和菓子屋たぬきつね

ゆきかさね

文字の大きさ
上 下
124 / 247
《第2期》 ‐その願いは、琴座の埠頭に贈られた一通の手紙。‐

   『最後の朝』

しおりを挟む



「……てください。ひづり。朝ですよ。起きてくださーい」
 体を揺する振動と自身の名を呼ぶその声に、ひづりの意識は徐に覚醒した。
「あ、起きましたか? おはようございます。今日の天気は晴れですよ。気温は大体二十三度くらいで、雨は降らなさそうです。朝を過ぎればまた暑くなりますが、まだ四時半なので外に出るには上着が必要だと私は思いますね」
 ラウラが何か喋っている、が、寝起きのひづりの頭にはほとんど入ってこなかった。
 …………ラウラ?
 なんで、彼女が私の部屋に居るんだ……?
「何してるのラウラ……」
 ベッドに仰向けで横たわったままひづりは両手で顔を覆い、まだ上手に出ない声で訊ねた。
「いやですねぇ。昨晩、また朝方に会いに行くって言ったじゃないですか。ふふふ。寝ぼけたひづりは可愛いですね。お布団入っても良いですか?」
「だめ……」
 ひづりは昨夜の事を順々に思い出し始めた。
 昨日、ラウラを見送ったひづりは天井花イナリの《転移魔術》で一度《和菓子屋たぬきつね》へと戻り、和鼓たぬこと少し話をした後、三日ぶりに南新宿の自宅へと送り届けられた。当然と言えば当然だが、父が凄まじい勢いで抱きしめて来てしばらく離してくれなかった。
 ラウラがあの山中広場に張っていた《結界》。障壁としての効果は無かったらしいが、《ベリアル》の時と同じく電波障害が伴っていたらしい。ラウラに《転移魔術》で家へ送り届けられた幸辰はあの後ひづりの携帯に何度も連絡を入れたらしいが一切通じなかったという。確認すると甘夏や紅葉からもかつてない量のメールと留守電が届いていた。
 一人一人に電話をかけて安否の報告を終え、ひづりがようやくベッドに入れたのは十二時を過ぎてからだった。
 部屋の掛け時計を確認する。朝の四時半。まだかなり眠かったが、ひづりはどうにかもぞもぞと上体を起こして傍らのラウラを見上げた。
 今彼女は《グラシャ・ラボラス》ではなく、一月前に転校してきた時と同じ、今となっては本当かどうか分からないが、オーストラリアの高校の制服を纏ったラウラ・グラーシャの姿で立っていた。恐らく寝起きに《グラシャ・ラボラス》の姿を見て自分が驚かない様に、という配慮なのだろう。
 そこでひづりは一つ見慣れない物を見つけ、また少し目が覚めた。
「ラウラ? それ、何?」
 彼女の足元にはうっすらとだが直径一メートルほどの《魔方陣》が描かれていた。昨晩何度か確認した《グラシャ・ラボラス》固有のものかと思ったが、どうも模様が違うようだった。
 ラウラはその《魔方陣》をちらと見下ろしてから困ったように笑った。
「何のことはありません。『魔力は尽きて、結んだ契約も完遂したから、もうじき魔界へ戻るよ』という、目印のようなものです。不恰好なのであまり見ないでください」
 そうして照れくさそうにスカートを摘んでひらひらさせた。
 《魔界》に帰る。その一言を聞いてひづりは今度こそ本当に意識と記憶がはっきり繋がった。
「帰るん……だね。これから、もうすぐに? 天井花さんには会ってきた?」
 ベッドに腰掛けてひづりが問うと彼女はにっこりと笑った。
「ええ。さっきお店へ行って叩き起こして来ました。《門》に出向いて多少分かった事もあったので、ついでにそれも伝えておきました。後で彼女から聞いてくださいね」
 そう言いながら彼女は踵を返すとクローゼットを開け、何やら勝手に服を漁り始めた。
「さて、何を着て行きますか? あっちはたぶん日本より少し寒いので長袖を出した方が良いかもしれませんよ」
 取り出した服を次々にベッドの上へ並べ始めたラウラに、困惑しつつもひづりは制止の声を掛けた。
「待って、待ってラウラ。話が見えないんだけど」
 行く? 日本より寒い? その言い方だとなんだかまるでこれから自分は国外の何処かへ出掛けるみたいではないか。
「何を言っているんですか。イギリスに行くんですよ。聞いていませんでしたか?」
 一言も聞いてないですが。
「え、ちょっ、と、父さんは知ってるの?」
 発見した秋物のジャケットをひづりの体にあてがい具合を見つつ、ラウラは答えた。
「知りませんよ。《ボティス》には言ってありますがね。ただ気負う事はありませんよ。《転移魔術》でパッと行ってポッと戻って来るだけですから。あ、これで行きましょう! 大人っぽくて良い感じです。さ、脱いでください」
 衣装を決め終えるとそのまま彼女はひづりのパジャマのボタンに手を掛けた。
「だっ! 分かった出掛けるのね分かったよ! でも着替えは一人でやるから! 大丈夫だから!」
 飛び退くようにベッドへ転がったひづりを見てラウラは残念そうに眉を八の字にしたがそのまま肩を竦めて大人しく引き下がってくれた。
「じゃあ私は部屋を出てますね。終わったら呼んでください」
 扉を開け、彼女は廊下に出て行った。昨夜は同じくらいの時間に寝たはずなので父もたぶんまだ眠っているだろうが、もし起きて来たらちょっとした騒ぎになりそうだな、と思いひづりはなるべく早めに着替えを済ませた。
「じゃあ行きましょうか。数分ばかりのイギリス旅行、レッツゴーです」
 ひづりが身支度を終え最後に玄関で靴を履いたのを確認するとラウラは《認識阻害魔術》を掛けてから互いの足元に《転移魔術》の《魔方陣》を描いた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

魔法少女になれたなら【完結済み】

M・A・J・O
ファンタジー
【第5回カクヨムWeb小説コンテスト、中間選考突破!】 【第2回ファミ通文庫大賞、中間選考突破!】 【第9回ネット小説大賞、一次選考突破!】 とある普通の女子小学生――“椎名結衣”はある日一冊の本と出会う。 そこから少女の生活は一変する。 なんとその本は魔法のステッキで? 魔法のステッキにより、強引に魔法少女にされてしまった結衣。 異能力の戦いに戸惑いながらも、何とか着実に勝利を重ねて行く。 これは人間の願いの物語。 愉快痛快なステッキに振り回される憐れな少女の“願い”やいかに―― 謎に包まれた魔法少女劇が今――始まる。 ・表紙絵はTwitterのフォロワー様より。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち

鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。 心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。 悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。 辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。 それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。 社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ! 食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて…… 神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...