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本当のはじまり

23話 支え合う

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朝、目覚めるとタモツはおらず
[朝番担当が軽い事故にあったらしく、呼び出されたので先に行く。帰りも遅くなるだろうから、直接ここに帰ってきてほしい]
メモが残されていた。

早く出かけて、帰りも遅いのか・・・
しばし考えたのち、冷蔵庫や食品庫をのぞいて、米を砥ぎ炊飯器にセットして出勤した。

タモツは朝、スマホの着信で起こされた。
朝番担当のシェフが、出勤途中で自転車にはねられたらしい。
自転車?と不思議に思いつつ、慌てて身支度を整えてメグミにメモを残して出勤し、朝から夜まで忙しく働いた。日曜日だし、翌日からのケータリングの仕込みなどもあるために、休む間もなく忙しかったが、手際よく作業を行い、なんとかいつもより一時間の残業で済んだ。

帰り道、くたくたになりながら
今日の夕食はどうしよう。メグミはお腹を空かせて待っているだろうが、自分も予定外の早出で疲れてしまったし、こんなことなら昨日のメグミの申し出をそのまま受け入れて、自宅に帰せばよかっただろうか。でも、そうしたら顔も見れないまま数日過ごすことになってしまったし。などと考えていた。

自宅マンションに近づき、自分の部屋を見ると明かりが灯っている。
その明かりを見ると、なんだかホッとしてた。
マンションの自宅前の廊下を歩いていると、どこからか美味しそうな香りが漂って来ていて、お腹がぐぅと鳴る。
その匂いは何を作っているのか、どこの家だろう、ちょっとうらやましく思いながら玄関のドアを開けると、匂いはさらに強くなり
「あ、タモツさん、おかえりなさい」
台所に立つ、エプロン姿のメグミが優しく微笑んで迎えてくれた。

「え?」
「ん?」
「エプロン?・・・もしかして、ご飯作ってくれたの?」
メグミがにっこり笑ってくるりと一回りしながらタモツのもとにやって来て
「そうですよ。えっと」
「?」
「おかえりなさい。お風呂にする?ごはんにする?それとも・・・」
タモツは堪らなくなって、メグミをぎゅーと抱きしめた。
「あんっ。今日の選択肢にわたしは、含まれてないんですよー」
抗議しつつ、メグミの手はタモツの背中にまわって抱きしめかえす。
「お疲れ様でした。今日は大変でしたね。着替えてくる間にお味噌汁を温めますからね」
言われてタモツは部屋に行き、部屋着に着替える。
メグミは夕食の用意を整え、テーブルに並べて行く。
今日のメニューは、炊き込みご飯、豆腐とワカメの味噌汁、ほうれん草の胡麻和えというシンプルなものだった。
「タモツさんが帰ってくるのが何時になるか分からないので、お待たせせずに出せるものをと思ったら、こんな感じになっちゃったのですが、大丈夫でしょうか」
ちょっと不安気なメグミだが、タモツは感激していた。
一人で生活するようになってから10年。暗い部屋に帰り、自分の食事は当然自分が作っていた。誰かの手料理を食べるなんて、実家に帰るか店に行かない限り得られないものだったのだ。
「シェフに出せるような料理じゃないんですけどね」
「いや、ありがとう。すごく嬉しいよ。食べていい?」
「もちろんです。炊き込みご飯は仕事に行く前に仕込んでいったので、ここにあるものを勝手に使わせてもらいました。使ったものは買い足しておいたのですが」
心配そうにタモツの顔をのぞきこむ。
「美味しいよ。味付けもちょうどいいし、これは、乾物から出た味かな」
「よかった。昆布とか切り干し大根とかを刻んだものを入れたんですよ。炊き込みご飯は祖母が良く作ってくれていて、ちょうどいい味付けも教えてもらって覚えているから、あまり失敗しないメニューなんです」
にこにこと笑うメグミ。
「胡麻和えも美味しいよ。炒りたての味がする・・・あれ、でもすり鉢の場所とかよくわかったね」
「あぁ、それはすり鉢じゃなく、手びねりです」
すり鉢は見つからなかったから、炒ったごまを手でつぶしたらしい。炒りたての胡麻は熱いだろうに、平気そうに笑うメグミにタモツはぐっと来てしまった。
指を見ると、すこし火傷して傷ついているようだった。
「いつもは自分の分だけだから、気楽に考えてたんです」
エヘへと恥ずかしそうに笑いながら、心配そうにするタモツを見て、話題をそらそうと、きょろきょろと目が動く。

