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さらば横浜チャイナタウン×WALKMAN
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・拙作「WALKMAN」シリーズとのクロスオーバー作品。
・本編が始まる前の話。スイ視点。
ーーーーーーー
「あーあ、そういうのよくないと思うけど?」
部屋の大半をベッドが占めているような安いラブホテルは設備があまりよくない。蛍光灯がチカチカして切れかかっている。
不安定な照明の中、マッチングアプリで出会った相手の財布から、お金を抜くのをしっかり見られてしまった。
相手は二十代半ばのイケメンで、筋肉の凹凸がハッキリ分かる身体もかっこいい。目と口の造形は婀娜っぽくて、そのアンバランスさが色気を醸し出している。
「お前だろ、ホテル行った相手の財布から金抜いてるって野郎は」
その人はシャワーを浴びに行ったはずなのに、服を着たまま洗面所から出てきて手にはスマホを構えている。カメラのライトが点滅していた。僕を見張っていたんだね。ボディバックを置いていったのもわざとかな。
「わりぃけど通報するわ。あーあ、非番だったんだけどな」
その人はスマホをタップする。消防・・・いや、警察官なのかな?
僕もスマホを取り出して、マッチングアプリからその人のプロフィールを開いてみる。ああそうそう、ショウイチって名前だったっけ。
「あの、いいんですか。職場にバレても」
「は?ゲイバレしたとこで今さら。俺もとから嫌われてるし」
ショウイチさんは鼻で笑うけど、僕は続けた。
「いえ、未成年をホテルに連れ込んで、大丈夫なんですか?」
「あ?」
目を見開いて口元を引き攣らせる。
「待っ、お前いくつだよ」
「中学生です」
「ちゅっ・・・・・・」
ショウイチさんは絶句して、僕を上から下まで目でなぞり、それからマジかよって頭を抱えていた。
年齢を偽るのはそう難しくない。大人と変わらない体格だし、声変わりも終わっている。スーツも着てきて社会人を装って近づいたら簡単に引っかかってくれた。
でもこのやり方はもうダメだね。お金を稼ぐには別の方法を考えなきゃ。両親はその日の食事すら用意してくれないからあてにならないし。
「いや、いいや。オモテにでなきゃいい」
「身内を庇うのお上手ですもんね」
「うるせえ」
と言いつつ、ショウイチさんはスマホを手に取る。正義感があるんだかないんだか。僕もベッドに座りスマホを開いた。
「でも、前科あるでしょ?別の子と」
ショウイチさんの目がこちらを向いた。
僕のスマホには、その子とラブホテルに入る写真やショウイチさんの生育歴やSNSでの危なっかしい投稿なんかが情報屋からバンバン届いている。サービス精神旺盛なのは助かるけど、対価がお金だけで済むかなこれ。変な仕事頼まれないといいけど。
「あ、やっぱり警察官なんですね。裏アカとはいえこんな際どいの載せて大丈夫ですか?
