220 / 247
《第4期》 ‐鏡面の花、水面の月、どうか、どうか、いつまでも。‐
『勇気に触れた臆病』 2/4
しおりを挟む「ア、アサカ? どうしたの、なん、何で……?」
ホームルームが終わるなりひづりはアサカの席へ直行した。動揺を隠そうとしたが全く失敗していた。
アサカは高校入学当初から『勉強と武術の教室通いとアインの面倒でなかなか時間がとれないから部活や委員会の類には入らない』と言っていた。だから、いくらアサカが熱心な《ラミラミフォーチュン》のファンだと言っても、文化祭のタイアップの話が出てすぐにこんなにも勢いよく、迷いなく飛びつくなんて、ひづりは正直思ってもみなかったのだ。
いや、確かにアサカが文化祭実行委員になったからといって何かがあるという訳ではない。ロミアには『今後も店や学校でアサカやハナに会うかもしれませんが、魔術の事や天井花さんが悪魔だって事なんかは絶対に秘密にしておいてください』と伝えてあるので、ロミアとアサカが学校内で会い文化祭について直接会話をする形になったとしても何も問題は無い……はずなのだが、それでも学友だけは自分たちの問題に巻き込むわけにはいかない、と決めた以上、ひづりとしては内心とても穏やかではいられなかった。
「え、あ、ほ、ほら私、《ラミラミフォーチュン》好きだから、ラミラミさんに会って、一緒に文化祭やってみたいな~って思って……あはは……。そ、そう! 良い思い出になるかもだしね!」
幼馴染で無くとも分かるくらいアサカは何かを隠している様子だった。
「だっ、だからごめんね、ひぃちゃん、ハナちゃん。クラスの出し物には参加出来ないかも……」
「ほんとにいいのアサカ~? 文化祭の一日目、あたしがひづりん独り占めしちゃうよ~? ひひひ」
首を突っ込んで来たハナがいたずらっぽい笑顔を浮かべた。
「そうだよアサカ。去年三人で一緒に文化祭回って楽しかったじゃん。ラミラミさんとだって、別に実行委員じゃなくたってきっと会えるって。だから、今からでも委員会辞退して来よう?」
ひづりはハナに加勢してもらいながらそう促した。
しかし。
「う、ううう……っ。そ、それでも私には、やらなきゃいけないことがあるんだあー!!」
アサカはひどく葛藤する様子を見せた後、そんなよく分からない事を叫びながら教室を飛び出していった。ホームルームの終わり際に須賀野が「立候補してくれた人は後で職員室へ来てくださいね」と言っていたので、たぶん行き先はそこだろうが。
「ありゃ、煽り過ぎたかな。しかしアサカ、そんなにあの占い師のチャンネル好きだったんだね? 去年あたしらとの文化祭巡りあんなに楽しんでたのに。やんなきゃいけない事ってなんだろ?」
ハナはアサカの机の脇にしゃがみこんで首を傾げた。
「わからない……。どうしたんだろ、アサカ……」
「……んん~、まぁ、アサカがやりたいって言うならあたしらが口を挟むのも違うのかもね。今年はあたしも二日目にバンドのライブやるし……あ、そういえばバンドの連中にメッセージ返さないといけないんだった。ごめんひづりん、また後でね」
ハナはそう言うと立ち上がってスマホの画面を見ながら席へと戻って行った。
「…………」
味醂座アサカは、少なくともひづりが知る限り、一にも二にも幼馴染最優先で動く、そういう少女だった。どちらかというとこれまでひづりはアサカのそういうところがちょっと心配だった。だから、彼女が好きな物に夢中になって文化祭実行委員に立候補した、というこの状況は喜ばしい事に違いなかったし、《悪魔》や《魔術》に関してはこれまで通り自分が秘密にし通せば良い、ただそれだけのことだった。
……けれど。今日のアサカはどうも自分に対して何か余所余所しかった気がする、とひづりはそう捉えていた。それがなんだか、不安、というのか、寂しい、というのか、上手く形容できない感情になって胸の中に痞えていた。またそのせいか、自分の席へ戻ろうと踵を返した瞬間、何故か急にアサカの机の傍を離れがたい気持ちに苛まれ、そうした心の揺らぎに戸惑ったりもした。
席に戻ると、ふと夜不寝リコと百合川が視界に入った。……アサカもおかしいが、私も一体どうしたのだろうか、とひづりは額に手を当てた。実のところ、先週夜不寝リコが百合川に告白する場面を見てしまってからというもの、気を抜くとあの時の事ばかりが思い出され、今日に至ってはこんな風に気づけばつい二人の方を見てしまっているという状態だった。クラスメイトの告白シーンなんて確かに珍しいものではあったが、それでももう週明けである。一体何が未だにそんなにも気がかりに思えてしまうのか、ひづり自身まるで分からないまま、こうしてずっともやもやし続けていた。
ただ、そこから急に、今朝のラブレターの事を思い出した。そしてまたアサカの事を考え、ひづりはハッとした。……もしかして、アサカは私に気を遣っているんじゃないか? 私が本当は文化祭を機に誰かと付き合ったりしたいと思っているんじゃないか、とか、本当はあの手紙を寄越して来た相手の事が気になっているんじゃないか、とか、そんな風にアサカは思ったんじゃないのか……? と。
ありえなくもない話だった。確かにこれまでひづりは男女交際というものの経験がほとんど無かった。恋愛小説やその手のドラマなんかも特に興味が無く、どちらかというと冷めた目で見ていたフシすらあった。しかし、だからといって結婚とかそういうものに全く興味が無い訳ではなく、ただこれまできっかけが無かっただけであり、また最近は特に色々と忙しかったり慌ただしかったりで意識を向ける機会がそもそも減っていた、というだけなのだ……が、アサカはそうは思っていなかったのかもしれない。彼女はそんな色気の無い人生を送る幼馴染を見て哀れに思い、居た堪れなくなったのかもしれない。文化祭ではカップルが誕生しやすいという噂がある。去年も文化祭前後で校内の男女の距離感がどこか少し変わっていたとひづりは記憶していた。来年になれば進学の事で皆いっぱいいっぱいになる。だからこそ、高校二年生のこの文化祭では、友達とばかり遊ばず、恋人の一人でも作っておくべきだ、と言うのだろう。それをふまえて教室を見渡すとやはり皆なんだか普段よりちょっとおしゃれをしているようにひづりは思えてきた。
まさかアサカにこんな風に気を遣わせる日が来るとは。私があまりにそういった事に関心を向けて来なかったばかりに……。ひづりは不甲斐なさに目を伏せて眉根を寄せた。
しかし。同時にひづりは先ほどとよく似た胸の痛みを覚えていた。赤面した夜不寝リコの横顔が何故かまた不意に脳裏に浮かんでいた。
「……遠慮なんて、しなくていいのに……」
ひづりは机に伏せ、誰にも聞こえないような声で呟いた。
私はどこかの誰かと付き合ったりなんかしないのに。
もし私が誰かと恋仲になる可能性があるとするなら、それは──。
「……っ!」
そこでひづりは、ばっ、と勢いよく顔を上げた。瞬きをし、それからぎゅうっと目を瞑って深呼吸をした。
私は一体なんて無責任なことを考えているんだ。私が、アサカの恋人だなんて。そんな風に考えるなんて。そもそもアサカが私にあんな風に懐いてくれているのはあの時の事があったからだ。私にアサカの人生を奪う権利なんてある訳がない。
ひづりは幼馴染に対して抱いたその感情を下劣なものと断じ、考えを頭から振り払った。
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/chara_novel.png?id=8b2153dfd89d29eccb9a)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる