6 / 16
第六話
しおりを挟む
コランは小柄な体を反らして一歩も引かず、イアランは主人の前に歩み出る。
「お前が僕たちをここまで連れてきたのだろう」
「・・・・・・箱入りのお坊ちゃんだと聞いたんだがなあ」
近衛兵は兜を取った。短く刈り込んだ茶髪に金色の目が特徴的な若者の顔が現れる。
「ファンブニルの一族か。そちらこそ、よくもまあ恥ずかしげもなく顔を出せたものだなあ」
ファンブニルの一族は、竜に姿を変えるが竜人ではなく竜になる呪いをかけられた人間だ。
その昔、神々から黄金を強請り身内でも骨肉の争いをした末、黄金にかけられた呪いにより竜に姿を変えるようになったという。金の目は黄金に目が眩んだ証で、現在でも盗賊や賞金稼ぎで荒稼ぎする悪しき一族だと伝えられている。
「荷物は全てくれてやる。さっさと去ね」
「お気遣いどうも。しかし用があるのはそっちの色男だ」
若者はイアランを指さす。
「アンタ、随分戦で活躍したそうじゃねえか。いい値が付いてたぜ。アンタが俺についてこれば王子様には手を出さない」
どうだ?と若者はニヤリとする。コランは、ネズミの目的はイアランに掛けられた賞金だったのかと理解した。人間なら竜人を相手にするより容易いと思ったのだろう。
イアランの表情は読めなかった。感情が抜け落ちた顔に、コランは不吉を感じとる。イアランは黙って若者に近づいていった。
そして、腕を掴んで投げ飛ばした。地面に叩きつけられた若者は、すぐさま身体を転がし蹴りを繰り出す。イアランはやすやすと足を掴み、軋むほど力を込める。若者が苦痛に顔を歪めても、イアランは眉一つ動かさない。
普段の穏やかなイアランからは想像もできなかった、冷徹な兵士としての顔にコランは身震いする。
「くそっ、賞金の額が見合ってねえじゃねえか。割りに合わなさすぎる!」
若者はイアランに押されているようだった。とうとうイアランから飛び退き逃亡にかかる。
イアランは逃す気などなかった。戦場では皆殺せと言われた通りにしてきた。修羅場での感覚が呼び起こされ、研ぎ澄まされていく。
「やめろ、イアラン」
背中から上着を引っ張られ、イアランは引き戻された。戦場の記憶から主人の元へと。
瞬間、前方から何かが飛んできた。空中で爆散したかと思えば白い煙が二人の間に充満した。煙幕を掻き分け、イアランはすぐさま蹲るコランの姿を見つける。煙が薄れていく中、コランの顔が苦悶に歪むのがはっきり見えてくる。なぜかイアランはなんともない。
イアランはすぐさまコランを背負い、城壁に向かって駆けていった。煙幕の向こうに霞む人影には気づかずに。
城内は騒然としていた。
長衣を纏った医師や魔術師、麻の下履きを履いた使用人たちの脚が廊下で交錯し入り乱れる。
「発情期だと?!馬鹿な、早すぎる」
コランを診た医師の見解を聞き、クロムは吠えた。
「装備を奪われた近衛兵や従者も同じ状態にあります。動けなくするために媚薬が使われたのでしょう」
竜人の発情期は苛烈だ。数十年に一度しか来ないが、激しい性行為が何日も続く。番がいない竜人は、親や家令が決めた相手と閨を共にし、荒れ狂う欲望を鎮めることになっている。
コランにはまだその相手が決められていなった。五十年から百年ほどかけて身体が大人になってから発情期が来るのに対し、二十歳のコランが発情期を迎えるのは早熟すぎる。身体を酷使する行為に、コランの脆弱な肉体が耐えられるかも分からない。ゆえに、コランは発情期を迎えるまで生きられるかどうかと言われてきた。
「コラン様は死ぬのですか」
イアランはぽつりと呟く。医師は眉を顰めるが、クロムはイアランが複雑で遠回しな言い方が出来ぬことを知っていた。
「イアラン、お前、コランのことが好きか」
「・・・・・・はい」
他に言葉が浮かばなかったイアランは、ただそう答える。クロムは苦虫を噛み潰したような顔で腕を組み、イアランをじっと見つめる。
そして重々しく口を開いた。
