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水戸2
水戸2-1
しおりを挟む16になったらバイク免許が欲しいというのは、神崎と二人で前々から話していたことだった。お互い部活もあるし、誰にも詮索されずに一週間以上休めるのは夏休みくらいだろうとあっさり話はまとまり、俺たちは高二の夏休みに狙いを定めて予定を組んだ。
しかし、なんにしても金がいる。免許合宿代もそうだし、バイク本体を買う金、貯金しながらも遊ぶ金……挙げ出したらキリがない。昔から妙に羽振りのいい神崎がどうしてんのかは知らねえけど、俺は部活をしながらこっそりバイトにも精を出した。
幸いというか、うちは全国でもトップクラスの進学校で、俺が入ってるサッカー部の活動は週3回だけと決まっていたから、バイトのシフトもある程度入ることができた。時々土日のどちらかに練習試合が入ったりもするけど、うちのサッカー部は全国に行けるほど強いところじゃない。県内四位前後を行ったり来たりしていて、調子がいい時は地区大会までいける程度だ。
だから俺は、部活の合間にバイトを詰め込み、割のいいものを探して色々やった。接客はそこそこ向いてたと思うけど、何故かどこへ行っても目立つので、知り合いに見つからないように客商売は選ばないことにした。言うまでもなくうちの高校は、バイトはごく一部の事情がある生徒にしか認められていない。
神崎がどこからか見つけてきたのは、隣県のやや寂れた安価な教習所の合宿プランで、今時の合宿所にしては珍しく全部屋和室だった。温泉がついているとはいえ、普通に金のある家庭の人間や社会人なんかは選ばないようなところだ。
「……今なんて言った?」
「水泳部の高木と付き合ってた」
合宿所に向かう、他に人のいないバスの中で、神崎がぽつんと呟いた。どんどん緑が多くなる外の景色にうっかり気を取られて普通に聞き逃したんだけど、そのままにしとけばよかったな……
しかしもう聞いてしまった。聞いたからには、俺は真夏の山道から視線を外し、最後部座席を1.5人分使って不貞腐れたように座っている神崎を見た。
「高木と……?」
「ん……それで、一週間前に別れた」
言われてみれば確かに、学期末にあった合唱祭で……俺たちのクラスの伴奏者になった神崎が、歌が苦手らしい高木とふたりで練習していたような記憶もある。
ふたりきりの音楽室で、いろんな習い事をやらされてきたという神崎がピアノを弾いて、高木が歌っていたわけか……いや、知りたくなかったな。
俺は渋々、神崎に続きを促した。
「……なんで別れたんだよ」
神崎は俺の質問にちらりとこちらを窺って、それからため息とともに吐き出すように言う。
「俺が不真面目に見えたんじゃねえかな。住む世界が違うみたいなこと言われた。みんな似たようなこと言うんだよな」
「……そういや高木って、次期キャプテンで水泳部のエースだろ。個人競技ならうちの高校も全国行けんだなって、壮行会で思っ……いや、野球部も今年は強いんだっけ?」
俺の言葉に、神崎はますます唇を尖らせる。分厚い下唇を突き出すと、強面が本当に子供みたいな印象になるな。とにかく、話題をすり替えることには成功したようだ。
「ムカつくけど、一年のいいピッチャーが入ったからな」
「結局ポジション変えんの?」
「うちはショートが弱えから、先発やれねえなら俺がショートをやる。それが一番勝てる」
尖らせた唇の割に目に宿る光は鋭い。俺はそこに感心して、肩の力を抜いた。神崎が自信たっぷりに言うということは、本当に大丈夫なんだろう。
「ふぅん。まあ神崎なら、どこやっても上手そうだよな」
「……大して知らねえだろ、俺の野球のこと」
「いやでも、分かるよ」
俺がきっぱり言うと、神崎は照れたようにそっぽを向いた。神崎の練習試合がある日は大抵サッカー部も練習試合があるので、お互いの試合をわざわざ観に行ったことなんてない……はず。少なくとも俺は、一度もない。精々同じクラスとして、体育の授業でやるままごとみたいなそれらで、本職の上手さを垣間見たくらいだ。
