WALKMAN 2nd

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Trac04 You are beautiful/ジェイムズ・ブラント 前編

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『ーーーー人混みの中、君を見つけた』
    ジェイムズ・ブラント /You are beautiful


地下鉄のホームへ続く階段を降りてすぐの所にベンチがある。
何の変哲も無い、黒塗りのスチールで出来たベンチだ。
そこに、いつからか決まった時間にヤツが座るようになった。水色のシャツに濃紺のネクタイ、スポーツバッグ。中肉中背ですぐ忘れてしまいそうな一重瞼の平凡な顔。ヤツは高校生らしかった。

午後8時半。
アプリで出会った相手に会いに行く為に、俺は最寄駅の地下鉄に下った。
プラットホームは打ちっ放しのコンクリートに色褪せた床の色や点字ブロックが素っ気ない印象を抱かせる。
階段を降りてすぐのベンチから、濃紺のネクタイと水色のシャツの鮮やかさが目に飛び込んできた。床に置かれた紺のスポーツバッグにはそこそこ頭の良い高校の校章が印刷されている。
部活か塾かな、と思った。
ソイツは電車が着くと、弄っていたスマホから顔を上げた。一重瞼の素っ気ない、平凡な顔。好みのタイプじゃない。
細い目を更に細くして降りてくる乗客たちに目を凝らす。乗客がいなくなると、ガッカリしたような顔をして、またスマホに目を落とした。
誰かと待ち合わせしてんのかな。
その時はそう思って、俺は電車に乗った。

1週間くらいして、またソイツを見かけた。
前と同じように、地下鉄のホームのベンチに座っていた。
電車がやってくると、パッと顔を上げ、乗客を確認してからまたスマホを弄る。画面をよく見るとゲームをやっているみたいだった。ドット絵のレトロゲーム。珍しい。
そしてまた電車がやってきたら乗客を確認する。俺が乗っていくまでそれを繰り返していた。
いったい、誰を待っているんだろう。

声をかけたのは、俺の方からだった。
ホテルに行って、帰ってきてからもソイツはベンチに座っていたからだ。
別に心配だったとかそういう殊勝な理由じゃない。鏡を見ているようでね。

「誰か待ってんの」

ソイツはばね仕掛けでも付いてんのかってくらい勢いよく身体を跳ね上げた。

「あの、友達を」

声も平凡で、すぐ忘れてしまいそうだった。

「終電なくなるぞ。連絡すれば」

ソイツは眉を寄せて、スマホをギュッと握りしめた。

「知らねえの?」
「ここでしか、会わないから」

ソイツは顔を背ける。スマホのボタンを押して画面を明るくする。もう構うなってことか。
俺は黙って家に帰った。
ソイツがベンチに貼り付ついている理由は、次に会った時にわかった。

プラットホームにシルバーの車両が入ってくる。
ドアが開いて、高校生の集団が降りてきた。
ソイツはその集団に目を凝らす。ソイツとは違う学校らしく、制服は胸元に金の糸で校章が刺繍された白いシャツに茜色のネクタイ。
真ん中にいる男子高校生は整った顔立ちをしていて、陸上選手みてえに引き締まった体つきのイケメンだった。
ソイツはイケメンが階段を登って姿が見えなくなるまで、食い入るように見つめていた。
視線を外した後、ソイツをじっと見ていた俺と目が合うと、ビク、と小さく肩が上がった。

「アレが友達?」
「まあ・・・」

ソイツは俺から目を逸らし、怯えを隠すようにスマホを両手で包み込む。まただ。鏡の中の俺が現れた。
ゲイだってバレんのが怖いのはよく分かる。今は全然平気だけどな。
俺はソイツの隣まで歩いて行って腰を下ろした。

「俺もゲイだよ」

ソイツは目を見開いて、今度は口を開ける。
電車が来たから、俺は立ち上がって乗り込んだ。振り返ってホームを見たら、立っているソイツが助けを求めるように手を伸ばしているのが見えた。

次に声をかけてきたのはサムの方からだった。カバンの隙間から、ちらっとSamの文字が見えたから取り敢えずそう呼ぶ事にする。

「あの、あなた、ホントに・・・」

地下鉄のホームで、スポーツバッグの紐を握りしめて、絞り出すように聞いてきた。

「そうだよ」
「初めて会いました」
「隠してるヤツなんてたくさんいるよ」

俺も誰かれ構わずカミングアウトする訳じゃない。隠している訳でもないけど。

「えっと、よく使うんですか、ここ」
「最寄り駅だから」
「全然知らなかった・・・」
「な。そんなもんだよ」
「あ、すいません。そろそろ」

サムは壁の時計を見た。

「ああ、"友達"?」

サムの顔の中心がほんのり色付いた。俺は追い払うように手を振った。サムはすいません、とベンチに座る。
電車が来て、俺は扉をくぐった。サムは降りてくる客を確認し終わると、スマホを見る前に俺の方を見て会釈した。

