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《第4期》 ‐鏡面の花、水面の月、どうか、どうか、いつまでも。‐
『失った灯り』 3/6
しおりを挟む──ギンッ! キンッ、ガキンッ!
小さなランプ程度にまで明るさを落としたステージライトの下、あたし──《パリス》と、桜──《ロミオ》の振るう剣が、音響の効果音と共に何度も交わる。
舞台はついに第五幕。最後の殺陣。墓所での《パリス》と《ロミオ》の一騎打ち。
「くっ……!」
「諦めてお縄につけ、無法者め……!」
本来、《ロミオとジュリエット》にこの殺陣のシーンで台詞は無い。だがやはり一番の見せ場とあって、どの舞台でもここは台詞や役者のアドリブが追加されることが多い。今回の綾里高の舞台も例に漏れず少しだけ長めに尺が取られていた。この舞台の最後の盛り上がりを演出するあたしと桜の責任は重大だと言えた。
だが。
「……ふぅ、ふぅ……」
数分前から、歯を食いしばっていないと耐えられないほどの酷い吐き気に苛まれていた。体調がおかしく、凍えるような寒気と燃えるような発汗を何度も繰り返し、かなり弱めてあるはずのステージライトは何故か視界を覆うほどに眩しく感じられ、音響の効果音が鳴る度にズキンズキンと鼓膜に痛みが走った。
精神力で抑え込んでいた心の不安が、いよいよ最後の危険信号として肉体に出始めたようだった。
考えるな。考えるな。考えるな。今少しでも心がブレてしまったら、あたしは駄目になってしまう。《ラミラミ》でいられなくなってしまう。
もう少しだけ、あともう少しだけ《ロミオ》と剣を交え合えば、《パリス》は刺されて死ぬ。退場出来る。
それまで──。
「……っ」
突然頭の中が真っ白になった。
台詞が飛んだ。普段だったら絶対にしない失態だった。駄目だ、台詞を思い出せない。
目の前の《ロミオ》──桜があたしを見つめる。恐らく台詞が飛んだあたしに気づいた。
『──「この一太刀で終わらせる」だ。こんな短い台詞を忘れるな鳥頭め』
飛んだ台詞を、頭の中で《ジュール》が教えてくれた。
だが。
「…………」
あたしの手から剣が落ちた。かちゃん、と、軽い、軽い小道具の音が体育館ステージの上に転がった。
足が、勝手にたたらを踏んだ。
『おい……? 何をやっている豚女。さっさと剣を──』
気づいた時にはあたしは踵を返して駆け出していた。
剣も、今まで戦っていた《ロミオ》も、全部全部投げ出して、舞台袖へと逃げ込んだ。
「ラ、ラミラミさん!?」
部長とラミラミの剣劇を見守ってくれていた部員たちの困惑の声も聞けなかった。聞きたくなかった。
走って、そのまま体育館の裏口から飛び出した。
両足に《身体強化》を掛け、誰が見てるかも気にしないまま外壁を駆けあがり、一気に体育館の屋根の上へと辿り着いた。
「う、えぅ、うえええぇ……」
うずくまり、頭を抱えてあたしは泣いた。
『戻れ豚女!! 何をやっているんだ《我らの王》に命じられた大事な舞台を貴様台無しにしているんだぞ!! 早く戻れ!!』
「うあああああああ!!」
頭の中で爆発音のように響く《ジュール》の声をどうにか掻き消そうとあたしはもっと大きな声で泣いた。
……飛んだ台詞を《ジュール》が教えてくれた、あの瞬間。《ジュール》の声が《ボティス王》に聞こえるようになったかもしれない事を思い出して、そこからメルが居なくなってしまった事も、彼女が死んでしまったかもしれない事も思い出して、一気にあたしの中の堰は壊れ、押し止めていた不安がこぼれ出て、その奔流に残りの支えも壊れて、全てがどうしようもなくなってしまった。
泣いて、吐いて、耳を塞いで目を閉じて、怖い何かから隠れるように必死に小さくうずくまった。もうそれ以外の何も出来なかった。
ごめんなさい。アサカ。ひづりさん。桜会長。部の皆。みんな、みんなあたしに期待してくれていたのに、あたしは……。
あたしは、もう…………。
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