神崎くんは床上手

ハナラビ

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藤村

藤村3

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「ぅ……ん……?」
「駄目だなぁ英司……こんなとこで寝ちゃったら。せっかく切り札持ってても、無防備過ぎて意味ねえよ」
「あ……っ!」
 
 いつの間に寝てしまったのか。戻ってきた神崎にスーツのポケットを弄られて、僕はボイスレコーダーを取り上げられてしまっていた。
 
「な、なんで……それ……分かっ……」
「……なんで? ああ、なんでボイレコ持ってると思ったかって?」
 
 僕はこくこくと頷いた。神崎はあえて後部座席に乗り込んで隣に座り、僕のスーツの反対側のポケットからスマホを取り出した。
 
「俺はこれを返すとき、お前の利き手側に渡すように差し出した。それでお前は、利き手で受け取って……持ち替えて、こっちのポケットに入れた。理由は簡単、反対側に何かが入ってるから……もっと言うなら、絶対にスマホと間違えて取り出したくない大事な何かを、それでも利き手で操作できる場所に入れておきたかったから……そうだよな?」
「……っ!」
 
 僕は声にならない呻き声を出して俯いた。
 
「これがあるから、逃げなくていいと思った? 俺と何か交渉するつもりだったのか?」
「……そんな……交渉なんていう、大したことじゃ……」
「フーン……話したいことはあったのか。で、どんなこと? 仲悪いらしいし、英里佳の待遇や今後の話ってわけでもなさそうだな?」
「………………」
 
 ここにきて、僕は自分がどうしたかったのか、よく分からなくなっていた。神崎に色々と聞いてみたいことはあるし、それはこのレコーダーを盾にすれば安全に可能だろうとも思った。でも、いざこうなって改めて尋ねられてみると、そんなこと聞かなくたっていい気もしてくる。
 神崎のセクシャリティのこと、出自のこと、仕事のこと、男と女のこと、母の電話に出たこと……妹の行く末以外にも、あらゆることが気になっている。
 僕が言葉に詰まり、俯いて……ぼそぼそと言い訳のように「本当に大したことじゃない」と呟くと、隣に座る神崎が僕に被さるように体を捻り、距離を詰めてきた。落ち着いた低音に耳元で囁かれて、体がびくりと跳ねる。
 
「……妹にそっくりだな」

 カッと頬が熱くなる。
 そうだ。俯いて自信なさげに話す妹と……僕は、確かに似たところがあるんだ。そもそも、僕のそういう仕草を、英里佳が真似て育ったんだから……
 
「ああ……妹に連絡返してやらなかったのは、自分を見てるみたいだからとか?」
「違う……ッ! ぼ、僕は……っ僕はあいつとは違う!」 
 
 神崎を腕と肘で押し退けるように突っ張って見たが、目の前の分厚い体はびくともしない。慌てて顔を上げてそちらを見やると、寄せられた男らしい太い眉に、スッと通ったきれいな鼻筋が思ったより近くに見えて息を呑む。
 目は合わせられなくて、少しずつ視線を下ろすと、例の……厚ぼったい唇の下にあるピアスが視界に入る。僕はそこから目が離せなくなって……神崎の手が目前に迫るまで、呆然としていた。
 
「あッ何して……ッやめ」
「似合わねえ眼鏡だなぁ」
「やだ……か、返してくれっ」
「なんで? チッ……なぁ、髪上げんのもやめろよ。せっかくこんな顔してんのに。あー……いいね、やっぱ英里佳の兄貴だな。可愛い」
「か、かわ……ッそんなの、う、嬉しくない……っ僕は、男なんだから……」
 
 顔から火が出そうとは、こういう時のことを指すんだと、僕はこのとき初めて知った。顔が熱くて、きっと茹でダコみたいに赤くなってるんだろう。顔に熱が集まると共に涙腺が緩んで、視界がぼやける。
 違う、違う、違うと頭の中でそればかりがぐるぐるする。
 
