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第三話
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ーーーー「イアラン」
コランは新しい奴隷の名を呼んだ。サファイアが含有する鉄を意味する。
ベリーがあちらこちらで実をつける夏の庭で、黒い長髪と麻のチュニックの裾が翻る。剪定をしていた木の屑や葉をはたき落としながら、イアランがコランのもとに駆けてくる。
「来客だ。厨房を手伝え」
「クロム様ですか」
「ああ、使いも手紙もなしに来るのはあいつくらいだ」
「ベリーを摘みます。すぐに行きます」
イアランは踵を返して庭に戻った。まだこの国の言葉に慣れていないが、随分と話しやすくなったなあとイアランが来たばかりのことを思い返す。
イアランがここにきて3ヶ月ほど経った。最初に苦労したのは言葉だった。イアランはほとんどコランたちの言葉が聞き取れない様子で、まったく話そうとしなかった。しかし侍従たちやコランが指差しや身振り手振りを駆使して仕事の内容を伝えると、瞬く間に覚えていった。
単語をなんとか繋げて会話らしきことができるようになると、コランはイアランの話を聞きたがった。毎夜のように自分の部屋に連れてきて、寝台に寝そべりながら寝物語をせがむ。奴隷というより愛人ではないかと離宮に勤める者達に囁かれるが二人はまったく気に留めていない。
イアランは寝台の横でポツポツと語った。セオドラ王国よりずっと南の大陸で育ったこと、人買いに捕まり子どもの頃から奴隷として働いたこと、恵まれた体格やケンカの腕を買われて傭兵として戦線で戦ったこと、捕虜となりまた売り飛ばされたこと、そしてコランと出会ったのだということを。
コランはなるほどな、と腑に落ちた心地だった。イアランは言葉が通じにくいからあまり話さず表情も乏しいのだろうと思っていたが、過酷な環境に耐えるため心を閉じて自分を守ってきたのだろうと推測する。そして今でもイアランの心は閉ざされたままだ。
「お前は随分いろんなところに行ったのだね。僕はこの国から出たことがないのだ」
コランは贈り物を交換するように、自分のことを話した。幼少期は身体が弱く病気がちだったので城から出たことがなかったこと、なにをしても叱られたことがなかったが、長兄のクロムだけが容赦なく拳骨を振るって物事の善悪を教えてくれたこと、城に届いた検品に混入したランクの低い石を見つけた審美眼に気づき、宝石の鑑定の仕事を回してくれたこと。
「僕は、ずっと誰かに必要とされたかったのかもしれないね」
王族という立場や、病弱であることや希少なアルビノの個体ということが周りを萎縮させていた。何かあってはいけないからと、きょうだいで遊ぶことも飛ぶ練習も制限され、よく癇癪を起こし世話係を困らせた。
勉学に励んだところで、仕事を手伝いたいと申し出ても身体に障るからと何もさせてもらえない。クロムが審美眼を見出さなければ、コランもイアランと同じように心を閉ざしていたかもしれない。責任ある仕事を任せられるようになって、コランは随分落ち着いたのを自身でも感じている。
イアランもよく働いている。屈強な兵士のような見た目だが繊細な作業も得意だ。
今も無骨な太い指で、そうっとクサイチゴを摘みとっている。大きな図体を丸めて細々とした作業をしている様が、コランにはいじらしく見えた。手のひらいっぱいに赤い実を摘んできたイアランの横で、コランは口を開ける。イアランは無表情のまま、だがちゃんと意思を汲み取ってコランの口にクサイチゴを入れてやった。甘酸っぱい味が広がりコランがニコリとする。他の者がイアランを見ても無表情に見えるだろうが、目のいいコランにはイアランが少しだけ目元を緩めたのが分かった。コランの胸に熱が灯る。
コランは新しい奴隷の名を呼んだ。サファイアが含有する鉄を意味する。
ベリーがあちらこちらで実をつける夏の庭で、黒い長髪と麻のチュニックの裾が翻る。剪定をしていた木の屑や葉をはたき落としながら、イアランがコランのもとに駆けてくる。
「来客だ。厨房を手伝え」
「クロム様ですか」
「ああ、使いも手紙もなしに来るのはあいつくらいだ」
「ベリーを摘みます。すぐに行きます」
イアランは踵を返して庭に戻った。まだこの国の言葉に慣れていないが、随分と話しやすくなったなあとイアランが来たばかりのことを思い返す。
イアランがここにきて3ヶ月ほど経った。最初に苦労したのは言葉だった。イアランはほとんどコランたちの言葉が聞き取れない様子で、まったく話そうとしなかった。しかし侍従たちやコランが指差しや身振り手振りを駆使して仕事の内容を伝えると、瞬く間に覚えていった。
単語をなんとか繋げて会話らしきことができるようになると、コランはイアランの話を聞きたがった。毎夜のように自分の部屋に連れてきて、寝台に寝そべりながら寝物語をせがむ。奴隷というより愛人ではないかと離宮に勤める者達に囁かれるが二人はまったく気に留めていない。
イアランは寝台の横でポツポツと語った。セオドラ王国よりずっと南の大陸で育ったこと、人買いに捕まり子どもの頃から奴隷として働いたこと、恵まれた体格やケンカの腕を買われて傭兵として戦線で戦ったこと、捕虜となりまた売り飛ばされたこと、そしてコランと出会ったのだということを。
コランはなるほどな、と腑に落ちた心地だった。イアランは言葉が通じにくいからあまり話さず表情も乏しいのだろうと思っていたが、過酷な環境に耐えるため心を閉じて自分を守ってきたのだろうと推測する。そして今でもイアランの心は閉ざされたままだ。
「お前は随分いろんなところに行ったのだね。僕はこの国から出たことがないのだ」
コランは贈り物を交換するように、自分のことを話した。幼少期は身体が弱く病気がちだったので城から出たことがなかったこと、なにをしても叱られたことがなかったが、長兄のクロムだけが容赦なく拳骨を振るって物事の善悪を教えてくれたこと、城に届いた検品に混入したランクの低い石を見つけた審美眼に気づき、宝石の鑑定の仕事を回してくれたこと。
「僕は、ずっと誰かに必要とされたかったのかもしれないね」
王族という立場や、病弱であることや希少なアルビノの個体ということが周りを萎縮させていた。何かあってはいけないからと、きょうだいで遊ぶことも飛ぶ練習も制限され、よく癇癪を起こし世話係を困らせた。
勉学に励んだところで、仕事を手伝いたいと申し出ても身体に障るからと何もさせてもらえない。クロムが審美眼を見出さなければ、コランもイアランと同じように心を閉ざしていたかもしれない。責任ある仕事を任せられるようになって、コランは随分落ち着いたのを自身でも感じている。
イアランもよく働いている。屈強な兵士のような見た目だが繊細な作業も得意だ。
今も無骨な太い指で、そうっとクサイチゴを摘みとっている。大きな図体を丸めて細々とした作業をしている様が、コランにはいじらしく見えた。手のひらいっぱいに赤い実を摘んできたイアランの横で、コランは口を開ける。イアランは無表情のまま、だがちゃんと意思を汲み取ってコランの口にクサイチゴを入れてやった。甘酸っぱい味が広がりコランがニコリとする。他の者がイアランを見ても無表情に見えるだろうが、目のいいコランにはイアランが少しだけ目元を緩めたのが分かった。コランの胸に熱が灯る。
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