224 / 247
《第4期》 ‐鏡面の花、水面の月、どうか、どうか、いつまでも。‐
『地獄の長距離走』 2/6
しおりを挟むあれから一週間が経とうとしていた。
正確に言うと今日が五日目である。《ボティス王》に『ひづりとアサカの仲をとりもて。出来なきゃ死ね』と言われてから、五日。
あたしの成果はゼロだった。
こんなはずじゃなかった。いや、文化祭とのタイアップの方は綾里高校が元々演劇系に力を入れているのもあって今のところかなり順調なのだ。問題は《ボティス王》に押し付けられた面倒事の方。
アサカと官舎ひづりは幼馴染だし、傍から見る限りかなり仲良さそうだし、そんな女子高生二人を恋仲にするくらい……そうだろ、大人気占い師をやってきたあたしだぜ、頑張れば出来るって思うじゃないか。
出来なかった。こいつら全然くっつく気配が無い。
アサカは良いんだ。かなり官舎ひづりに対して好意を露骨に出してるし、これだけで立派なものだと思う。
問題は官舎ひづり。こいつ。これだけアサカから好意を日常的に向けられてるのにも関わらず、のらりくらり避けていやがる。自分もアサカのこと好きなくせして。
だから一昨日、つい痺れを切らして直接訊いた。
『──アサカさん、よくひづりさんのお話をされてます。ひづりさんと結婚したいって、何度も。ひづりさんはアサカさんの事、どう思ってらっしゃるんですか~?』
直球だったが、他でもない私の命が懸かっている。手段は選んでいられなかった。
だが。
『そりゃあ好きですけど……でもアサカが私の事そんな風に言ってくれるのは、たぶん……子供の頃にちょっと色々あって、その事で私にずっと……何ていうか……恩みたいなものを感じてるからなんじゃないかと思うんです──』
とか返しやがった。しかもその「色々あって」の部分も何かはぐらかされたし。
どう考えても味醂座アサカの好きは恋愛の好きだ。直接話をするようになってまだ数日だが、監視してた時に店で初めてその態度を見た時に確信していた。官舎ひづりを見るあの子の眼は間違いなく恋する女の眼だ。官舎ひづり、こいつはなんでそれが分からんのだ? アホなのか? 《ボティス王》がこいつらをくっつけろと言ってきた理由がちょっと分かったようだった。
で、そうこうしていたら、昨日だ。どうしたものか店の裏で悩んでいたところ、いきなり《ボティス王》が話しかけて来た。驚いて悲鳴をあげたら「やかましい」と頬を引っ叩かれた。
『明日、ひづりとアサカが犬を連れなった散歩に行く。お主もそこに参加出来るよう話をつけた。絶好の機会であろう。うまくやれ』
頬を抑えてうずくまる私に《ボティス王》は冷たい眼でそう言った。
──そして、今日。
「ふぅ、はぁ、ぜぇ、はぁ……」
散歩と聞いていたのに、これだ。
何キロ走るんだよ。散歩の意味知ってますかあなた達。フィジカル馬鹿野郎共がよ。
『豚肉。せっかく《我らの王》が場を設けてくださったというのに、こんな後ろをたらたら歩いていて一体どうするんだ。さっさと二人に追いついて話をしろ。役に立て。死ね』
《ジュール》が応援してくれている。もう応援だと思う事にした。
「ラミラミさん、大丈夫ですか? やっぱり少しペースを落とした方が……」
へろへろのあたしを見兼ねたらしい、前を走っていたアサカが速度を緩めてあたしの右隣に並び、声を掛けてくれた。アサカまじ優しい。ほんといい子。
「必要ない。ラミラミは事前に、絶対に痩せたいからどれだけキツくても甘やかさないでくれ、と言っておったからな」
《ボティス王》が要らんことを言う。この野郎、あたしにアサカと官舎ひづりをくっつけさせたいんじゃないのかよう……! あたしが使える《身体強化》は瞬間的な筋力強化でしかないのでこうした長距離走には向いていない。そんなこと《ボティス王》なら当然知っているはず。加えてあたしが今日この地獄の長距離走に参加する理由として、あたしが自分からダイエットのために走りたいと言い出した、とか勝手な話を作ったのも《ボティス王》だったらしいし、《ジュール》と言い《ボティス国》の《悪魔》は全員死ぬほど性格が悪いらしい。
「大丈夫ですよラミラミさん、あとちょっとで折り返し地点です。そこで一旦休憩なので、頑張りましょう!」
生まれつき体を動かすのが好きな性分なのだろう、あたしの左隣に来た官舎ひづりがやけに元気そうな顔で言った。大丈夫じゃねぇんだよあたしがこんなに大変なのは主にお前のせいなんだよクソガキ……。
あれから改めて思ったが、あたしはどうやらこの官舎ひづりのようなタイプの人間が心底嫌いみたいだ。親が金持ちで、可愛い幼馴染が居て、健康で、良い学校にも通わせてもらえて、そのうえ何の努力もしてないくせに《悪魔の王様》から大量の《魔力》を貰って好きなだけ《魔術》の研鑽が出来ると来た。世の中の《魔術師》や《魔女》がその潤沢な《魔力》というものをどれだけ渇望しているか、こいつは本当に分かっているんだろうか? 性格にしても、過去に悪いことしたからって親族を平気で警察に突き出すような最悪の薄情者だし、この間なんか何かあったらあたしのこと殺すとも言いやがった。人の命をなんだと思ってるんだ。これだから金持ちのガキは。こんな奴の恋愛のおもりをしなきゃならないなんて、本当に人生最大最悪の冗談だ。
しかし今のところあたしがこうして生を実感するくらい走る事が出来ているのは他でもないこの官舎ひづりと姉の吉備ちよこのおかげなのである。《ボティス王》があたしをいじめて来る今、せっかく味方になってくれているこいつら姉妹の機嫌は損ねられない。それに以前ヤマイとかいうババアが逃がしたハムスターをメルと一緒に捜し出して店に届けたあの一件が──当時は、黙っていられなかったとは言え首を突っ込みすぎたんじゃないか、スパイしてるのがバレるんじゃないか、《アウナス》や《ボティス王》に殺されるんじゃないか、とひやひやしたが──どうも何の偶然か官舎ひづりの中であたしの印象をかなり良いものにしていたらしいし、この状況は上手く利用し続けていきたい。
だから。
「ぜぇっ! はぁっ! はいっ、がんばりまうっ! はぁっ!」
頑張れ、頑張れあたし……ッ!!
……でも、体力馬鹿なこいつらの言う「あとちょっと」ってどれくらいなんだろう。体育会系の言う「あとちょっと」って大体信用出来ないパターンの方が多いんだけど。そういえば公園で折り返しとか言ってたけど、なんか今そこの看板に『神代植物公園 二キロメートル先』とか書いてあったのは、これは目的地とは別の公園なんだよね……?
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち
鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。
心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。
悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。
辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。
それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。
社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ!
食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて……
神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!

とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる