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嫉妬めらめら愛情もりもり 1

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「度々ご迷惑をお掛けして、申し訳ございませんでした!」
「いえ、うちの阿左美が失礼なことをして、っておい! お前が菓子折り受け取るな!」

 差し出していた両手が軽くなったと思って顔を上げれば、めいくんが嬉しそうに紙袋をのぞき込んでいた。りっちゃんさんの怒声もお構いましに、おれへのプレゼントだ~と頬ずりをされ、妙な感覚が芽生える。
 前回の反省を生かし、ラストオーダー直前に滑り込む形で来店した。本当は菓子折りを渡して去るつもりだったが、切り出す前に前回同様オムライスとスムージーを用意され、そのまま居座ってしまっていた。
 閉店後の店内で、いい加減にしろ! とか、嫌で~す、とか、俺を余所にメイド服のフリルを揺らしている。二人を眺めていれば、近くにいたもう一人のメイドが楽しそうっすねーと声を掛けてきた。

「そうですかね……?」
「大学での阿左美って、もっと大人しいっすからね。ご主人クンサンが来ると雰囲気変わって、羽振りも良くなるんで本当に助かるっす!」

 そう言えば、この水色のメイドもそういう人だった。

「にしても、なんでこの二日間は来なかったんすか? 阿左美なんて客寄せパンダしては捕まえてきた人を全員りっちゃんサンに押しつけて、本当にすごかったんすよ」

 その言葉には俺を憎むとか疲れたといった負の感情はなく、ただ楽しそうに弾んでいる。きっと今みたいな光景が続いていたのだろうとすぐに想像できた。
 三度目の来店は、前回と同じ週の木曜日だった。いつも通り残業で菓子折りを用意出来ず、申し訳なさから帰宅ルートを変えていた。知っていれば店の前を通ったかも……、と一瞬考えて、思考を飛ばすように横に立つ水色のメイドを見上げる。目が合って、残業で……、と言葉の先を濁せば、いつも大変すね、と労られた。

「癸、何してんの」

 めいくんが紙袋をりっちゃんさんに押しつけて、こちらにやってきた。止まることなく、その勢いに任せて胸の中に閉じこめられてしまう。エプロンの柔軟剤の向こうにめいくんの甘い香りがして、身体が勝手に熱を持とうとし始めている。

「おれのご主人クンに色目使わないでくれる? あ、ここで働くの嫌になった~? いいよ~、お前に今以上の給料出す職場見つけれたなら、おれには止める権利もないしね~」
「逆っすよ! 阿左美がどれだけ寂しそうにしていたか、ご主人クンサンに教えてたんすよ!」
「……本当?」

 降ってきた言葉の先を見れば、垂れ目がこちらを探っていた。確かに、彼の言っていた話は、そう取ることも出来る。めいくんの死角から、たのみます、と口パクされているのもあり、どぎまぎしながらも頷いた。

「うん、そうだよ」
「ふ~ん」

 不機嫌そうに返事をして、後ろを睨みつけた。慌てて言葉を続ける。

「き、昨日も、一昨日も、俺のことを待っててくれたんだよね? 残業で行けなくてごめんね……?」
「そうだよ~! おれ、ご主人クンが来るの、ず~っと待ってたのに! 寂しくて職場潰してやろうかと思ったけど、おれのためにお菓子プレゼントしてくれたから、許してあげる。よかったね、ご主人クン」
「あ、ありがとう」

 どういたしまして~、と再び身体を潰すように抱きしめられた。

「えいっ!」
「……いッ!?」

 首筋に痛みが走って、思わず声を上げた。駄目だよ~、と剥がされた絆創膏を見せつけられ、その衝撃の理由を知った。
 月曜日の帰宅後、めいくんに付けられた噛み跡のおぞましさに、言葉を失った。肉が赤く濡れ、今もまだ牙を突き立てられているような生々しい歯形がそこにはあった。撫でるとじんわりと刺激があり、それのせいでめいくんの笑顔が強制的に思い出させられる。
 だから、自分からも、他人からも隠すために絆創膏をしていたのだが、張本人によって奪われてしまった。