あ、あの子は高校生なんだ。・・・苗字なんて読むんだろ。ニラ・・・サキ?」
「ソイツは関係ねえだろ」
ふうん、これか。この人が引っかかるネタは。
ショウイチさんは口元に笑みを浮かべているけど、鋭い視線で僕を射る。
大事な人なのかな。いいね、そんな人がいて。
「あのな、いいこと教えてやるよ。俺はお前みたいな澄ました上から目線の野郎ほど燃えるんだ」
ベッドにショウイチさんの膝が掛かりギシリと鳴る。これは多分脅しだ。気にしなくていい。
その証拠に、身体や顔は迫ってきているけど指一本触れてこない。冷静に要求を突きつける。
「僕は、このまま帰して欲しいだけです。お金はいらないし、そのスマホも必要ありません。身体を差し出せと言うならご自由に」
僕は降参とばかりに両手を掲げ、ベッドに身を投げ出す。身ぐるみを剥がされたってちっとも困らない。
だって僕は何も持っていない。お金もちゃんとした経歴も心配してくるような人も。
ショウイチさんは腕で僕の顔を囲いじっと見つめてくる。その間、軽蔑、疑惑、嫌悪、焦燥と色々な感情が浮かんでは消えていく。そのどれもぶつけられるのは慣れっこだ。
でも、最後に見た事がない表情が現れた。ショウイチさんの眉が下がっていき、目には湿度を帯びていく。昔、どこかで向けられた覚えがある。ああ、確か"かわいそう"って言葉とセットだった。
「・・・アイツと同じくらい・・・か」
ショウイチさんはそう呟くと
「まあ、未遂だし・・・今日は休みだしな」
と起き上がった。スマホをボディバッグにしまい、そしてなぜか財布を出して千円札を何枚か僕に握らせる。
「ホテル代。割り勘な」
「え?僕も払うんですか?」
「当たり前だろ。変な貸し借りはナシだ」
それから僕に背を向け、金と時間の無駄だったとかどこでヤるかなとか不満を垂れ流しながら部屋を出て行く。
今まで、下心満載でホテル代は払うよ、ご飯奢るよって寄ってくる人はたくさんいたし、お金を盗ろうとしたら罵詈雑言を浴びせてきたり乱暴しようとしてくる人もいた。
でも、こういうさっぱりした人もいるんだなあ。
「ありがとう。優しい人ですね」
「うるせえ、二度目はねえからなクソガキ」
不機嫌を扉にぶつけて、あの人は出ていった。
今度からは相手をもっと調べなくちゃだめだね。信頼させる時間と工夫も必要だ。ターゲットを一人に絞った方がいいかも。
それに、あの人根はいい人だろうから使えそうだよね。また会えたらいいな。
広いベッドで大の字になる。手足を伸ばして寝られるのは久しぶりだし洗い立てのシーツは心地いい。一人でゆっくりする時間もできたけど、あの人が僕の見えないところで通報しないとも限らない。すぐ出ていった方がいいよね。
寛ぐ時間を惜しみつつもチェックアウトした。
電車に乗ると、高架からあのラブホテルが見えて、その周りにはパトカーの赤いランプがちらちら光っていた。
やっぱりね。信用しなくて良かったよ。
電車に揺られながらあの人の名前と顔を記憶から取り出して、それから夜の帷の向こうに投げ捨てた。
end
・本編が始まる前の話。スイ視点。
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「あーあ、そういうのよくないと思うけど?」
部屋の大半をベッドが占めているような安いラブホテルは設備があまりよくない。蛍光灯がチカチカして切れかかっている。
不安定な照明の中、マッチングアプリで出会った相手の財布から、お金を抜くのをしっかり見られてしまった。
相手は二十代半ばのイケメンで、筋肉の凹凸がハッキリ分かる身体もかっこいい。目と口の造形は婀娜っぽくて、そのアンバランスさが色気を醸し出している。
「お前だろ、ホテル行った相手の財布から金抜いてるって野郎は」
その人はシャワーを浴びに行ったはずなのに、服を着たまま洗面所から出てきて手にはスマホを構えている。カメラのライトが点滅していた。僕を見張っていたんだね。ボディバックを置いていったのもわざとかな。
「わりぃけど通報するわ。あーあ、非番だったんだけどな」
その人はスマホをタップする。消防・・・いや、警察官なのかな?
僕もスマホを取り出して、マッチングアプリからその人のプロフィールを開いてみる。ああそうそう、ショウイチって名前だったっけ。
「あの、いいんですか。職場にバレても」
「は?ゲイバレしたとこで今さら。俺もとから嫌われてるし」
ショウイチさんは鼻で笑うけど、僕は続けた。
「いえ、未成年をホテルに連れ込んで、大丈夫なんですか?」
「あ?」
目を見開いて口元を引き攣らせる。
「待っ、お前いくつだよ」
「中学生です」
「ちゅっ・・・・・・」
ショウイチさんは絶句して、僕を上から下まで目でなぞり、それからマジかよって頭を抱えていた。
年齢を偽るのはそう難しくない。大人と変わらない体格だし、声変わりも終わっている。スーツも着てきて社会人を装って近づいたら簡単に引っかかってくれた。
でもこのやり方はもうダメだね。お金を稼ぐには別の方法を考えなきゃ。両親はその日の食事すら用意してくれないからあてにならないし。
「いや、いいや。オモテにでなきゃいい」
「身内を庇うのお上手ですもんね」
「うるせえ」
と言いつつ、ショウイチさんはスマホを手に取る。正義感があるんだかないんだか。僕もベッドに座りスマホを開いた。
「でも、前科あるでしょ?別の子と」
ショウイチさんの目がこちらを向いた。
僕のスマホには、その子とラブホテルに入る写真やショウイチさんの生育歴やSNSでの危なっかしい投稿なんかが情報屋からバンバン届いている。サービス精神旺盛なのは助かるけど、対価がお金だけで済むかなこれ。変な仕事頼まれないといいけど。
「あ、やっぱり警察官なんですね。裏アカとはいえこんな際どいの載せて大丈夫ですか?
