6 / 8
嫁ぎ先の諸事情
しおりを挟む
私は玄関の前でペタンと座り込みました。
侍女や執事達が何やら必至に話しかけてきましたが、彼らの言葉は全く私の耳には入ってきませんでした。
そして玄関が開いて城から帰って来た夫が屋敷に足を踏み入れた瞬間、私は夫の脇をすり抜けて外へ飛び出した。
私は夢中で広い庭の中を走り回った。この屋敷を出て行く前に、どうしてもカミラ様の花壇というものを見ておきたかった。春先にはまだ何も生えていなかったので。
数分間走り回って、私はようやく豪奢な噴水の側にある立派な花壇を見つけた。
しかし、その花壇を見た瞬間、頭がクラッとした。そして私はようやくその場の環境の異常さに気が付いた。
暑い、暑い、暑い・・・
いや、暑いなんてものじゃない!
まるでサウナの中のようだ…
熱した布団にぐるぐる巻きにされているみたいで息苦しい、喉が焼けるようだ…
両手で頭を抱えると、黒髪のせいか、熱せられ熱すぎて、私は慌てて手を離した。
額から汗がダラダラと流れてきて、いくら手で拭っても垂れてきて、それが目に入って凄く痛い……
「アリスティ・・・」
私の名を呼ぶ夫の声がしたので振り返ったが、汗で目が霞んで何も見えなかった。
何故夫が自分を外へ出さなかったのかがわかった。
それを教えてくれなかった理由はわからないけど……
何で花束をくれなかったのかもわかった。
それを教えてくれなかった理由はわからないけれど……
どうか、私の事など忘れて新しい奥様を見つけて下さい。私のように言い付けを破る事のない従順な方をお選び下さいませ……
嫉妬のあまりにコロッと騙される女ではなく……
激しい頭痛と気持ち悪さに加えて目眩を起こした私は、その場に倒れてしまった。
焼けたように熱い石畳に接し、両腕に焼けるような痛みを覚えた。
ああ、私はここで死ぬのだなと思った。
そして真っ白な視界に入ったのは、金色に輝く髪に緑色の瞳をした、美しい夫の悲しい顔だった・・・
❋ ❋ ❋ ❋ ❋ ❋ ❋
氷風呂の中で私が目を覚ました時、夫が私の手を握って泣いていた。そして夫のスーツはびしょ濡れだった。
私は熱中症だった。
ずっと快適な屋敷や地下街にいたのに、いきなり四十度を越す外へ出たので、体の機能がその強烈な暑さに対応出来なかったのだという。
私が感じたように、一歩間違っていたら私は本当に死んでいたらしい。
それを医師から聞いた夫は更に大泣きした。
「アリスティ、アリスティ、ごめんね。みんな僕が悪いんだ。
君に嫌われたくなくて、君に捨てられたくなくて、君に出て行かれたくなくて、本当の事が言えなかったんだ。
君が助かって本当に良かった・・・
君が死んだら僕は生きて行けない・・・」
この国は大陸の中央部にあり、大きなすり鉢状の底のような場所にある。
それ故に元々冬は寒気が、夏は熱気が籠もる地形だった。
それが百年ほど前から、地下資源の採掘と共に鉱業や工業が盛んになって、沢山の高い煙筒から黒い煙が上がるようになると、更に気温が上がっていった。
そして三十年くらい前からは地上では猛烈な暑さのために、草花が育たなくなった。
国で一番美しいと有名だったボルドール公爵家の花壇、通称『カミラの花壇』にも、花は一切咲かなくなってしまった。
因みに『カミラ』とは先々代のボルドール公爵夫人の名前で、花をこよなく愛し、見事な花を咲かせる事で有名だった女性だ。
「私はご先祖の元公爵夫人に焼きもちを焼いていたのね。恥ずかしい」
その話を聞いたアリスティは真っ赤になって、暫く枕に顔を埋めていた。
この暑さを凌ぐ為に、様々なものが開発されていったが、その中でも一番画期的だったのは、外気温を建物の中に入れない断熱材だった。
この建築資材によって、人々は建物の中にさえいれば快適に暮らせるようになったのだ。
しかし、外へ出るのは段々と厳しくなってきた。
そこで元々は雪の多い冬場に利用していた地下街を、次第に夏の間も利用するようになったのだ。
「ああ、この暑さで植物は育たないから花束をもらえなかったのね。
それにあのプリザーブドフラワーは当然輸入品だろうから、相当お高かった事でしょう。
それなのにそれを頂いて文句を言っていた私は、なんて強欲な人間なのでしょう。
きっと夫や周りの人達に贅沢で我儘な女だと思われていた事でしょうね」
アリスティはかなり落ち込んだ。
そして彼女が一番知りたかった、何故夫のブルーノがこの事を隠していたのかというと……
侍女や執事達が何やら必至に話しかけてきましたが、彼らの言葉は全く私の耳には入ってきませんでした。
そして玄関が開いて城から帰って来た夫が屋敷に足を踏み入れた瞬間、私は夫の脇をすり抜けて外へ飛び出した。
私は夢中で広い庭の中を走り回った。この屋敷を出て行く前に、どうしてもカミラ様の花壇というものを見ておきたかった。春先にはまだ何も生えていなかったので。
数分間走り回って、私はようやく豪奢な噴水の側にある立派な花壇を見つけた。
しかし、その花壇を見た瞬間、頭がクラッとした。そして私はようやくその場の環境の異常さに気が付いた。
暑い、暑い、暑い・・・
いや、暑いなんてものじゃない!
