さらば横浜チャイナタウン

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クリスマス番外編

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レンガを組んだ壁に行き先を阻まれた。背中に強烈な光を浴び、振り返れば舞台照明のような光が目を眩ませる。チャイナドレスのスリットから銃を抜いた。隣のスイを見れば、ペラペラのチャイナシャツしか着てないのにどこからともなく手榴弾を取り出す。
止める間もなく、スイはピンを口に咥え引き抜いた。

なぜ俺たちがこんな目に遭っているかといえば、まあ、俺が悪いのだけれども。

中国でクリスマスは年々浸透してきて、都心の方とかデカい商業施設とかではツリーやサンタの人形が飾られるようになってきた。カラフルな包装をされたリンゴが店先や路上店で売られ、夜になればイルミネーションが道ゆく人々を極彩色に照らす。
サンタの顔が中国風だったり中国の紐飾りがツリーに飾ってあったりするのはご愛嬌だ。

そんなクリスマスの雰囲気に賑わう街を、観光客を連れて案内していた。
たまにカラースプレーを掛け合って動画にアップするような馬鹿もいて、若者が集まっているとこは避けて通る。
観光客に人気のある店や飲食店をハシゴして、最後にホテルまで送って欲しいと頼まれた。
SNSでちょこちょこ写真の上がるクラブがあるらしい。あんまりよくない噂があると伝えたけど、それでも行くってんだからもう知ったこっちゃない。
送り届けて金を受け取る。
客が見えなくなってからホテルの受付に声をかけた。ここに案内することでホテルからも金を受け取っている。
いつも通り裏に通され、もらうものをもらって終わりだ。
そのはずだったけれど、

「ネーネー、お兄さんキレイな顔してるよネー」

エレベーターから降りて来た美人が日本語で話しかけてきた。身をかがめて俺の顔を覗き込む。なんでコイツの方が俺よりタッパあるんだ。
顔に傷があるけど、切れ長の目やほどよい厚みの唇が蠱惑的だ。黒いチャイナドレスからは豊かなバストや白い太腿がのぞいている。一言で言えば、すっげぇ色気のある美人。

「ちょっとお店来てみない?お小遣いアゲルヨー」

このクラブの噂は知ってたから

「俺、マクラはしないんで」

と断っといた。スイにすぐバレて痛い目に合うのにはもう懲りている。

「イイヨー、お酒とかダンスとか、お客さんの相手してあげテ」
「いや、本当にそういうのは」
「じゃあもうあーげない」

どこから抜き取ったのか、金の入った封筒を指で挟んでニコニコしている。
愛想良く笑うがすげえ胡散臭い。けど金払いのいい取引先は惜しい。

「今日だけだからな」

と言ってしまったのが運の尽きだった。

クラブではクリスマス商戦に便乗してイベントをやっているらしい。壁にリースが飾られていたり限定のカクテルが出ていたり(もちろん割高の)と一応クリスマスっぽい雰囲気を出している。
ラメの入った赤いチャイナドレスでフロアに出ると、さっそく何人かの視線が吸い寄せられるのを感じた。
バーカウンターの客に声をかけられた。若い男のグループで、酒を奢られ個室に誘われるも拙い中国語でのらりくらりとかわした。
けど、しばらくしてあの責任者らしき女、確か 镰木里リェン・ムウリーって名乗っていた。ソイツが

「ご指名だヨー。あ、エッチなコトしなくていいカラ」

って言いつつ個室に放り込まれた。窓がなくL字型のソファがあるだけの部屋だ。機材のないカラオケルームってとこかな。
で、そこにいたのがよりによってよく知っているヤツだった。澄んだ目と目が合い、思わず顔を顰める。

「どうしたの、レン」

チャイナシャツに黒のスラックスを纏ったスイはくすくす笑いながら「おいで」って軽く腕を広げた。隣に座れば「こっち」って膝に乗せられた。
ヤバイ。バレた。てか早すぎだろ、怖えよ。どうやって切り抜けようか。
肩を強張らせてスイの顔を確認するも、穏やかに微笑む顔がよけいに胸を騒つかせる。

「怒ってないよ」

スイは俺の顔の輪郭を指でなぞる。

「レンは僕のだって、何回でも教えてあげるからね」

ニッコリ笑って、スイは優しく唇を重ねてきた。なんでキスしながらそんな器用に指が動くんだよ。耳や背中を撫で上げられてゾクゾクする。
唇が離れても間髪入れず首筋や胸元にキスをされた。ソファに押し倒され、隅で丸まっていた黒いコートと一緒に覆い被さられた。

「あははっ、止まらなくなりそう」

スイの手はスリットの中に忍び込み、

「これ付けて。続きは後でね」

とずっしりと重い鉄の塊を押し付けてきた。
もしかして、なんかヤバイ状況なんだろうか。
目だけで尋ねれば、スイは頷く。
コートの陰でホルスターに入った銃を太腿に取り付けた。
あーあ、今日はタダ働きか。損するくらいならすぐ帰ればよかった。

「アラー、もっとゆっくりしていけばいのに」

フロアを横切る時、あの女がすれ違い様に声を掛けてきた。スイは黙って俺の肩を抱いて歩き続ける。

「気をつけテ帰ってネー」

楽しそうに手をヒラヒラ振っていた。そしてスマホに耳を当てる。

「ワンちゃん達ヨロシクネ」

すっげえ嫌な予感がする。これは最初からハメられたか?
早くホテルから脱げ出したくて、歩幅を大きくしてエレベーターへ向かった。

正面玄関から外に出れば、どっかで見た顔の犬どもが待ち構えていた。
生きてたのかコイツら。
ベニヒコにクロ。
三白眼と切れ長の黒い目がこちらに向けられる。
ベニヒコは俺を見るなり舌打ちした。クロに

「木里に情報料払っとけ」

と言って振り返った隙に、スイは俺の手を引いて走り出す。
おいおい無茶だろ、クロはバイク乗ってたぞ。
狭い路地を選んで走っても、バイクのエンジン音があっという間に近づいてきた。
袋小路に追い詰められる。
スポットライトのように壁が丸く照らされた。
クロがバイクから降りる。凄みが増したというか、クロが一歩進むたびに圧迫感が迫ってくる。
覚悟を決めて、ホルスターから銃を抜いて構えた。
スイはどこから出したのか、緑色の卵型の物体を手にしている。手榴弾だと認識した瞬間、スイは口に咥えてピンを抜いた。
止める間もなくそれは空中に放物線を描く。
地面に落ちると、爆発音の代わりに猛烈な勢いで煙が湧き出た。パーティーグッズの一種だ。
視界は白に包まれ、スイは来た道を走り抜ける。
路地を抜けると路面店の並ぶ通りに出て、スイは店の前に並んでいたバイクに跨りエンジンをかけた。
かすかにエンジン音が後方から聞こえた。すぐアクセルを入れて猛スピードで発進する。チャイナドレスの裾が暴れる。下はストッキング一枚だからかなり寒い。
でもそんなことは言ってられない。クロのバイクがすぐ後ろを追いかけてくる。
北京の道路はいつも混んでいるが、クリスマスなんかの行事があると更に混む。ノロノロと進む車やタクシーの間を縫って、バイクがもつれ合うように進む。

「おい、スイ、前!」

左の車線に移動してきたら、トラックがハザードランプをたいて停まっていた。
スイはブレーキを掛けるが止まらない。クロのバイクは急ブレーキをかけ後続車にクラクションを鳴らされまくっていた。
ぶつかると思いきや、トラックの荷台が開き、バイクはスロープを昇ってそのまま吸い込まれた。
荷台の中で、バイクは止まった。中は空だった。
トラックはゆっくりと発進する。

「あーあ、危なかったねえ」

スイはスタンドを出しながら笑う。

「寒かったね。大丈夫?」

なんかもう、状況についていけなくて言葉が出てこなかった。スイはそんな俺をよそに「はい、これに着替えて」と荷台に積んであったスーツケースを開ける。ここまで読んでたのかよ。
トラックの運転手も金を払って雇ったらしい。
トレーナーと深緑のダッフルコートを着ると大分寒さがマシになった。

「で、どうやって帰るんだ?」
「え、帰らないよ。アパートもすぐ見つかるんじゃないかな」
「じゃどうすんだよ」
「一旦帰国する」
「は?」
「だから、日本に戻るんだよ」

本当にトラックは空港に到着した。
こうして俺とスイはもう二度と戻ることもないと思っていた日本で、年を越すことになったのだった。



end
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