上 下
56 / 66

ミヒャエルの病気(4)

しおりを挟む
「ドリィが嫌がっているだろ。早く帰れ」
 オスカーがわたしの肩に腕を回して引き寄せる。

「ちょっと! 僕が騎士団を代表してお見舞いに来てるってわかってる?」
 そう言ってアルトが小箱をこちらに差し出した。
「はい、これはドリスちゃんに。いま王都で評判のパティシエが作った焼き菓子だよ」

「……ありがとうございます」
 スイーツの誘惑に負けてあっさり受け取ってしまう。

「ミヒャエル様が心配な時にこんな朴念仁とずっと一緒にいたんじゃ、息が詰まってストレスがたまるよね。わかるよ」
 アルトがしたり顔をする。
「オスカーは見た目と違って中身はろくな男じゃないからね」

 それはあなたのことでしょ!

「僕でよければいつだって話を聞くからね」
 そうだ。
 アルトはこうやっていつもにっこり笑ってヒロインの悩みを聞き、それを解決してくれるキャラだ。
 じゃあその設定を利用させてもらおうじゃないの。

 スイーツの箱をオスカーに手渡してアルトに向き直る。
「アルトお兄様! 折り入ってご相談があります!」
 アルトの手を握る。

「「ええっ!?」」
 オスカーとアルトが同時に裏返り気味の声をあげる。
 オスカーはともかく、相談に乗ると言っておきながら驚いているアルトはなんなのか。

「相談に乗ってくださるのよね?」
「え……う、うん! もちろんだよ!」
 アルトがオスカーにチラチラ視線を向けながらも頷いてくれた。

「オスカーはパパの看病をよろしく。アルトお兄様とふたりっきりで話がしたいの」
 
 途端にオスカーが険しい顔でアルトを睨み、低い声で問いただす。
「どういうことだ」
「いや! 僕知らないから!」
 アルトが首をぶんぶん横に振っている。

 アルトが後でオスカーに絞め殺されようがどうなろうが、知ったこっちゃない。自業自得だ。
 ハルアカでは、アルトがヒロインから悩みを聞くシーンはいつも必ずふたりきりだった。
 だからオスカーを同席させないほうが上手くいきそうな気がする。
 それを説明できないだけに、とにかくアルトをここから連れ出すほかない。

「パパを起こしてしまうでしょう? ここでうるさくしないちょうだい」
 ピシャリと言い放つ。
「ああ、アルトお兄様、行きましょ」
 なにか言いたげなオスカーを心を鬼にして無視し、アルトの手を引いてミヒャエルの寝室から出た。

 誰にも聞かれたくない話だ。
 だから応接室ではなく、自室にアルトを引き入れた。
 
「ドリスちゃん……僕、生きて帰れるかな?」
「さあね、アルトお兄様次第だわ」
 にっこり笑ってみせる。

 ソファに座ると、オスカーが痺れを切らして乱入してこないうちに本題を出した。
「パパが本当にただの病気だとは思えないんです」
 アルトがスッと真面目な顔になった。
「というと、なにか心当たりでも?」
 声色も変わる。これが裏のアルトだ。

「それがわかれば苦労していないわ。ただ、なにか違う、なにかがおかしいって思っているだけ」
「それだけじゃなんともいえないな」
 あごに指をあててアルトが首を傾げる。

 侍医の説明では熱の出る風邪だとされているが、発熱以外の症状がないこと。高熱ではないにもかかわらず、ミヒャエルが妙にぐったりしていること。
 薬を飲んでも回復に向かっている様子がなく、その件に関して侍医も首を傾げていること。
 いま話せることを説明した。
 そして最後に付け加える。
「毒の可能性は低いと思っています」と。

「なるほど。病気でも毒でもなく、その症状でほかになにが考えられるか調べればいいんだね?」
「できますか?」
「ご期待にそえるかわからないけど調べてみるよ。ただし……」
 アルトが表の顔で人懐っこく笑う。
「ここから無事に脱出できればの話だけど」

 アルトと共に部屋を出ると、廊下を速足でこちらへ近づいてくるオスカーの姿があった。
「オスカー、パパのそばにいてって言ったでしょう?」
「ハンナにみてもらっている」

 なるほど。わたしがアルトを自室に引き入れたとハンナに聞いて、看病を交代してもらって慌てて駆けつけたってわけね。
「アルトお兄様に、ちょっとしたお願いをしただけよ」
「どうして俺に言ってくれないんだ」
 オスカーが拗ねている。

「いろいろ調べてもらわないといけないことなの。オスカーにはずっとわたしのそばにいてもらいたいから、お願いできなかったのよ」
 なだめるように言うと、少し機嫌を直してくれた。
「そうか。わかった」

「ほら、そういうところだよ。オスカーは愛が重いんだよなあ」
「もういいだろ。早く帰れ!」

 オスカーに追い立てられるように帰っていくアルトを見送った。
 ミヒャエルを襲っているものの正体を見つけてきてくれますようにと祈りながら。
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

アイアイ
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)

原産地が同じでも結果が違ったお話

よもぎ
ファンタジー
とある国の貴族が通うための学園で、女生徒一人と男子生徒十数人がとある罪により捕縛されることとなった。女生徒は何の罪かも分からず牢で悶々と過ごしていたが、そこにさる貴族家の夫人が訪ねてきて……。 視点が途中で切り替わります。基本的に一人称視点で話が進みます。

処理中です...