「なあ英司。恋愛相談乗ってやろうか」
「……いらない……ッ」
 
 嘘だ。本当は誰かに聞いてみたかった。
 女が怖くて、気持ち悪いとまで思う自分はおかしいのかって。
 けど、そんなこと言えるわけがない。僕は、普通の、マトモな男なんだから……
 
「僕は……おかしくなんてない……」
 
 神崎はそこで、すこし笑ったみたいだった。
 
「わ、笑うなよ。何が分かるんだよ、お前に……ッ」
「……俺が初めて男もイケるって気付いたのは、高校の時だったな」
「……ど、どうでもいい……ッなんで、そんなこと話すんだ……」
「同級生だった。お前よりずっと大きな眼鏡をかけた、気弱そうで……本ばっかり読んでるヤツ。オドオドするそいつを、図書室の本棚に押し付けてさ……」
「あ……待っ……んん……っ!!」
 
 どうでもいいと言ったくせに神崎の話が気になって、そちらに気を取られていた。顎を撫でられてる、とハッとしたときには、もう唇がすぐそばにあって……大した制止もかけられないまま、その柔らかい部分を押し当てられていた。話の途中で、こんなの……ずるいだろう……
 堪らず引き結んだそこへ、ちゅ、とあからさまな音を立てながら、神崎が何度も吸い付いてくる。顎を撫でていた指がするすると耳の方へ回って、熱い大きな手でそこを擽られる……
 心臓がドキドキして、痛いくらいだ。
 ……僕が、初めてできた彼女にキスを強請られたときに覚えた、あの緊張と吐き気はなんだったんだろう。
 神崎の唇が離れていく。僕が意地を張って抵抗している間に。
 
「ま、待って……」
 
 いつの間にか固く瞑っていた目を開けて、思わず呟く。行かないでほしいと一瞬でも思ってしまった。そしたらもう、お終いだ。神崎は僕を見下ろして、薄く笑みを浮かべていた。僕が欲しがるのを、神崎は待ち構えていたみたいだった……
 
「ん……っん、ぅ……」
「英司、口開けて」
「え……ぁ……っう、ン……ッ!」
 
 神崎に言われるまま口を開くと、厚い舌が潜り込んできて、縮こまる僕の舌に絡みついてくる。後頭部を掴まれて、深く合わさる。何でか歯は当たんなくて、口の中を色々と撫で回されてるだけなのに、気持ちが良くて頭がぼーっとしてくる。
 頭の後ろに回った神崎の手を嫌でも意識する。僕よりずっと力強くて大きい。そこから続く、頼り甲斐のある太い腕……男らしい筋肉のついた分厚い体。僕と全然違う、でもおんなじ、男の……
 
『えー、先輩、法務の藤村さんと別れちゃったんですかぁ』
 
 脳に響く声は、つい数ヶ月前の記憶。当時僕は、付き合っていた他部署の女性にフラれた後で、その会話は通りすがりに聞いてしまったものだった。
 
『そうよ~』
『何でか……聞いてもいいですか? だって藤村さんって、インテリ系で結構人気ありますよね。ちょっとキツそうに見えるけど、眼鏡とったら絶対イケメン度上がるーって……先輩もノリノリだったじゃないですか。それが……えーと、三ヶ月も経ってなくないです?』
『だぁってぇ、思ったより、なんか頼りなかったんだもの。ぜーんぜん手ぇ出してこないし。あたしに興味なかったんじゃないかな~』
 
 後輩と思しき女の子が、エーッと大きな声を出す。
 
『先輩、超カワイイのに……』
『ていうか、アレは女自体に興味があるかさえ怪しいかもね。ぶっちゃけ、あたしから迫ったときも、なんか嫌そうだったし……全然男が感じられなかったんだよねぇ』
『えっそれって、ホモってことですか?』
『さあね~もう終わった男だし、マジでただあたしに興味なかっただけかもしれないし』

