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《第3期》 ‐勇者に捧げる咆哮‐
『選ぶ』 2/6
しおりを挟む花札家の内装は外壁と同じく白い壁紙で統一されていて、家具も全て洋風の物で揃えられていた。今は葬儀社の人も会社の人も一旦出ているらしく、千登勢と市郎の車だけが日陰の車庫に収まっていた。
「ひづりちゃん、具合が良くないようでしたら、今空いてるのはわたくしの部屋くらいですが、そちらで休んでいても良いんですのよ」
リビングに通されたところで、ひづりは千登勢に顔をじっと見つめられながらそう言われた。父と天井花イナリも改めてひづりの顔を心配そうに見た。
家に上がってから一言も喋っていなかったためか、それとも自分はそんなに酷い顔をしていたのか。ひづりはまた恥じ入った。
「大丈夫です。ありがとうございます。すみません……」
千登勢の顔を真っ直ぐ見られなくてひづりは背けるように顔を伏せた。
「……ひづり」
すると天井花イナリが静かに、叱る様な口調で言った。
「何度も言うたが、聞く限り市郎のことはお主一人の非ではないし、千登勢も電話でお主を責めるつもりなぞ無いと言うたのであろう。話をすると決めて此処まで来たのであれば、その様に顔を伏せるな」
彼女はひづりの背中を、ぽん、と軽く叩いてから千登勢の方を顎で指し、あとはもう何も言わずリビングのソファの真ん中にそっと腰を下ろした。
ひづりは顔を上げてもう一度千登勢を見た。目元と鼻が真っ赤で顔色もあまり良いとは言えなかったが、それでも彼女はお化粧を済ませて服装もちゃんとして、今日の来訪者達を迎える格好をして見せていた。
ひづりはぎゅっと両手を握りしめ、一度は崩れかけた覚悟を改めて固め直した。
「…………千登勢さんは、大丈夫ですか……?」
そう訊ねてから、「家族を亡くしたばかりの人に対して、大丈夫ですか、は質問としておかしいだろう。大丈夫じゃないに決まってる」とすぐに気づき、やってしまった、とひづりは思った。
けれど千登勢はぱちりと可愛らしい瞬きをするといつもの様に頬を赤らめてふにゃりと微笑んだ。
「ええ、ええ、わたくしは大丈夫ですわ。実は、朝にお電話させて頂いた後、少しだけ休ませてもらったんですのよ。来てくれていた会社の方が、少し眠った方が良い、とおっしゃってくれて。……ありがとうございます、ひづりちゃん」
そしてその両目を潤ませ、すん、と鼻を啜った。
ひづりはまた涙が滲み、そばへ寄って千登勢をぎゅうと抱きしめた。それから思いつく限りの慰めの言葉を彼女に伝えた。
私は絶対どこにも行きません。母さんみたいに千登勢さんを一人にしたりはしません。ずっと日本に居ます。絶対、私が千登勢さんを一人にはさせません。
決意する様に口にしていくそれらひづりの言葉を千登勢は、うん……うん……と涙声に頷きながら聞いてくれた。
日が暮れた頃、花札の親族が来て、ひづり達も挨拶をした。市郎には兄が二人居て、彼はその子供や孫からも深く愛されていたらしいと分かった。
市郎は今月の頭に運転免許証を返納していた、という話もそこで聞く事になった。
彼は昔から車が好きで、昨年兄二人が免許の返納を済ませても頑なに「自分はまだそんな歳ではない」と断り続けていた。それを、今月になってどういう訳か急に警察署へ行く気になって、電話で兄達に返納の仕方を訊ねて来たという。
「そうか、市郎が言っていたのは、君の事だったんだね」
市郎の兄二人はひづりや幸辰の話を聞いて納得がいったという顔をした。
電話があった際、彼らはやはり車好きの三男のその心変わりが気になって理由を訊ねたのだそうだ。
市郎は何かとても良い事があったという風に笑って、兄達にこう答えたらしい。
『怪我をせず、事故も起こさず、健康に長生きをしなくちゃいけなくなったんだよ』
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