さらば横浜チャイナタウン

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バレンタイン番外編 情人节快乐!②

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なんで镰木里リェン・ムウリーが俺に執着するのかさっぱりわからない。あの女から依頼が来て、そう零せば木里は

「だってワンちゃんカッコいいモン」

だそうだ。
整った顔立ちをしている、とクラブのキャストに評判がいいらしい。知るか。
だいたい仕事の内容がコロコロ変わるからこの女からの依頼は受けたくない。今日だってホテルで働いて欲しいと言われ、用心棒の仕事かと思いきやキャストの制服を渡された。俺の確認不足でもあるが、報酬も仕事もぶん投げて帰ってやろうかと思った。ベニヒコが雇い主を質問攻めにするわけだ。
どうしたものか。接客業なんてやったことがない。
一抹の不安を覚えながらウイングカラーシャツと黒い腰巻きエプロンに着替えた。野暮ったいからと前髪を後ろで括ってハーフアップにされる。首輪や眼鏡まで外された。
シャツの腕を肘まで捲っていると

「ハーイこっち向いてー」

木里の方に振り向けば、シャッター音とともにスマートフォンが光る。
嫌な予感に顔が引き攣る。木里はスマートフォンの画面をスワイプしたりタップしたりして何やら作業をしていた。

「何してるんですか」
「ンフフフ。かっこよく撮れてるヨー」

木里が画面を見せてくる。新人のスタッフが入ったとSNSのページに自分の顔が載せられていて、怒りを通り越して目眩を覚えた。

SNSの効果というものは馬鹿にできないと身をもって知った。その日のうちにスマホを片手にやってくる女たちが現れたのだから。
小鳥の雛みてえにうるさく囀るのをなんとか聞き取れば、台湾からやってきた旅行者らしい。広東語で適当にあしらい注文を取る。スマホを向けてくるが撮影は断った。
そうやって1日に1組はSNSを見たとか言ってやってくる。
木里はご機嫌だった。

「助かっちゃった。バレンタインの時期はお客さん来なくてネー」

なんてほざいていた。俺は客寄せパンダか。
酒の作り方なんて一つも知らない。聞いても見て覚えろで終わりだ。スマホで作り方を調べて、あとはスタッフのみよう見真似で客に出していた。今のところ誰からも文句は言われてない。
なんとか誤魔化しながら1週間ほど経った。客はあまり増えないが減りもしない。ニコリともしないのにオーダーが俺に集中するのはなぜなのか。正直言って誰かにひっきりなしに話しかけられるのは神経をすり減らす。ごく稀にだが野郎にも粉をかけられる。うんざりだ。
今日も女に絡まれてた。バレンタインだけど独り身だの明日は仕事がないから今夜は空いているだのこっちが誘ってくるのを待っている。
確かに杏眼やすらりと形のいい鼻梁がバランスよく配置された顔は美人と言えるが絶対に嫌だ。けれどもしつこいったらありゃしない。

「ビール」

不躾に注文してきたのは、砂のようにざらりとした声。声の主は女の一つ隣の席に座り長い足を組む。

「いいご身分だな」

ベニヒコが三白眼で女を睨みつけ、不機嫌そうに俺に視線を向ける。女は縋るように俺を見上げるが無視を決め込んだ。

「遊んでいるわけではありませんよ。その気もないですし」

ここで女をチラリと見れば、居心地が悪くなったのか席を立った。苛立ちを靴音に紛らせながら人の群れに消えていく。
ベニヒコは何ごともなかったかのように

「ビール。奢れ」

と注文を繰り返す。

「自分で払ってください」
「あ?こっちはテメエと違って身体張って」
「どうぞ」

コップに酒をついで出して黙らせてやった。ベニヒコは舌打ちをしつつも酒を煽る。が、すぐむせていた。クッソ甘いやつを出してやったからな。頬が上がりそうになるのを我慢して

「これくらいならサービスしますよ」

と水をカウンターに置く。

「クソ犬・・・」

口元を拭いながら睨みつけてくる。
いつもなら手が出るが、流石に木里の縄張りの中では大人しくしている。
ここでの仕事はもうごめんだと思っていたけれども、多少なりとも鬱憤を晴らせて悪くない気分だった。


end
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