 あの日は、羞恥を通り越した怒りでどうにかなりそうだった。やっぱり女は勝手だと思った。勝手に期待して、思い通りにいかなかったら失望して、離れていく……
 
「英司」
「う……ぅ……」
「大丈夫だから」
 
 僕は反応してしまった場所をスーツのスラックスの上から押さえつけて、目から勝手に出てくる涙に戸惑っていた。恥ずかしくて、情けなくて、みっともなくて、消えてしまいたい気分だった。
 
「ぼ、僕……こんな、おかしい……変だ……違う……」
「おかしくねえよ。大丈夫だって」
「僕は、ふ、普通でいたいんだ……ちゃんと、か、家庭も持って……子供も、愛せるようになって……」
「……うん」
「て……手を上げたり、ヒステリックに怒鳴ったり……そういうことは、しない……普通の親に……」
「うん……」
 
 神崎が僕を抱きしめて、頭を優しく撫でる。そうだ……何が欲しかったのかと聞かれれば、たぶん……これなんだ。僕は……ずっと、物心ついた頃から、こういう手を待っていた……
 
「別にお前はおかしくねえよ。大体普通って誰が決めたんだ? それって、誰かが……お前が、勝手に思い込んでるだけなんじゃねえの」
「…………う……でも」
「それとも、母親にそうやって思い込まされた?」
「違……ッ」
 
 僕はそれを認めることが恐ろしくて、慌てて首を横に振った。違う。母さんは、おかしくないんだ。だって……もしそうなら、僕たちの人生は……育ってきた、今までと、これからの僕は……
 
「一回さ、全部忘れさせてやろうか」
「え……」
「何もかもどうでもよくしてやるよ」
「ど、どうでも……?」
 
 僕が困惑の視線を向けると、神崎は辺りを見回してため息をついた。
 
「……ここじゃ流石にまずいな……ちょっと移動すんぞ」
「あ……」
 
 なぜだか離れてほしくなくて、思わず神崎のTシャツを掴んでしまう。神崎は優しく笑って一つキスを落とし、僕の手をそっと解いて運転席に戻っていった。
 心臓がうるさい。不安と期待でどうにかなってしまいそうだ。
 今まで慎重に積み上げたものが実は間違っていたとしても、それを壊してしまうことが怖い。でも、勇気を出して壊してみれば、きっと……今よりずっと生きやすくなるんじゃないか、とも期待してしまう。
 車内でのことはよく覚えていない。神崎の妙に丁寧な運転は思考の邪魔をしなかった。だから、ぼんやりと夜の街の明かりを眺めているだけで、いつの間にか目的地に着いたみたいだった。
 
「ここ、地下駐車場からそのまま部屋行けるから」
「部屋って……」
「ラブホ来んの初めて?」
「……は、初めてだ……」
 
 ラブホテル……
 あんまりにも直接的な響きに、頭がくらくらした。
 その部屋へ行って何をするのかくらいは知っている。女に誘われたことも無くはないから。でも、そこへ行ってもできる気はしなくて、結局入ったことは無かった……
 そんなところへ、よりによって神崎と入っていく。無人の受付機を神崎が慣れた手付きで操作して、戸惑う僕の手を引いていく。こんなふうに手を引かれるのも、子供の時以来だ。
 エレベーターの中では、意外と何にもされなかった。神崎がスマホを確認して小さくため息をついたことが気になったくらいだ。一人で仕事をしているなら、きっととてつもなく忙しいのだろう。僕とこんなことをしていても、いいのだろうか……

「英司、シャワーどうする?」
「あ……浴びる……」
「ふーん。じゃ、お先にどうぞ?」 
「う……ん……わかった……」
 
 僕が戸惑いながら頷いて、シャワールームへ向かう。ガラス張りのそこから、神崎が笑って手を振るから、僕は真っ赤になって、あっちを向いてろと必死にジェスチャーをした。でも、一人になるとだんだんと頭が冷静になってくる。
 俯いてぬるいシャワーを浴びながら、僕は目を閉じた。
 ――こんなところまでノコノコとついてきて、この先どうするんだ……
 そんな思考に取り憑かれてしまうと、もう駄目だった。浮かれていた心と体の体温がじんわりと下がって、醒めていく。
 そんなときだった。バタン、とシャワールームのドアがいきなり開閉される……
 