「おれのご主人クンなんだから、胸を張って見せつけていこうね~」

 熱っぽい垂れ目に射抜かれて、そのまま首を縦に振りそうになる。
 すんでのところで、りっちゃんさんの怒声が飛んできた。

「おい、いい加減にしろ!」

 言葉と共にめいくんの腰を蹴り上げる。黒いスカートの下のフリルから覗く綺麗な足が、見事に脇腹に入った。何重にも重なった白が、彼の秘密の領域をしっかりと守っている。

「りっちゃんいた~い。おれの可愛い顔面が傷付いたらどうするの~」
「だから腰にしたんだろうが」

 拘束が緩んだ隙に力一杯に引き剥がされ、俺とめいくんの間にはりっちゃんさんが割って入った。

「本当に、うちの阿左美がすみません……」
「気にしないで下さい!」

 頭を下げて謝られ、申し訳なくなる。おそるおそる肩に手を伸ばし、身体を上げさせた。近くで見ると、猫のような吊り目に小さな赤い唇、艶のある肩ほどの黒髪と、めいくんとは種類の違う美形であると認識させられた。

「むしろみなさんに迷惑を掛けているのは俺の方ですし……。あの、主藤有と言います。今まで業務時間に二度も営業妨害紛いなことをして、すみませんでした……」
「まともだ」

 ぼそっと言った後、俺の手を取って強く握り込まれた。

「俺は林堂尚雪と言います。この金持ちクズとは高校からの付き合いですが、昔からクズなのでもう関わるの止めた方がいいですよ!」
「嫌で~す」
「ほら、人の話もろくに聞かないクソ煽りクズでしょう?」

 そう言われても当の本人は見えないのを良いことに、両手でハートを作りながら笑みを浮かべている。

「ついでに、そこの水色の奴もヒモの朝寝坊カスなので、関わるの止めた方がいいです」
「ひどいっすよー、オレはご主人クンサンに何もしてないじゃないっすかー」
「あはは……」

 思わず乾いた笑いが漏れる。ろくでもない他者紹介が終わったところでりっちゃんさんの手が離れ、閉店作業開始! と手を鳴らしながら宣言した。

「俺は帰りますね」

 りっちゃんさんの背中から、めいくんが身を乗り上げた。

「最後までいてもいいよ~」
「重い! 離れろ! それに、駄目に決まってるだろうが! 主藤さんは明日も仕事があるんだぞ!」
「じゃあ、お見送りしてあげる」

 流れるようにこちらまで距離を詰めて、腕を抱かれた。また怒られるかと思ったが、その程度で済むなら、といった風に目尻を上げながら静観されている。

「行こう、ご主人クン」
「あ、えっと、鞄が」
「癸、鞄取って~」
「はいっすー」

 水色のメイドは近くにあった俺の鞄を取って、めいくんに手渡した。緩そうな平行目が何かを訴えかけるように、俺に視線を送っている。

「えーっと、癸くん? に助けてもらっちゃったね」
「は? 癸、減給だから」
「ちょっと! オレは二人のお手伝いしただけじゃないすかー!」

 どうやら、言葉を間違えてしまったらしい。不機嫌そうなめいくんに腕を引っ張られながら、店の外に連れ出された。
 ピンクの内装の店内から一歩外に出ると、打ちっ放しのコンクリートが視界一杯に入ってくる。現実に戻ってきたという実感が沸いてきて、自分の隣を陣取るメイドの存在もまた現実であるとも理解させられる。
 めいくんは不機嫌なままだった。自分は嫌な気持ちを抱えています、と顔に書いてあるような、分かり易すぎる彼に幼い頃の弟が重なる。少しだけ彼に体重を預ければ、珍しく名前の方を呼ばれた。

