神崎くんは床上手

ハナラビ

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藤村

藤村2

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 指定された駐車場に駆け付けると、大きなワゴン車の中に押し込められた。薄暗い中には泣きじゃくって目を腫らした英里佳と飯塚、それにその部下らしき男がふたり。
 
「おー、オニィチャン、来てくれてありがとうな」
「……闇金行為はいくつもの法に触れている。僕が訴える前に、どうか妹を解放してくれないか」
「あー……そっか、兄チャン、法律齧ってんのか? そうは言ってもなあ、英里佳チャンが借りてんの、かなりデカい金額なんだよ。流石にこれだけ使ってハイさようならはできねえ相談だ。回収できなきゃ、俺たちがバックに付いてる人間に殺されちまう。警察に駆け込まれんのも困るから、そのつもりなら帰してあげらんねえな」

 僕はため息をついた。
 
「闇金は出資法違反、貸金業法違反、組織犯罪処罰法違反、更にこれは脅迫罪、監禁罪も適用されるだろうな。僕が通報する前に、早く諦めてくれ」
「おーおー、詳しいなあ藤村サン。でもな、英里佳チャンは体売ってでも返すつもりらしいけど?」
「英里佳……お前何考えてるんだ?」
 
 僕が呆れて見下ろすと、英里佳が隣で俯き、小さくなってボソボソと呟き始めた。
 
「だって……いまさらだし……あたしもともと、彼氏に捨てられてからキャバで働いてたんだもん。そしたら、神ちゃんが……」
「……神ちゃん?」
「うん……神ちゃんがお客さんできてくれてね。それで、あたしが行ったことないって言ったら、ホストクラブに連れてってくれたんだよ。神ちゃん優しいんだ。あたし……そこでタケルに会ったの!」
「タケル……?」
 
 全く要領を得ない話し方に苛立ちつつも、辛抱強く話の全貌が見えるのを待つ。ここで怒鳴りつけても、女は逆ギレして泣き叫ぶだけだ。
 
「タケル、ホントに優しくて。すごくかっこよくて。男の神ちゃんがハマるのもわかるなーって……それで、ふたりでタケルをナンバーワンにしようね、って約束したの。神ちゃんが厳しいときは、あたしが頑張んなきゃって……でも、キャバのお金だけじゃ段々足りなくなって……それで、神ちゃんに無理言ってここ紹介してもらって……だから、ちゃんと返さないと。神ちゃんにも迷惑がかかっちゃうし」

 話が見えてきて、いよいよ呆れてしまう。要するにこの馬鹿妹は、神ちゃんとかいう男に唆されてホスト狂いになり、闇金から金を借りたらしい……愚かすぎて言葉が出ない。
 
「オイ、神崎の小僧に電話して至急ここへ呼べ」
「は、ハイ!」
 
 飯塚の指示で、ワゴン車から一人が出て行く。元々タバコ臭い車内で、飯塚が新しく一本火を点ける。強面で剃り込みもあるし……ジャケット下に着ている柄物のシャツ……その首元から入れ墨がちらりと見えている。明らかに裏社会の人間だ……
 確かに、飯塚が呼んだ神崎という男に、詳しく話を聞くのが一番いい気がする。僕は顔を顰めてこの煙たい車内の空気に耐えた。一度は落ち着いていたはずの頭痛が、再び酷くなっていく。
 
「あ、神ちゃんの車……」
 
 程なくして、駐車場に一台の車が停まる。こちらのワゴン車に二重に貼られたスモークフィルムのせいで暗く見え難いが、また厳つい見た目の男が増えたことだけはわかった。飯塚が出ていって、近くで話している声が微かに聞こえてくる。でもこの程度の音量じゃ、耳で聞こえたとしても、ポケットのボイスレコーダーには入らないだろうな……
 
「お疲れさまです、飯塚さん」
「おう神崎ィ、女はもっとちゃんと管理しとけ。騒いでやかましいったらねえよ」
「……すいません、最近ようやく独り立ちしたばっかなんで、大目に見てください」
「あ? あー……お前、結局カシラも納得させたのか?」
「はい……まあ、結構厳しい条件出されましたけど」
「そりゃウチのシマでスカウトやろうってんだから、たとえお前一人の事務所でも、他のとこと同じだけ組に入れねえとなァ」
 
