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《第4期》 ‐鏡面の花、水面の月、どうか、どうか、いつまでも。‐
『緊急事態発生』 4/5
しおりを挟むエントランスから館外へと出たひづりとアサカは、そこから中庭側の壁伝いに進み、体育館ステージ左手にある搬入口へと向かった。
「ハナ!!」
館内の通路は開演前のトイレ休憩とあってかなりの混雑状況だったため移動に五分ほど掛かってしまい、どこかで入れ違いになってしまうかも、とひづりは思っていたが、しかし何という事はなく、ハナは搬入口の前で機材の入れ替えを行う演劇部の生徒らを手伝っていた。
ひづりに呼ばれ気づいたハナは手を止めると演劇部員らに一言声を掛け、すぐひづりとアサカの元へと駆けて来た。
「あぁ~ごめんひづりん、アサカ、本当にごめん~」
開口一番、彼女は両手を合わせて謝った。
「ハナちゃん、何があったの?」
ずいと前へ出てアサカが問うた。
ハナは困った様な顔をした後、「あっちで話そう」と体育館裏を指差した。
多くの人がこの後の舞台を楽しみに館内へと詰め掛けている時間とあって体育館裏に人気は無かった。
「バンドの奴ら、食中毒になったって。昨日の夜に気合入れようってあいつらだけで鶏肉の専門店行ったらしい。バカだよね」
苛立った様子でハナは頭を掻きながらそう説明した。
「しょ、食中毒?」
ひづりもアサカも呆気にとられた。
ハナは体育館の外壁にもたれ掛かり、ため息を吐いた。
「そー。今日の昼前になって連絡来てさ。今日の衣装もメンバーの一人が管理してたんだけど、家遠いから取りに行くのも間に合わないしでさ。はぁ。本当ごめんね、二人とも楽しみにしてくれてたのに」
彼女はしょぼくれた様子で目を伏せた。
「…………」
ひづりとアサカは顔を見合わせた。バンドメンバーが食中毒? ……本当に?
先ほどハナがステージ上で見せた、感情を押し殺した様な冷たい横顔。あれとよく似たものをひづりは知っていた。昨年の、まだ三人で遊ぶようになる前の、まだ友達になる前の、いつも一人で居た頃の奈三野ハナが、あんな顔をしていた。
だからステージ上の彼女を見た時、ひづりは酷く胸がざわついた。彼女のバンド内で何か良くない事が起きたのでは、と、確証は何も無かったが、そんな風に感じ取ったのだ。
「ほんとに? ハナちゃん、何か隠してない?」
アサカが踏み込んだ。アサカも今のハナの言葉をそのまま受け取れずにいる様子だった。
「何かって何? 何も隠してないよ。やだな、何想像してたの? 心配性なんだから」
そんな風に笑うハナの表情からはもう何も読み取れなかった。
「それよりどうだった、あたしの演奏。アドリブでやった割にはよかったでしょ?」
ハナは胸の辺りに両手を持ち上げ、ピアノを弾く仕草をして見せた。
彼女のバンドの事は気がかりだったが、確かにライブの感想をまだ一言も伝えていなかったため、ひづりもアサカも一旦落ち着いて話す事にした。
「ピアノも歌もとっても良かった。あの曲、前に聴かせてくれた曲だよね。綺麗で聴き入ったよ」
「うん、うん。ハナちゃんすごかったよ……! みんなじっと聴いてた! 私もあの曲大好きだから、今日のステージで聴けて嬉しかったよ……!」
「ふっふーん! そうでしょそうでしょ。二人の感想があたしは一番嬉しいよ」
ハナはにっこりと笑って、本当に嬉しそうに体を揺らした。巻かれた金髪がふわふわとかわいらしく揺れていた。
「じゃ、そろそろ移動しよ! 中庭側は人結構いるし、裏庭側から体育館戻ろ。あたしもラミラミさんの舞台楽しみなんだ~」
ハナはそう話を切り上げるとひづり達の背後に回り込んで二人の背中を押した。
ひづりは咄嗟に「待って、話はまだ終わってない」と言いそうになったが、しかし「ハナが話したくないなら今はやめておいた方が良いかもしれない……」とも思い、口をつぐんだ。
「……ん。あれ?」
と、その時だった。ひづりはふと気になるものを見つけた。
そしてそれはアサカもハナも同じだったらしく、一斉に三人ぴたりと足を止めた。
「……──……──」
ロミアが居た。誰かと通話をしているのか、彼女は何か喋りながら体育館裏の犬走をふらふらした足取りでこちらへ向かって歩いて来ていた。
「ラミラミさんだ。あんなところで何してるんだろう?」
ハナが首を傾げた。確かにもう演劇部の生徒らは開演の準備に取り掛かっているはずだった。
「ラミラミさん? どうされたんですか? 何かトラブルですか?」
ひづり達は彼女の元へ駆け寄り、訊ねた。
「どうしよう、どうしよう、どこに……」
「ラ、ラミラミさん……?」
三人はすぐ彼女の様子がおかしい事に気づいた。彼女の膝や手は土で汚れており、目元は赤く、涙で化粧が流れてしまっていた。
眼差しは虚ろで、ひづり達に話しかけられても誰の顔も見ようとしなかった。
しかも。
「ぶ、舞台が、あたしは、女子生徒が、連絡を、メルは、どうしよう、どうしよう……」
彼女は通話をしていた訳ではなかった。彼女の耳にイヤホンの類は無く、ずっと一人で訳の分からない事をつぶやき続けていた。
「ラミラミさん! アサカです! どうされたんですか!?」
アサカが正面からロミアの両肩を掴み、大きな声で名前を呼んだ。
「っ!」
ロミアは目を丸くして、それからひづりたちの顔を見て、ようやくいつもの表情に戻った。
「ア、アサカさん、皆さん……あ、ああ……」
しかし我に返った彼女は途端にぼろぼろと大粒の涙を零し始めた。
パニック状態の彼女が再びちゃんと言葉を話せるようになるまでそこから更に数分を要した。
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