王女殿下の大罪騎士〜大罪人にされたので、第三王女の騎士になる〜

天羽睦月

文字の大きさ
上 下
18 / 39
第2章

第18話 唯一の家族

しおりを挟む
「二人とも全然食べてないわよね? 豪華とは言えないけど、食べてね」

 アリベルは、木製のおぼんの上に小皿に盛り付けられたシチューを置いていた。
 食欲をそそられるとても良い匂いが部屋に充満している。ノアはその匂いを吸い込んだ途端に腹部から音が鳴り始めた。

「お兄ちゃん……」
「ち、違うんだ! これはアリベルさんが持ってるシチューが美味しそうで!」

 恥ずかしすぎるとノアは頬を赤らめていた。
 久しぶりに会った妹に変な印象を持たれていないか不安でしかない。何せ五年分の思い出がないので、幼少期とこれから作る思い出がノアの印象になるからだ。

「何も変だなんて思ってないよ。戦ってばかりだからお腹空いて当然! アリベルさんの料理は最高なんだよ!」

 どうやら良い方に捉えてくれたようだ。
 ほっと胸を撫で下ろしているノアは、ルナに言われるがままシチューを食べ始める。見た目はごく普通のありふれたモノだが、一口食べるとその味は全く違うモノであった。

「お、美味しい! なにこれ!? 今まで食べた料理の中で一番美味しい!」
「でしょう! アリベルさんの料理は世界で一番美味しいのよ!」

 ふふんと鼻を鳴らしながら、さも自分が作ったかのように自慢をしてくる。
 それだけアリベルの料理を自慢したいのだろうが、洗脳をされていた時にどうやって食べていたのか疑問が残る。

「ルナは洗脳されていた時にアリベルさんの料理を食べたの?」
「そうだよ。たまに呼んでくれて食べさせてくれたの。自分じゃスプーンとか持てないから口まで運んでくれてね。初めは恥ずかしかったけど、途中から心が温まる料理を食べて涙を流してたわ。ある意味第二の母の味ね」

 知らなかった。
 今は笑っているルナだが、やはり辛かったのだと思い知らされる。
 もっと早くルナを解放できていればと思うが、ステラが連れ出してくれたから叶った夢だ。あの村にずっといたらメアとも出会えずルナを救う手立てがなかった。

「洗脳が解けてよかったよ。アリベルさんの料理をたくさん食べよ」
「そうよ。たんと召し上がれ」
「うん! アリベルさんありがとう!」

 ルナの言うとおり実の母みたいだ。
 娘のメアがいるのだから母親には違いがないが、なぜだか血が繋がっている母親のように感じる時がある。

「凄い美味しいです。 作ってくれてありがとうございます」
「感激してないで、もっと食べて食べて」
「ルナが言うなよ」

 大口を開けてシチューを食べているルナ。
 その顔は昔に見たままだ。家族全員で食卓を囲んでいた時を思い出して顔が緩んでしまう。

「どうしたのお兄ちゃん?」
「いや、昔を思い出してたんだ。こんな風に笑いながらご飯を食べていたなって」
「そうね。近衛騎士団長に嵌められならなければ、家族で笑って食べていたかも」
「そうだな――って、今なんて言った?」
「んー? なんのことー?」

 もぐもぐと口を動かして美味しそうにルナは食べている。
 美味しそうに食べているのは嬉しいが、今はそれを見続けていられない。先ほどルナが衝撃的なことをポロっと言ったことを聞き逃さなかったノアは、両肩を掴んだ。

「な、なによ急に!? 急にどうしたのお兄ちゃん!?」
「さっき近衛騎士団長に嵌められたって言わなかったか!?」
「い、言ったよ? それがどうしたの?」
「どうしたのって、あれは俺が魔力を暴走させて起きた事件じゃなかったのか?」
「違うよ。あの時、あの場所にいた近衛騎士団長にお兄ちゃんは嵌められたんだよ」