 神崎と呼ばれた男は苦笑して、「そうですね」と言った。やばい。組とか言ってるし、やっぱりヤクザ絡みなんだ。何とかして逃げて、通報するにしても身の安全を確保しないと……
 ガラッと車のドアが開く。神崎とかいう男が、まじまじと僕の顔を覗き込んできた。
 
「……アンタが英里佳のお兄さん?」
「そ……そうだ。貴方がうちの妹を誑かして、ホスト狂いの借金塗れにした神崎……だな」
「それは違……」
「違うの、お兄ちゃん! か、神ちゃんは……ちゃんとホストクラブにハマったら危ないって、お金借りるときも絶対無理しない程度にって、言ってたの! それなのにあたしが……」
 
 英里佳はそこで言葉に詰まり、神崎をちらりと見上げて、顔を真っ赤にして俯いた。
 ……一体こいつらはどういう関係なんだ。
 
「……ところでお兄さんのお名前は?」
「…………」
「藤村英司」

 僕がなにか言う前に、飯塚が教えてしまう。
 
「英司さん、ね……」
 
 神崎は僕を数秒黙って見つめ、やがてぽつんと英里佳の名前を呼んだ。
 
「英里佳」
「は、はいっ」
「ちょっと外で温かいものでも飲もうか。一旦落ち着こう」
「う、うん……いいのかな……」
「飯塚さん、10分位外で話してきます」
「……おー」
 
 飯塚はそちらを見もせずに、タバコを持った手の親指でボリボリと頭の剃り込み部分を掻いて、適当な返事をする。僕は、神崎に英里佳が連れて行かれることを止めるべきだと分かっていたのに、そうしなかった。
 ……あの妹はもう救えない。
 例え神崎と口裏を合わせて来られたとしても、僕がやるべきなのは、妹を救うことじゃない。自分の身を守り、両親へ……いや、母へ英里佳の状況が知られないようにすることだ。
 しかしこの場から英里佳がいなくなるということは、僕はこのヤクザの飯塚とその部下らしきチンピラふたりと、狭い車内に閉じ込められるわけで……
 
「い、飯塚サン……良かったんですか、行かせて」
 
 僕が緊張して黙っていると、運転席に座っていたチンピラの一人が飯塚に囁く。僕の隣に座る飯塚はふん、と鼻を鳴らして短くなったタバコを窓から捨てた。この地区でも例外なくポイ捨ては条例違反だが、僕は何も言えず黙ってジッとしていた。
 
「英里佳が逃げること心配してんのか?」
「は、はい……」
「神崎が平気でそんなヘマしてくれるただの坊っちゃんなら、簡単だったんだけどな」

 僕はレコーダーに証拠をできるだけ多く録音したいという理由もあり、大人しくしていることしかできない。
 
「ウチのケツ持ちの組長が、どこの誰と繋がってんのか知らねえのかお前ら」
「え……やっぱ、地元の偉い人……とかっスか……?」
「……その地元の偉い人の名字を一人ずつ思い浮かべてみな。知ってる名前もあるだろ。別に上もそこまで政治家とズブズブってわけでもねえだろうが、泳がせとけば役に立つだろって話だ」
「せ、政治とかわかんないっスよ~飯塚サン~」

 運転席の男は萎れてハンドルに顎を乗せたが、助手席の男がハッとして口元に手を当てた様子がサイドミラーに映る。僕も頭の中で一つの答えに行き着いて、胃がキュッとした。
 
「アイツはまだハタチそこそこの若僧だが……上からは金を納めてる間は好きにさせろとお達しが来てんだよ。その条件でこの地区の若頭も納得させたみたいだしな。そんで……まあ、中々使えるんだわ、これが……」
「へぇ……」
「女の扱いなら正直若頭よりも上手えよ。あと、〝男〟の扱いもな」

 僕が内心で首を傾げるのと、チンピラが実際に首を傾げるのはほぼ同時だった。
 
「男も……?」

 ここで飯塚の視線が、ちらりと僕に向く。それからニヤリと下卑た笑みを浮かべられて、自然と眉根が寄ってしまう。
 
「オニイサンも気を付けたほうがいいと思うよ?」
「え……?」
「ゲェ、マジっすか。あいつホモなんスか?」
「男も女もどっちもイケんのは、バイっつーらしい」
「はぁ……男とか意味分かんねえっスよ……普通に女が良くないスか?」