「えっ」
「んな驚いた顔すんなよ。ここラブホだぞ。一緒に入ったっていいだろ?」
「いや……っその、やっぱり、僕は……」
「思ったとおり……髪下ろしたほうが可愛いな、英司」
「……っあ」
 
 シャワーをするために眼鏡を外して、固めていた髪も下ろしてしまうと、僕は実年齢よりも随分と若く見えるらしい。妹の英里佳は僕よりももっと童顔だ。だから普段は、ナメられないようにセットしているわけで……
 
「もう体洗った?」
「ま、まだ……」
「洗ってやろっか」
「あ、そ、そんな……っ」
 
 言いながらボディーソープを手に出した神崎が、それを僕の体に塗り付けてくる。体温の高い大きな手にそうされるだけで、身体がびくりと跳ねた。知らない感覚なのに、期待する気持ちが確かにある……
 
「か、神崎……っあ……ッん、ぅ……っ!」
 
 抗議しようと開いた口を、すかさず貪られる。お湯を受け止めて温くなったシャワールームの壁に押さえつけるように追い込まれ、僕は為す術なく神崎に翻弄された。ぬるぬるとした手が身体を滑って、口内で震える舌を擽られる度に、鼻から情けない声が抜けていく。
 
「ン……っふ、ぅ……ッんんっ」 
 
 互いの性器はとっくに反応している。神崎が自分のものを押し付けてきたから、向こうも興奮してるんだと分かった。それが嬉しいと感じてしまった。ふたりで一緒に握り込むように、手を運ばれる。そこで知った神崎のペニスの凶悪さに、僕は目を見開いた。思わずペタペタと触って形を確かめてしまう。

「す、すごいな……」

 カリが張っていて、太くて、長かった。僕よりずっと大きく感じた。それをグリグリと押し付けられると、敏感な裏筋が擦れて目が回るくらい気持ち良い。
 おかしくなる。こんなの知ったら、僕が僕じゃなくなる……
 こんな強烈な快楽は生まれて初めてだった。身体が高まるごとに比例して思考が鈍り、イきたいとしか考えられなくなっていく。
 なにもかもどうでもよくしてやると、神崎は言っていた……そう、あれはきっと、こういうことなのだろう。
  
「あ、あっゃ、やだ……っ」
「嫌? やめる?」
「うぅ……っや、だ……っ」
「ふ……どっちだよ」

 とにかく楽になりたくて、首をゆるゆると横に振り続ける。手も脚も震えて、だんだん力が抜けていった。
 
「……立てない? ベッドいくか」
「う……うん……」
 
 僕はほとんど神崎に抱えられるようにして体の泡を流された。全身拭かれた後、バスローブに包まれ、ベッドに放られる。僕がぐったりしていると、いきなりヌルヌルした感触がお尻を伝って……驚いている間に、コンドームをつけた神崎の指が中へ潜り込んできた……
 
「あ……っ!?」
「こら、暴れんな。力抜けって」
「そ、そんなところ……! む……無理だ」
「無理じゃねえよ。ほら、気持ちいい感覚だけに集中しろ」
 
 神崎の指が、僕の乳首にローションを塗り付ける。その間ももう片方の手は僕の内側を弄っていて、胸元のささやかな快感だけじゃ異物感に勝てない。僕の腰はあまりのもどかしさに落ち着きをなくしていく。
 
「……こっちがいい?」
「ん……」
 
 放置されてすこし萎えかけていたペニスも神崎の手が扱けば、数往復であっという間にまた完勃ちだ。
 やはり神崎は男の扱いも手慣れたものなのだろうか。僕は他人の男性器を扱けと言われても、こんなに絶妙な力加減でできる気がしない。前側の鋭い刺激に後ろも力んでしまって、そこでようやく神崎の中指が挿入ったままなことを思い出した。
 そちらもゆっくりと出し挿れされて、おまけに腹の中側を押し上げるようにされるから……どうにも苦しい。
 でも、神崎の指がぐっと一番奥まで入ってきて、その状態で同じように押し上げられると……僕は訳もわからないまま、なんと射精していた。
 
「……あ、ぁ……ッ! うぅ……っ♡」
「英司……すげぇな。本当に初めて?」
「やっ、ち、ちが……っわかんな、なんで……」
「大丈夫だって。気持ち良かったんだろ?」
「わ、わからない……なにが、なんだか……」
「ふーん? じゃ、もっかいだな」
 
 神崎は楽しげに笑うと、また同じところを押し上げてきた。ペニスが連動してるみたいにびくびく震えて、腹の内側の、知らないところからじわりと快感が広がる。
 
「神崎ぃ……こ、怖い……」
「怖い? 怖いことなんてねえよ。ほら、また身体強張ってんぞ。力抜け」
「で、できな……分からないんだ……っ」
「じゃ、口開けて。舌出して」
「ぁ、あ……?」
 
 僕が言われた通りに出した舌を掬い上げるように、神崎の肉厚の舌が絡んでくる。口内を舐られながら内側を押されると、下腹で小さい波が弾けた。またイったのか、僕は……
 神崎の目が細められて、笑ったのだと分かった。その中に映る僕は酷く情けない、蕩けた顔をしてぼんやり神崎と目を合わせている。
 
「英司、気持ちいい?」
「あ……♡う、うん……」
「ちゃんと声に出して言えよ。そしたらもっと気持ち良くなるから」
「……嘘だ……そんなの……」
「嘘じゃねえよ」
 
 僕は羞恥心に負けて神崎を嘘つきにしたけど、でもこの人が言うなら確かにそうなんだろうとも思った。こういう行為に関して、神崎が言うことはきっと本当か、例え嘘でも必要な嘘だ。僕の身体と、この場の雰囲気を盛り上げるために選んでいる言葉のはず。目の前の男には、不思議とそんな説得力があった。

「なあ、気持ちいだろ? 英司」
「ん……♡きもちぃ……♡」
「ナカ擦られるの好き?」
「すき……きもちいい……♡」
 
 内側に潜り込む神崎の指は慎重に増やされていった。太い指が三本になる頃には、僕はすっかり中イキの虜になっていたし、神崎に弄られまくった乳首は赤く腫れ上がっていた。そこもじんじんして、しっかり快感を拾えるようになった。僕はもう、戻れないところまで来てしまったらしい……
 
「英司」
「ん……」
「これ、挿れていい?」
「……う、うん……」
 
 コンドームをつけられた神崎のペニスは、やっぱりとても凶悪に見えて、思わず一瞬怯んだけど……でも、あの高く張り出したカリの部分に突かれたらどうなってしまうんだろうという興味の方が勝っていた。
 まだまだ知りたかった。僕が知らなかった、僕の望んでいることを……
 
「痛かったら言えよ……」
「うん……っあ、あ……ッ!」
「ッ、痛い……?」
「ううん……くるし、っけど……そんな、痛くは、ない……っ」
「じゃあ、もうすこし……」
「あぁっ!!」
 
 神崎がグッと腰を押し付けたとき、あの気持ちよかったところを強く刺激されて、僕は目をギュッと瞑って呻いた。さっきもりもずっと、お腹の奥が熱い。侵入してきた神崎をぎゅうぎゅう締め付けているのが分かる。
 
「……っ、英司……」
「あぅ……ッ♡♡きもちぃ……神崎ぃ……♡♡」
「……ふー……危ね……」
「あ……♡うぅ……ッ♡♡」

 覆い被さる神崎の体にしがみついて、僕は揺さぶられるまま何度も達していた。中がこんなに気持ちいいなんて知らなかった。
 神崎は、時折動きを止めて堪えてるみたいだった。僕はもうすでに、そうやって動かずにいられても、後ろに力を入れて神崎の形を感じることができれば、気持ちがいいと知っている。そうやっていると、神崎が微かに唸った。
 