でもお互いそうだけど、相手の持ち前の運動神経というか、センス……いわゆる感の良さみたいなものは十分に伝わってるから、ことスポーツに関してはなんの心配もしてないし、神崎が自身を持って言うなら、疑う必要なんてないだろう。
そういうようなことを伝えると、照れていた神崎は、終いには笑い出した。
「はは……水戸って本当に今時珍しいタイプだよな」
「俺からしたら、神崎みたいなヤツの方がよっぽど見かけないけどな」
「……それもそうか」
あ、まただ。
にんまり笑っているようでいて、本当に微かに神崎から漂ってくる寂しさの匂いが、俺にはもう捕まえられるようになってしまった。コイツが歳上にもかなりモテるのは……もしかすると、女の方が敏感に捉えるであろうこういう部分があるからかもしれない。
神崎は今更改めて言うまでもなく、孤独なヤツだ。でも別に、俺はそんな神崎に同情してつるんでいるわけではないし、神崎もそれをよく分かってるから、俺たちは対等なんだけど……でも、高木はもしかすると、神崎の抱える孤独に気が付いたのかもしれないな。まあコイツに寄り添う相手が大変そうなのは、想像に難くない。
将来……誰か、神崎のことを本気で想って、その孤独を癒やしてくれるような人間が現れたらいいんだけど。俺と違って、恋愛的な意味で神崎のことを大切にしてくれる、誰かじゃないと……たぶん、コイツの寂しさは埋まらないんだろう。
「水戸は今彼女いないんだっけ」
「ん~? そうだな……つーかお前と一緒になって遊んでんだから、彼女なんかいるわけないだろ」
「フーン」
……いや待てよ? 一週間前まで高木と付き合ってた……とか言うけど、普通にそれより前から夜遊んでたよな? やっぱ、普通に浮気がバレてフラれただけなのか……?
まあ……考えないことにするか。コイツの性欲は留まるところを知らねえからな……
「高木と別れたって言うけど、お前……ちゃんと発散してきたんだろうな」
修学旅行や、神崎の部屋へ遊びに行った日の苦い記憶が過り、俺は神崎に鋭い視線を向けた。
「ああ。昨日適当に連絡して限界までヤってきた」
「それならいいけど。一週間以上どこにも行けねえんだから、ちゃんと自己管理しろよ」
「んー」
神崎は頷いて、「いざとなれば合宿所の誰かを落とす」なんて言う。頼むからそんな危ないことにはならないでくれ。
◆
かなり強行スケジュールの合宿だから、その分躓く人間も多いらしかった。俺たちは当然座学は問題なかったけど、意外と多い外国人の受講者たちは、必死に食らいつくも苦しそうにしていた。激安プランだから、こういう客層にも納得がいく。
免許取得の試験に使われる問題文は、意地悪な日本語が多い。ちゃんと問題文を読んで意味を理解しないと、答えられないようになっている。
もちろん外国語に対応した場所へ行けばいいんだけど、ここは格安なこともあって、ある程度日本語の読み書きができる外国人が申し込んで苦戦するらしかった。
簡単な会話程度なら英語ができる俺たちは、あっという間に外国人たちに囲まれるようになった。
「ミィ~これ、ここ、オシエテ、ねー?」
タイ人のパイサンは、俺のことをミィーと呼ぶ。どうも向こうだとTを発音しないらしく、水戸と名乗ったときにそうなってしまった。因みに神崎のことは、カーンと呼んでいる。
パイサンは出稼ぎのために日本に単身赴任していて、タイに嫁と3人の子供がいるらしい。初めて名乗られたときにあまりにも長い名前を全く聞き取れず、最後の方で唯一聞き取れたパイサーンの部分からパイサンと呼んでいる。
パイサンは日本語がかなり話せるから、覚える為にもできるだけ日本語で話してほしいと言われていた。
「昨日、同じの、ヤッタ! よね? でも丸チガウの……ミィーどうして?」
「ここは、~してはならない、って聞いてるから、昨日やったのと同じ内容だけど、回答は逆になるんだよ」
「ア~そっか、昨日は、してはならナイじゃなくて、でアルだった、ねー!」
「そうそう」
「ミィー、アリガト、ねー!」