 チンピラの発言に、飯塚は肩をすくめて返す。

「んなの、俺も分かんねえよ……でもな、男もイケるスカウトが近くにいるっつーのは中々便利だぞ」
「……そういうもんスか……?」
「……ま、それもそのうち分かんだろ。たとえばそうだな……何年か前に自殺した山下……覚えてるか?」
「ああ……たしか、奥さんが年の割に結構美人な……」
「あそこは息子も稼げそうだから、音を上げたら神崎を使う話になってる。覚えとけよ」
「は、ハイ!」
 
 飯塚が空になったらしいタバコの包装を握りつぶすと、それを見た助手席のチンピラが黙って手を出して受け取った。運転席の男と違って、コイツは結構気が利くらしい。
  
「まあ、つまり神崎のおかげでウチの回収率は確実に上がってんだよ。怖えことに、神崎が自由にスカウトするようになったここ最近は、シマ全体で夜の売り上げも上がってる。この街でカシラが黙ってお目溢ししてやってんのはそういう理由。アイツはお前らよりよっぽど使えるし、稼いでるからな。神崎議員の息子なのもある……頼むから下手なことすんなよ。神崎が潰れたら、影響が出る嬢と店が多すぎるからな」
「……ッス」

 僕はとっくに、ここへやってきたことを後悔し始めていた。脳が勝手に、もし僕が逃げおおせて母に連絡がいってしまった場合、どうやって母を宥め賺すかを必死でシミュレーションし出す。ろくな答えは出なかった。
 そんなときに、母用に設定してる着信音が鳴るものだから、小さい悲鳴のような声が出てしまう。レコーダーを入れたのと反対側のポケットから、慎重にスマホを取り出す……
 
「は、母からだ……逃げないから、外で出てもいいか?」
「ハハッ、ちょうどいいじゃねーか。適当なとこで代われよ」
「む、無理だ……ッは、母は、弁護士を目指していた人なんだ。正義感も強いから、僕らの状況に関わらず問答無用で通報されかねない。それに……す、すぐに出ないと、それはそれで詮索される……」
「はぁ~……めんどくせえ……オイ、一緒に外出て見張っとけ」
「分かりました」
 
 僕は助手席の男と同時に車を降り、急いで電話に出た。
 
「も、もしもし?」
『……英司? 電話に出るの、ちょっと遅かったんじゃない?』
「あ、ああ……ごめん、ちょうど電車から降りたところで……今静かな場所に来たから」
『そうだったの。お仕事お疲れ様』
「うん……それで、何か用事だった?」

 僕が努めて明るい調子で返すと、母はとんでもないことを言い出した。
 
『もうすぐ、大学院の社会人入試があるでしょう。ちゃんと準備はしているの?』
「……えっ?」
『え……って、まさか、何もしてないわけじゃないでしょうね。もう三年以上も法務関係の実務経験を積んだんだから……弁護士になるためには、そろそろ大学院へ行って司法試験の勉強を始めないといけないのよ。分かってるでしょう?』

 僕は途端に縮み上がる胃と鋭くなる頭痛に泣きたい気持ちになりながら、なんとか声を絞り出す。

「い、今の仕事を……続けたいと思ってるんだけど……」
『ええ? それじゃあ、いつ大学院へ行くの? 来年? 再来年?』
「いや……僕は……」
『結婚はまだ考えてないって言うから、てっきりそっちを目指してるんだと思って、お母さん嬉しかったのに……あ、もしかして、結婚の方を頑張るってこと? 誰か良い人がいるのね?』
「それは……それも、どうなるかなんて……」

 僕は苦し紛れに曖昧な返事をした。良くないと思いつつも、どうにか逃れたい欲が出てしまう。
 
『なんだ、そういうことね。それなら、まあいいわ。でももし駄目だったときのために、ちゃんと編入試験の準備もしておきなさいね。英司は良い子だから、ちゃんとできるわよね?』
「う、ぁ……」
 