あ、あの子は高校生なんだ。・・・苗字なんて読むんだろ。ニラ・・・サキ?」
「ソイツは関係ねえだろ」
ふうん、これか。この人が引っかかるネタは。
ショウイチさんは口元に笑みを浮かべているけど、鋭い視線で僕を射る。
大事な人なのかな。いいね、そんな人がいて。
「あのな、いいこと教えてやるよ。俺はお前みたいな澄ました上から目線の野郎ほど燃えるんだ」
ベッドにショウイチさんの膝が掛かりギシリと鳴る。これは多分脅しだ。気にしなくていい。
その証拠に、身体や顔は迫ってきているけど指一本触れてこない。冷静に要求を突きつける。
「僕は、このまま帰して欲しいだけです。お金はいらないし、そのスマホも必要ありません。身体を差し出せと言うならご自由に」
僕は降参とばかりに両手を掲げ、ベッドに身を投げ出す。身ぐるみを剥がされたってちっとも困らない。
だって僕は何も持っていない。お金もちゃんとした経歴も心配してくるような人も。
ショウイチさんは腕で僕の顔を囲いじっと見つめてくる。その間、軽蔑、疑惑、嫌悪、焦燥と色々な感情が浮かんでは消えていく。そのどれもぶつけられるのは慣れっこだ。
でも、最後に見た事がない表情が現れた。ショウイチさんの眉が下がっていき、目には湿度を帯びていく。昔、どこかで向けられた覚えがある。ああ、確か"かわいそう"って言葉とセットだった。
「・・・アイツと同じくらい・・・か」
ショウイチさんはそう呟くと
「まあ、未遂だし・・・今日は休みだしな」
と起き上がった。スマホをボディバッグにしまい、そしてなぜか財布を出して千円札を何枚か僕に握らせる。
「ホテル代。割り勘な」
「え?僕も払うんですか?」
「当たり前だろ。変な貸し借りはナシだ」
それから僕に背を向け、金と時間の無駄だったとかどこでヤるかなとか不満を垂れ流しながら部屋を出て行く。
今まで、下心満載でホテル代は払うよ、ご飯奢るよって寄ってくる人はたくさんいたし、お金を盗ろうとしたら罵詈雑言を浴びせてきたり乱暴しようとしてくる人もいた。
でも、こういうさっぱりした人もいるんだなあ。
「ありがとう。優しい人ですね」
「うるせえ、二度目はねえからなクソガキ」
不機嫌を扉にぶつけて、あの人は出ていった。
今度からは相手をもっと調べなくちゃだめだね。信頼させる時間と工夫も必要だ。ターゲットを一人に絞った方がいいかも。
それに、あの人根はいい人だろうから使えそうだよね。また会えたらいいな。
広いベッドで大の字になる。手足を伸ばして寝られるのは久しぶりだし洗い立てのシーツは心地いい。一人でゆっくりする時間もできたけど、あの人が僕の見えないところで通報しないとも限らない。すぐ出ていった方がいいよね。
寛ぐ時間を惜しみつつもチェックアウトした。
電車に乗ると、高架からあのラブホテルが見えて、その周りにはパトカーの赤いランプがちらちら光っていた。
やっぱりね。信用しなくて良かったよ。
電車に揺られながらあの人の名前と顔を記憶から取り出して、それから夜の帷の向こうに投げ捨てた。
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