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第九話
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「ったく、一晩でへばっちまうなんてな。とんだモヤシだぜ」
コランは何年かぶりに熱を出した。床に伏せるコランとは対照的に、イアランは何ごともなかったかのように寝台の横で茶を淹れている。盆の上に載せ蜂蜜入りの茶をクロムに差し出した。
「ああ、もうそういうことはしなくていい」
クロムは盆を突き返す。
「あのな、コイツ、お前の許嫁になったから」
コランは口も目も見開き、さすがのイアランも動揺したのか茶を落としそうになる。
「王子の命を救ったんだ、大した働きだよ、十年分の奉仕に匹敵するほどの」
コランがイアランを見れば、青色と目があった。どちらともなく微笑みが零れ落ち、手を重ね合う。
「イアラン、何がしたい?どこにだって行けるしなんだってできるよ」
イアランは押し黙る。自分の心の声に耳を澄ませているのだ。コランは答えを待った。
「いいのか?故郷に帰るとか言い出したらどうするんだ」
クロムが茶々を入れ、コランが文句を言おうとすると
「そうします」
イアランがそう言った。コランの顔は引き攣り、クロムは恨めしげに睨んでくるコランの視線から逃れるように目を逸らす。
「もう一度、故郷に行きたいです。必ず戻ります」
風景や両親の顔すら思い出せず、こことは違うところから来たということだけ覚えていた。行ってみれば、失った何かを取り戻せるような気がした。
「わかった、僕も」
「一回ヤッただけで寝込んでる奴が何言ってんだよ」
コランは屈辱にぐうの音も出ない。それにイアランの故郷は海を渡らねばならぬほど遠い。山道を少し歩いただけで息切れしてしまうようならイアランの足枷になってしまうだろう。コランは泣く泣く見送ることにした。
新年が明けてすぐ、イアランは旅立ってしまった。寂しさを感じる間もなく、万霊節の後始末や親類への訪問など遠慮なく働かされ、それらが終わるとまた南の離宮に戻り淡々と日々を過ごした。
暇になると海の見える庭に出て、つい大陸から来る船を探してしまう。故郷の方が居心地がよかったのか、やはり体を繋げたことが嫌だったのか、愛想を尽かされたのではないかという考えが、波のように寄せては引いていく。たまにクロムがやってきて騒いで帰っていくが、海を眺める時間にも付き合ってくれた。きっと気にかけているのだろうと思うだけで、コランは少し寂しさが紛れた。
その日も麗かな春の庭で海を眺めていた。
すると侍従が飛んできて、離宮の近くの森の様子がおかしいと伝えにきた。鳥が激しく飛び交い銃声のような音も聞こえたという。
「いけません!クロム様にすぐお伝えし、コラン様!」
侍従が止めるのも聞かず、すぐさまコランは森に向かった。イアランが巻き込まれているのではないかと思うと気が気ではなかった。
南の森は湿地が多い。ぬかるみに足を取られながら彷徨っていると、木立の間で黒い人影が揺れた。様子を伺おうと木の陰に身を隠す。しかし、落ち葉だまりに隠れた泥の沼に足首まで浸かりバランスを崩した。
黒い人影が猛烈な勢いで迫り、コランの腕を引く。コランはその人物の顔を、姿を見てぎょっとした。
「また会ったな、王子様」
茶色い短髪に金色の目を持つその若者は、イアランを狙っていた賞金稼ぎであった。
コランは何年かぶりに熱を出した。床に伏せるコランとは対照的に、イアランは何ごともなかったかのように寝台の横で茶を淹れている。盆の上に載せ蜂蜜入りの茶をクロムに差し出した。
「ああ、もうそういうことはしなくていい」
クロムは盆を突き返す。
「あのな、コイツ、お前の許嫁になったから」
コランは口も目も見開き、さすがのイアランも動揺したのか茶を落としそうになる。
「王子の命を救ったんだ、大した働きだよ、十年分の奉仕に匹敵するほどの」
コランがイアランを見れば、青色と目があった。どちらともなく微笑みが零れ落ち、手を重ね合う。
「イアラン、何がしたい?どこにだって行けるしなんだってできるよ」
イアランは押し黙る。自分の心の声に耳を澄ませているのだ。コランは答えを待った。
「いいのか?故郷に帰るとか言い出したらどうするんだ」
クロムが茶々を入れ、コランが文句を言おうとすると
「そうします」
イアランがそう言った。コランの顔は引き攣り、クロムは恨めしげに睨んでくるコランの視線から逃れるように目を逸らす。
「もう一度、故郷に行きたいです。必ず戻ります」
風景や両親の顔すら思い出せず、こことは違うところから来たということだけ覚えていた。行ってみれば、失った何かを取り戻せるような気がした。
「わかった、僕も」
「一回ヤッただけで寝込んでる奴が何言ってんだよ」
コランは屈辱にぐうの音も出ない。それにイアランの故郷は海を渡らねばならぬほど遠い。山道を少し歩いただけで息切れしてしまうようならイアランの足枷になってしまうだろう。コランは泣く泣く見送ることにした。
新年が明けてすぐ、イアランは旅立ってしまった。寂しさを感じる間もなく、万霊節の後始末や親類への訪問など遠慮なく働かされ、それらが終わるとまた南の離宮に戻り淡々と日々を過ごした。
暇になると海の見える庭に出て、つい大陸から来る船を探してしまう。故郷の方が居心地がよかったのか、やはり体を繋げたことが嫌だったのか、愛想を尽かされたのではないかという考えが、波のように寄せては引いていく。たまにクロムがやってきて騒いで帰っていくが、海を眺める時間にも付き合ってくれた。きっと気にかけているのだろうと思うだけで、コランは少し寂しさが紛れた。
その日も麗かな春の庭で海を眺めていた。
すると侍従が飛んできて、離宮の近くの森の様子がおかしいと伝えにきた。鳥が激しく飛び交い銃声のような音も聞こえたという。
「いけません!クロム様にすぐお伝えし、コラン様!」
侍従が止めるのも聞かず、すぐさまコランは森に向かった。イアランが巻き込まれているのではないかと思うと気が気ではなかった。
南の森は湿地が多い。ぬかるみに足を取られながら彷徨っていると、木立の間で黒い人影が揺れた。様子を伺おうと木の陰に身を隠す。しかし、落ち葉だまりに隠れた泥の沼に足首まで浸かりバランスを崩した。
黒い人影が猛烈な勢いで迫り、コランの腕を引く。コランはその人物の顔を、姿を見てぎょっとした。
「また会ったな、王子様」
茶色い短髪に金色の目を持つその若者は、イアランを狙っていた賞金稼ぎであった。
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