「兄妹揃って、とんでもねえ才能だな……」
 
 途中で神崎が何か呟いていたけど、知らない、そんなこと……知りたくもない。
 僕は神崎に突き上げられるまま何度も喘いでイって、でも射精はほとんどしなかった。男も射精しないでイけるんだと初めて知った。
 やがて神崎も、大きな波で僕をイかせた瞬間に息を詰めていて……コンドーム越しに感じる生温さからして、どうも射精しているらしかった。
 その頃には僕はもうすっかり前後不覚に陥っていて、何が何だか分からないまま、鋭くて緩やかな快感の中でびくびくと体を震わせていた。

「ふー……」
「はぁ……♡ぅう……♡」
 
 神崎に宣言された通り、何もかもどうでもよかった。こうして男同士の激しいセックスをしてしまった後では、僕が思い悩んでいた男女の悩みなんて些細なことに思えてくる。
 別にもう、結婚とか、彼女とか、母さんの希望とか……そんなのどうだっていい。これがあれば、俺は生きていける……そう思った。実際、もう手放すこともできないだろう。
 しばらくぼんやりと惚けたあと、妙にすっきりした表情の僕に、神崎が備え付けの冷蔵庫からミネラルウォーターを渡してくれた。蓋は一度開けて緩めてあって、僕は神崎の気遣いに感心しながら、有り難くそれを飲み干した。
 神崎は下着だけ穿くと、僕の隣に座った。
 
「落ち着いたらシャワー行くか。支えてやるよ」
「うん……ありがとう」
「……英司、お前さ……もう実家と縁切ったらどう?」
「…………どうして」
「母親のこと好きなの?」
「…………」
 
 僕は返答に困って、ベッドに腰掛ける神崎を眺めていた。神崎はしばらく僕を見ていたが、僕が長いこと黙っていたので、やがて自分の服の中からタバコを取り出して火をつけた。
 タバコの香りなんて好きじゃなかったのに、神崎が吸うと不思議と落ち着くのはどうしてだろう。
 
「好きとか、嫌いとか……そういうんじゃない……」
 
 やがて僕が掠れた声でそう呟くと、神崎は微かに笑って、「確かにな」と言った。
 
「でも……従う必要もなかったんだって、分かった。高校も、大学も……言われた通りに進んだけど……今の仕事は嫌いじゃないし、似たような仕事、どこででも探せると思う。だから、誰も知らないところに行くのも、いいかもな……」

 口に出してみると……本当に、案外いい考えな気がした。母親の監視の及ばないところへ行ってみたい。そう思うことを、初めて肯定できた。
 
「高校も大学もか……」
 
 神崎がぽつんと呟いたので、僕はそちらに興味が湧いてしまう。
 
「……神崎のことは、聞いてもいいのか……?」
「俺のこと?」
「その……き、気になって……今まで会ったことのないタイプだし……」
「ふっ……そりゃそうか」
 
 僕はずっと疑問に思っていたことを尋ねてみることにした。
 
「あの闇金の……飯塚という男が言っていたが……君は本当にハタチそこそこなのか……?」
「見えねえって?」
「まあ……そうだな」
「最近ハタチになった。年明けの成人式は行かねえけどな」
「本当に? 大学は行ってないのか? 高校は?」
 
