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《第4期》 ‐鏡面の花、水面の月、どうか、どうか、いつまでも。‐
『決意の走者』 2/6
しおりを挟む「くそ、ここにも居ないか……!」
特別教室棟の三階トイレ。その掃除用具入れの中にもメルの姿は無く、アサカは焦りと苛立ちから扉を乱暴に閉め、廊下に飛び出した。
「メルちゃーん!!」
声を張り上げ、もう何度目かも分からない彼女の名をもう一度呼ぶ。無事でこちらの声が聞こえているならメルはきっと反応して出て来てくれるはずなのだが……。
──『メルは校内に居るはず』。それが合流してすぐに天井花イナリが下した判断だった。メルは賢いネズミだから幾らパニックになっていたとしても校外に出る事はないだろうし、仮に校外に逃げていたとしても冷静になればすぐに戻ってくるはず。それにもし校外に逃げられていた場合、そんな広範囲は少人数の自分達では見つけようがない。なので、メルは今も校内のどこかに隠れている、あるいは校外に逃げていても必ず戻って来る、と想定して校内を捜すべきだ、という事だった。
しかし既に捜索開始から一時間。混雑する体育館の内外をハナが、校舎の中央棟と中庭と校庭をひづりと天井花イナリの二人が、そして教室棟と特別教室棟をアサカが担当しメル捜しに奔走していたが、予想に反しメルはまるで見つからず、アサカは不安で思考が乱れ始めていた。
「メルちゃん、本当にどこ行っちゃったの……!?」
加えて抜き差しならない懸念があった。そう。綾里校にはテトという猫が居るのだ。ラミラミとはぐれた際にメルが無事だったとしても、もしテトに見つかった場合、本当の手遅れになってしまう。
だから焦る。小さなネズミを捜す、という行動に於いて、人間より猫の方が遥かに秀でているはずなのだから。
「落ち着け、落ち着け……もう一度最初から、メルちゃんが行きそうな場所を……」
アサカはいつも試合の前にするのと同じ様に胸に手を当てて深呼吸をし、それから屋上へと向かった。屋上は既に一度調べていたし、特に目星がついている場所という訳でも無かったが、しかし「テトは校舎内に入って来ないよう躾けられている」とメルがもし理解しているなら彼女の逃げ込む先はこの校舎内のどこかである可能性が非常に高く、そのためアサカは屋上から一階まで、繰り返し全ての場所を確認する必要があると考えていたのだ。
「メルちゃん!! アサカです! 居ませんか!!」
扉を開けて屋上に出るなりアサカは目いっぱい大声で叫んだ。しかし今日は少し風があり、また空の高さもあいまって、声はあまり響かずに消えてしまったようだった。そしてやはりしばらく待ってもメルは出て来なかった。
「ううー……!!」
アサカは手近なフェンスにしがみつき、網目の隙間から校舎の至る所をメルが居ないだろうかと睨んだ。もし自分が鳥ならこんな風に校舎の中を走り回らずとも自由に空を飛んでメルを見つけられるのに、とそんな意味のない事を考えた。
「……っ!?」
その時だった。視界の端で何か小さな物が動き、アサカは鋭くそちらを見た。
フェンスの向こう。中央棟の屋上。大きさ的に人ではない。三十センチくらいの……猫。テトだ。
そしてそれが口に咥えていた物は──。
「メルちゃん!!」
アサカの声が聞こえたのか、テトが立ち止まってこちらを見た。それからすぐに踵を返し、メルを咥えたまま教室棟の方へと走って行った。距離もあり、メルの生死までは確認出来なかった。
「あぁっ! 待って、待って……っ!」
追いかけるべく階段へ駆け出したところで、アサカはぴたりと足を止めた。
綾里高校では生徒や職員が出られる屋上はこの特別教室棟の一ヶ所のみだった。一度校舎内に戻ってしまったら、中央棟や教室棟の屋上に出る手段は無い。屋上のテトは捕まえられない。
アサカは顔を上げ、隣の中央棟の屋上とを隔てる高いフェンスを見上げた。自分の身体能力なら登れない物ではない。ただ、そこから向こうは安全柵などは何もない、足を滑らせたら確実に死ぬ、業者以外絶対に立ち入ってはいけない場所となっている。
一瞬迷った。
それからアサカは電話を掛けた。
「ひぃちゃん。メルちゃんを見つけた。中央棟の屋上で、テトが口に咥えてるのが見えた。私、追いかける」
『え、待って、アサカは今どこに──』
ひづりの返事を待たず通話を切り、スマホをポケットの奥へ押し込むと、アサカは急いで上履きと靴下を脱ぎ捨ててフェンスにしがみ付いた。
────ガシャンッ、ガシャンッ、ガシャンッ。
視界の開けた屋上のフェンスはほんの少し登るだけでもはっきりとそこが致命的な高所である事を体に感じさせ、アサカの中に避け難い恐怖心を芽生えさせていった。
しかし手も足も止まらなかった。止まる訳にはいかない理由がアサカにはあった。
離れ離れになった今、きっとラミラミとメルは何より寂しい気持ちでいるはずなのだ。最近もうアインが長く無いことを意識するようになって、ずっと一緒に居たペットと離れ離れになる事を嫌でも考える様になっていたアサカには、今の二人の気持ちを他人事だと思う事は出来なかった。
それに、アサカはこれまで何度も何度も配信で彼女たちから元気を貰って来た。やたらとひづりに付き纏っていた転校生ラウラ・グラーシャや、急に何を考えてか《和菓子屋たぬきつね》で働き始めた夜不寝リコの事でひどく悩んでいた時も、アサカはラミラミたちの占い配信に救われて来た。そしてタイアップの話が決まり、文化祭実行委員になって直接話をするようになってからも、二人は配信で見た通りの素敵な占い師ラミラミと可愛らしいデグーのメルのコンビで、ただの学生でしかない自分にも親身になって人生相談に乗ってくれたり、助けてくれたりした。
今がその恩を返す時だった。窮地の彼女達を助けてあげられるのは自分達しかいなくて、そして現状恐らく今一番早くメルを助けに行けるのはここに居る自分だけ。
なら、やるしかない。
アサカはついにフェンスを飛び越え、足場と十数メートル下の地面とを隔てる物が何も無い中央棟の屋上へと着地した。
「待っててメルちゃん、ラミラミさん……!」
ざらつく埃っぽい校舎の屋上を裸足で駆け、アサカは逃げたテトの背中を追い掛けた。
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