さらば横浜チャイナタウン

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ファイトクラブ 後編

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服を掴まれていて逃げられない。拳に注意を払っていたら膝蹴りをもらった。後退りすればフェンスの金網が弾んで音を立てる。
おまけに薬でもキメているのか、闘気は凄まじいのに目はどこか焦点があっていない。
本当になんでもアリかよ。

「ンフフフ。ワンちゃんかぁわいいっ」

木里はニコニコしながら高みの見物だ。黙ってろこのバカ女!!
タンクトップを脱ぎ捨てる。また捕まっちゃたまらない。へそや腹に入れたボディーピアスが邪魔かもしれない。攻撃をくらうことなんて、ここのとこなかったからな。
距離を取り逃げ回るうち口内に血が溜まってきた。血を吐き捨て手の甲で拭う。

「なにやってんだ」

背後から砂のようにザラリとした声が流れてきた。ベニヒコだ。ちょうどいい時に来た。
その前に、飛んできた拳を掌で受け止める。
反対の手も手首を掴み少しだけ時間を稼いだ。

「俺に賭けろ」
「ハア?」
「木里はあっちに賭けてる。依頼を断ったらこのザマだ」

ベニヒコはしばらく黙った後、鼻で笑いやがった。

「面白そうなことになってんな」

そう言ったっきり、ベニヒコの足音が遠ざかっていく。本当にムカつく野郎だ。やっぱりあの女のお望み通り、適当にやられたフリして終わらせた方がいいか。
男が振り払うに任せて手を離した。腹筋に力を込める。腹にまともにパンチを食らった。
右端から迫る影が視界を掠める。パンチのタイミングに合わせ、反対側にわずかに顔を逸らしフックの勢いを殺すも、今のコイツの一撃の力は増していて中々キツい。

「オイ」

またベニヒコだ。なんだよこのクソ忙しい時に。

「何遊んでんだ。さっさと終わらせろ」

その言葉に、ミドルキックを腕でガードして防いだ。ベニヒコをチラリと見れば腕組みした手にはチケットが握られている。
やっとかよ。
雑魚の相手はもう飽き飽きだ。
肩から指先まで神経を張り巡らせて、拳を握り込む。向かってきた男のパンチを足を引いてかわした。その足を踏ん張って、ツラに渾身のアッパーを叩き込んでやった。
力加減なんてしていない。ソイツの足が一瞬浮く。身体は流れるように床に沈み、男の口元にじわじわと血溜まりが広がっていった。
カウントが終わってもソイツが起き上がることはなく、ようやく俺はリングから降りることができた。

「ワンちゃんお疲れサマ」

木里は腕を絡めてきた。妖艶に微笑み、ヒールを俺の足の甲に突き立てる。

「どうするのカナ?ワタシ損しちゃったんだケド」
「これで文句ねえだろ」

ベニヒコが札束を木里に押し付けた。

「アラいたの?」
「勝手な真似をするな。コイツを動かしたきゃオレを通せ」
「えー、ズルい。ワンちゃん独り占めして」
「当たり前だ。オレのイヌだ」

ベニヒコと木里のやりとりを無視して服を着る。タンクトップは汗を吸っていて気持ち悪い。仕方なしにシャツのボタンをとめていると、いつの間にか木里がこちらにやってきて「着痩せするんダネー」とまたベタベタしてくる。ウザい。

「ワンちゃん送って」

ああそうだった。まだ仕事が残ってた。
ベニヒコは先に次の仕事に向かった。場所だけ聞いて木里とホテルに戻る。
車から降りようとすれば

「寄っテく?シャワー貸してあげるヨ」

木里は言いながら、運転席に身を乗り出す。赤いマニキュアを塗った指先が、俺のシャツの合わせ目に滑り込んだ。

「刺青とピアス入れてたんだネ。ちょっとビックリした。また見たいナ」

胸元のタトゥーに手を這わせながら、小指の先でニップルピアスを引っ掛けもてあそぶ。

「お断りします。アンタといると命がいくつあっても足りない」
「それはベニヒコくんといても一緒デしょ」
「アイツはあれでも考えて動いてますから」
「ンフフフッ」

木里は無邪気に肩を弾ませて笑った。
不意に顎を掴まれ、顔が木里の方に向く。瞬間、唇に木里のそれを押し付けられた。顔を背けるようとするも、馬鹿みたいにデカいバストと背もたれで身体を挟み体重をかけてくるものだから動けない。
木里は悪戯っぽい笑みを浮かべ

ここにもピアスあったんだ」

と濡れた自身の唇に舌を這わせた。

「気は変わったカナ?」
「いいえ、まったく」

口元を袖で擦る。木里はまた声を上げて笑った。

再見またねワンちゃん」

木里はご機嫌でピンヒールを鳴らしながら、ホテルの中に消えていった。

休む間もなく次の仕事先に行けば、ベニヒコは俺の顔を見るなり顔を顰めた。

「何考えてんだ。さっさと顔洗ってこい」

嫌な予感がして口の端に手をやる。血のように赤い口紅の色が移った。タチの悪い一撃をくらった。

「随分気に入られたもんだな」

ベニヒコはニヤリとする。

「気に入らねえ野郎には、金を積んでも指一本触らせないんだぜ」

クソどうでもいい。二度と関わりたくない。
だが、ベニヒコは役に立つかもしれないからあの女から回ってくる仕事は俺に任せると言う。
冗談じゃない。この男がこういう采配を間違ったことがないのもまた腹が立つ。

「そういや、断った案件ってのは」
「情報料いただきますよ」
「ああ?オレに泣きついてきたくせに偉そうだなオイ」
「利用させていただいただけです」

そうだ、せいぜい利用してやる。あの女も、この男も。
いまに見ていろ。


end
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