まるでサウナの中のようだ…
熱した布団にぐるぐる巻きにされているみたいで息苦しい、喉が焼けるようだ…
両手で頭を抱えると、黒髪のせいか、熱せられ熱すぎて、私は慌てて手を離した。
額から汗がダラダラと流れてきて、いくら手で拭っても垂れてきて、それが目に入って凄く痛い……
「アリスティ・・・」
私の名を呼ぶ夫の声がしたので振り返ったが、汗で目が霞んで何も見えなかった。
何故夫が自分を外へ出さなかったのかがわかった。
それを教えてくれなかった理由はわからないけど……
何で花束をくれなかったのかもわかった。
それを教えてくれなかった理由はわからないけれど……
どうか、私の事など忘れて新しい奥様を見つけて下さい。私のように言い付けを破る事のない従順な方をお選び下さいませ……
嫉妬のあまりにコロッと騙される女ではなく……
激しい頭痛と気持ち悪さに加えて目眩を起こした私は、その場に倒れてしまった。
焼けたように熱い石畳に接し、両腕に焼けるような痛みを覚えた。
ああ、私はここで死ぬのだなと思った。
そして真っ白な視界に入ったのは、金色に輝く髪に緑色の瞳をした、美しい夫の悲しい顔だった・・・
❋ ❋ ❋ ❋ ❋ ❋ ❋
氷風呂の中で私が目を覚ました時、夫が私の手を握って泣いていた。そして夫のスーツはびしょ濡れだった。
私は熱中症だった。
ずっと快適な屋敷や地下街にいたのに、いきなり四十度を越す外へ出たので、体の機能がその強烈な暑さに対応出来なかったのだという。
私が感じたように、一歩間違っていたら私は本当に死んでいたらしい。
それを医師から聞いた夫は更に大泣きした。
「アリスティ、アリスティ、ごめんね。みんな僕が悪いんだ。
君に嫌われたくなくて、君に捨てられたくなくて、君に出て行かれたくなくて、本当の事が言えなかったんだ。
君が助かって本当に良かった・・・
君が死んだら僕は生きて行けない・・・」
この国は大陸の中央部にあり、大きなすり鉢状の底のような場所にある。
それ故に元々冬は寒気が、夏は熱気が籠もる地形だった。
それが百年ほど前から、地下資源の採掘と共に鉱業や工業が盛んになって、沢山の高い煙筒から黒い煙が上がるようになると、更に気温が上がっていった。
そして三十年くらい前からは地上では猛烈な暑さのために、草花が育たなくなった。
国で一番美しいと有名だったボルドール公爵家の花壇、通称『カミラの花壇』にも、花は一切咲かなくなってしまった。
因みに『カミラ』とは先々代のボルドール公爵夫人の名前で、花をこよなく愛し、見事な花を咲かせる事で有名だった女性だ。
「私はご先祖の元公爵夫人に焼きもちを焼いていたのね。恥ずかしい」
その話を聞いたアリスティは真っ赤になって、暫く枕に顔を埋めていた。
この暑さを凌ぐ為に、様々なものが開発されていったが、その中でも一番画期的だったのは、外気温を建物の中に入れない断熱材だった。
この建築資材によって、人々は建物の中にさえいれば快適に暮らせるようになったのだ。
しかし、外へ出るのは段々と厳しくなってきた。
そこで元々は雪の多い冬場に利用していた地下街を、次第に夏の間も利用するようになったのだ。
「ああ、この暑さで植物は育たないから花束をもらえなかったのね。
それにあのプリザーブドフラワーは当然輸入品だろうから、相当お高かった事でしょう。
それなのにそれを頂いて文句を言っていた私は、なんて強欲な人間なのでしょう。
きっと夫や周りの人達に贅沢で我儘な女だと思われていた事でしょうね」
アリスティはかなり落ち込んだ。
そして彼女が一番知りたかった、何故夫のブルーノがこの事を隠していたのかというと……
0
お気に入りに追加
40
あなたにおすすめの小説
求職令嬢は恋愛禁止な竜騎士団に、子竜守メイドとして採用されました。
待鳥園子
恋愛
グレンジャー伯爵令嬢ウェンディは父が友人に裏切られ、社交界デビューを目前にして無一文になってしまった。
父は異国へと一人出稼ぎに行ってしまい、行く宛てのない姉を心配する弟を安心させるために、以前邸で働いていた竜騎士を頼ることに。
彼が働くアレイスター竜騎士団は『恋愛禁止』という厳格な規則があり、そのため若い女性は働いていない。しかし、ウェンディは竜力を持つ貴族の血を引く女性にしかなれないという『子竜守』として特別に採用されることになり……。
子竜守として働くことになった没落貴族令嬢が、不器用だけどとても優しい団長と恋愛禁止な竜騎士団で働くために秘密の契約結婚をすることなってしまう、ほのぼの子竜育てありな可愛い恋物語。
※完結まで毎日更新です。
秘密の令嬢は敵国の王太子に溶愛(とか)される【完結】
remo
恋愛
妹の振りをしたら、本当に女の子になっちゃった!? ハイスぺ過ぎる敵国王子の溺愛から逃げられない!
ライ・ハニームーン(性別男)は、双子の妹、レイ・ハニームーンを逃がすため、妹の振りをして青龍国に嫁ぐ。妹が逃げる時間を稼いだら正体を明かすつもりだったが、妹に盛られた薬で性別が変わってしまい、正体を明かせないまま青龍国の王太子であるウルフ・ブルーに溺愛される。隙を見てウルフのもとから逃げ出そうとするも、一途に自分を愛すウルフに知らず知らず惹かれていく。でも、本当はウルフをだましているという負い目があるライは、…
…なんか。ひたすらイチャイチャしてる、…