「そういえば、あの袋は?」
タモツは帰りがけのスーパーで、今日の夕食用にとコロッケを買って来ていたが、メグミが料理してくれていることが分かり、そのことを告げずにキッチンの端に置いておいたのだ。
それを伝えると
「あの店のコロッケ、美味しいですよね。わたしも良く買ってました。じゃああれは明日コロッケサンドにして食べましょう。好きなんですよ。コロッケサンド」
と、やはりにこにこしている。

「メグミ・・・」
「はい?」
タモツは箸を置くと、メグミの顔を真剣に見つめた。
メグミは、何か間違えたかと、ドキドキした。真剣なまなざしに、思わずごくっと唾を飲み込む。
「結婚しよう」
「えっ?」
「今すぐじゃなくていい。でも、俺と一緒になって欲しい。メグミはまだ若いから、もしかしたらもっといい相手が見つかるかもしれない。でも、俺は、メグミとずっと一緒にいたい」
突然のプロポーズに、言葉が見つからないメグミだが、心臓は飛び跳ねてバクバクとうるさく、顔は真っ赤になってしまった。
長く沈黙が続き、タモツがひとつ深い呼吸をする。
「すぐに答えは出せないよな。突然すぎるし、まだ付き合い始めてひと月経つかどうかってところだし」
「・・・わたしも」
「ん?」
「わたしも、タモツさんと一緒にいたいです。タモツさんよりいい相手がいるとは思えません。でも」
「でも?」
「まだ働き始めてそんなに経っていない、全部中途半端になってしまいそうで」
「うん」
「だから、待ってもらえますか?」
結婚するってことは、相手の籍に入るということ。ある意味、生活の安定が保証される。もし今それを受け入れてしまったら、それに甘えて努力を怠ってしまうんじゃないか。メグミはそう思った。今も甘えているようなもので、それが当たり前のようになりたくない。

「もちろん待つよ。そうだな。五年を限度に待つよ。それまでにメグミがOKを出してくれたら、その時にちゃんと籍を入れよう。それで、いい?」
「はい」
「ありがとう」
タモツはメグミのそばにいき、ぎゅっと抱きしめてキスをした。そして心の中で、一生幸せにすると誓う。言葉にするのは、まだ早い。

「家に入る前に、すごくいい香りがしててね。うらやましいなぁって思ったんだけど、それが自分の家から漂っているなんて、思ってなかったから驚いたよ」
「わたしが料理するって思わなかったんですか?」
「んーなんとなく、自分が料理して食べさせるのが当たり前って思ってたから、メグミが料理出来る出来ないは、全然考えてなかったんだよね」
「いつもタモツさんに甘えっぱなしで、何か出来ることないかなぁって思っていたから、これからはもっといろいろやります」
鼻息も荒く答えるメグミ。料理はもちろん、タモツは洗濯もしてくれるし、出かけるとお金も全部払ってくれる。それを嬉しく思いつつも、申し訳なく感じていた。
「タモツさんのご飯の方が美味しいですけど、教えてもらえば、もっとうまくなりますよ」
「じゃあ、今度一緒に作ろうか」
「はいっ」

その日も夕食の後、買ってきたおやつを分け合って食べ、別々に入浴した後、手をつないで眠った。
寝つきが悪く、眠りも浅かったメグミだが、不思議とセックスしなくても、この家では眠れることに気づいて、タモツがその安心をくれるのだと実感し、幸せな気持ちになった。

翌朝もタモツは早く出かけ、メグミは夕食の準備をしてから、自宅に立ち寄って仕事に出かけた。
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