タイ語でどういたしましてをどんなふうに言うのかは、早い段階でパイサンに教わったけど……結局発音を覚えられずにいる。語学系に強い神崎も諦めてたから、タイ語はマジで発音が難しいんだと思う。
繰り返し聞こうと思って翻訳アプリを入れようとしたけど、そもそもこの山奥の合宿所は電波がほとんど入らない。毎日神崎と暗くなる直前に少しだけ外に出て敷地内を歩き回り、細い電波を拾うのが日課になったくらいだ。
隠れてタバコを吸うところもほとんどなく、当然酒なんて持ち込めていない。娯楽の一切を封じられた神崎の様子は、案の定段々とおかしくなっていった。もちろん俺は必死に励ましたし、息抜きできるように協力もした。でも駄目だった。
あと一日。明日の午前中にある実技試験と、午後の学科試験に合格すれば、晴れて普通自動二輪車の免許と引き換えられる、卒業証明書が手に入る。だというのに……
「水戸……」
「待て待て……こういうのナシだって言ったよな!?」
狭い布団の中に潜り込んできた神崎の腕を掴み、渾身の力で食い止める。しかし神崎も必死な様子で、引き下がろうとしない。
友人と二人で免許を取る格安プランに申し込んだせいで……俺たちふたり分の荷物を置いて布団を敷くと、割り当てられた小さな和室はそのほとんどが埋まってしまう。こんな狭さなので、逃げ場はどこにもない。
毎日神崎が大人しく寝息を立てるように祈りながら先に寝落ちていた俺は、妖しく動く神崎の手によって微睡みから目覚めた。しかし……油断すると瞼が落ちてきそうだ。酒は入っていないとはいえ、修学旅行や神崎の部屋へ行ったときとほぼ同じ構図だ。
「頼むよ水戸……もう限界なんだよ」
「残り明日一日だけじゃねーか……我慢しろよ」
「このままだと明日集中できなくて、実技で落ちそう」
「お前なぁ……」
そんなこと言ったって。俺がそう呟くと、神崎は昼間と同じように眉根を寄せ、唇を尖らせた。
そもそもここがそういう相手を探していい場所ではないのは大前提として、更にここは女性が応募するようなところじゃないわけで。それもバイの神崎には関係ないのかもしれないが……
「水戸がどうしても無理なら、パイサンに頼むしかねえんだよ」
こうなるよな。言わずもがな、外国人だらけの受講者の中で俺たちが一番仲良くしてるのは、日本語の会話が一番上手いパイサンだ。
でも、パイサンだけは駄目だ。他の人はどうか知らないが、パイサンは愛する妻と子どもたちのために日本へ出稼ぎに来ているのであって、神崎が手を出してもしもそっちへハマろうものなら、本気で家庭崩壊してしまう。それだけは駄目だ。
恐らく……神崎が本気を出したら、大抵の人間は落ちてしまうのではないか。そういう心配もあった。テクニックもあるけど、人を捕らえる魔性みたいなもんが……神崎にはあると思う。今思えば、三木も高木も、それに絡め取られたんじゃないか……
修学旅行の後、自分が男に一切興味がなくて良かったと心から思った。自惚れてるわけじゃないけど、男も女も関係なく惑わせる神崎には、俺みたいな人間が必要なんじゃないかと思ってる。そういう確実な友人は、一人でも多くいたほうがいい。
だからできるだけ、神崎とこういう行為はしたくなかった。
でも、神崎の部屋へ遊びに行ったときにも同じようになったし、どこかでまたこうなる気もしていた。山奥の合宿は値段も安くて好条件だったから選ばない理由はなかったけど、それを選択するときには、この展開への予想と諦めのようなものもセットでついてきた。
つまり、俺は……こうなったとき用の行動を予め腹に決めてあったわけだ。
「水戸」
「はぁ……」
俺はうんざりした気分で掛け布団を退かした。全部屋一括管理されているクーラーは大部屋に合わせて強力に設定されていて、布団がないとすこし寒い。
二日に一回交換される浴衣にはもうすっかり慣れたけど、そんな俺より更に手慣れた手付きの神崎が、するりとこちらの合わせを開けさせてくる。
「ケツと……あと乳首も絶対触んなよ」
「うん」
俺が告げると、神崎は素直に頷いて距離を詰めてきた。一発抜いてスッキリするなら、もうさっさと付き合ってやったほうがいい。俺は別に溜まってても試験に支障をきたすほどじゃないけど、神崎はむしろよくもった方だろう。修学旅行の時を振り返っても、もっと早い段階で限界を訴えてもおかしくはなかった。