 淡々と事実を話すルナ。
 なぜそう言えるのか、なぜそのことを知っているのかノアには分からない。そもそも誰から聞いたのか、そこから知らなければならない。

「そのことを誰から聞いたんだ?」
「ヴェルニよ。私が洗脳されて、何も言い返せないことをいいことに全部話てきたの。詳細に話すから嘘を言っている風には見えなかったわ。だからお兄ちゃんが壊したと思っていた家族は、壊されたが正しいのよ」
「そ、そうだったのか……もうヴェルニは死んじまったけど、あいつに家族や俺の人生を壊されていたのか……」

 既に死んでいるヴェルニを責めることも、自身の手で復讐することもできない。
 もどかしい気持ちに悩んでいると、ルナがまだ家族はいるよと真っ直ぐ見つめながら話かけてくる。

「お父さんはお母さんは死んじゃったけど、まだ私がいるよ。お兄ちゃんは一人じゃないし、私も一人じゃない。唯一の家族が残ってるよ」
「確かにそうだな。二人で人生をやり直そう!」
「うん! だけどその前にやることがたくさんあるね!」

 すぐにやり直したいが、そうもいかない。
 騎士としてステラを支えなければならない。今更投げ出すなんてできないし、この国を正さないままルナと暮らすことなんて無理だ。

「ステラの騎士として責務を果たさないと」
「私も協力するから、より早くできるよ!」
「はは、ルナも一緒なら百人力だな」

 一緒に戦ってくれるとは思ってなかった。
 兄としては安全な場所に逃げていてほしいが、そうも言えない。一人でも多くの仲間と共に、腐敗しているこのオーレリア王国を打倒しなければならないからだ。

「真面目な話はそれくらいにして、シチュー食べてね」

 アリベルが頬を膨らませながら言ってくる。

「ご、ごめんなさい! 食べます!」

 ルナが慌てて食べるのを再開している。
 怯えているようだが、意外と怒ると怖いのかもしれない。ノアはアリベルを怒らせないようにしようと心に決めた瞬間である。

「やっぱり美味しいです。アリベルさんって料理得意なんですね」
「そんなことないわよ。ヴェルニに捕まっていた時は料理なんて作れる環境じゃなかったから、久しぶりに作ったの。美味しくできて安心よ」
「本当に美味しいですよ。今まで腐りかけのパンや数日放置された肉とか食べてましたから、数年ぶりの温かいご飯で感動してます」
「お兄ちゃんそんな料理食べてたの!?」
 
 ルナが大口を開けて絶句している。
 それほど変なことは言っていないはずだが、どうしてそんな顔をするのかノアには理解ができていない。

「大罪人は人じゃないからね。看守の気まぐれで食事がない時もあったしさ」
「最低過ぎる! 食事くらいちゃんとしてあげればいいのに!」

 代わりに怒ってくれるが、過去のことだ。
 ふと看守が目の前でステーキを食べていたことを思い出すが、すぐに忘れることにした。

「とりあえず、もう昔のことは関係ないよ。今はステラの騎士になったし、アリベルさんの美味しい料理を食べているから」
「おかわりもあるからね」
「ありがとうございます!」

 美味しいと言いながらシチューを堪能していると、一人の男性が左腕から血を流し、慌てて家の扉を開けて入ってきた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

悪役令嬢は高らかに笑う

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
婚約者に愛想を尽かされる為、これから私は悪役令嬢を演じます 『オーホッホッホッ!私はこの度、婚約者と彼に思いを寄せるヒロインの為に今から悪役令嬢を演じようと思います。どうかしら?この耳障りな笑い方・・・。きっと誰からも嫌われるでしょう?』 私には15歳の時に決まった素敵な婚約者がいる。必ずこの人と結婚して幸せになるのだと信じていた。彼には仲の良い素敵な幼馴染の女性がいたけれども、そんな事は私と彼に取っては何の関係も無いと思っていた。だけど、そんなある日の事。素敵な女性を目指す為、恋愛小説を読んでいた私は1冊の本に出合って気付いてしまった。何、これ・・・この小説の展開・・まるで今の自分の立ち位置にそっくりなんですけど?!私は2人に取って単なる邪魔者の存在なの?!だから私は決意した。小説通りに悪役令嬢を演じ、婚約者に嫌われて2人の恋を実らせてあげようと—。 ※「カクヨム」にも掲載しています

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...