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嫉妬めらめら愛情もりもり 3

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 何か、いい匂いがする。
 焼きたての、温かいものだ。
 その正体を探ろうとしていると、徐々に思考がすっきりとしてくる。
 身体に妙な倦怠感を受けながら、瞼を開いた。そのまま顔を横にずらせば、ローテーブルにはホットサンドとカットフルーツが置かれていた。作り置きだろうか。ベッドから足を下ろしたところで、おはよ~! とガタイの良いメイドが現れた。

「めいくんのスペシャルモーニングだよ」

 そう言った手の中には、見たことのないピンクのスープマグがある。考えてみれば、テーブル上のプレートも見たことのないものだ。
 何故か、彼がいる。しかし、それよりも違う部分に意識が行った。

「あれ、その格好……」
「すぐに気付いてくれて嬉し~。そう、ご主人クンのために新しく用意したの」

 黒い詰め襟の膝丈ワンピースに、フリルに囲われた白いウエストエプロン、薄い黒タイツがこちらを煽るように輝いている。セットを崩さないようにふんわりとヘッドドレスが乗っかっていた。
 マグを置いて、ゆったりと一回転した。中には膨らますものが入っているようで、黒タイツの先を確認することは叶わない。

「朝だから、ね?」

 身体を横に傾けて、含みのある言い方でこちらを咎めた。

「そ、そっか」

 そういうことを先に仕掛けてくるのは、めいくんの方なのに。しかし、毎回流されて、乗っかってしまっている手前、注意を出来る立場でもない。
 彼がまだ家にいて、しかもメイド服であるという事実を簡単に受け入れてしまっている自分が怖い。見慣れてしまっているからか、私服のめいくんが想像出来なかった。
 彼はこちらに来て、俺の横に腰を掛けた。

「ご主人クン、朝は和食じゃなくてごめんね」

 申し訳なさそうにこちらを見ている。特に食事にこだわりがないため、何の謝罪なのかよく分からない。

「いや、むしろ、ご飯作ってくれてありがとう……? それに、昨日のことも……」
「身体を綺麗にしてあげるのも、メイドのお仕事だからね~。和食に出来なかった分、愛情はたっぷり入れてあるよ……!」

 一転して、嬉しいでしょ、と顔に描いた。ころころ変わる表情が可愛くて、ヘッドドレスの後ろからふわふわとした頭を撫でる。瞳が忙しなく動き、顔も耳も赤く染まっていった。
 彼は思っているよりも分かりやすい。まあ、俺の理解出来ない部分は、全部突拍子もない行動が多いけど……。

「……もっと撫でて良いよ」
「うん、ありがとう」

 セットを崩さないように意識しながら、手を動かした。めいくんは徐々に落ち着きを取り戻し、頬の熱を残したままこちらをうっとりと見つめている。

「ご主人クンの手、気持ちい~……」

 頭を押しつけて、微笑む。ずっとそうしてあげても良かったのだが、また瞳が慌て始めて、ご飯! と叫んだ。

「ほら、朝ご飯食べないと~! ご主人クンはおれのために健康になる義務があるからね!」

 知らぬ間に勝手な決まりが制定されていた。でも、今の彼に言われるとその義務を守りたくなる。
 彼はプレートを膝上に乗せ、ホットサンドを俺の口まで運んだ。

「はい、あ~ん」

 唇を開くと、半ば無理矢理押し込まれた。噛むと同時に手が離れ、チーズが勿体ないほどに伸びている。作りたてなのか温かく、食パンのカリッとした触感が心地良かった。中に挟まれたハムとチーズの相性は考えるまでもなく抜群で、一人暮らしを始めてから一番美味しい朝食かもしれない。
 気になる点があるとすれば、家に食材もホットサンドメーカーも置いてないことだ。

「食器から食材まで、全部おれがご主人クンのために用意したんだ~」

 俺の心を見透かしたように、そんな返答が飛んできた。彼も自分で一口食べて、完璧でしょ~と自信満々に言う。

「流石にコンロは借りちゃったけど……。駄目だった?」

 首を横に振って、一気に飲み込む。

「いや、それは気にしてないよ」

 新しいメイド服も含めて、この量の荷物が紙袋一つに収まっていたとは思えない。一回家に帰って、またここに戻ってきた方が問題だ。

「よかった~」

 安堵したように目元が溶けて、その指摘もホットサンドと同じように飲み込んだ。

「ホットサンド、すごく美味しい。作ってくれてありがとう」
「本当は和食にしたかったけど、準備してなかったから簡単なのにしちゃった……。ごめんね」
「ずっと思ってたんだけど、なんで和食?」

 聞いたところで、もう一口、とホットサンドが押し込まれた。

「それはもう! ご主人クンの童貞卒業の後祝いに決まってるでしょ~! お赤飯で前祝いしてあげたじゃん!」

 思わず咳き込んでしまう。あの赤飯って、そういうことだったの!?
 やっぱり、学生証を仕込んだ時点でこういうことをすると全部決まっていたらしかった。
 大丈夫~? と不安そうに背中をさすられる。彼の基準はよく分からない。

「め、めいくんは、どうして俺の世話をしたいの?」

 なんで関わってくるの、と直接的には言えなかった。その言い方が彼を傷付けると思ったら、自然と柔らかい問い掛けに変わっていた。
 さする手を止めず、元々用意されていたような滑らかさで答えられる。

「ご主人クンをお世話したら、いっぱい可愛いって言ってもらえるから!」

 呼吸を整えながら、ちらりと彼の表情を盗み見る。含みがあるような薄笑いでもなく、企んでいる時の意地悪な笑みでもなく、無垢な笑顔を浮かべていた。
 確かに一方的に世話を焼かれているなとは思う。彼のことを可愛いとも、……まあ思う。でも、その二つがどうして結びついているか分からない。
 視線がぶつかって、瞳が求めている言葉をそのまま口にしてみる。

「今日の格好も、俺のためにホットサンドを作ってくれたのも嬉しかった。俺のことを考えて、世話を焼いてくれるめいくんは可愛いね」
「……有クン、ありがと」

 素直に受け止めきれなかったのか、目が一瞬ふらついた。しかし、顔を赤らめながらも真正面に止まって、小さく返事をする。
 こういう彼は手放しに可愛いと断言できる。
 しかし、爛れた関係は良くない。それに、彼に世話をされたことなんてほとんどないのに、そんな話をされるのはやはりおかしい。
 今度はスープを飲まされた。優しい素朴な味付けが俺の好みに刺さり、疑問は一緒に胃袋へ流し込まれてしまった。
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