その際の教訓として、抵抗しても無駄だというものがある。とにかく終わらせたいなら神崎に合わせたほうが早い。
それに……俺がどんなに神崎とこういうことがしたくなくても、どの道俺は、この神崎誠一郎という稀有な友達を放っておけない。
今日の神崎がいつになく慎重になっているのは、神崎が他の誰かとしているところを一度も見たことのない俺にも、よく分かった。もっと強引にいって、俺の抵抗を封じることもできる人間だっていうのは身をもって知っているから、神崎が俺の様子を窺って、そっと脚の間へ手を伸ばしてくるのは、なんだか不思議な気分だった。
「水戸……気持ちい? 勃ってきた」
「……ッ黙ってさっさとやれ……言わなくて、いーから……」
「……わかった」
神崎の手が淡々と動いて、じわじわと気持ち良くなってきたけど、神崎は一向に自分でシようとしない。何の為にこんなことやってると思ってんだよ……
「……おい、神崎……」
「……ん?」
「ん、じゃねーよ……するなら、お前もさっさとやればいいだろ……」
「先に水戸をイかせよっかなって」
「なんでだよ……お前もヤんないと、意味なくねえか……? 何の為にこんなことしてるか分かってんのか……」
神崎は眠くて起き上がる気力のない俺を見下ろしてすこし沈黙した後、俺の脚を開いてその間に収まりに来た。
そのままぐっと体を伸ばして、俺に覆い被さる。
どういうつもりか気付いたときにはもう、遅かった。
「あ、やめ……ッん、ぅ……ッむ……」
「ん……水戸、もっと……口、開けて」
「んん、んぅ……ッふ、ぁ……やっめ、ろ」
神崎の柔らかい唇が降ってきて、ほとんど無抵抗で貪られてしまった。最悪だ。慌てて肩を掴んで押し退ける。
神崎がべろりと濡れた己の唇を舐めた。
「キスもなしに、決まってんだろ……」
「……なんで? した方が気持ち良くない?」
本気で分かってなさそうな神崎を睨みつけても、ますます困惑した表情をされて、暖簾に腕押しだ。本気で分からないんだ、神崎には。友達とはこういう行為をしたくない、すべきじゃないっていう俺の感覚が。
でも俺も、それを上手く言語化できなかった。こういうのは愛している人にすべきことなんだとか、友情と恋愛感情の違いだとか、恋愛的な意味で大切にすべき人についてとか……そういう言葉はまだ、俺の上辺を滑っていくだけだ。俺だって神崎と一緒になって遊んでいて、大切にできた人なんていないのかもしれない。
でも違うんだよ。神崎のことは、そういう意味で大事にしたいわけじゃない。こんなことをしなくたって、俺たちはずっと馬鹿やって、楽しくやっていけるのに。神崎がそうしたいなら、俺はこの行為と犯罪以外なら、なんだって一緒に考えてやるのに。
「……キスもなしね、了解」
俺が黙って薄暗い部屋の隅を眺め、言葉を探している間に、神崎はため息をついて俺の上から退いた。
そしてあろうことか、俺の股座に顔を埋めていく。
「おい何し……ッか、神崎……!?」
「……なに? これもナシとか、言うなよ……?」
「あ……っ!?」
チンコを舐め上げられたんだと、一瞬遅れて気付く。腰から力が抜ける、ぞくぞくした気持ち良さがそこから発生して、じわりと広がる。神崎の頭を掴もうと手を伸ばすが、先端に吸い付かれたらもう、自慢の右手もくったりとして、駄目だった。軽くあしらわれて、神崎の頭が股間に埋没していく。俺のを咥えたまま……
「~~っあ、ぅ……っ!」
神崎の頭が上下して、卑猥な水音が響く。こんなことをして、隣の部屋で眠ってるパイサンたちに聞かれてしまったら……一体どうするつもりなんだ。
頼むからフェラもなし、そう一言言ってやればよかったのに、俺の口から出るのは情けない吐息ばかりだ。射精感が重怠く腰に溜まっていって、同時に脳が馬鹿になる。男は本当に悲しい生き物だ。どんなに止めるべきだと分かっていても、強烈な快感には簡単に屈してしまう。
「あ……ッん、待て……か、ざき……ぃっ」
「んぁ? なに?」
「っそこで、喋んな……ぁっ」
