さらば横浜チャイナタウン

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彷徨う番犬 後編

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『殺し屋が出た!』

クロの声が無線から飛んできて、オレたちに緊張が走った。モニターには殺し屋らしき男とクロがやり合う姿が確認できた。黒服達は武器を引っ張り出し木里の部屋に向かう。逃げられないよう外にも何人か配置した。
扉を開けてすぐ一斉に発砲する。クロなんざ知ったこっちゃない。依頼主の弾除けにでもなってろ。
黒服を着た殺し屋は穴だらけになり、ひび割れた窓に倒れガラスを割りながら階下に落ちていった。黒服のトップが下のヤツらに無線で指示を出す。
しかし前衛のヤツらがどよめき、人の壁が割れる。
クロがナイフを手に暴れまわっていた。
あのバカ犬。
殺し屋と極限状態でやり合ってトんだままだ。黒服が放つ銃弾が高そうな絨毯を抉るが、クロは俊敏な動きで避けながらナイフをぶん投げてきた。火に油だな。死ぬまで放っておいてもいいが、このままじゃ木里にカネを出し渋る理由がいくらでも出来ちまう。
オレは黒服どもを退けてクロの前に立つ。
クロは他の黒服には目もくれずこちらに向かってくる。

そりゃそうだよな。この中でお前が一番殺してやりたいと思ってんのは、このオレのはずだ。

クロの拳が飛んでくるが、その勢いを利用し腕を捕えて抱え込む。反撃できないよう脇の下から腕を入れクリンチに持ち込んだ。そのまま身体を押していって、クロが力一杯押し返したところで不意に上半身を引き顎にアッパーを入れてやる。ついでに飾ってあった花瓶で額をカチ割って、ようやく床に背中をついたところで中身の水を頭からぶっかけてやった。
クロは花やら水やらに咳き込みながら上体を起こす。

「よぉ、頭は冷えたか」

額から流れる血や滴を袖で拭いながら起き上がるクロの顔は、いつものような仏頂面になっていた。そして不満げにオレを見上げる。
なんだよ、そのツラは。報酬が減ったらテメェのせいだぞ。
殺し屋の死体が確認でき、数日後にはオーナーのババアが戻ってきた。
これでここでの仕事は終いだ。

「ヤーヨ。ワタシの部屋めちゃくちゃネ。報酬から差っ引いとくカラネ」

予想通り、木里は文句たらたらだった。

「よしな。大体アンタの"悪い遊び"につけ込まれたんだろ」

恰幅のいい身体にチャイナドレスを纏ったババアが煙管をふかす。たっぷりとした肉が腹や胸の上で折り重なり、際どいスリットから木里のウエストと同じ太さの腿が見えている。そのくせ白人のような派手な顔立ちが妙な色気を醸し出していた。このババアが、ホテルのオーナーの楊林杏ヤン・リンシンだ。
楊に窘められた木里はガキみてえな膨れっ面になっている。この女はオーナーには逆らえない。というより、異様なまでに慕っている。

「死体の処理や"模様替え"にかかる金に比べたら大したことじゃないじゃないか。払ってやんな」
「でもォ」
「部屋が直るまでアタシの部屋に泊まるかい?」
「ホント?!妈妈マーマー我爱你大好き!」

ババアの鶴の一声で報酬は受け取ることができた。木里はニコニコしながら「ワンちゃんまたネ」と手を振っていたが、クロは嫌そうな顔を隠そうともしなかった。

ビジネスホテルに部屋を取って、窓を開けてタバコに火をつければようやく一息ついた。が、あと2、3本しか残っていない。

「オイ、クロ」

返事はなかった。振り返ればクロはベッドにうつ伏せになったまま動かない。近づけば胸が上下していたから生きてはいるようだった。

「クロ、タバコ」

声を掛けても起きやしねえ。舌打ちが出る。

「汚ねえ格好のまま寝てんじゃねえよ」

ベッドを蹴飛ばしてやったが反応はなかった。このまま犯してやろうかとも思ったが、大人しいだけのコイツに手を出してもつまらない。オレを殺す気で掛かってきた方が興奮する。オレは強くて獰猛な生き物を狩る方が好きなのだ。
今日のところは勘弁しておいてやる。

「ったく、奢れよ」

クロの財布から2、3枚紙幣を抜き出す。それからタバコを買いに行くべく、部屋を後にしたのだった。


end
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