 言葉に詰まった僕が何か言いかける前に、スマホが取り上げられる。驚いてそちらを見ると、いつの間にか戻ってきていた神崎が僕のスマホを耳に当てるところだった。
 
「もしもし……藤村英司さんのお母様でいらっしゃいますか?」
『え? はい、そうですが……どちら様でしょうか』
 
 僕はどうするのかと心配で、マジマジと神崎を見つめた。
 白……いや、銀髪なのかな。よくわからないけど、そういう髪の色で、眉が男らしく太くて、耳にはピアスをたくさんつけている。よく見ると、厚ぼったい唇の下にもピアスをしてるみたいだった。ああいうピアスはなんて言うんだろう。
 人相は悪いし、ちょっと怖い印象だけど、電話する声色はとても穏やかなものに聞こえる……
 
「申し遅れました、私、英司さんの上司の加藤と言います。突然すみません」
 
 神崎はこの辺りで一番多い名字を言った。確かに、社内には僕の……直属ではないが、上司といっていい人物の中に、加藤が何人かいる。
 
『加藤さん……うちの息子が、どうかしましたでしょうか?』
「いえ、息子さんがかなり優秀なことをお伝えしたくて。ウチの部署になくてはならない存在で、いつも大変助かっております。人柄も良く、お母様のご教育の賜物なんだなと」
『いえ……そんな……ありがとうございます。加藤さんのようなお話の分かる上司に恵まれて、英司は幸せ者です』
 
 神崎はスラスラと嘘を並べていく。微かに聞こえてくる、警戒していた母の声色が、忽ち緩んでいくのがわかる。
 神崎は態とらしく、ちょっと困ったように咳払いをして続けた。
 
「それで……実はちょうど今から、英司さんと親睦を深める為に、食事にでも行こうかという話になってましてね……」
『あら、それじゃあ、お邪魔しちゃ悪いですね。あの……加藤さん、大変不躾なお願いなんですけれど……もしよければ、ぜひうちの息子の色恋ごとの相談にも乗ってやってください。物腰も柔らかい上に素敵なお声ですし……加藤さん、きっとすごくおモテになるでしょう?』
 
 漏れ聞こえてくる内容だけで、母がとんでもないことを言っているのだと分かり、僕は羞恥で顔が熱くなった。神崎は困ったように笑いながら電話を続ける。
 
「いえいえ、そんな……でも、お母様のお気持ちは承知しました。そちらも含めて、英司さんから色々なお話を聞いてみますね」
『はい、ぜひ、よろしくお願いいたします』
「では、大変申し訳ありませんが、店の予約の時間がありますので……英司さんに代わりますね」
『ああっ、待ってください。大丈夫です、このまま切っていただいて。予約に遅刻したら大変ですもの!』
「……お母様のお気遣い、ありがたく受け取らせていただきます。では、これで……」
『ええ、どうぞこれからも、英司をよろしくお願いいたします……』
「はい。それでは、失礼いたします」
 
 神崎は通話を終えると、何食わぬ顔で僕にスマホを返した。相変わらずじっと見下されたが何も言われず、神崎はそのまま黙って車へ向かってしまった。僕は呆然と立ち尽くしていたし、少々気遣いができるらしい助手席に座っていた方の男も、僕に声をかけ辛い様子でしばらく黙っていた。
 しかしやがて、躊躇いがちに呟かれる。
 
「……そろそろ戻らないと、やばいと思います」
「あ……ああ……わかった……」
 
 僕は彼の同情的な視線から逃れるように車へ戻った。
 大きめのワゴン車だから僕も乗り込んだって平気だったとは思うが、神崎が何か話をつけたらしく、乗らなくていいと飯塚から手で制された。
 
「んじゃ、あとは任せた。ほんとにこれ、お前が立て替えんのでいいんだな?」
「はい。大丈夫です」
「……まあ俺たちは決まった額以上回収できればいいけどよ……お前、こういうやり方が危ないのも分かってんだよな?」
「もちろんです。今回は……ちょっと話した感じ、親からも厳しそうだったので、やむを得ないかと……」
「……そういうときはそこのオニイサンから…………いや、まあいいわ。金は確かに受け取った。次の返済日までにはちゃんと本人から返せるようにしておけよ」
「はい」
 
 神崎は頷くと、英里佳を連れて車から降りた。英里佳はぴったりと神崎に寄り添い、不安げな様子で神崎をじっと見上げている。妹の〝女〟の部分を見せつけられて、僕は一気に具合が悪くなった。頭痛は治りつつあったのに、今度は吐きそうな気分だ……
 飯塚とチンピラ達が改めて席を変えて乗り込むと、車は気持ち悪いほど静かに駐車場を去り、夜の街に消えて行った。僕たちは解放されたらしい……
 