浴衣は帯がかろうじて腰に巻き付いているだけで、もう殆ど開けてしまっている。
神崎は咥えたままこちらを見ていた。俺が情けなく喘ぐ姿を、視線で舐ってくる。目だけで笑ってるんだと分かって、腹が立つ。それでも、神崎の分厚い唇に吸い付かれると、何もかもがどうでも良くなって、射精することしか考えられなくなってしまう。
早く出したい。出して、終わりにしたい。
それなのに、神崎はまたしても焦らす。修学旅行で散々やられて脳がバグり、ついに馬鹿みたいなことを口走った記憶が、まだはっきりと残っている。
「ん……ぅ、く……ッ」
口を手で押さえて、必死に声を殺した。でももう、隣に聞かれるとか、止めてほしいとか、そんなこともどうでもよくなりつつある。早く楽になる方が大事なんじゃないか。さっさと終わらせたい。そうすれば、きっと隣にもわからないに違いない。ああくそ、そんなわけあるか。頼むから早く終わってくれ……
「ん……ッ水戸……かわい……」
「っはぁ……っあ、あ……ッ」
可愛い、じゃねーんだよ……
なんで神崎は俺にこんなことをするんだろう。
友達じゃなくなっても、いいっていうのかよ。
さっきから後すこしのところで焦らされているせいで、胸のうちに湧いた妙な苛立ちに囚われ、いよいよもって怒り出してしまいそうだった。
俺はお前にとって、三木や高木と同じなのか?
なんとなく付き合って、キスもエロいこともして、またなんとなく別れるのか?
そんなふうになったっていいっていうのかよ。
だめだろ……そんなのは……俺は嫌だ……
俺の思考が鈍くなって、あとすこしでイけるところで……また神崎の口元が緩む。
「あぁッも、くそ……ふざけんな……!」
「イきたい?」
「……まずお前がイかねーと、終わんねぇだろ……!」
「……ふ、ほんとかわいー……」
「や……ッ止めろ! 脚も撫でんな……は、はやく……」
思わず言うと、神崎はまた口元に笑みを浮かべ、こちらを熱の籠もった目でじっくりと観察してくる。
「はやく? 何?」
「お前も、シろよ……」
「でも、口でイきたくない?」
神崎がそう言って舌を出す。さっさと拒否すればよかったのに、そこから目が離せなくなる。俺はもうとっくに、その気持ち良さを知ってしまっている……結局、神崎の部屋で咥えられたときにも、これに屈してしまったから。
「……お前は……どうすんの」
苦し紛れに放った言葉が全てだった。神崎はニヤリと笑って、俺の質問には答えず、再び俺のを口に含んだ。
「~~っあ、うぅ……ッ!!」
先端に吸い付かれ、神崎の口の中に引き摺り込まれたと思ったら、たちまち強烈な快感に襲われる。ひどく下品な音がした。顔にじわりと熱が昇って、情けない声が出る。
神崎は……俺が脱力するまで、それを口から離さなかった。チンコが萎えていくのと同時に、全身の力が抜けていく。そうなってから、ようやく解放される。
「はぁ……っは……ぁ……」
俺も久々だったのもあって、乱れた浴衣を直す気力もない。体が火照っていて、例の強すぎるクーラーも肌寒く感じない。一度遠退いた眠気が射精後の倦怠感とともに再び襲ってきて、神崎がどうしているのかを確認することもできない。視界が暗い。瞼がもう閉じてるんだ。
神崎はごそごそと何かやってたようだった。
……結局一人で抜いたんなら、俺のこれは何だったんだよ……
草臥れてそんな文句を言うこともできないまま、俺は眠りに落ちた。
◆
翌朝、神崎が元気なのはともかく、俺も多少すっきりしていたのが最悪だった。昨日は頭が冷静になって気分が悪くなる前に寝落ちてしまったために、その時間が今更のようにやってくる。でも、体は実際に軽くて、俺たちは実技も学科も完璧だった。二人同時に満点で驚かれたくらいだ。
俺たちは結局、何度目かの再試験を受けるパイサンたちを残して、先に卒業することになった。パイサンは今日の学科試験が本当に惜しかったので、明日には卒業になるだろう。
「ミィー! カーン! そつぎょー、オメデト! 早いねー」
「パイサンももうすぐだな」
「ふたりがオシエテくれたオカゲ、ねー?」
