鉱石の国の黒白竜

SF

文字の大きさ
上 下
1 / 16

第一話

しおりを挟む
 一年前に買った奴隷に逃げられた。
 そんな噂の的になっているのは竜人の国ーーセオドラ王国の末の王子、コランだ。珍しいアルビノの竜人で、幼少の頃から身体が弱かった。竜人は発情期を迎えることで成人とみなされるが、それまで生きられぬだろうと言われており甘やかされて育った。今年で二十歳になるが、いまだに姿も心も十代前半の少年のままだ。
 我が強くわがままな王子に手を焼いた両親は、南の離宮を任せるという名目で城から体よく彼を追いやった。そんな背景から、奴隷に逃げられたと耳にした者はさもありなんと溜息を落とすのであった。
 当のコランは大いに不貞腐れていた。いつも機嫌が悪くなると逃げ込む庭の四阿で膝を抱えている。紅玉ルビーに似た虹彩は伏せられた白い睫毛に隠れ、眉間には皺が寄る。そんな表情とは対照的に、南の離宮の庭は麗かだ。張り巡らされた水路からたっぷり水を得て咲き誇るクロッカスやダッホデルの間を風が渡る。
 ざり、と石畳と砂が擦れる音がした。その足音は侍従の誰のものでもない。コランは素早く振り返った。

「イアラン!?」

 いなくなった奴隷の名を呼ぶ。ただのしもべを呼ぶには切実な響きであった。
「なんて顔してんだよ。だったら迎えに行けばいいじゃねえか」
 応えた声の持ち主は大柄な偉丈夫で、コランと同じく肌に鱗が生えている。ただ、肌の色は赤く、鱗はコランのそれよりも凹凸が大きい。コランの鱗は薄く、光が当たるとようやく白く輪郭が浮かぶ程度だ。
 コランは華奢な肩を落とした。
「帰れ、クロム」
 王太子である兄からふいと顔を背ける。クロムはどこ吹く風で、隣に腰を下ろしたが。
「まあお前は腐っても王子サマなんだから、新しい"嫁"の来手もあるんじゃねえの?」
「馬鹿にするな。イアランはきっと帰ると言った。あいつは僕との約束を破ったりしない」
「そうは言っても、里帰りしてもう半年だろ?本当に逃げられたんじゃ」
「僕も待つと言った。僕もイアランとの約束を守るんだ」
 はぁん、とクロムは口の端を上げた。それきり、会話は途切れた。二人が並んで見つめる先には海が凪いでいた。それは待ち人の目とよく似た色で、彼が旅立った故郷に繋がっていた。


イアランと出会ったのは城下の市場だった。
 クロムが城下の偵察をすると言うのでコランは駄々をこねついていった。クロムが遊びに行く時の常套句だということを、コランはちゃんと知っていた。外面が非常にいい王太子に周りが融通をきかせてくれることも。
 王族の証である首飾りトルクを外し、チュニックの腰にベルトを巻き、庶民と同じように麻のズボンを履いて闊歩する。
 セオドラ王国は裕福な国だ。さまざま金属や宝石の鉱脈が領土内で入り混じり、それらを採掘して自国で加工し生活必需品を作ったり、隣国へ輸出したりしている。居住区は緑の山と高い城壁に囲まれた山岳部にあるため、輸出入の際は配送を担う竜人たちが各地に"飛んで"いく。
 市場には今日も南の海で獲れた色とりどりの魚や北方で栽培された甘みの強い根菜や果樹が並ぶ。
 太陽が空の真上にある時の市場は賑やかだ。昼食にソーダブレッドやじゃがいものパンケーキを買い求める労働者、夕食の買い物をする主婦でごった返す。
 人混みの中、コランは東の鉱山で採れるサファイアのような青色と目が合った。
「クロム、あれが欲しい」
 コランの白い指先を目で追うと、黒い巨躯が目に飛び込んできてクロムはギョッとした。脂が滲む黒く長い髪に垢だらけの褐色の肌は衛生的とは言いがたい。砂埃にまみれた腰布だけをまとい、足首と手首は鎖に繋がれていた。
 一目見て、奴隷だと分かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

【第1部完結】佐藤は汐見と〜7年越しの片想い拗らせリーマンラブ〜

有島
BL
◆社会人+ドシリアス+ヒューマンドラマなアラサー社会人同士のリアル現代ドラマ風BL(MensLove)  甘いハーフのような顔で社内1のナンバーワン営業の美形、佐藤甘冶(さとうかんじ/31)と、純国産和風塩顔の開発部に所属する汐見潮(しおみうしお/33)は同じ会社の異なる部署に在籍している。  ある時をきっかけに【佐藤=砂糖】と【汐見=塩】のコンビ名を頂き、仲の良い同僚として、親友として交流しているが、社内一の独身美形モテ男・佐藤は汐見に長く片想いをしていた。  しかし、その汐見が一昨年、結婚してしまう。  佐藤は断ち切れない想いを胸に秘めたまま、ただの同僚として汐見と一緒にいられる道を選んだが、その矢先、汐見の妻に絡んだとある事件が起きて…… ※諸々は『表紙+注意書き』をご覧ください<(_ _)>

23時のプール

貴船きよの
BL
輸入家具会社に勤める市守和哉は、叔父が留守にする間、高級マンションの部屋に住む話を持ちかけられていた。 初めは気が進まない和哉だったが、そのマンションにプールがついていることを知り、叔父の話を承諾する。 叔父の部屋に越してからというもの、毎週のようにプールで泳いでいた和哉は、そこで、蓮見涼介という年下の男と出会う。 彼の泳ぎに惹かれた和哉は、彼自身にも関心を抱く。 二人は、プールで毎週会うようになる。

one night

雲乃みい
BL
失恋したばかりの千裕はある夜、バーで爽やかな青年実業家の智紀と出会う。 お互い失恋したばかりということを知り、ふたりで飲むことになるが。 ーー傷の舐め合いでもする? 爽やかSでバイな社会人がノンケ大学生を誘惑? 一夜だけのはずだった、なのにーーー。

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

次男は愛される

那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男 佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。 素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡ 無断転載は厳禁です。 【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】 12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。 近況ボードをご覧下さい。

【完結】友人のオオカミ獣人は俺の事が好きらしい

れると
BL
ずっと腐れ縁の友人だと思っていた。高卒で進学せず就職した俺に、大学進学して有名な企業にし就職したアイツは、ちょこまかと連絡をくれて、たまに遊びに行くような仲の良いヤツ。それくらいの認識だったんだけどな。・・・あれ?え?そういう事ってどういうこと??

どうしてもお金が必要で高額バイトに飛びついたらとんでもないことになった話

ぽいぽい
BL
配信者×お金のない大学生。授業料を支払うために飛びついた高額バイトは配信のアシスタント。なんでそんなに高いのか違和感を感じつつも、稼げる配信者なんだろうと足を運んだ先で待っていたのは。

処理中です...