「俺らも行こうか」
「行くって、どこに……」
「まずは英里佳を送っていく。その後お兄さんだな」
「神ちゃん……あたし、これから大丈夫かな……」
 
 神崎の車の後部座席に乗り込んだ僕からは、助手席の英里佳の表情は分からなかった。でも、この自信のなさそうな声は聞き飽きている。兄の僕に、テストの出来が悪かったことを悲しそうに告げるとき……母にそれを見せるとき。もしくは、通知表をもらう終業式の日……いつもいつも、英里佳は自信がなかった。俯いて、暗くて……だから、キャバクラで働いてるなんて聞いても、信じられなかったんだ。
 
「キャバんときから言ってるだろ、もっと自信持てって。英里佳は可愛いんだから、それ生かせばあれくらいの借金なんてすぐ返せるよ」
「……神ちゃん……お金、ありがとうね。頑張ってそっちも返すから」
 
 神崎は笑って、「別にいいよ」と言った。僕は耳を疑う。
 
「俺には返さなくてもいいよ。その代わり、余裕が出来たらまたタケルに会いに行ってやれよ。英里佳が来なくなって、ずいぶん寂しがってたぞ」
「ほっほんと……?」
「本当だよ。タケルはさ、金がなくなったからって女を切り捨てるようなホストじゃないって……英里佳も知ってるだろ?」
「……うん……うん! そうだよね……! タケル、いつも明るくて、優しくて、あたしの話も、本気で心配してくれたから……」
 
 僕は……タケルについて話すときの、ちょっと要領を得ない、でも楽しげな英里佳の顔を、すこし見てみたいような……知りたくないような、複雑な気持ちで話を聞いていた。僕がいくら励ましても見ることのできなかった顔。実家で萎縮しきった僕たちが、理解できなかった感情……それを、英里佳は知り得たと言うんだろうか。
 生き甲斐のような、日々の中のささやかな光みたいなものを、手に入れたっていうのか……
 
「お兄さん。ちゃんと送ってくしさ、このまま車で待っててくれる? 一応俺も降りて店で英里佳の今後のこととか話そうかと……ま、逃げたかったら逃げてもいいよ。駅はアッチだから」
 
 やがて、繁華街の裏通りに続く小さな駐車場で神崎は車を停めた。僕は神崎の言葉に、静かに首を横に振る。
 
「……いや、逃げない。待ってる」
「……分かった。じゃあ行こうか、英里佳」
「うん……」
 
 神崎が車から降り、英里佳もシートベルトを外す。ドアに一度手をやって、ふと、思い出したようにこちらを振り返ってきた。
 
「あ……あの、お兄ちゃん。来てくれて、ありがとうね」
「いや……僕も、母さんに知られたくなかったからで…………」
「うん。分かってる。いいの。それでも、ありがとう。英里佳のLINEも、ブロックしないでくれて、嬉しかった。さ……さよなら、お兄ちゃん。次からは、迷惑かけないようにするね」
「あ……」
 
 英里佳は小さく微笑んでから車を降りていった。この街の繁華街には、女を売る店がいくつもあると聞いたことがある。その一つに、これから英里佳が向かうらしい。
 僕はやはり、あの妹は救えないと思っている。借金の額は知らないままだけど、でも、僕は一円たりとも肩代わりしてやるつもりはなかった。だから、神崎という他人が、急場凌ぎの利息分だけとはいえ代わりに払ってやったことが信じられない。
 僕の人生は、僕だけのものだ。母にも、妹にも、邪魔はされたくない。高校を卒業してから、ようやくそう思えるようになったのに。
 とはいえ……こうやって現状にしがみついているけど、でも、僕の人生に一体なんの価値があるというのだろう。
 大して趣味もない。渡したくないはずの金の使い道も、実際のところ、口座の中で貯まる以外には存在しないのだ。
 だから……あんなにのめり込む程熱中できる何かが、あの英里佳にできたことが、すこしだけ羨ましかった。もちろん、こんなことになるまで金を注ぎ込むのは理解できないけど……
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