パイサンは白い歯を見せてニカッと笑ったあと、ちょっと悩むような仕草をして、小声で話しかけてきた。
「え? どうしたのパイサン……」
「アノ~……ふたりって、もしかしてコイビト?」
それを聞かれた瞬間、俺は無言で神崎を殴った。途中で何を言われるのかが分かって、拳を握りしめて待ってたくらいだ。
おい神崎、どうしてくれんだよ。
「ミィー!? ど、ドウシテ!? ワタシ、なにかマズイことキイタ!?」
「いや、パイサンは何も悪くない。悪いのは全部、コイツだ……!」
「ま、待てって水戸。今更俺殴ったってもう関係ないだろ。パイサン。違うから……昨日ちょっと、ふざけてただけで……」
「フザケ……?」
キョトンとするパイサンは多分、ふざけるに何か他の、隠語的に使われる意味でもあるのかと考えているに違いなくて、俺はますますうんざりした気分で神崎を睨んだ。
「水戸……スッキリして頭が冴えてたのは事実だから、もういいって……言ったばっかじゃん」
「それは…………そうだ。確かに言った」
俺は神崎の言葉に素直に頷いた。満点だったのはその恩恵もあったのかもしれないと、俺は先程神崎をゆるしていた。
「ふ……ふたりは、コイビトじゃナイ……トモダチ、ねー?」
確認するパイサンに微笑んで頷く。
「……セッカク覚えたから、ワタシ日本語で試験受けよう、オモッタ……でもとってもムズカシかった。合格デキそうなの、ふたりのオカゲだよ。アリガト、ねー!」
「みんなすごいよ、日本語の読みまでできて……パイサンもあとすこし、頑張ってな」
「ウン!」
相変わらず白い歯を見せ、力いっぱい笑うパイサンに挨拶をして、俺たちは合宿所を後にした。エナメルバッグに詰め込んだ荷物と教材を担いで、ふたりで真夏の駐車場を歩く。山奥とはいえ、広い駐車場には木陰もあんまりなくて、アスファルトの照り返しが俺たちを炙る。これから街へ下りたらもっと暑いんだと思うと、今から具合が悪くなりそうだ。
行きと同じく、送迎バスには俺たちしか乗らないらしい。
日差しから逃げるようにバスに乗り込むと、今日は神崎が窓際に座った。珍しいこともあるもんだ。
「なあ、明日すぐ免許センター行くよな?」
「んー……そうだな」
神崎はぼんやりと窓の外を眺めている。
「神崎? どうかした?」
「いや……水戸にもし、彼女ができたらさ……」
「ん?」
「こうやってどっか行くことも、なくなんのかな」
「……なんで?」
「ん……や、なんとなくだけど」
神崎は誤魔化すように笑うが、俺は逃してやるつもりはなかった。いい加減に俺のことを友人として信用してほしいもんだ……
「神崎に彼氏ができても変わんなかっただろ、別に」
「……それは」
「ん?」
「……いや……やっぱいーや。なあ、バイク免許取れたら海行こうぜ。泊まりでさ」
「それはもちろん、いいけど……」
俺がじっと見つめても、神崎は外を眺めていて……こちらを向かなかった。
「神崎」
「……なに?」
「別に変わんないだろ。ずっと。お互い誰と付き合って、もし結婚しても……友達なのは変わんねーよ。タイプが違う人間だって、友人同士なら関係ないだろ」
「ん……」
俺がちゃんと聞いてほしい言葉を言っても、神崎は気のない返事をするばかりで、俺はムカついて神崎の脇腹に手を伸ばした。
「あ!? ちょ……ッはは、おい水戸、何すんだよ!」
「人の話を聞かねーからだよ!」
「ふ、はは……悪い悪い、聞いてるよ」
俺に擽られた神崎は、笑いながら……観念したように視線を合わせてくる。
「なあ神崎。海行って、それから?」
「ん?」
「他に行きたいとこねえの? どうせ色々考えてんだろ」
「……水戸は?」
「神崎が行きたいとこ、どこでも付いてってやるよ」
「はは、頼もし」
神崎はそう言ってまた笑ったけど、どうせ俺の言ったことは信じてないよな。
でもいいよ。それは長く一緒にいれば、自ずと分かることだから。
ただ俺がお前と、ずっと友達でいたいだけだ。
お前が分かんないっていうなら、もう、それでいいだろ。
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