読んでいただき有難うございます!
2023.02.24【完結】
子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる
佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます
「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」
なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。
彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。
私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。
それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。
そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。
ただ。
婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。
切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。
彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。
「どうか、私と結婚してください」
「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」
私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。
彼のことはよく知っている。
彼もまた、私のことをよく知っている。
でも彼は『それ』が私だとは知らない。
まったくの別人に見えているはずなのだから。
なのに、何故私にプロポーズを?
しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。
どういうこと?
============
番外編は思いついたら追加していく予定です。
<レジーナ公式サイト番外編>
「番外編 相変わらずな日常」
レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。
いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。
※転載・複写はお断りいたします。
龍の花嫁は、それでも龍を信じたい
石河 翠
恋愛
かつて龍を裏切った娘の生まれ変わりとして、冷遇されてきた主人公。閉ざされた花畑でひとり暮らしていた彼女は、ある日美しい青年に出会う。彼女を外に連れ出そうとする青年は、彼女を愛していると言い……。ほんのりビターな異類婚姻譚です。
この作品は、小説家になろうにも投稿しております。
扉絵は雨音AKIRA様に描いていただきました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~
湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。
「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」
夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。
公爵である夫とから啖呵を切られたが。
翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。
地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。
「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。
一度、言った言葉を撤回するのは難しい。
そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。
徐々に距離を詰めていきましょう。
全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。
第二章から口説きまくり。
第四章で完結です。
第五章に番外編を追加しました。
不憫な侯爵令嬢は、王子様に溺愛される。
猫宮乾
恋愛
再婚した父の元、継母に幽閉じみた生活を強いられていたマリーローズ(私)は、父が没した事を契機に、結婚して出ていくように迫られる。皆よりも遅く夜会デビューし、結婚相手を探していると、第一王子のフェンネル殿下が政略結婚の話を持ちかけてくる。他に行く場所もない上、自分の未来を切り開くべく、同意したマリーローズは、その後後宮入りし、正妃になるまでは婚約者として過ごす事に。その内に、フェンネルの優しさに触れ、溺愛され、幸せを見つけていく。※pixivにも掲載しております(あちらで完結済み)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる