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2.αだけど巣作りするよ!

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 結局徹夜してしまったが、それで学校生活に支障をきたすほどやわな鍛え方はしていない。
 それに、毎朝春太郎を迎えに行くことを忘れちゃいけない。
 高級住宅街と呼ばれる俺の家がある場所から歩いて十分。春太郎のアパートは風呂なしでトイレ共同、部屋は畳張りでキッチンはガスコンロ、見た目はレトロかつ昭和の香りが漂っている。春太郎はどっからどう見てもボロアパートだろって言うけれど、将来こじんまりした部屋で春太郎とイチャイチャ暮らすのも悪くない。
「春太郎! おはよー!」
 一階にある春太郎の部屋のインターホンを押す。足音がバタバタ聞こえてきて、ドアがバーン! と開け放たれる。
 学ランは着ているけど、金髪に櫛を通していないのかほわっと浮いている。あ、かわいい。息をするようにスマホを取り出しパシャっと撮っていた。
「体調、は?」
 春太郎の瞳が揺れる。
「ん? なになに?」
「昨日、早退して」
「あー! 大丈夫大丈夫! もうね、バッチリ元気だし春太郎の顔見たらもっと元気になったよね!」
 背伸びして春太郎の頭を撫でくりまわす。ハの字になっていた眉毛がますます下がり、そっか、って春太郎は嘆息した。
「うおぉもしかして心配してくれてた? キュンです!」
「近所迷惑だから静かにしてて」
 春太郎の眉はキリッと上向きに戻って、態度もいつもの塩対応に戻ってしまった。
 準備してくるってドアを閉められた瞬間、春太郎の部屋の匂いがふわっと鼻をくすぐった。桃とか杏子みたいな甘い匂い。ヒートが近いのかな。甘い匂いが濃くなっている気がする。スーハー残り香を吸い込みつつ、春太郎の巣作りについて考える。
 やっぱり俺の服とか靴とか春太郎ん家に持ってきた方がいいのかなあ。でも内緒にしてびっくりさせたい気持ちもあるし。はっ!? 春太郎がサプライズ苦手だったらどうしよう!?
 玄関から出てきた春太郎に迫る。
「春太郎ってさ、サプライズ好き?!」
「え、まあ、嫌いじゃあ、ないけど」
「よしっ!」
 小さくガッツポーズする俺に、春太郎は目を眇める。いつもの反応だから気にしない。
 春太郎と手を繋いで学校に向かう。誰かとすれ違おうものなら春太郎はすかさず手を離してしまうから、誰も近付くなよ~と曲がり角に差し掛かるたび念じている。
 今日は十五メートルも一緒に歩けた。幸せ!
「雪政、暑くない?」
 白いカッターシャツを着た春太郎が眩しい。うちの高校では六月に入ったら衣替えに入る。
 でも俺はカッターシャツの下にTシャツを一枚余分に着ている。無論、春太郎の巣作りの材料にするためだ。一枚でも多く匂いをつけとかないとな。昨日はしばらく着ていない服をクローゼットから全部引っ張り出してきてやったぜ。
「大丈夫大丈夫! 俺頑張るから!」
「また早退するなよ」
「大丈夫だって! 春太郎こそ無理するなよ。ちゃんと抑制剤飲んでるか?」
「それセクハラだから」
「あ、ごめん。ところでさ、春太郎って、巣作りとか……する?」
「だからヒートのこと聞くのはセクハラなんだって。まあ……したことは、ないかな」
「したい? 俺の服とかあった方が安心する?」
「いらない。変態くさそうだし」
 そう言いつつ、春太郎の顔はすーっと俺のこめかみあたりに近づいてきてスンと鼻が動く。
 うおぉ顔近い! まつ毛なっがい! それで、あれ? なんか目が潤んでない? 甘い匂いも濃くなってるような気がする。
 ドギマギしながら「春太郎……」と声をかけると、パッと長身を跳ね上げた。
 何事もなかったかのようにスタスタ歩いていく。
