にはクタクタになってた。
まだ帰って来ねえのかよユウジのヤツ。てかカホはなんでこんな元気なんだよ。誰々ちゃんがどうだったとか保育園で何したとかずーっと喋ってやがる。
「うっせえ、いいから寝ろ」
「わかった!」
それでね、とまたお喋りが始まった。付き合っていられなくて、スマホを手に取るとダメ!と画面を伏せてくる。イラッとしたけど我慢して、無心になって相槌を打ちつつ聞き流していた。
ふと目を覚ますと、カホは隣で寝ていた。俺も一緒に寝ていたらしい。やれやれとスマホで時間を確認すればもう日付を超えている。リビングから音がした。
ユウジだ。
目が覚めて、リビングに向かう。明るさが目に染みて瞬きしながら見渡せば、ユウジが電子レンジからなんか取り出しているところだった。ジャージに着替えているから風呂に入ったらしい。
「おかえり」
「おう、悪かったな。先輩、何だって?」
店長はユウジの大学の先輩で、バンドのメンバーだった。
「社員やんねえかって」
ユウジはやたら嬉しそうによかったじゃんって言ったけど、断ったっつったらすげえビックリしてた。
「なんでだよ、お前みたいなヤツにそこまで言ってくれるとこなんて早々ねえだろ」
「・・・カホはどうすんだよ」
ユウジはハッとして、悪かったな、と気まずそうに目を逸らした。
「でもさ、もう、気にしなくていいから」
ユウジは眉を下げて、少し寂しそうな顔をする。なんだか、胸が騒ついた。それから
ーーー転勤するから
って言葉が、やけに遠くで聞こえた気がした。
「は?マジで?」
「そうだよ。カホと俺が家出るから、後は好きに使えばいい。あ、変な男連れ込むなよ」
何ヘラヘラ笑ってんだよ。
家を出るって?好きにしろって?今まで誰のためにーーー
ユウジは箸や茶碗を机に並べながら、引き継ぎとかでバタバタしているだの、それでしばらく帰りが遅くなるだの言ってたけど、ほとんど頭に入ってこなかった。
なんか頭の中に色んな考えがいっぺんに浮かんで、ぐちゃぐちゃになって、ついポロっと
「俺を置いてくの?」
って情けねえことを言ってた。ユウジは目を丸くする。
「置いてくって、お前俺たちに付いてくるつもりだったのか?」
溜息が出た。やっぱり俺は部外者なんだな。ユウジにとって、本当に大事なモンはカホと姉ちゃんだけなんだ。昔から。分っちゃいたけど、本人から示されるとな。
ユウジはまだ何か言おうとしてたけど、もう寝るって寝室に戻った。
カホが布団のど真ん中でなんにも知らない顔で寝息をたてていた。蹴り飛ばしてやろうかとも思ったけど、そっと身体を浮かせて退かして布団を掛けてやった。こんなこともあと少しか。
そう思ったらなんだか名残惜しくなって、ユウジが帰ってくる前のように隣で寝てやった。
次の日、店に行くとロッカー室に行く途中で店長と鉢合わせた。蛍光灯が灰色の廊下に大きな陰を作る。店長は巨躯のてっぺんから何か言いたげに俺に目線を送ってきた。
たぶん返事待ちなんだろうけど、まだもやもやしていて、考えがまとまなくて、挨拶だけしてスルーした。でも、すれ違い様に
「ユウジ、引っ越すんだってな」
って言葉に引き止められた。
「忙しそうだな、カホちゃんまた預かって欲しいってさ」
「そ」
じゃあ今日はピアノはお預けだな。ユウジもギターを弾く暇がなさそうだ。最後にユウジと演ったのいつだっけ。
あのなあ、と店長はスキンヘッドをなでつける。
「ユウジ離れしろよ、いい加減」
「なんだそれ」
「ユウジだって、お前のこと何だかんだ考えてんだよ。付き合いが長えからな。俺達にとっちゃ、弟みたいなもんだ」
「それじゃ嫌だ」
「付き合うっつっても義理の兄貴と弟だろ?」
「付き合う気はない。ノンケだし。無理だろ普通に考えて」
分かってんだよ、そんなこと。
でもユウジと離れて暮らしたら、疎遠になるのが目に見えている。カホがいなけりゃ俺とユウジは赤の他人だ。だから、せめて好きにやらせろ。
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