 聞きたいことが溢れ出て、つい矢継ぎ早に質問してしまった。神崎はクッと喉を鳴らして笑うと、タバコの灰を手慣れた様子で灰皿に落として答えをくれる。
 
「大学は行ってない。高校も中退してる。まあ俺も……お前とはまた違うけど、ちょっと親父と折り合いが悪くて……家を出てんだよ」

 僕は神崎議員の息子であることを口にしようとして、慌てて言葉を飲み込んだ。何か嫌な予感というか、胃のあたりに不快感が渦巻いて、言葉がそこで行き場をなくしている。
 
「俺はまだ英司より全然ガキだけど……でも、ようやく独り立ちできたんだ。親の敷いたレールの上より、ずっといい」
 
 それを聞いて、僕は泣きたい気持ちになった。神崎は知らないのだ。なぜ神崎がこの街で独り立ちを許されたのかを。その名前が、生い立ちが、未だに神崎を縛り続けていることを……知らないんだ……
 地元の大企業やそういう組織と政治家が繋がっているなんて、どこにでもある話だろう。僕たちのような職の人間の目を掻い潜り、密約を交わすなんてことを平然とやってのける。
 そういえばうちの会社にも、議員が講演に来たことがある。今にして思えば、うちの役員の誰かと個人的に繋がっていたということなんだろう。
 神崎議員の息子であるからこそ独り立ちできた面もあるのだと、神崎自身はいつか知ることになるのだろうか……
 
「英司?」
「ああ……いや。すごいな、その歳で独り立ちなんて……」
「英司の方がすげえよ。俺は逃げ出したようなもんだから」
「……その……中退したからか……? 高校はどこだったんだ?」
「……T高。意外だろ」
 
 ひゅっと僕の喉が鳴った。僕が死にもの狂いで頑張って取りこぼした物を、手に入れたのに捨てた人がいる。不思議な気分だった。神崎と激しくセックスをする前だったら、やり場のない苛立ちでおかしくなっていたかもしれない。正直、落ちたときからT高生は視界にも入れないようにしていたので、こうして通っていた人間を目の前にするのも初めてのことだった。
 
「べ、勉強……できるんだな……」
「英司の方ができるだろ」
「……僕は……その、T高に……中高二回とも、落ちてるんだ」
「……へえ。けどちゃんと大学まで出てるんだから、偉いよ」
 
 神崎は努めて僕を刺激しないように言葉を選んでいる気がした。
 そりゃあそうか。神崎はきっと、僕のように受験に失敗したような人間も含め、もっと色んな人と話して来たんだろう。
 神崎のことがもっと知りたい。今日だけで終わりたくない。
 そう思うと、自然と口が動いていた。
 
「神崎……君のことを、もっと僕に教えてくれ……」
 
 その後また神崎と身体を重ねて、合間に色んな話を聞いた。
 高三のときに家出したこと。
 とあるAV監督に拾われて、しばらく生活の面倒を見てもらったこと。
 手伝いで始めた風俗スカウトが天職であったこと。
 
「英司さ、英里佳のことは全然聞かねぇよな」
「……まあ、あいつの人生だし……」
「英里佳が何だかんだ好き勝手やって、楽しく生きてるのが気に食わないんだろ」
「いや……だってアイツは」
 
 その結果、体を売ることになったんだし……
 そう言ってやれば良かったのに、神崎が僕の中にある小さな羨望を目の前に連れてくるから、つい泣きたい気持ちになってしまう。
 そうだ。羨ましいに決まっている。
 僕がこんなに縛られて生きているのに、早々に諦めて自由にやって……それで更に、若くて可愛い女だから、使い込んだ金もなんとかなるという。
 ずるい話だ。
 
「英司も、タケルに会ってみろよ」
「え?」
「英里佳が入れ込んでるホストだよ。ホストクラブ、一回くらい行ってみたいと思わねえか?」
「……一人で?」
「いや? 俺も一緒に行くよ。一見の男一人で行っても、あの店は入れねえからな」
「…………」

 僕が黙っていると、神崎が心地良い低音で囁く。
 
「もし気に入らなくても、それはそれで、英司にはいいだろ?」
 
 まさしく悪魔の囁き。気に入れば僕も熱中できるものを手に入れることができて、気に入らなければこんなものに入れ込むなんてバカバカしいとこき下ろし、溜飲を下げられる。
 行かない選択肢なんてないだろうと、神崎は更に重ねる。
 ああでも、この誘いに乗れば……
 もう一度、確実に神崎に会えるのか。
 



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