「なら、コランの為に死ねるか?」
「お前が僕たちをここまで連れてきたのだろう」
「・・・・・・箱入りのお坊ちゃんだと聞いたんだがなあ」
近衛兵は兜を取った。短く刈り込んだ茶髪に金色の目が特徴的な若者の顔が現れる。
「ファンブニルの一族か。そちらこそ、よくもまあ恥ずかしげもなく顔を出せたものだなあ」
ファンブニルの一族は、竜に姿を変えるが竜人ではなく竜になる呪いをかけられた人間だ。
その昔、神々から黄金を強請り身内でも骨肉の争いをした末、黄金にかけられた呪いにより竜に姿を変えるようになったという。金の目は黄金に目が眩んだ証で、現在でも盗賊や賞金稼ぎで荒稼ぎする悪しき一族だと伝えられている。
「荷物は全てくれてやる。さっさと去ね」
「お気遣いどうも。しかし用があるのはそっちの色男だ」
若者はイアランを指さす。
「アンタ、随分戦で活躍したそうじゃねえか。いい値が付いてたぜ。アンタが俺についてこれば王子様には手を出さない」
どうだ?と若者はニヤリとする。コランは、ネズミの目的はイアランに掛けられた賞金だったのかと理解した。人間なら竜人を相手にするより容易いと思ったのだろう。
イアランの表情は読めなかった。感情が抜け落ちた顔に、コランは不吉を感じとる。イアランは黙って若者に近づいていった。
そして、腕を掴んで投げ飛ばした。地面に叩きつけられた若者は、すぐさま身体を転がし蹴りを繰り出す。イアランはやすやすと足を掴み、軋むほど力を込める。若者が苦痛に顔を歪めても、イアランは眉一つ動かさない。
普段の穏やかなイアランからは想像もできなかった、冷徹な兵士としての顔にコランは身震いする。
「くそっ、賞金の額が見合ってねえじゃねえか。割りに合わなさすぎる!」
若者はイアランに押されているようだった。とうとうイアランから飛び退き逃亡にかかる。
イアランは逃す気などなかった。戦場では皆殺せと言われた通りにしてきた。修羅場での感覚が呼び起こされ、研ぎ澄まされていく。
「やめろ、イアラン」
背中から上着を引っ張られ、イアランは引き戻された。戦場の記憶から主人の元へと。
瞬間、前方から何かが飛んできた。空中で爆散したかと思えば白い煙が二人の間に充満した。煙幕を掻き分け、イアランはすぐさま蹲るコランの姿を見つける。煙が薄れていく中、コランの顔が苦悶に歪むのがはっきり見えてくる。なぜかイアランはなんともない。
イアランはすぐさまコランを背負い、城壁に向かって駆けていった。煙幕の向こうに霞む人影には気づかずに。
城内は騒然としていた。
長衣を纏った医師や魔術師、麻の下履きを履いた使用人たちの脚が廊下で交錯し入り乱れる。
「発情期だと?!馬鹿な、早すぎる」
コランを診た医師の見解を聞き、クロムは吠えた。
「装備を奪われた近衛兵や従者も同じ状態にあります。動けなくするために媚薬が使われたのでしょう」
竜人の発情期は苛烈だ。数十年に一度しか来ないが、激しい性行為が何日も続く。番がいない竜人は、親や家令が決めた相手と閨を共にし、荒れ狂う欲望を鎮めることになっている。
コランにはまだその相手が決められていなった。五十年から百年ほどかけて身体が大人になってから発情期が来るのに対し、二十歳のコランが発情期を迎えるのは早熟すぎる。身体を酷使する行為に、コランの脆弱な肉体が耐えられるかも分からない。ゆえに、コランは発情期を迎えるまで生きられるかどうかと言われてきた。
「コラン様は死ぬのですか」
イアランはぽつりと呟く。医師は眉を顰めるが、クロムはイアランが複雑で遠回しな言い方が出来ぬことを知っていた。
「イアラン、お前、コランのことが好きか」
「・・・・・・はい」
他に言葉が浮かばなかったイアランは、ただそう答える。クロムは苦虫を噛み潰したような顔で腕を組み、イアランをじっと見つめる。
そして重々しく口を開いた。
「なら、コランの為に死ねるか?」
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説

【第1部完結】佐藤は汐見と〜7年越しの片想い拗らせリーマンラブ〜
有島
BL
◆社会人+ドシリアス+ヒューマンドラマなアラサー社会人同士のリアル現代ドラマ風BL(MensLove)
甘いハーフのような顔で社内1のナンバーワン営業の美形、佐藤甘冶(さとうかんじ/31)と、純国産和風塩顔の開発部に所属する汐見潮(しおみうしお/33)は同じ会社の異なる部署に在籍している。
ある時をきっかけに【佐藤=砂糖】と【汐見=塩】のコンビ名を頂き、仲の良い同僚として、親友として交流しているが、社内一の独身美形モテ男・佐藤は汐見に長く片想いをしていた。
しかし、その汐見が一昨年、結婚してしまう。
佐藤は断ち切れない想いを胸に秘めたまま、ただの同僚として汐見と一緒にいられる道を選んだが、その矢先、汐見の妻に絡んだとある事件が起きて……
※諸々は『表紙+注意書き』をご覧ください<(_ _)>
23時のプール
貴船きよの
BL
輸入家具会社に勤める市守和哉は、叔父が留守にする間、高級マンションの部屋に住む話を持ちかけられていた。
初めは気が進まない和哉だったが、そのマンションにプールがついていることを知り、叔父の話を承諾する。
叔父の部屋に越してからというもの、毎週のようにプールで泳いでいた和哉は、そこで、蓮見涼介という年下の男と出会う。
彼の泳ぎに惹かれた和哉は、彼自身にも関心を抱く。
二人は、プールで毎週会うようになる。

アズ同盟
未瑠
BL
事故のため入学が遅れた榊漣が見たのは、透き通る美貌の水瀬和珠だった。
一目惚れした漣はさっそくアタックを開始するが、アズに惚れているのは漣だけではなかった。
アズの側にいるためにはアズ同盟に入らないといけないと連れて行かれたカラオケBOXには、アズが居て
……いや、お前は誰だ?
やはりアズに一目惚れした同級生の藤原朔に、幼馴染の水野奨まで留学から帰ってきて、アズの周りはスパダリの大渋滞。一方アズは自分への好意へは無頓着で、それにはある理由が……。
アズ同盟を結んだ彼らの恋の行方は?
真柴さんちの野菜は美味い
晦リリ
BL
運命のつがいを探しながら、相手を渡り歩くような夜を繰り返している実業家、阿賀野(α)は野菜を食べない主義。
そんななか、彼が見つけた運命のつがいは人里離れた山奥でひっそりと野菜農家を営む真柴(Ω)だった。
オメガなのだからすぐにアルファに屈すると思うも、人嫌いで会話にすら応じてくれない真柴を落とすべく山奥に通い詰めるが、やがて阿賀野は彼が人嫌いになった理由を知るようになる。
※一話目のみ、攻めと女性の関係をにおわせる描写があります。
※2019年に前後編が完結した創作同人誌からの再録です。

禁断の祈祷室
土岐ゆうば(金湯叶)
BL
リュアオス神を祀る神殿の神官長であるアメデアには専用の祈祷室があった。
アメデア以外は誰も入ることが許されない部屋には、神の像と燭台そして聖典があるだけ。窓もなにもなく、出入口は木の扉一つ。扉の前には護衛が待機しており、アメデア以外は誰もいない。
それなのに祈祷が終わると、アメデアの体には情交の痕がある。アメデアの聖痕は濃く輝き、その強力な神聖力によって人々を助ける。
救済のために神は神官を抱くのか。
それとも愛したがゆえに彼を抱くのか。
神×神官の許された神秘的な夜の話。
※小説家になろう(ムーンライトノベルズ)でも掲載しています。
one night
雲乃みい
BL
失恋したばかりの千裕はある夜、バーで爽やかな青年実業家の智紀と出会う。
お互い失恋したばかりということを知り、ふたりで飲むことになるが。
ーー傷の舐め合いでもする?
爽やかSでバイな社会人がノンケ大学生を誘惑?
一夜だけのはずだった、なのにーーー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる