和菓子屋たぬきつね

ゆきかさね

文字の大きさ
上 下
167 / 247
《第3期》 ‐勇者に捧げる咆哮‐

   『早朝の電話』     8/8

しおりを挟む


 携帯が六時半のアラームを鳴らしていた。音を止め、ひづりはカーテンの隙間から漏れる太陽光に照らされてきらきらと光っている埃などをしばらく眺めた後、「あぁそうだ、今日は早めに用意をして出ないといけないんだった」と思い出して体を起こし、のそりとベッドを降りた。
 部屋を出てトイレに入り、昨日は楽しかったな、そうそう凍原坂さんにお礼の電話をしておかないと、と少しずつ頭を目覚めさせ、それからリビングへと向かった。
「────じゃあ、それが原因で……? ……そう、だったんですか……。何と言っていいか……。葬儀社への連絡は……? そうですか、会社の方が……」
 半開きになっているリビングの扉の前まで来たところで、父の、どうやら電話中らしい声が聞こえて来た。
 そうぎ……葬儀……? ひづりはリビングの蛍光灯に目を細めながらそのまま戸を引いて中に入った。
 父はこちらに背を向けた格好で窓の近くに立っており、スマートフォンを片手にやはり誰かと通話をしていた。その話している内容から「父の会社の誰かに身内の不幸でもあったのだろうか……?」とひづりはぼんやり想像した。
「おはよう……?」
 電話の邪魔にならない程度の声でひづりが挨拶をすると、父は驚いたように振り返って大きく眼を見開いた。ひづりは首を傾げた。
「ひづり……。あっ、ええ、今、起きて来ました。ひづりには私から……。……え? けど……。…………そうですか。では、代わります」
 父は戸惑い気味に通話相手と言葉を交わすと、俄に神妙な顔をしてひづりの方を見た。
「ひづり。落ち着いて、いいかい、落ち着いて……。千登勢ちゃんからだよ……」
 そしてそばまで来るとそんな要領を得ない事を言いながら自身の携帯をそっとひづりに手渡した。
 千登勢さんから? こんな早くにどうしたのだろう……? と思いながら受け取ったスマートフォンに表示されている『花札千登勢ちゃん』の名前を見下ろしたところで、ひづりはハッとした。
 隣の父の顔をもう一度見上げた。四ヶ月前にも彼がこんな顔をしていたのをひづりは思い出していた。
「…………え?」
 冗談でしょう、とひづりはちょっとおどけて見せたが、父の表情は変わらなかった。
 ひづりは再び、繋がったままのスマートフォンを見下ろした。段々と先端から冷えて痺れたようになっていく手足の感覚に、ひづりは震える息で小さく深呼吸した。
「…………もしもし、千登勢さん……?」
 ひづりは通話に出た。恐らく寝起きだけが理由ではない不愉快な渇きが口の中にあった。
『ひづりちゃん……。おはようございます。ごめんなさい、朝早くに……』
 千登勢の口ぶりは普段以上に静かで落ち着いたものだったが、しかしその声はひどく嗄れていた。
「どうか、したんですか」
 電話の向こうの千登勢は少しばかり沈黙した後、ひづりの問いに答えた。



『……父が昨夜、亡くなりました』








しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

えふえむ三人娘の物語

えふえむ
キャラ文芸
えふえむ三人娘の小説です。 ボブカット:アンナ(杏奈)ちゃん 三つ編み:チエ(千絵)ちゃん ポニテ:サキ(沙希)ちゃん

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

処理中です...