「マジで無理するなよ、ヤバかったらすぐ帰るんだぞ」
 春太郎はうん、うん、と生返事を返しながらも、教室に入るまで顔を見せてくれなかった。
 前より早くヒートが来るんじゃないかなコレ。これは急がないと。

 それからというもの、俺はカッターシャツの下に毎日一枚余分に服を着て学校に行くようになった。一枚でも多く匂いをつけて、巣作りの材料を用意しておきたい。
 あと、休みの日は物件探しに奔走した。今までは毎週のようにお互いの家に行き来していたけど我慢する。春太郎に会える日が減るなんて寂しい。
 でも春太郎が少しでも快適に過ごせる場所を探したかった。厳選した結果『ヒート中も安心! 巣篭もりプラン』と謳うホテルの部屋を押さえた。広い室内にふかふかのキングサイズのベッド、風呂が入れない時に使うボディシートや食事が取れない時のゼリー飲料等アメニティも充実している。寝具や服の持ち込みOKでセキュリティもバッチリだ。
 急にヒートが来た場合も考えて、春太郎の家に荷物を運び込めるよう手配もしておいた。と言っても、荷物をまとめてお手伝いさんに運んでもらうよう頼んだだけだけど。春太郎が家に来た時「なんか部屋スッキリしてない?」って言われたけど片付けただけだと誤魔化した。危ない危ない。
 でもこれでいつヒートが来ても大丈夫だ。
 久しぶりに春太郎の家のインターホンを押す。休みの日に遊びに来たのは半月ぶりだ。学校でも毎日会っているけど、私服を着た春太郎はまた別腹なのである。
 いつもは一度鳴らしただけで出てくるのに、今日は出てこないし部屋の中から音もしない。
 最近ちょっとしんどそうだったから心配だ。懲りずに絡んでくるヤンキーを一発で仕留めきれなかったり、三つは持ってくる弁当箱が二つに減っていたりした。
 スマホで春太郎に電話をかけたけど出ない。よし、じゃあGPSだ。
 アプリを起動させたら、この近くのコンビニでアイコンがチカチカしている。すれ違っただけみたいだな。近くだし迎えに行くか。
 ゲームやスナック菓子やジュースを満載したリュックを抱え直し、コンビニに向かった。
 コンビニに着くと、春太郎がちょうど出てくるところだった。
 鳳凰の刺繍が入った和柄シャツを着た春太郎は文句なしにかっこいい。両手に下げた、シロクマとアイスの柄のエコバッグが大変かわいくてよろしい。
 でも、春太郎は俺を睨むとアパートとは反対の方向に、もっと言えば俺を避けて歩いて行ってしまった。
 えっなんで。
「春太郎、待てって」
 ダッシュで追いかければ、春太郎も走るスピードを上げる。いつの間にか俺たちは全速力で追いかけっこしていた。
 でも途中で春太郎が視界からふっと消えた。正確には、道路に膝をついて息を荒げている。慌てて背中に触れればぶわりと熟した桃みたいな甘い匂いが広がった。吸い込めば頭がくらくらして理性が霞んでいく。
 もしかしてヒートか?!
「大丈夫か?!」
 春太郎は立ちあがれないくらいしんどそうなのに、チラチラとうなじに目が行ってしまう。何すればいい? 救急車呼ぶか? それより抑制剤持ってきた方が、いや、家に連れていった方が早いか?
 あーもう匂いで頭が働かねえし!
 さらにこんなクソ忙しい時に、コッテコテのヤンキーがゾロゾロやってくる始末だ。
「おいおいマジでいやがったよ、ヒート中のオメガがよぉ!」
「こっちのイケメンか奥のデカい方かどっちだ?」
「デカい方だろ、コンビニから様子おかしかった」
  クソッ、そこから目をつけてたのか。普段春太郎にワンパンでやられているからって、弱っているところを狙うなんて卑怯だぞ。
 春太郎はギラリと凶暴に目を光らせ、ふらりと立ち上がった。
どっから手をつけたらいいんだよコレ?!
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