「有クン?」
「彼のお陰でスムーズに外に出れたから、感謝したかった、みたいな」
「……」
「ほ、ほら! こうやって二人になれてるわけだし!」
「……いいよ、今回はご主人クンに免じて、癸の減給は撤回してあげる。でも、癸のことはみ~くんって呼んで。りっちゃんのことも、お店の名前で呼んで。ご主人くんが名前を読んでいいのはおれだけだからね」

 やくそく、と舌っ足らずに言われて、今回は本心から頷いた。子どもの約束は大人が安易に破ることを許さない、純真さで出来ている。だから、絶対に彼のことを裏切らないように、真剣に言葉を選んだ。

「約束する。俺が名前を読ぶのは、めいくんだけだよ」

 ……まあ、次に来店することはないだろうし。
 大人のずるを心の中で呟く。月曜日だって、そういうつもりでの来店だった。
 対してめいくんは機嫌を直して、有ク~ンと鼻歌交じりに言っていた。

「家まで送らなくて大丈夫? 本当はおれとえっちなことしたいんじゃない?」
「えっ……!? いや、うん、大丈夫。気遣ってくれてありがとう」

 後半の言葉は聞かなかったことにして、そう返した。この調子だと店前から動けないと思い、一歩足を踏み出す。めいくんは引き留めることなく、俺に続いて歩き出した。
 メイドカフェと地上を繋ぐ階段は、二人並ぶには幅が足りなかった。めいくんは俺の鞄を抱くことに専念し、俺は身軽な状態で上がっていく。
 珍しくめいくんはこちらに何も言ってこない。足音がやけに大きく響いているように感じ、居心地の悪さをかき消すための話題を探した。
 俺達の共通点なんて、あのメイドカフェしかない。めいくんのこともどれだけ踏み込んでいいのか分からず、一番印象に残っている人物を話題に上げた。

「りっちゃんさんは綺麗な人だね」
「……ご主人クンは可愛いおれが好きなんじゃないの」
「そ、そうだよ!」

 また不機嫌が滲み始めて、被せるように肯定した。

「めいくんは可愛くて、りっちゃんさんは綺麗で、こう、みんな個性が光る良いお店だね」
「おれが可愛いのと、良いお店ってところしか聞こえな~い。つまり、ご主人クンが明日も来たくなる場所ってことだよね~」
「うん……」

 都合の良い解釈で切り取られているが、彼が機嫌を直してくれるなら何でもよかった。
 いつの間にか、階段を上りきってしまっていた。振り返れば、めいくんは寂しそうに眉を下げながら、鞄を差し出してくる。

「鞄を持ってくれて、ありがとう」
「ご主人クンのための専属メイドだからね~」

 当然です、といった言い方なのに、やはり元気がない。
 手を伸ばして受け取った瞬間、彼の整った顔がこちらに接近してきた。一瞬にして唇を奪われ、あっさりと口内を犯される。逃げようにも後ろ頭を押さえつけられており、快楽に浮かされた頭では何か対策を考える余裕もなかった。

「おやすみのキス、だよ」

 身体の芯の欲求を目覚めさせるような、激しい口付けだった。
 心音がうるさく、下腹部が彼を求めて疼いた。動けずにいると、にんまりとした笑みを浮かべ、わざとらしい甘ったるい声で話し始める。

「あれ? ご主人クンってば、物欲しそうな顔してる~。お腹が寂しいのかな~?」
「お、おやすみ! めいくん!」

 彼の言葉を聞き続けるとなし崩しに行為を求めようとしてしまうのが目に見えて、別れの挨拶を一方的に告げた。鞄を抱いたまま走り出せば、またね~、と緩い返事が遠ざかっていく。
 本当に今日で最後だから! もう絶対に行かないから!
 それだけを考えて家に帰宅した。
 シャワーを浴びている最中に別れ際のキスを思い出して一人自慰に耽ったが、やはり自分の手だと物足りなく感じ、様々なショックから消えてしまいたくなった。
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