サムと俺は、顔を合わす度に話すようになった。

「ふうん。じゃあここで見かけてからまだ声もかけてないってこと?」

「うん、まあ」

俺はベンチの横でプラットホームを見ながら立っていて、イヤホンを耳に入れている。音は最小限にして。
サムはスマホを見ながら喋っている。
他人のフリをして欲しいって言われたからな。

「自分でもキモいって思う」

サムは言った。最初は敬語だったけど、段々砕けた口調で話すようになっていった。

「いや、分からんでもない」

あのイケメンにはいつも取り巻きがいたからな。
ジェイムズ・ブラントの歌みてえな話だ。
人混みの中で一目惚れした女を想う男の歌だ。

ーーーーI saw your face in a crowded place
   《人混みで君の顔を見つけた》

ーーーーAnd I don't know  what to do
   《どうしたらいいかわからない》

ーーーー'Cause I'll never be with you
   《だって君とは決して一緒にいられないから》

「お前はどうしたいんだ」
「今のままでいい」

サムは唇を結んだ。

「でも、せめて同じ学校だったらな」

反対側のホームをぼうっと見つめる。スマホを触っていた手はさっきから止まっている。

「一緒に居るからって、何もしなきゃ何も変わりゃしねえよ」

出かける時にユウジが見せた顔を見せてやりたい。いつもウンザリした表情で見送られる。
サムは俺を見つめて、それから小さくうん、と頷いた。
ホームに電車が入ってきた。

「じゃ、俺行くわ」

俺は壁から背中を離す。

「そういや、アンタいつもどこ行ってんの?」
「ラブホ」
「えっ」
「だから、セックスしに行ってんだよ」

サムの口も目も全開になった。
何か言ってたけど、イヤホンのボリュームを上げてしまったので分からなかった。

案の定、次に顔を合わせた時には気不味そうな表情をしていた。

「アンタ、彼氏いたの?それとも、その・・・」

なんかゴニョゴニョ言ってて聞こえなかったけど、ウリでもやってんのかと疑われてもまあ仕方がない。
ゲイアプリの事を教えてやると、存在は知っていたけど手を出した事はないと言っていた。

「そっかあ。俺もやってみようかな」

サムは目を輝かせた。

「最中に首絞められたり、プロフ詐欺の汚いオッさんに当たったり、口にクスリ突っ込まれて無理矢理ヤられたりしてもいいならやってもいいと思う」

「いや、普通に彼氏作りたいだけなんだけど」

サムの顔が引きつる。

「ていうか何その話。恐っ」
「ん?ハズレ引いた時の話」
「え、マジなの、それ」

うわあ・・・とサムは俺から離れるように身を引く。

「アンタすげえな、それでもアプリやってるの?」
「確かに無理矢理とか好きじゃねえけど、そもそもセックスしに行ってるんだし」
「うわあ・・・」

ちょっと付いていけない、とサムはアプリをインストールせず画面を閉じた。

「もうちょっと考えてみる」
「そうだな。それにバレたら物凄く面倒な事になるぞ」
「え、バレたの?それってアプリの事?ゲイって事?」
「両方」
「うっわ最悪だな。俺、未だに誰にも言えてないし・・・」

サムの目線も声も沈んでいく。水色の制服と画面の暗くなったスマホに影が落ちていった。

軽やかな音楽とともにアナウンスが流れた。
それが重くなりかけた空気を払拭し、サムは顔を上げる。目の覚めるような金属音を響かせながら、電車がゆっくりホームに入ってくる。

「お」
「あっ」

俺とサムが声を出したのは同時だった。
イケメンが、一人で降りてきたからだ。

サムは口を開けたまま固まっていた。俺はサムのスポーツバッグを蹴る。そしてイケメンの方に顎を動かした。サムはハッとしたが、イケメンはもう乗客に揉まれながら階段を登って行くところだった。

「このヘタレ」
「だって、急だったから」

サムはうな垂れた。

「でも、今度一人でいたら、声をかけてみる」

スマホを握りしめる手に力が入っていた。
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