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七夕番外編
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※本編終了後の話。ネタバレ無し
出先からの帰り道、雨が降ってきてアパートの庇の下に駆け込んだ。降り始めたところで駆け足で帰ったから大して濡れずにすんだ。
もう大粒の雨が屋根を叩いて雨樋から細く水が流れ始めている。
部屋に向かい鍵を開けようとするけど閉まってしまった。もう開いていたらしい。
もしかして、とドアを開けるが誰もいなかった。
スイが帰ってきたかも、と思ったけど単に閉め忘れていただけだったみたいだ。まあ盗られて困るようなものは何もないのだけれど。
座椅子に腰を下ろしてスマホを点ければ通知が来ていた。少しだけ期待しながらメッセージアプリを開くと、星のエフェクトが画面に舞い"今日は七夕です。大切な人にメッセージを送りましょう"とのポップな文字が踊った。
ふーん、そうなんだ。織姫と彦星ほどじゃないけど、相変わらず会えない日は多い。メッセージが来ても業務連絡みたいな感じだし滅多に届くこともない。
そのままスマホをいじっていると、いつもは気にならないのに雨の音がやけに耳に障った。部屋の中は空っぽだからよく響く。
最後に会ったのはいつだっけ。来月には帰るよ、って言ってたけど、って、もうそれくらい経ってんじゃねえか?
なんとなく、スイに電話をかけてみる。電話に出ないことも珍しくないけど
『もしもし?どうしたの?』
少し心配を滲ませた、穏やかな声が聞こえてきた。
『何かあった?』
「別に。そろそろ帰ってくる頃かなって」
『あ、すごいね。ちょうど駅に着いたんだけど雨が』
ホントにすごい偶然だ。ちょっとだけ気分が高揚する。
「待ってろ、傘持って行くから」
『いいよ、タクシー拾うし』
「バーカそんなすぐに掴まるかよ。いいから待ってろ」
スマホを耳に当てながら立ち上がり、玄関に立てかけてある傘を2本持ってスニーカーに足先を引っ掛けた。通話を切った後、ふと悪戯な思いつきが閃いてせっかく履いた靴を脱ぐ。
手早く準備した後、今度こそ鍵を閉めて最寄駅へ向かった。
スイは駅の入り口の屋根の下にいた。スラリとした体躯にスーツを纏っている。まだ雫一つついていない。
少し離れたところにあるタクシーやバスの乗り場には長蛇の列が出来ている。考えることは皆同じか。
なるべく気配を消してスイに近づく。けど
「あ、レン」
速攻でバレた。スイはニコニコしながら雨の中を歩いてくる。
「バカ、濡れるだろ。せっかく持ってきてやったのに」
屋根の下に押し込んで傘を渡す。スイは礼を言って受け取った後
「なんで女の子の格好してるの?髪は?」
とショートウルフにカットした髪に指を通してきた。ストレートのままにしたから、サラサラとスイの指の間からこぼれ落ちる。
「今日切ってきたとこ。気づくの早すぎだろ」
ちょっと驚かせてやろうと思って、メローTシャツとペプラムデザインのミディアムスカートにわざわざ着替えてきた。
髪も短くなって別人に見えるかなと思ったけど、顔を見た瞬間バレるとは。
「すぐ分かったよ。だってレンだもん」
スイは屈託なく笑う。傘を開いて一歩前に出ると、スイは俺の手を引く。
それから傘の柄を持って俺とスイの間に持ってくる。
「自分の使えよ」
「このままでいいよ」
スイがどんどん歩いていくものだから追いかけざるを得ない。離れようとすると「濡れるよ」と俺の肩を抱いた。傘からはみ出たスイの肩はもう濡れて色を濃くしている。
下手に動くともっと濡れるだろうから、一本の傘の下でぎゅうぎゅうに身を寄せ合ったままアパートまで帰った。
雨はますます強くなってきて、夜になっても止みそうにない。けど「星は見えそうにないね」って言うスイが隣にいるから
「どうでもいいだろ別に」
と答えたのだった。
end
出先からの帰り道、雨が降ってきてアパートの庇の下に駆け込んだ。降り始めたところで駆け足で帰ったから大して濡れずにすんだ。
もう大粒の雨が屋根を叩いて雨樋から細く水が流れ始めている。
部屋に向かい鍵を開けようとするけど閉まってしまった。もう開いていたらしい。
もしかして、とドアを開けるが誰もいなかった。
スイが帰ってきたかも、と思ったけど単に閉め忘れていただけだったみたいだ。まあ盗られて困るようなものは何もないのだけれど。
座椅子に腰を下ろしてスマホを点ければ通知が来ていた。少しだけ期待しながらメッセージアプリを開くと、星のエフェクトが画面に舞い"今日は七夕です。大切な人にメッセージを送りましょう"とのポップな文字が踊った。
ふーん、そうなんだ。織姫と彦星ほどじゃないけど、相変わらず会えない日は多い。メッセージが来ても業務連絡みたいな感じだし滅多に届くこともない。
そのままスマホをいじっていると、いつもは気にならないのに雨の音がやけに耳に障った。部屋の中は空っぽだからよく響く。
最後に会ったのはいつだっけ。来月には帰るよ、って言ってたけど、って、もうそれくらい経ってんじゃねえか?
なんとなく、スイに電話をかけてみる。電話に出ないことも珍しくないけど
『もしもし?どうしたの?』
少し心配を滲ませた、穏やかな声が聞こえてきた。
『何かあった?』
「別に。そろそろ帰ってくる頃かなって」
『あ、すごいね。ちょうど駅に着いたんだけど雨が』
ホントにすごい偶然だ。ちょっとだけ気分が高揚する。
「待ってろ、傘持って行くから」
『いいよ、タクシー拾うし』
「バーカそんなすぐに掴まるかよ。いいから待ってろ」
スマホを耳に当てながら立ち上がり、玄関に立てかけてある傘を2本持ってスニーカーに足先を引っ掛けた。通話を切った後、ふと悪戯な思いつきが閃いてせっかく履いた靴を脱ぐ。
手早く準備した後、今度こそ鍵を閉めて最寄駅へ向かった。
スイは駅の入り口の屋根の下にいた。スラリとした体躯にスーツを纏っている。まだ雫一つついていない。
少し離れたところにあるタクシーやバスの乗り場には長蛇の列が出来ている。考えることは皆同じか。
なるべく気配を消してスイに近づく。けど
「あ、レン」
速攻でバレた。スイはニコニコしながら雨の中を歩いてくる。
「バカ、濡れるだろ。せっかく持ってきてやったのに」
屋根の下に押し込んで傘を渡す。スイは礼を言って受け取った後
「なんで女の子の格好してるの?髪は?」
とショートウルフにカットした髪に指を通してきた。ストレートのままにしたから、サラサラとスイの指の間からこぼれ落ちる。
「今日切ってきたとこ。気づくの早すぎだろ」
ちょっと驚かせてやろうと思って、メローTシャツとペプラムデザインのミディアムスカートにわざわざ着替えてきた。
髪も短くなって別人に見えるかなと思ったけど、顔を見た瞬間バレるとは。
「すぐ分かったよ。だってレンだもん」
スイは屈託なく笑う。傘を開いて一歩前に出ると、スイは俺の手を引く。
それから傘の柄を持って俺とスイの間に持ってくる。
「自分の使えよ」
「このままでいいよ」
スイがどんどん歩いていくものだから追いかけざるを得ない。離れようとすると「濡れるよ」と俺の肩を抱いた。傘からはみ出たスイの肩はもう濡れて色を濃くしている。
下手に動くともっと濡れるだろうから、一本の傘の下でぎゅうぎゅうに身を寄せ合ったままアパートまで帰った。
雨はますます強くなってきて、夜になっても止みそうにない。けど「星は見えそうにないね」って言うスイが隣にいるから
「どうでもいいだろ別に」
と答えたのだった。
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